柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ヴァイオリン練習法とレッスン > 6.速くすること

まず、サイトに上げた文章を再掲します。

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速いパッセージを練習するために言われてきたことはたくさんあります。主に推奨されてきたトレーニング法は、

  • 1)ゆっくりからメトロノームなどを使って徐々に速くしていく
  • 2)限界より少し速いテンポで強引に弾いて動きを作っていく
  • 3)指を指板になるべく近づけて置いて、小さな動きではっきりとした運指ができるようにする
  • 4)同じ動きをくり返し練習して反応を速くする
  • 5)無駄な動きをとる、脱力を確認する

などでしょうか。どれも正しく、「トレーニング法」としてはやるべきことだと思いますが、今回はちょっと違った視点で考えてみます。「速く弾くにはどうしたらよいか」という発想を「速く弾けないのは何故か」という方向から考えてみたいのです。

速く弾けない、という悩みも、よく聞いてみると何通りかのパターンがあります。「左手がどうしても速く動かない」「あるテンポまで速くするとそれ以上はぱたっとできなくなる」「右手が速く動かない」「左手も右手も速く動いているのに同期しない」「左手も右手も速く動いているのに音にならない」等、じっくり検証してみるといろいろな原因があるようです。

弾けない原因を以下の三通りに分けてみました。

  • 1)もっぱら左手の問題
  • 2)もっぱら右手の問題
  • 3)右手と左手の問題

これをさらに分類します。それぞれについて小考してみます。

1)もっぱら左手が問題となって速いパッセージが弾けない例とその解決策

(1)まず、左手そのものが速く動かせないケースです。

これも大きく二通りに分けてしまいます。そもそも左手の指を速く動かせないケースと、他のこと(例えばキーボードを叩く)ならできるのにヴァイオリンになるとできなくなるケースです。

最初のケースの場合、かなりいろいろなタイプの訓練をする必要があります。まず、脱力ができているかを確認します。脱力ができていないと、指を速く動かすことはできませんから、日常的に「不器用」と判定されているケースがほとんどでしょう。この場合、脱力と手の使い方そのものから訓練しなければなりません。指を単に折るところからスタートして、脱力した状態で指が独立して動く感覚を磨くわけですね。こうした訓練をした後、次のケースと同様のトレーニングをします。

後のケースは、ヴァイオリンを弾くときに左手を動かない形にしていることが原因です。これは、今まで述べてきたような脱力・ボウイング筋などのチェックをして、次に進みます。

(2)次に、何となく速くは動くものの、正確に音程が取れない、きちんと指板を押さえられない、というケースです。

ヴァイオリンのトレーニングとして「速く弾くためのトレーニング」は、もっぱらこの部分に対応するものです。ですから、巷で言われているトレーニング法が当てはまるのも、主にこのケースに限られるのです。逆に言うと、僕が書く必要のない部分でもあります。

一つだけ、ヒントになることを付け加えておきます。それは、「指の開きを頭でコントロールできているか」ということです。ある程度速く弾けるものを録音してみて、音程の悪いところを見付けます。次に弾くときに、その音だけを注意して弾いてみます。速いパッセージの練習をするとき、全体を考えながらくり返し弾くことはかなり難しいのですが、気にする音を少なくすると意外と修正が効くものです。これをやってみてください。もし修正が効かないとすれば、その部分に指などに負担がかかっている可能性があります。ゆっくり弾き直してみて、そこだけに「結節点」がないかどうかを確認します。弾こうとするパッセージ全体について、このようなチェックができると、かなりの確度で「限界」を超えることができるようになります。

巷で言われている練習法の効果・難点などは、書き始めると大変ですので、また改めて書くことにしたいと思います。

2)もっぱら右手に問題がある場合

意外と多いのが、右手が問題で速いパッセージが弾けない例です。左手を速く動かす訓練は皆さんがなさっているので、ある程度解決されていることが多いからだと思います。これも二つに分けます。

