柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座

最近のマイブームは、指の分離です。これには二つの意味があります。一つは、指同士の分離で、もう一つは、指と手首の分離です。これに、指の腱の使い方(伸筋と屈筋の選択的使用)、さらに、指の各関節に対する分離の二題を加えたものを、私は「指の使い方」として考えています。これらの問題は、脱力系(筋肉の選択的利用)の最高度の問題で、私の生徒さんの中にも、苦しんで来た/いる人がたくさんいる問題でもあります。これらは、不可分の問題なのですが、四点に分けて書いてみようと思います。

(1)指と手首の分離

指と手首の分離は、サラサーテ誌(2005年冬号)にも取り上げました。ここでは、指と手首が分離しにくい状態を、やや詳しく考察して、最近開発したトレーニングなどにも触れながら、指と手首を分離する方法を模索したいと思います。

指と手首の分離とは何か

指の運動は、曲げる(屈筋を使う)、伸ばす(伸筋を使う)、寄せる/広げる(虫様筋などを使う)という運動に分類されます。伸筋と屈筋は、前腕部に運動をつかさどる筋肉があり、その筋肉の収縮運動によって、指に到達している腱が引っ張られることにより、曲げたり伸ばしたりできます。屈筋は手のひら側に、伸筋が手の甲側についていることはわかると思いますが、伸筋と屈筋が手首の両側についているために、指の運動によって、手首の運動を阻害する(硬くなる)ことが起こりやすいのです。指を曲げて固定すると、手首だけでなく肘まで力が入ってしまう人がほとんどであることは、何回か書かせていただきました。

指の運動で手首が硬くなる/手首を使うと指の運動がしづらくなる、ことには、他の原因もあります。いずれも、指や手のひら、手首などを運動させる筋肉が、同じところにあったり、隣接したりしていて、ばらばらに使うことが困難であることがその原因です。手の解剖図を示しながら説明すべきでしょうが、ここでは省略します。また、伸筋と屈筋の分離も手首の硬さに密接に関係していますが、この問題については、「伸筋と屈筋の分離」の項で詳しく述べることにします。

人間の運動は、目的に対して最も合理的なものを選択しようとします。そのために、ある筋肉を単独で使うことはほとんどなく、複数の筋肉を使った複雑な協同運動を行うことがほとんどです。指を使うことで言えば、手首を固定して指を使う方が目的にかなっていることが多いので、普段の生活では、指と手首を分離することを覚えることが困難です。例えば、ものを指でつかんで持ち上げる動作を考えてみてください。指でつかんだものを持ち上げる時には、手の形を保存した方が便利であることが多いことに気がつかれるでしょう。食べたり、飲んだりする時もそうですし、コインをつまんで自販機に投入する/ライターやマッチで火をつける/ハンガーに服をかける、など、指で何かをつかんでする行動は、手首の形状を維持することが前提であるものがほとんどです。ものを持ち上げるときに、指を使ってつかみ、手首がフリーになっていると、つかんだものはだらりとぶら下がるようになります。こうなってしまうと、ものをつかむ本来の目的から外れてしまうからです。

箸を使うことは、手首の形状を一定に維持し/必要なら意図的な変形を加え、て、指を運動させるタイプのものです。この運動は非常に高度で、ヴァイオリンを演奏する時の指と手首の運動に近いものがあります。「日本人の器用さの根源は箸を使うこと」という意見を目にしたことがありますが、ある程度の真理を述べているものだと思えます。

指でものをつかむことは、ヴァイオリンの左手のように指を運動させるものとは違うように感じられるかもしれませんが、指の腱を引っ張っているという点では同じものです。また、ヴァイオリンを弾く時は、伸筋も屈筋も激しく運動しますので、単純にものを持ち上げるより、手首が硬くなる可能性は高くなります。

