柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座19 〉ヴィブラートの不思議

ヴィブラート・・・これも、多くのレイトスターターを悩ませてきた課題です。今回は、この課題に取り組んでみます。何のためにヴィブラートをかけるのか。ヴィブラートにしくみはどうなっているのか。レイトスターターの多くが、意外にこのことを知りません。少しだけ掘り下げてみます。

ヴィブラートは、音程を変化させて音に変化を与えるものです。これにより、音が柔らかくなります。物理的に言うと、一定の音程の波は基本的に波形が変化しませんので、人間の耳に一定の刺激を与え続けます。これに対してヴィブラートをかけると、耳で捉えられる波形が変化し、人間の耳に対して刺激的な感覚が減るのです。そのために、音が「柔らかく」聞こえます。

ヴィブラートには、もうひとつ大きな効用があります。それは「音が大きくなる」ということです。案外知られていないことですが、ヴィブラートはかけ方によってかなり音を大きく聞こえさせる効果 があります。特に、G線のハイポジションなどは、大きなヴィブラートをかけることによって、演奏効果 をぐっと高めることができるのです。

実際の音程の変化がどうなっているかというと、基本的に音は「基準の音から下に向かって」動かします。実際の音符の音をまず取ってから、音程を下に変化させるように揺らすのです。人間の耳は、短時間の間に小さな周波数差であれば、周波数の高い方をより強く認知しますから、こうしないと音程が高く外れているように聞こえてしまうからです。(なお、正しい音程から上下にヴィブラートをかける場合を認める人もいるようです。)

ヴィブラートのかけ方もボウイング同様、かなり個人差が大きいものです。指や手の柔軟性に依る部分もありますし、「考え方」の差もあります。まず、基本的なヴィブラートをおさらいしてみます。もちろん、複数のヴィブラートを使い分けることも多いです。(ただし、こういった分類を「意味がない」と考えておられる先生もいらっしゃることはお断りしておきます。)

1)手首のヴィヴラート
もっぱら、手首の動きでヴィヴラートをかけるものです。動きの支点は、手首と親指の付け根になります。ヴァイオリン弾きの多くがこのヴィブラートを使っているのではないかと思います。
2)肘のヴィヴラート
手首を固定して肘の運動でかけるヴィヴラートです。このヴィヴラートには(A)もっぱら肘の運動だけでかけるもの、と(B)肘・及び指の運動でかけるもの、の二タイプがあります。後者は、ヴィヴラートをかけているときに指の関節も「伸び・縮み」の運動をくり返しています。
3)指のヴィブラート
指、というより「手のひら」と言った方がよいかもしれません。指の付け根から先で運動をするものです。
4)振動する場所を特定しないヴィブラート
指から腕まで全体を動かす感覚でかけるヴィヴラートです。

実際に教える場合、1)か、2)(B)を採用されている先生が多いかと思います。プロの演奏家やヴァイオリンを専門に教えている先生に、4)のヴィブラートを採用されている方も少なくありません。それぞれ訓練法は全く異なりますが、練習法を簡単に記しておきましょう。(昔から、「ヴィブラートって、教える方法ないんだよね」とおっしゃる先生は多いですね。実は「これが決定版」というものは僕も持っていません。「こうすればヴィブラートがかかるようになる」という「教え方」の例はたくさん目にしましたが、人によって相性があるように思います。いろいろためしたけどなかなか・・・という人も少なくありません。「誰でもヴィブラートがかかる練習法」を開発できれば、それだけで本が書けると思うのですが・・・)

◎ 全てのヴィブラートに共通なこと ◎

1)ヴィブラートは「かける」ものであって「かかる」ものではない

ヴィブラートの練習を始めると、始終ヴィブラートがかかりっぱなしになってしまう人を時々目にします。スケールの練習をしているときに「ヴィブラートをかけないで」と言っても、どうしても腕が揺れてしまう。ヴィブラートというのは、「ここで、このようにかけるのだ」と「意志を持って」かけるものであって、「動いちゃう」のでは必要な演奏効果 を得ることはできません。

ヴィブラートが「かかっちゃう」人の多くは、「何となく動かす」ことでヴィブラートの練習をくり返していた人に多いようです。こうなってしまうと、今度は「ヴィブラートをかけない」ために意志と力が必要になる、という本末転倒になってしまいます。ヴィブラートの練習は、あくまで「意志を持ってかける」ことが必要なのです。

2)ヴィブラートの幅(大きさ)と速さ

ヴィブラートの種類は「身体の使い方」で分類することもできますが、音に対する物理的な要素としては、「幅(音程が変化する幅)」と「速さ」で分類します。(あとは「運動の方向」でも分類できますが、これは運動の方向と指板の角度をθ、手首が振動する距離をrとすれば、幅はrcosθになりますから、「得られる運動の大きさ、手首の運動の大きさに比例する」ことになります。)この「幅」「速さ」も、意志でコントロールできることが必要です。

ここでの本旨ではありませんので詳しくは述べませんが、実際に楽曲を演奏するとき、音の大きさ・高さ・長さ・ポジション・フレーズなどのいろいろな要素によって、「相応しい」ヴィブラートを選択できることが理想です。ゆっくりのフレーズの長い音に、幅の狭い・速いヴィブラートをかけると、「いらいらする」音になってしまうことがあります。速いパッセージで幅の大きな・遅いヴィブラートをかけると、音程が不安定に聞こえることもあります。こういった結果 を引き起こさないために、ヴィブラートの幅や速さもコントロールできることが必要なのです。