(1)右手が速く動かないケース

多くの場合、右手を動かす筋肉を間違って使っています。基本的に、人間の運動は「実際に動いているところから関節一つ手前かその前」の筋肉を使っています。これができていない状態で、特に関節の変形で右手を動かしている場合、動きがかなり緩慢なものにならざるを得ません。幾つかチェック法がありますが、代表的なものを書いておきます。

まず、ヴァイオリンを弾くように右手を構えます。弓を持つ必要はありません。手を軽く握って、肘から先を速い弓を動かすようにくり返し動かしてみます。弓を返す運動をするときに、「がくん」という衝撃がどの程度感じられるか、ということをチェックしてみてください。返すたびに、返す前の進行方向にかなりの衝撃を感じるのであれば、動きを関節の変形で行っている危険性が大きいです。筋肉が正しく使われている場合、この衝撃はかなり緩和されたものになります。運動が動いた二つの終点に加速度を生じているか、中央に勢いを感じているか、と言い換えてもいいでしょう。前者だとかなり「がくんがくん」と感じるはずです。この区別が付けばしめたもの。

弓を持たずにこのチェックをした場合、関節の変形で動かしていてもかなりのスピードが出ます。ですから、一見関係ないように思われるかもしれませんが、弓を持って弾いてみると一目瞭然。関節の変形で動かしていると、弓の返しがスムースにいきません。それを気にしながら弾いていると、必然的にスピードが出なくなるのです。

このチェックは、手首・指などにも応用できます。ただし、紙上では限りがありますので、先生と相談してやってみてください。

(2)速い運動で腕の重みが利用できていないケース

右手に主な原因があって速いパッセージが音にならないケースのほとんどがこれです。要するに、速く動いているときに腕の重みが「死んで」しまい、弦を必死に擦りながら弾いてしまっているために起こることです。

チェックは簡単です。ゆっくり弾くときに腕の重みを十分感じて、次第に速くします。ある時点で、弾いている感覚がはっきりと変わるはずです。加速がついて浮き上がってしまうような感覚です。勿論、音でも判断できます。ゆっくり弾くときには脱力ができてボウイング筋が使えている人でも、速くなるととたんに肩や肘、手首などに力が入ってしまい、腕の重みが使えなくなる人がいます。上記の関節の変形と複合することもあります。

解決法は、腕の重みを使いっぱなしで速く弾けるように練習することです。徐々にテンポを上げていくしかありませんが、弓幅をなるべくたくさん使いながら練習すると効果が大きいですね。

3)左手と右手の複合的要因

1,2のケースが同時に起きることもありますが、それは「複合的要因」ではありません。それぞれの対策をとっていけば解決できるからです。ここで言う「複合的要因」とは、上記の問題を解決したにもかかわらず速いパッセージを練習しても弾けない、というケースです。「右手と左手がシンクロしない」ケースと、「両手にしたとたんにできなくなる」ケースです。

「右手と左手のシンクロ」の問題については、全く別に詳しく書くつもりですので、ここでは簡単にしておきます。

この問題は、僕は主に「頭の問題」だと思っています。(もちろん、異論はあるでしょう。)勿論、頭の良し悪しを問題にしているのではなく、「頭の使い方を知らない」ことを問題にしています。これは訓練することができるタイプのものです。

右手と左手に同時に頭が指令を出すことは、とても大変なことである場合があります。簡単なことはもちろん実生活でいつも使っていることで、(例えばお茶碗を持ってごはんを食べる、なんていうのもその例です)誰でもやっていることなのですが、やることが複雑化すると次第に困難になります。その様子をレッスンで見ていると、一昔前のコンピューターゲームを思い出します。

(知らない方のために・・・一昔前のコンピューターゲームは、処理能力が今とは格段に違い、複雑な操作になるととたんに画面が遅くなるのです。例えばインベーダーゲームで、敵がたくさん降ってきて、こちら側もたくさん弾を撃つと、画面がスローモーションのようになってしまいました。)