現代人が、指の運動を独立して使うことを要求される行動は、パソコンなどのキーボードを使う時でしょう。手首に力が入らずにフリーになっていると、指は軽く、無理なくキーボードを叩くことができます。ところが、手首を固めていると、指の運動能力が落ちるだけでなく、腱鞘炎などになりやすいのです。ヴァイオリンを弾いている時に指と手首の分離ができていない人にキーボードを叩いてもらうと、手首の柔軟性が落ちている場合がほとんどです。

さて、ここまで読んで、ものをつかむ動作とパソコンのキーボードを使う動作の違いと、ヴァイオリンでの指と手首の問題が結びついたでしょうか。

前者は、実は手首の形を保持していますが、柔軟性を失ってはまずいのです。つまり、手首は「形状を保持する必要最低限の力が入って、充分変形に耐えうるだけの柔軟性を保っている状態」を維持できていないと、使い物にならないことが多いのです。変形できないほど硬くなっていると、例えば、コインを投入する時に投入口にぴったりとコインをはめることができずに何回かがちゃがちゃとはずしてしまったり、携帯電話の音声がよく聞こえなかったりする、などの現象が起こるはずです。これは、ヴァイオリンを演奏することに当てはめてみると、右手の運動に比較的近いと言えるでしょう。

一方、後者は、左手の運動に近いことがわかるはずです。パソコンのキーボードを叩いている時には、指がキーボードのあちこちを正確に押さえるために、手首が柔軟であることが必要です。その柔軟性を保ったまま、指がキーボードを忙しく叩きます。最近はノートパソコンが主流ですが、デスクトップタイプのパソコンのキーボードを手首を持ち上げて(さらに変形できないように固定して)たたいていると、手首や腱を痛めることがよくありました。ノートタイプは、その点、手首を自然にパソコンに乗せて脱力することが可能ですので、手に対する負担はかなり減っていると思われます。ヴァイオリンで左手を運動させる時は、パソコンを上手に叩いている人たちのように、手首を柔らかく保ったまま、指の腱を上手に(伸筋と屈筋を分離させて)使えていることが望ましいのです。

サラサーテ誌にこの話題を書いた時は、指と手首の運動を分離させるトレーニングの種類が少なかったのですが、最近、画期的な方法を見つけました。それは、二つのトレーニングから成り立っています。

(私は、新しいトレーニング法を考えるとき、対象となる数名の問題点が違う生徒に「実験」してみます。もちろん、「実験だよ」ということを伝えて行うのですが、それで一定以上の効果が見られた場合、皆さんにやってもらうことにしているのです。この「実験」を、私は「治験」と呼んでいます(笑)。以下のトレーニングは、この「治験」段階のものですが、明らかに効果が現れている生徒さんが何人かいるために、今後はみなさんに広めて行くつもりのものです。)

最初は、指の腱の存在を認知することから始めます。テーブルの上に手のひらを、手の甲が上になるように置きます。この時に、手首が強く曲がらないように、手のひらと肘の高さが揃うようにします。テーブルの高さが低いのであれば、椅子に座るなどして、肘の位置が手のひらの高さよりも極端に高くならないようにしてください。テーブルに置いた手のひらの指は、自然に丸くなるようにします。形ができたら、反対の手で指を一本ずつ持ち上げます。指を持ち上げると、手のひら側についている屈筋が引っ張られることがわかるはずです。これを、各指で行います(この後、持ち上げている手を離すと、指が自然にテーブルの上に落ちますが、その落ち方で、指の強さを知ることができます。このトレーニングは、最初は、指の強さを調べたり、指を鍛えるために考えたものでした)。さらに、手を反対側にひっくり返し、指をつまんで、やや折るようにしてひっぱると、伸筋が引っ張られる感覚が理解できるはずです。こうして、指についている伸筋と屈筋がどのようになっているかを認識します。この感覚を得ることは、さまざまなトレーニングを行うためにとても有効ですので、是非、やってみてください。

