柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座10 〉体でする音楽と表現することの重要性

まず、遠くない将来の話から入ります。発表会で、何かの曲を弾くことにしましょう。さて、何を考えて練習したらよいでしょうか。もちろん、「音程をしっかりとって」「リズムを正しく」「強弱をつけて」「フレーズをしっかり」等々、いろいろな要素があるでしょう。そういったことに加えて、「音楽を体で感じていますか?」ということを、ここでは話題にします。

ヴァイオリンを演奏している人を見て、「かっこいいなぁ」と感じるのはどういう演奏をしている人でしょうか。五嶋みどりやヴェンゲーロフ、クレーメルといった「技術的にあちらの世界にいる人」でもいいですし、もちろん、周りにいる「腕達者なアマチュア」でもかまいません。かっこいいと感じる人たちは、弾いている姿が大きく見えませんか?

素敵な演奏をしてくれる人は、必ずといっていいほど体の使い方が上手です。それは、椅子に座って演奏するパールマンだって同じこと。体や顔が、とても「音楽をしている」のです。そして「体が音楽をしている」ということには、幾つかの要素があります。

1)体がやろうとしていることに対して合理的に動いている

ヴァイオリンのダウンボウで速くて力強い音を出すとき、弓と楽器は反対方向に動きます。弓だけの運動ではなく、楽器の動きを加えることによって、より速く、反応の良い音を出すことができるのです。反対に、弓をとても長く使いたい場合に、弓先に来たときに楽器を弓の進行方向に少し傾けると、長い音をしっかりとしたままのばせることがあります。こういった運動が合理的に行えていると、格好もいいし、音にも反映します。

2)体がリズムを感じている、ないし、体がリズムを作っている

あるリズムを音楽的に表現するとき、楽器と弓の運動だけでできることとできないことがあります。できない、というと語弊があるかもしれませんが、少なくとも「体を使った方がよりよく音楽的なリズムを表現できることがある」のは間違いありません。例えば、踊りの曲(ガボットでもメヌエットでも結構です)を演奏するとき、実際に踊りながら演奏することはありませんが、体の動きがその踊りの曲と同じように感じられると、とても素敵な踊りの演奏ができるのです。

3)表現しようとすることを体の動きが援助する・より大きな表現にする

力強い音を出すために、楽器をいつもよりやや高く上げる、ステージから客席に音をより聴かせたいときに、すこし客席の方に向かって動くような運動をする、などです。

まだまだありますが、このような動きを「どうやってやるか」ということが本題ではないので、例示はこのくらいにしておきます。こういった体の動きは、もちろん合理性を無視しては効果 が無くなります。ただやみくもに動けばよい、というわけではありません。この合理性は、ヴァイオリンの練習をしていく間に、いろいろとレッスンを受けることになるはずです。ここでの本題は、「体で音楽を感じましょう。」ということです。こういった「体の動き」全ては、体で音楽を感じることがスタートだからです。

踊りの曲を演奏するときに、実際にその踊りの動きを知り、できれば「やってみる」ことは、音楽の理解と体とをシンクロさせる、とても貴重なアイテムになります。しかし、大人から始めた方は、なかなかこれができません。大人としての「常識」が、このような動きを阻害するのです。

私は自分が見ている合奏団で、メンバーを立たせて体を動かすことをよくやります。(オケのトレーナーをやっていたときもそうでした。「振り付け分奏」なんていう呼び名をつけられたこともあります。)すると、「えー、できないー」という人が必ずいます。リズムに合わせて運動する、ということだけでなく、表現することも「恥ずかし」かったりすることもあるようです。

しかし、こういったことができるかどうかは、音楽の表現力に直結します。特に日本人は、感情を表に出さないことが美徳とされてきましたから、どこかに「そんな、みっともない」という意識があるのかもしれません。結果 としてどういうことが起きるのか、というと、いつも「表現力不足」の演奏が残ります。外人の演奏家にレッスンにつくと、この点はとても強調されます。体を使ったアピール、音楽を楽しんで演奏し、それを客席と共有すること、そういったことが、ステージでのとても重要なポイントになるのです。

これは、もっと「現実的な」問題ともからんできます。例えば、強弱を一生懸命つけた気になっていても、実際に客席にはほとんど伝わらないことが多いのです。プロの演奏家のダイナミックレンジは、多くのアマチュアとは根本的に違います。多くの人にとって、ステージでの表現は「強調して強調しすぎる心配はない」のです。

さて、レイトスターターのみなさんを念頭においてこんなことを書いたのには理由があります。それは、普段から表現を大きくする習慣を付けましょうということです。もちろん、会社で役者のような振りをすれば変人扱いされてしまうかもしれません。しかし、喜怒哀楽をさらに大きく表現できる場所はあるはずです。話をするとき、欧米人がよくやるように、ボディランゲージを加えても良いかもしれません。そういった「ちょっとした工夫」が、後になって大きな成果 になることも多いのです。レイトスターターにとって「表現力不足」は、とても大きな問題です。「素人臭く」見えるのも、これが原因であることも多いです。そういうことを、ヴァイオリンを始める最初から、少しずつ慣らしていってもいいだろうと考えています。