頭の訓練ですから、ヴァイオリンを持っていないときでも方法はあります。ヴァイオリンを練習しながらということであれば、右手と左手を違うリズムで弾いたりリズムの分割を変えたりして、「違うこと」をやってみればよいのです。ポイントは「初めは同じことをやっていて少しずつ違う役割を与えていく」練習をすることです。アクセントを意識する場所を変えるだけでも、やってみると結構大変なことがわかります。そんなことが自在にできるようになると、かなりシンクロの問題は解決されるはずです。

両手にしたとたんにできなくなるケースは、上記の「シンクロしない」極端な例だと思ってください。こうした場合、実は1,2が解決できていないケースがほとんどです。右手だけ、左手だけでやってみるとできたのに、両手にしたとたんに元の木阿弥になってしまった、ということが起きているのです。特によく見られるのが、楽器を持ち弓を動かそうとすると、体の意識が中央から両側に散ってしまう人です。典型的なのが肩に力が入ってしまうケース。両肩を上げてしまうと、体の指令は左右に完全に分離してしまい、右と左が「全く同じ動きしかできない」か「ばらばらにしか動かない」という状態になってしまうことがあります。「そんなばかな」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、意外に多いのです。ちなみに、僕はこれを「頭の脱力」と呼んでいます。

以上の問題が、今まで見てきた中で出会った「速いパッセージが弾けない原因」です。これを解決することがまずスタートです。上級編は別項にいたします。

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さらに付け加えてみたい。

速く弾けない原因の抽出法

まず、速く弾けない原因の探り方です。「左手が回らない」と感じた場合でも、真の原因の可能性は多岐にわたります。原因がわからないと対策が立てられないのは、いつも述べているように、病気と同じです。

左手にしろ右手にしろ、運動そのものができない場合がもっとも根本的なものです。左指が速く動かない場合は、まず運動そのものがそのスピードに達することができないのか、運動はできるが何か阻害要因があるのかの判別をしなくてはいけません。具体的な判別法は、どのような運動についてか、何が阻害要因になり得るかを推測して調べるのですが、具体例は次項以下に挙げておきます。

具体的な阻害要因が見つからない場合、運動能力が上がらない原因を見出しにくいことがあります。頭の指令そのものを速く出すことができない場合と、指令自体は速く出るのに伝達経路に問題があったり指令を具体的な運動にするところで速くできない場合などは、判別することが非常に困難です。具体例をひとつ挙げておきます。

ある速いパッセージが弾けない場合、一小節ごと、ないし1フレーズごとに小さな間を空けて断続的に弾き、その形でスピードを上げていく練習をしてみます。小さな間を空けることでスピードを上げることができる場合は、頭から出された運動の指令が指に伝達して実際の運動になる経過には問題がないことになりますが、それでも弾けない場合は、指令自体の問題、ないし運動そのものができないということになります。前者の例は「暗譜しないと速く弾けない」症状を持っている人に顕著なものです。

この他にも、それぞれのパターンによって判別法が考えられます。

運動能力を高める練習の一般論

速い運動ができるようなるために取られる一般的な方法は、以下の三つです。

  • 1)できる速さで運動し、次第に速くしていく
  • 2)とにかく無理やり速い練習をして、少しずつ調整していく
  • 3)他の運動で速さを作り、適用、応用していく

この三つの方法は、いずれも効果がある方法ですが、それぞれに利点、欠点があります。練習によって得られる効果と対応する問題点は

  • 1)安定した状態でテンポを少しずつ上げることができる。運動や体の使い方、音程などに気をつけることができる速さを、同時に鍛えることができる。
  • 2)速いスピードに対応する運動能力を高めることができる。
  • 3)速い運動を作りやすいものから始めるので、安定した状態で速いテンポを得やすい。リズム変化などを伴う練習は、リズムで運動を規定できるので、運動自体をコントロールする能力をつけることもできる。

 