次に、ピアノを使ってトレーニングをします(ピアノがない場合は、テーブルなどを使ってもできますが、鍵盤を叩いた時に音が出ますので、ピアノを使った方が状態を自然に理解できて有効だと思います)。まず、利き手からやりましょう。利き手の方が感度が高く、コツをつかみやすいからです(ただし、ヴァイオリンをある程度弾いていて左手の運動機能が訓練されている方なら、左手の方が解りやすい可能性はあります)。まず、ピアノの前に座り、左手(or 右手)で右手(or 左手)の手首を軽く持ち上げます。最初は、持ち上げられた方の手首や指は、できるだけ脱力(弛緩)させておきます。握っている左手(or 右手)で、握られている手を上下左右に振ってみて、ランダムに動くようであれば、弛緩できていることになります。そのまま、握っている手で、右手(or 左手)を鍵盤の上に下ろしてみてください。指が弛緩していれば、鍵盤を叩くことができず、音がしないはずです。次に、指を一本選んで(人差し指か中指が望ましい)、その指だけが鍵盤を叩いた時に音が出せるような形に維持してみます。そして、同じように左手(or 右手)で、つかまれている手を鍵盤の上に下ろしてみます。あまりゆっくりでも、強すぎてもダメです。すると、形を維持している指が叩いた鍵盤だけが、きちんと音がするはずです。この時に、手首が柔らかく、つかんでいる手を下げるに連れて変形するかどうかをチェックします。ほとんどの人が、最初は、手首が変形できないはずです。変形できない、ということは、手首を固めていることと同じです。何回かやっていると、指の形を維持するだけで、手首が変形する状態を作れるはずです。これができた人は、このトレーニングを繰り返すことで、指の運動が手首の硬直化を招かないようにすることができるようになります。もちろん、一週間やそこらでできる訳ではありませんが、確実に指の運動状態が変化します。

このトレーニング、実は、指の伸筋と屈筋を分離するために考えたものでした。しかし、やらせてみると、二つの腱を分離して使うことに役立つだけでなく、指を手首から独立して運動させることを覚えるのに、劇的な効果があることがわかりました。もちろん、伸筋と屈筋の分離にも役に立ちますので、指板を叩く状態が明らかに変化します。この点については、後ほど詳述します。

このトレーニングだけではなく、もちろん、サラサーテ誌に書いた方法も有効です。特に、指でものをつかんで手首をフリーにする感覚を得る練習(指相撲などもそれにあたります)は、指の運動と手首の関係を理解するためには、是非やっていただきたいものです。

(2)指同士の分離

次に、各指の運動の分離について考えてみたいと思います。

指が独立していない状態は、いろいろな場面で演奏に障害を来します。独立に動かないことを理解するためには、シュラディックの1番の最初を速く弾いてみるとわかります。一定以上の速さになると、ほとんどすべての人が指が連動してしまいます。

(シュラディックをお持ちでない方のために説明すると、最初はA線で、AHCisDEDCisHを繰り返す運動です。01234321がワンセットになっていて、それを4回分、1スラーで弾くトレーニングです。指の形を整え、指を独立して運動させる練習の最初です。この後、音の組み合わせがさまざまに変化して、形を維持したまま独立して動かせるようにするためのトレーニングになるように書かれています。)

最初は指が独立して運動していても、次第に34の指がまとまって動くようになってしまいます。押さえる時に34のスピードコントロールが利かなくなり、離す時にも、43がまとまって離れようとしてしまうのです。この状態が「指が独立していない」状態です。

