柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ヴァイオリン練習法とレッスン > 9.メトロノームやチューナーの使い方

あちこちで、コルグのOT-12のことを書いている身としては(苦笑)、チューナーの使い方についてもきちんと述べておく必要があるでしょう。そもそもOT-12のことを取り上げたのは、現在、普通に買えるチューナーで平均律以外の測定ができるものがこれしかなかったからです。チューナーはきちんと使えば、音程を修正することができる「可能性が高い」機器ですが、使い方を間違えると全く意味をなしません。そのあたりのことを理解していただくために、チューナーの効果的な使い方を知っていただきたいと思います。

(※現在、OT-12は販売してません、後継機のOT-120が機能そのままの形違いとして出ています。)

小さい頃からメトロノームを使った練習をたくさんしてきたのにテンポ感がない人は少なくありません。ピアノを使って音程を合わせる訓練をたくさんしてきたのに(平均律である、ということは不問にしても)音程で苦労する人は多いのです。そのことが何を物語っているのかを理解していただければと思います。

1)基準になる機器を使うことの意味

以前、メトロノームの使い方を書いたのですが、そもそも人工的な、物理的に正しい基準を練習に使うことの意味を考えてみます。基準となる機器を使った練習がもたらす状態は、以下のように分類できるでしょう。このことを知らないと、器具を使った練習を誤ったものにしてしまう危険性が強いのです。

  • ・基準を耳(場合によっては目)で捉えて、それを基準にして自分の運動を作ろうとする
  • ・基準と自分の運動や運動の結果(音など)を比較する
  • ・基準を自分が持っている基準と比較する
  • ・基準を自分の頭の中に取り込んで自分自身の基準にしようとする

それぞれの状態がもたらす結果は全く異なります。メトロノームやチューナーを使っているのに目的としたことに効果が現れない、というケースでは、この状態を誤解していたり、これらの状態の差がわからないために「どのような結果を得られるか」ということを勘違いしていることがほとんどです。

上記の・~・までの状態が生む効果を考えてみると、それぞれ、

  • ・運動(やその結果)自体のスキルを上げること、運動(やその結果)の質を揃えることには役に立つが、運動を安定させたり運動(やその結果)自体の基準を作ることには全く意味が無い
  • ・自分の運動やその結果がどのように不安定かを測ることが出来る。運動や結果に対して持っている誤解を修正するためのきっかけを作ることができるが、そのこと自体で基準を作ることはできない
  • ・自分の基準を比較することで、持っている基準を修正することができる可能性がある
  • ・基準だけを取り込むことはできないが、取り込んだ基準の上に、自分の運動や運動のもたらす結果を積み上げることが出来ると、結果として基準に近いものを取り込める可能性がある

えっ、と思われる方がいるかもしれません。しかし、こうした人工的な物理的基準を使ったからといってただちに正しい運動や結果を得ることができるとは限らない、むしろ可能性は少ない、ということを知っていただきたいと思います。そのことを検証し、出来る限り効果的なこうした機器の使い方を考えてみます。

2)「基準を耳(場合によっては目)で捉えて、それを基準にして自分の運動を作ろうとする」こと

多くの場合、チューナーやメトロノームを使った練習は、結果としてこの状態を作ります。例えば、以下のような方法でメトロノームやチューナーを用いた練習をした場合です。

事例1:テンポやリズムが安定しないために、メトロノームをかけてそれに合わせて練習すること。目的は、テンポやリズムを安定させること。

事例2:音程がはっきりわからないために、チューナーを目で見て確認しながら音程を合わせて練習すること。目的は、音程をはっきりと認識して正しい音程で弾くこと

こういった方法は、練習の目的を達するためには全く役に立たない、むしろ練習することで目的の運動(結果)を得るために必要な感覚を磨くために害になる可能性すらあることを、まず理解してほしいと思います。

事例1の場合、メトロノームが刻んでいるテンポに自分の運動を合わせます。その時に頭の中で起きていることは、メトロノームの音に合わせようとする反応です。この反応は、能動的に基準を作る作用とは全く異なります。つまり、いくら繰り返しても、体の中に速さの基準を作ったり、体が感じている速さを安定させる効果は期待できないのです。アマチュアでオーケストラを経験している方なら経験があるでしょうが、オーケストラが走ったり遅れたりするところで、指揮者が手をたたいて合わせた後、手をたたくことをやめるとまた合わなくなってしまうのも、これと同じ理屈です。物理的な基準に合わせようとすると、頭は能動的にテンポを意識しなくなります。これは、テンポを安定させる作業としてはむしろ害になるのです。

仮に、メトロノームでの練習で安定した速さを体で作り出すことができるとすると、メトロノームで練習をしたら、その後は何をやってもテンポが安定することになるはずです。これは音感の問題、すなわち、チューナーを使うことでも同じような結果が起こります。