  • 1’)速くすることに限界が来てしまうことが多い。ある速さ以上はどうしても進めなくなることが少なくない。しかも、その「ある速さ」が比較的速くないことが多い。
  • 2’)手の形、ボウイングなどが乱れてしまうことがある。音程の調整も難しく、調整することができるまでにやっていることがとてもストレスになる。
  • 3’)他の運動を作ることが易しくないことも多い。他の運動を練習することで、思いがけない癖がついたりすることもある。

こうした「通常の」練習方法を取るときには、この利点・欠点をよく理解して練習することが必要です。特に、1,2の練習は、利点と欠点が相互に補完関係になっているので、両方をやることで初めて効果が現れることも少なくありません。

頭の処理能力を上げる練習

適切な訓練によって頭の処理能力を上げることは不可能ではありません。前提として、頭の働きを理解するために、関連することを少し説明しておきます。

頭の働きの構造(感情的なこと、感覚的なことを除く)は、記憶することと考えることに大別できます。記憶することは、文字通り、出遭った事象を頭の中に格納する作業です。考えることとは、考える対象を格納された記憶と関連させて、ある論理を組み立てる作業です。この二つを簡単に説明しましょう。格納される形式はある種の電気信号で、「関連させること」は、この電気信号同士を結びつける作業です。この点では、コンピューターがやっている作業に近いといえます。

記憶は、短期記憶と長期記憶に分かれる。短期記憶は、ある事象を一時的に頭の中に置いておくもので、長期記憶は短期記憶をしっかりと頭の中にしまいこんだものです。コンピューターでデータをセーブする前のデータが短期記憶、セーブしたものが長期記憶であると比較して理解できます。パソコンの電源が落ちてしまったときに、セーブしていないデータは消滅してしまいますが、セーブしてあればなくなりません。短期記憶も、そのままではすぐに忘れてしまうシロモノで、どこにしまったかを示すタグを付けてきちんとしまわれた時に、初めて使い物になる記憶になります。この短期記憶は、音を短時間覚えておくことに使われるもので、音感トレーニングの基本となります。

運動能力を上げていく訓練で必要な頭の働きの向上は、直接的な運動の指令とその指令を出す判断との問題になります。直接的な指令の問題は単純な「運動神経の問題」と理解され、運動の指令を判断によって出す能力の問題は、頭の処理能力の問題に帰着します。前者は単純に「運動能力を高める」作業なので、ここでは取り上げません。

運動の指令を判断して出す脳の働きは、頭を訓練することによって高められます。もちろん、運動そのものを速くしていく訓練でも鍛えることは可能ですがが、頭を鍛えることを目的とした練習を行うことでその効果はアップします。そのための訓練法は、簡単に言えば脳に負荷をかけて能力を高めていくことに他なりません。

こんなことを言い切ると、「お前は脳の働きを完全に理解しているのか?」というクレームが来そうで怖いですね。もちろん、脳の働きはまだ解明されていない部分も大きく、簡単に言えるものではありません。しかし、これまで積み重ねられてきたトレーニング法(もちろん、ヴァイオリンに限った話ではない)や、頭の働きがわかってきた部分などから類推することは、ある程度可能です。ここでの話も、その範囲でのことであると了解してください。

楽譜の読み方による速さの問題

最後にもう一点付け加えておきます。速く弾くことができない、特に「指が回らなくなる」のではなく「あるところでぴたっと止まってしまう」症状がある場合、楽譜の読み方に問題があることが多いです。楽譜を読む時に弾いている音を見ていると、次の音の処理が間に合いません。常に、少し先を見られるように意識しましょう。

左手を先行させる訓練を徹底することで楽譜の少し先を見ることが可能になる人も少なくありませんが、テンポを上げる時に、いつでも楽譜の先を見る意識を持っていることが大切です。また、一つ先の固まりを一度に読むことができるようになると、処理能力は格段にアップします。ある程度のスキルが身に付いてからの話ですが、1フレーズずつ、「固まりで読む、弾く、固まりで読む、弾く」という練習も、とても効果があります。