柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座24 〉デタシェについて

先日、アメリカで活躍している、ジュリアード出身のヴァイオリニストとお話をする機会がありました。楽しいお話がいろいろできたのですが、その中で「デタシェ」が話題にのぼりました。デタシェはいわばボウイングの基本とも言えるもので、皆さんも苦労されている方も少なくないと思います。私は何回かデタシェについて触れましたが、簡単にまとめてみたいと思います。

デタシェは、通常フランス語で「detache」と書かれますが、英語でこの言葉に当たるものは「de-touch」で、「接触しない」(touchの反対語)です。この言葉からもわかるように、本来は「音と音がつながらない、隙間がある」ことがその意味です。モーツァルトの時代には、今で言う「スタカート」が「デタシェ」の意味で使われていることがありました。また、テヌートと普通呼ばれている記号が、まさに「デタシェ」であったりします。

記号や言葉と奏法については、本によって書かれていることが違ったりしますので混乱されている方もいるかもしれませんが、基本的には楽譜に書かれている記号は「どのような音が要求されているか」を表しデタシェ、スピカートなどの言葉は「どのように弾くか」という奏法を示すのだということをごっちゃにしないでください。

例えば、ある音符に「スタカート」記号が書かれていた場合(時代や作曲家によってことなりますが)、その場所で「スタカート」という結果を伴う音が要求されています。その音が、減衰しない「デタシェ」という奏法で弾かれるべきなのか、減衰する「スタカート」を選択すべきなのか、「飛ばし弓(スピカート、と呼んでおきます)」がふさわしいのか、ということをさまざまな条件(上記のような、時代、場所、作曲家、曲中でのフレーズなど、たくさんのことが問題になります)から判断して選択するわけです。紛らわしいのは、この両者に同じ言葉が使われていることが多いこと、また、求められる音の多彩さが、さまざまな奏法の分岐を生んだこと、でしょう(このあたりの話は、別項に書きたいとおもっています)。

さて、デタシェですが、具体的には、子音をつけて減衰せず、最後に響きを止めないで瞬間的に弓の運動を止める、という運動から得られる音になります。前述のヴァイオリニストと話が出たのは、この練習法についてでした。

実は、このデタシェ、弓先で「ぎちぎちと」練習させる先生が、日本では多いのです(とても残念なのですが、名前を聞けば誰もが知っている有名な先生でも、こうして弾かせていることがあります)。子音がつく、減衰しない、というところまでは良いのですが、弓を腕の力で止めてしまい、響きを止めた音になってしまう人がたくさんいます。それはこの指導法の影響です。前述のヴァイオリニストに話をしたところ「日本ではいまだにそんな教え方をしている先生がいるのですか?」と心底驚いていらっしゃいました。「響きのある美しい音の方がいいに決まってるのに、なんでそんな弾きかたを指導するのですか?」と逆に問われて困ってしまいました。もちろん、すてきなデタシェを聞かせてくださる演奏家が、日本にもたくさんいらっしゃいます。しかし、残念ながら、指導現場ではまだ響きを止めるように教えていることが少なくありません。そんな現状を、彼女はとても不思議に感じたようです。

実際に、この二つのタイプの音を、視覚的に理解していただきましょう。

 

 

下手な図で申し訳ありませんが、比べてみてください。上図の音は、最後に瞬間的に減衰しています。下の音は、力を加えて弓を止めてしまったときにできる音です。どちらも、「子音がつく、減衰しない、音と音の間が開いている」という条件は満たしていますが、音の終わり方が違いますね。上図のような音にすると、弓を止めたと同時に瞬間的に弓の圧力が軽くなり、結果として楽器の振動を止めません。しかし、下図のような音になると、弓を止めた瞬間に楽器の響きも同時に止めてしまうのです。

下図のように、楽器の響きを止めるように弓の運動を終了する奏法が、ヴァイオリンに(通常の奏法として)必要かどうか自体を、私は実は疑っています。この点について今回は述べませんが、楽器の響きを瞬間的に止めることによって得られることの価値がわからないからです。

下図のような音を作り出すことは簡単ですが、上図のような音を速く連続させることは大変です。どうしたらよいのか、特に、練習量がプロほどではないアマチュアにとって、またレイトスターターにとって、どのような練習法が効果的かは、かなり長い間私にとっての大きなテーマでした。私にとってデタシェとは、弓を力ずくで止めない奏法でした。今から考えると、これは非常に幸運だったと思います。中高時代の先生が奏法を全く教えてくださらない方で、単にエチュードを順に進むだけのレッスンだったので、「デタシェ」という言葉の意味も知らずに育ったからです。結果として、自分がデタシェをどのように練習したかという意識がなく、響きを止めることが「単に嫌だった」ために、そういった奏法を身につけずにすんだのだと思います。ですから、ヴァイオリンを教えるようになってからさまざまな練習法を試してみましたが、現在は下記のような方法を採用しています。比較的成果が上がっており、レイトスターターでも自分の奏法として身につけることができるのではないかと考えています。