3)演歌はダメよ(^ ^;;

ヴィブラートの始動が遅く、速さと幅が徐々に大きくなっていくと、まるで日本の演歌のようなヴィブラートになってしまいます。このようなヴィブラートを求められることが無いとはいいませんが、基本的には避けておいた方が良いと思います。

◎ 身体のパーツによる分類に従った練習法 ◎

1)手首のヴィブラート

手首が動く、という感覚を理解するために、まず楽器をギターのように構えてみて動かしてみることを勧める場合があります。手の自由度を上げて、手首が動きやすくするためです。胸の前に右手をもってきて、右手の手首のところを左手で押さえてヴィブラートをかけてみることをやってもらうこともありますが、同様の練習です。手首だけをなんの支えもなく振った場合、手のひら全部が一様な動きになりますが、これは実は手首のヴィブラートの動きではありません。ネックに触れている親指の付け根は「動いていない」ことが前提なのです。

この手首の動きが、手をフリーにしたときには決して得られるものではないことが、練習法を生み出すための難点になっています。「手首を一定方向に振る」「親指だけを固定して手首を振る」「指板を親指で支えて(固定して)手首を動かす」などといった様々な方法が考えられていますが、どれも決定版とは言い難いようです。「あれこれ全部やってみて、いちばんしっくりしたものを探す」のが唯一の回答かもしれません。

手のひらの下部を楽器にくっつけて、2や3の指を押さえ(サードポジションくらいになるはずです)、手首を下に向かって半音の幅で動かす、という練習法もあります。この練習法を実行するときは、音の幅を必ず一定にして、速さを一定時間に1つ、2つ、3つ・・・と「意志を持って」変えていくことが必須です。やってみると、今のところ一番即効性がありそうな気がします。

2)肘のヴィブラート

最初の分類でB)としたものには、独特の練習法があります。それは「指の関節を自由に動かすことができるようにする」というものです。最初は腕を押さえて、しばらくしたら楽器を持って、指の関節の伸縮を鍛えるものです。これができるようになってから、肘を動かす練習をします。

肘を動かして音程を変化させることは、手首を動かすことよりはるかに「とっつきやすい」ものです。ですから、何も教えずにただ「動かしてみて」と言うと、ほとんどの人が何らかの形で肘を動かします。このタイプのヴィブラートを基本にする方々は、この「より楽な」方法が自然であると主張されます。その賛否はここでの問題の本質ではありませんが、腕のヴィブラートには、幅を大きくすることには優れているものの、速さを速くすることに難しさがあります。

肘の運動を練習する場合に注意しなくてはならないことは、動かない部分に余計な力が入らないことです。ヴィブラートはかかったものの運動性能が落ちてしまっては元も子もありません。また、腕に余計な力が入ってしまうと、特にレイトスターターの場合、「震えてしまっているような」ヴィブラートのかかり方になってしまう危険性があります。

手首のヴィブラートを基本にしている人でも、特にG線のハイポジションなどでは、肘のヴィブラートを意図的にかけることがあります。ヴィブラートに大きさを求める場合です。

3)手のひら・指のヴィブラート

非常に細かい、小さな動きが要求されるときに使う人がいらっしゃるタイプです。この練習法は、きちんとしたものを見たことがありません。あれこれやってみたのですが、どうしてもしっくりこないのです。もし何か気がついたら、書き直すことにします。(現実問題としては、レイトスターターがとりあえず考える必要のないタイプのヴィブラートではあります。)

4)とにかく動かすタイプ

古いタイプの演奏家によく見られたものです。実は、一時期僕もこのような習い方をしました。先生のおっしゃることは「とにかく動かせ」です。不思議なもので、子どもの頃からヴァイオリンを弾いて身体がなじんでいると、とにかく動かしている間に「動く部分が整理されてくる」ものです。大きくかけようとするときには自然と腕の方に、小さく速くかけるときは自然と指の方に運動の中心が移動します。その移動は比較的なめらかで、実用的です。ただし、レイトスターター向きのものではありません。

◎ レイトスターターはどのヴィブラートを習うべき? ◎

これは、大変難しい問題です。左手の柔軟性・自由度、楽器の持ち方、器用さなどによって、一概には言えないからです。本来は、4)のタイプを取得するか、1)でいろいろな変化を付けられるようにするか、1)2)の併用をするか、2)でいろいろな変化を付けられるようにするか、という選択になるのですが(それに3)を加えても結構です)、難易度と表現力にはいろいろな差があり、簡単には結論が出ません。

あくまで私見ですが、僕はレイトスターターは原則的に、まず1)を修得すべきだ、と考えています。肘の運動を微妙にコントロールすることは大変難しいからです。「大きなものを小さく動かす」という無理を、初めから求めるべきではないということなのです。ただし、例外があります。ある程度以上の年齢(人によって50台から60台かと思います)に達してからヴィブラートを初めてかける場合、手首のヴィブラートは身体を痛める危険性があります。この年齢を実際に「幾つ」と言うことはできませんが、手首の関節が柔軟性を失っている場合です。この点だけは注意してください。