この「運動がまとまってしまう(指が独立していない)」状態は、指を押さえる時よりも、離す時の方が顕著です。それは、指の屈筋と伸筋の構造の違いによります。指の腱の解剖図を見ていただけるとわかるのですが、屈筋の腱はそれぞれが独立しているのですが、伸筋の腱は、腱同士に結合があり、一つの指を運動させようとすると、隣の指も同時に引っ張られてしまうからです。薬指になると、事態は更に悪化します。薬指にはメインになる腱がないからです。このことは、手の甲を上にして机の上に置き、各指を順に持ち上げてみると、すぐに理解することができます。他の指は比較的楽に持ち上げることができても、薬指を持ち上げるのは困難だからです。できても、非常に苦労するか、高く上がらないことがわかるでしょう。

この構造は、比較的昔から理解されていました。そのために、指が独立して運動しないのは、腱の結合が問題であるとされてきたのです。シューマンが、指を独立して運動させようとして腱の結合を切ってしまったのは有名な話ですが、それほど、悩ましいものだったのですね。しかし、指の独立の問題は、腱の結合だけが原因ではありません。仮に、結合だけが問題だとすると、伸筋と屈筋を分離できている人にとっては、指の独立は伸筋側だけの問題になるはずだからです。かく言う私も、指の独立イコール腱の結合の問題であると認識していた時期が長いです。腱の結合による指の連動を緩める話は、すでにサラサーテに書きました。

しかし、指の独立を阻害する要因は、他にもありました。大きなものは、手首の曲がり方と親指側に入る無駄な力です。

指を運動させる時に、手首が親指と人差し指がまっすぐになるように横に曲がりやすいこと、そのために運動に障害を起こすことは、サラサーテ誌の「The 親指」で比較的詳しく述べました。この障害の一つが、指の独立を阻害することなのです。手首を曲げた時に起こることは、すぐに理解できます。手のひらを上に向けて、中指と薬指の間が腕からまっすぐなるようにして、人差し指から順に中指、薬指、小指と、曲げる/伸ばすという運動を繰り返してみます(それぞれの指を曲げて伸ばす運動を順に送るのではなく、人差し指を曲げたまま/中指を曲げたまま/薬指を曲げたまま/小指を曲げる/小指を伸ばす/薬指を伸ばす・・というように順に曲げ、順に伸ばします)。そして、その運動を少しずつ速くして行きます。比較的速い速度になるまで、運動のコントロールが利くはずです。次に、親指と人差し指が肘からまっすぐになるように手首を横に曲げた状態で同じことをやってみます。今度は、各指をバラバラに動かしながら速度を上げて行くことが、より難しくなることがわかるはずです。このことは、手首が曲がった状態で指板を押さえていると、指が独立して運動しにくいことを表しています。

このことが起こるメカニズムは、腱結合のようにクリアに説明することはできません。手首を曲げると、指を運動させる腱が手首でより近づいてしまいますので、影響を受けるのかもしれません。また、曲げることで引っ張られる腱が、なんらかの「悪さ」をするのかもしれません。指を運動させる筋肉は前腕でまとまったところにありますので、手首を曲げることで、その密着度合いが上がってしまうのかもしれません。が、いずれにせよ、このことが指の独立の弊害になることは間違いありません。解決策は簡単です。手首をまっすぐに(中指と薬指の間が腕からまっすぐに)すれば良いのです。この点についても、サラサーテに既に書きました。

もう一つのよくある例は、親指側の無駄な力によって指の運動の独立が阻害されてしまうことです。これも、実験すればすぐに体感できます。まず、上記のように指の腱がまっすぐになるようにして、同じ運動をしてみます。次に、親指の付け根に力を入れて、親指自体を折り込むようにしてから、上記の運動をやってみます。結果は一目瞭然ですね。中指から小指までが、完全に癒着したような状態で動きにくくなるはずです。特に、指を曲げる運動が難しくなるのに驚かれるでしょう。これは、またまた「指の伸筋と屈筋の同時使用」の影響が強いのですが、それだけでなく、屈筋の運動そのものも分離しにくくなります。原因はいろいろ考えられますが、親指を運動させる短筋/長筋などを強く使うために、手首にある支帯が柔軟性を失ったり、手のひらの構造(ブロック状の骨:小菱形骨、大菱形骨、有頭骨などの8つの骨)を締め付けてしまったり、さまざまな事態が起こってしまうからだと思われます。