練習のポイントは

  • 1)子音のついたスタート
  • 2)減衰しない音を速い弓で出すこと
  • 3)響きを止めない音の終わり方

の三つになります。これを、それぞれ別に練習した後、デタシェの練習に移行します。

子音をつける、減衰しない音を得るための練習法は、別項にまとめることにして、「響きを止めない音の終わり方」と「デタシェそのものの練習法」を簡単にまとめてみることにします。

まず、響きを止めない音の終わり方です。一番簡単な方法は、音の最後に弓を持ち上げてしまうことでしょう。弓が弦から離れると、響きを無理やり止めてしまう要素がなくなります。これはすぐにできると思います。音が連続しない場合、この弾き方で十分です。ところが、弓を持ち上げる動作は大変腕全体に負荷がかかるもので、連続して運動することは困難です。もちろん、弓を持ち上げるタイプの飛ばし弓(これを、私は「ロング・スピカート」と呼んでいます)はありますが、音のタイプは「減衰音」になってしまい、目的を達することができません。しかし、弓を「持ち上げる」と響きが止まらない、ということは、奏法を考える上でヒントになります。要するに「重みをかけない瞬間を作る」ということです。この「瞬間」が、弓が停止する瞬間と一致すればよいのです。

このためには、弓が止まる瞬間に重みをかけている指が一瞬緩むことによって腕の重みを弓に伝えている回路を切断する、という方法をとっています。実際に自分が何をやっているかを理解してみて気が付いたことですが、このときに腕の重みを軽くしないことがポイントです。腕自体は重みを残したまま、弓に重みを伝える部分だけを瞬間的に緩ませるのです。これは非常に小さな運動であり、次のスタートのときに元通り重みを伝える回路を「on」にすれば、すぐに子音の付いた音を続けることができるのです。極めて小さな動きですので、ソリストの手を見ていてもなかなか気が付かないことですが、美しいデタシェを聞かせてくださる演奏家は、動作の大きさの差はあっても、このような運動をしているはずです。厳しい訓練を重ねれば、かなり大きな運動でも連続したデタシェができるようになるのかもしれませんが、アマチュアにとってはこの運動が「いかに小さく、弓を返すタイミングにぴったりと合わせて」できるようにになるかが、成否のかぎを握っていると思います。

実際には、子音をつけて弾き始め、減衰しないように注意して、弓を止めるときに重みをかけている指を弛緩させる(場合によっては、やや浮かす、軽くする)練習を繰り返します。初めのうちは、ややゆっくりめで大きな弓(上半弓ほど)で練習しましょう。チェックポイントは上記の三つですが、特に音を止める時に、弓の運動が止まる瞬間に指ができるだけ小さな動きで緩んでいるかどうかを厳密にチェックします。

タイミングがどうしても取れない場合、他の方法で「瞬間的に緩む」ことを学びます。どんな方法でも良いと思いますが、私は下の写真のような方法をとっています。

{写真挿入予定}

左手を写真1のように保持し、写真2のように右手を軽く打ちつけます。打ちつける瞬間までは右手は軽く握っていますが、打ちつけた瞬間に指を弛緩させます。指は写真2ではまだ丸く握られていますが、弛緩した瞬間に写真3のように外側に向かって伸びるはずです。このタイミングが、右手を打ちつけたタイミングとぴったり合うことが必要です。

このトレーニング、実は結構苦労する人が少なくありません。右手を打ちつけた直後に指を弛緩してしまったり、打ちつける直前から指が伸び始めたり、なかなかタイミングが合わないのです。逆に言えば、この運動が苦労せずにできる人は、「瞬間的に緩む」動作を覚えることが比較的楽にできるでしょう。

私の生徒は、ほぼ全員(現在は30人ほど)、この「子音と止める」という、デタシェの準備に当たるトレーニングを通過しています(現在通過中の人もいます)。速い人だと一月、時間がかかる人でも半年ほどで、この運動ができるようになっています。この「子音と止める」ができると、スケールでゆっくり練習していただいてから、エチュードなどでデタシェの練習に入ります。一から始める場合でも、平均すると3ヶ月から半年でこのトレーニングに入ってもらいます。ある速さ以上でできるようになるころには、左手も少し動くようになっていますから、カイザーなどを使ってデタシェの練習ができるようになるのです。タイミング的には、こうした右手の奏法のトレーニングは、無理がこないように気をつけながら、なるべく早期のうちに始めた方が効率的だと思っています。他の先生のところに長い間いて、左手の運動はとても上手な方でも、きちんとしたデタシェができない例は少なくありません。こうした場合は、基本を覚えていただいた後、クロイツェルやローデでデタシェの練習をすることが可能です。

このような方法で会得したデタシェは、音がとまらない、品の良いものになります。是非、試してみてください。