これは、親指の力を抜く作業が必要ですが、まず、楽器を持って左指を運動させた時に、指が独立するとどうなるかということを体感してもらうことが必要でしょう。同じ「The 親指」の写真にあるように、親指を握ってもらって他の指の運動を確認することが簡単でしょう。親指を握ることでその部分が支点になりますから、指の運動が楽に行えることは当たり前ですが、まず、指が軽く/分離して運動する感覚を理解しないと、練習の方向が正しいかどうかの判断ができないのです。

順序が逆になりましたが、指の連動のチェック法も記しておきましょう。もちろん、普通に弾いていて、リズムが乱れる/ある程度のスピードになると指同士が硬直して動かなくなる、などの明らかな症状がある場合は、指の独立ができていないことが明らかです。それ以外に、指の独立性を高めた方が良い事例として、以下のことを例示しておきます。

・4指のトリルで、3の指が腱に引っ張られて横に運動するだけでなく、腱の本来の運動方向にも同時に動くようであれば、3と4の腱の運動の分離を図る必要がある。

・3の指のトリルをする時に、4の指を軽く握ってもらう。3の運動が明らかに変化するようであれば、問題。ただし、しっかり握ると、誰でも運動は変化する。

・2、3の指のヴィブラートで1、4が固まってしまうのも問題。ヴィブラートの運動が、14を固定して、固いものの間を動かしていることになる。1、4の指が、ある方向にしか運動しない/動きにくい場合は、この症状を疑ってみると良い。

(3)伸筋と屈筋の選択的利用

問題は、次第に難しくなります。この問題は、小さな頃から弾いていて一定以上のレヴェルに達した人にとっては、無関係であるかもしれませんが、レイトスターターや「どうしても指のスピードが上がらない」という悩みを抱えている人たちには、是非考えていただきたい問題です。指を「折る」方向に運動する時に伸筋を無駄に使う/指を伸ばす時に屈筋が開放されない、というのが、選択的利用ができていない状態です。

まず、伸筋と屈筋の選択的利用ができていないとどのようになるか、ということを説明します。少々判定が難しいのですが、じっくり見てみると、誰でもわかるようになります。

弾くものは何でもよいのですが、とりあえずシュラディックの1番の最初を弾いてみてください。テンポは少し速めに。その時に、指の運動をじっくり観察してみます。指が指板を押さえる時に、勢い良く「ボン」と押さえられますか? 離す時に「ねばー」という感じがありませんか? 指板を押さえる時の運動は屈筋のものですが、この時に伸筋も働いていると、勢い良く指板を叩くことができません。離す時は逆の作用です。この「ねばー」という感じは、いわば「ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいる状態」なのです。

怪しいと感じたら、今度はテーブルの上で実験をしてみましょう。手の甲が上になるように手を置き、指を軽くアーチ型に保ちます。そして、指でテーブルを押さえつけるような感覚で力を加えてみます。その状態で、反対の手で指を持ち上げて離してみましょう。離した瞬間に指が勢いよくテーブルを叩けば、この時点では問題がありません。仮に、持ち上げた状態で固まってしまったり、ゆっくりと落下したりしたら、テーブルを押さえている時に屈筋だけでなく伸筋を使っているのです。これは、単純に1方向の運動ですから、分離が比較的楽なのですが、この時点ですでにチェックに引っかかるレイトスターターも少なくありません。

指が運動している(屈筋と伸筋を交互に使うべき運動を繰り返している)と、さらに分離ができていない人が増えます。これも、テーブルの上で指を激しく運動させてみるとよくわかります。少しずつ速さを増して行った時に、指に重さを感じるようになると、屈筋と伸筋の入れ替えが上手くいっていないことになるのです。

パソコンを速く打てない人も、この状態を疑ってみる必要があります。「どんなに練習してもキータッチが遅い」という悩みを抱えている方は、ヴァイオリンを弾く時に、やはり同じように「ねばー」とした指の運動をしてしまうことが多いのです。

(メニューインが「バネの運動」と書いているものが、実は筋肉の選択的利用の問題であることが多いのですが、このことは、もちろん他の部分にも起こりえます。例えば、肘の運動が苦手な人は、指の屈筋/伸筋の使い分けに当たる、上腕二頭筋と上腕三頭筋の使い分けができていないのです。)

さて、解決策です。

ヴァイオリンを弾くだけでこの問題を解決することは、大人の場合、比較的困難です。なぜなら、普段の生活の中で登場する指を使うシーン(キーボードを使うような場合など)で、すでにこの症状を来していて、それが指の使い方の「基準」になっている恐れが強いからです。特に、仕事でパソコンを使っている場合、ヴァイオリンを弾く時だけ注意しても仕方ありません。まずは、自分の生活のなかで指を使う状態を検証してみましょう。そして、2)で述べた、「腱を意識する」「ピアノを使う」トレーニングをやってみます。指と手首の分離ではなく腱の選択的利用を覚えるためには、ピアノではなく机で十分です。さらに、上記のように「テーブルに置いた指を持ち上げて離す」という運動を繰り返します。その時に、「ポン」と離れた指が落ちるようになれば、一歩前進です(ただし、指がテーブルを叩く部分には、ガーゼやハンカチなどを厚めに置いておくようにしましょう。固いものを指先で叩くと、指先や関節を痛めてしまう危険性があります)。

もう一つ、特に指を離すとき(伸筋を使うとき)に屈筋を開放できない人に有効なトレーニングがあります。まず、指をアーチ型に置き、反対の手で指の上に乗せます。乗せた方の手はできるだけ弛緩して、重みがダイレクトに指にかかるようにしてください。この状態を保ったまま、押さえ込まれている各指を持ち上げるのです。できたら、重みを増したり、指の運動を速くしたりしましょう。このトレーニングが何故有効かというと、押さえ込まれることに反発することによって、伸筋だけの力で形の維持ができるからです。伸筋と屈筋をいつも同時に使う習慣がある人は、指の形を維持しようという無意識の意識(変な日本語!)が働いてしまうことが多いからです。この二つのトレーニングを繰り返してからヴァイオリンを弾くと、指の運動が明らかに変化します。

ヴァイオリンを弾く時に有効な方法は、「叩いて/弾く」ものです。どこかに書いた記憶がある(忘れてしまいました)のですが、一昔前は、左手のトレーニングは「叩く/弾く」を常に意識することが基本でした。さまざまな理由で、このトレーニングを忌避する指導者が増えていますが(それにも一理あります)、このトレーニングが、屈筋と伸筋を分離させてバネの力を使えるようにするために一定程度有効であることは確かです。私は、この分離ができていない人には、「叩く/弾く」という意識を持たせるようにしています。

このトレーニング、どんなに早くても効果が現れ始めるのは1ヶ月以上かかるものだと思っていたら、先日、びっくりすることがありました。ある生徒さんが、二週間で劇的に指の運動を変化させてきたのです。とても熱心な方ので、日常でも上記のようなトレーニングと意識改革を怠らなかったことが良かったのだと思いますが、とてもうれしい瞬間でした。

(4)指の関節の分離

運動生理学的には、指の第一関節と第二関節の運動の指令は、一つの命令系統にまとまっているものです。ですから、第一関節だけを動かすことはできません。これは、皆さんもよくご存知ですね。一番先の関節だけを折り曲げようとしてどんなに頑張っても、第二関節も同時に曲がってしまうのです。「第一関節だけ曲げられる」という人に何人か巡り会いましたが、いずれも、第二関節に力を加えて固定しながら第一関節を曲げる、という、同時使用をしていました。これは「分離」ではなく、「運動の使い分け」になります。これが、この題目のテーマです。

実は、「分離」と書いたのは、第一関節と第二関節の関係について言えば、正しくありません。上記のように、二つの関節の運動を「どちらかだけ」のものにするのは不可能だからです。ところが、実際にヴァイオリンを弾いている状態を良く観察すると、二つの関節の運動を若干違うタイプにしている場合があることに気がついたのです。

まずは、必要な、比較的簡単な分離をやってみましょう。それは「指の付け根を緩めておいて、第一関節と第二関節を使う」というものです。左手にも必要ですが、実は、右手の「指の自然変形」に欠かすことのできないものなのです。弓をしっかりと保持した状態で指の付け根が自由に変形する状態を保つことが、右手にとってはとても重要です(指の自然変形については、サイト上にも、サラサーテにも、比較的詳しく書きましたので、そちらを参考にしてください)。

この問題を解決するためのトレーニングは、今まで上げた三つの問題とやや方向性が異なります。「無理矢理動かす」ことが有効なのです。右手の場合、弓に両面テープをつけて付け根を緩めたり、指でしっかり持って付け根を運動させたりするという、やや強引な方法が効果的であることは、すでに上記の資料に詳しく書きました。

左手は、複雑な重音を取る時に、この問題が起こります。指の付け根の変形が利かないと、正しい音程でとることができない重音がたくさん出現してしまうのです。強引な方法は、ガラミアンやドゥニスのテキストやエチュードにあります。フレーム(1と4でオクターヴをとること)を作ってから、その中で2、3指を自由に運動させるトレーニングが基本になります。指の拡張/伸縮の問題とされてきたものたちですが、これで解決する人も少なくありません。ただし、手に非常に負担がかかる練習ですので、痛めないように慎重に行う必要があります。そして、この練習は、同じように1、4指に拡張することもできます。123を押さえて4を上下させる/234を押さえて1を上下させる、のです。もちろん、慎重さが要求されるこのには変わりありません。

ここからは、実は、私のテーマです。今まで書いてきた以上に効果があるトレーニング法が、まだ見つかっていないからです。似たような効果があるものはいくつかあります(目にしました)が、「これだ!」というものがないのです。見つけたら、また、大喜びで書くことになると思います。

音程が悪い、と自分で言う人がいます。人の演奏を聴いて音程が悪いと感じることもあるでしょう。それでは、「音程が悪い」とは一体どういうことなのでしょうか。いくつかに分類して考えてみると、1)はずす、2)間違える、ないしちょっとした勘違い、3)根本的な勘違い、4)知らない、の四つのパターンが考えられることに気づきました。

1)はずす

これは症状としては軽傷です。自分が演奏すべき音程はわかっているが、技術的に弾けない、ないし、練習不足で上手く弾けない、といったときに起きることだからです。弾いている本人は、外した音を認識しています。この場合、処方箋は明らかです。練習する・技術を修得する、という作業をすればよいだけです。(もちろんそれはそれなりに大変ですが)

2)間違える、ないしちょっとした勘違い

じっくり練習すれば音程がわかるし弾ける、もちろん、耳もしっかりしているのに、何故か音程が悪いことがある場合です。ほとんどの部分がきちんとした音程で演奏されているのに、あるところだけ変だ、という結果 になって表れるケースですね。これは、多くの場合、弾いているときに自分の演奏している旋律ラインや和声進行を見失ってしまうことによって起きます。これが頻繁に起こる場合、かなり音程が悪いと感じられてしまうことがあります。

3)根本的な勘違い

根本的に音程構造を間違えている場合です。平均律しか知らず、特に旋律線の音程を必ず平均律で取ってしまうケースもこれにあたります。また、旋律音程の進行を全く勘違いしているケースもあります。こういった場合、演奏される音程はかなり悲惨なものになります。かなり弾けるアマチュアのベテランにも頻繁に見られる症状です。

4)知らない

「ヴァイオリンらしい音程で弾きなさい」と言われたことがある人はいないでしょうか。旋律を弾いていても、なんとなく先生の音程と違う・・・どこが、ということはわからないのだけれども、違うことは確か・・・アズールのメンバーの中にも、先生にそんなことを言われた人がいました。これは一体どういうことなんでしょうか。このような場合のほとんどは、旋律音程の認識がないことから起きます。ただなんとなく音程を取っていると、簡単に言えば音程のメリハリがつきません。それで「弦楽器らしくない」音程になってしまうのです。

簡単に説明すると以上のようになると思います。この時、1)2)のケースは「音程が悪い」3)4)の場合は「音程がない」と感じられます。(ただし、2)のケースの極端な場合は、3)に近くなってしまうこともあるでしょう。)

ここで取り上げたいのは、「音程が無い」ということの意味と対策です。

音程を作るのは、耳です。通常、普段の練習中から一生懸命自分の音を聴いて、音程を修正する努力をされているはずですね。1や2のケースでは、技術的なこと、勘違いしていることを修正すれば、音程を徐々に良くしていくことは可能です。3,4のケースでは、耳が正しく働いているかどうか自体を判断しなくてはなりません。

大人が音程感覚を身につけようとする場合、とにかく最短距離を目指すことが必要です。子どものように、成長につれて与えられる長い時間がありませんから、無駄 なことを続けていては「間に合わない」可能性が強くなってしまうのです。また、子どもの間から音を聴くことになれていない耳では、耳自体を修正することにもかなりの時間がかかる場合があるからです。(ただし、この能力は本当に個人差が大きいです。)ですから、まず耳がどう働いているかと言うことを判断します。

二音以上の音が鳴る場合については、「〈講座04〉音感について1」を参照にしていただければ、何をすればよいのかはわかると思います。問題は「旋律的な音程」です。

旋律的な音程の聞き分けができるかどうかを判定するには、「旋律的な音程とそうでないものを引き分ける能力を持った人」に例示してもらうしかりません。その差がすぐわかる人なら、「聞き分け」は比較的短時間に覚えられる可能性があります。いろいろなパターンで実際に聴き比べてみることで、「聞き分け」ができる範囲(音楽的な複雑さ)を広げていけばよいのです。

これを再現する(自分で演奏するときに応用する)ためにはどうしたらよいのでしょうか。

一番「正統派」のやり方は、「地道にスケールや分散和音を練習する」ことです。スケールと分散和音を思い通りの音程で弾けるようになれば、もちろん曲を演奏するときには応用がきくものです。ただ、このやり方にはとても長い時間がかかります。スケールの練習は続けるべきですが、それだけではなく、易しいフレーズを旋律的に弾く練習をすることも必要だと思います。できれば、録音を取って確認をしながら、自分がどのような音程で弾いているのかをチェックしてください。もちろん、レッスンなどで先生にチェックしていただくこと、先生にお手本を示してもらうことはもちろんです。

実は、3)と4)を分けたのには理由があります。レイトスターターの多くは、音程が「無い」場合、4)に分類されることが多いと思います。(このような音程に関するレッスンを受けたことがない人も多いのではないでしょうか。)しかし、3)のケースもよく見ます。それは、演奏家であったりベテランのアマチュアであってもあることなのです。非常に複雑なものを弾いているときには気がつきませんが、簡単な旋律がなんとなく「かっこわるい」ことは、残念ながら少なくありません。演奏家やヴェテラン・アマチュアが4)であることはまず考えられませんから、それを「重大な勘違い」として分類したのです。

「音程が悪い」と「音程がない」を僕が区別しているのは、もちろん演奏を分類することそのものが目的なのではなく、それぞれの対策が異なるからなのです。お分かり頂けましたか?