(注)頭で音を鳴らすことができるようになる過程でも、実は同じことが起こります。ただ音源をたくさん聴いても、頭で音を鳴らせるようになるには非常に長い時間がかかるか、できません。音を聴いているときに、頭の中で同時に歌ったり、体を動かしたりという能動的な動きを加えなければならないのです。この点については、音感のところで詳しく述べる予定です。

メトロノームを使った練習をしてテンポが安定したように感じるのは、メトロノームを使った練習がスキルをアップさせたからです。特に、運動が困難なところを強制的にそのテンポで弾く練習をさせられるわけですから、そういった意味では効果があるのです。「運動(やその結果)自体のスキルを上げること、運動(やその結果)の質を揃えることには役に立つが、運動を安定させたり運動(やその結果)自体の基準を作ることには全く意味が無い」と書いたのは、こうした意味です。

チューナーを使うことについても検証してみましょう。チューナーを使って音程を確認して練習しても音を覚えることができないことは、みなさん十分感じていらっしゃるはずです。仮に、チューナーで音程を覚えられるのならば、チューナーを使って練習をした後は、使わずにわかるようになるはずですね。

音程を合わせるためにチューナーを使うことは、その時点での音程をある物理的なピッチに合わせること以上の意味はありません。つまり、スケールを練習するために、チューナーを見ながら一音一音合わせて練習しても、耳を鍛えるという点については全く効果がないのです。ある時点での音程をチューナーで合わせること自体に意味があるのは、

・複数の音を同時に鳴らしたときにどのように聞こえるかを知るために正しい音程を取ってみること、ないし、正しい音がどのように鳴るのか・聞こえるのかを知るためにその音を取ってみること

・合っていない音が実際にどのくらいずれているかを体感すること

に限られると考えていいでしょう。つまり、音を合わせること自体から生じる結果が利用できる場合に限られるのです。

(注)言葉の使い方には十分に注意しているつもりですが、誤解のないようにしてください。例えば「チューナーで音を合わせる」と「チューナーで確認する」は、意味が違います。前者は、チューナーの針などを見ながら正しい音程を取ってみることで、後者は自分が取った音が合っているかどうか(どちらにずれているか)をチューナーで確認することです。

3)「基準と自分の運動や運動の結果(音など)を比較する」こと

メトロノームを使う場合、メトロノームの打つ拍に合わせようとするのではなく、拍を意識せずに弾くこともできます。例えば、最初に弾かずに拍を頭で意識し、弾き始めたらメトロノームを意識から外します。こうした練習をしている方も多いでしょう。こうした練習は、自分の運動がどの程度不安定かを知ることができます。しかし、これだけではテンポを安定させることはできません。最初のテンポをメトロノームからもらっただけです(ただし、この練習は、前項の練習よりテンポを安定させる効果はやや強いはずです。メトロノームの打つ拍に合わせようとしないので、頭がテンポを意識することができるからです。しかし、これでもメトロノームを使ったからテンポが安定する、という性格のものではありません)。

音程についても同様です。弾いた後、チューナーを見る作業を繰り返すと、自分の音程がどの程度、どの方向に違っているかということを認識することはできます。このことで、音程を正しい方向に修正しようとする力を付けることは可能です。しかし、音程間隔自体を身に付けることができるわけではありません

4)「基準を自分が持っている基準と比較する」こと

メトロノームを鳴らしながら同時に自分で拍を打つこともできます。この練習は、メトロノームという基準を聴きながら能動的な運動をするという意味があります。単に基準に合わせるのではなく、能動的な運動を伴うことによって、自分の運動を修正できる可能性は高くなります。この運動は、指導者の運動を真似して体を動かすことを覚えようとする作業と同じ効果があります。

この作業がある種の運動を覚えることができることは、音楽に限らず理解できるでしょう。スポーツの世界を想像してみるとわかりやすいかもしれません。しかし、この作業には非常に時間がかかることも容易にわかるはずです。運動を覚えるためには、長い時間のトレーニングが必要だからです。「自分の基準を比較することで、持っている基準を修正することができる可能性がある」と書いたことを理解していただけるでしょう。

チューナーを使った音程のトレーニングの場合、この作業を行うことは困難です。

5)「基準を自分の頭の中に取り込んで自分自身の基準にしようとする」こと

これは、前項と非常に近い練習です。メトロノームを使った単純な練習を例に取ると、メトロノームをかけた状態と自分だけで拍を取る練習を交互に行うことなどが、これに当たるでしょう。この作業は単純であればあるほど効果があります。音程のトレーニングの場合、正しい音程を聞いて真似をする作業がこれにあたります。このトレーニング自体で必ず基準を取り込む・作ることができるとは言えませんが、受動的なトレーニングに比べて効果が期待できることは確かです。「基準だけを取り込むことはできないが、取り込んだ基準の上に、自分の運動や運動のもたらす結果を積み上げることが出来ると、結果として基準に近いものを取り込める可能性がある」と書いた意味を理解していただけると思います。

6)音程を覚える、矯正するために必要なこと、チューナーの使い方

絶対的な周波数を覚えることが非常に困難であることは、すでにあちこちで述べました。音程を良くするために必要なことは、協和する音程間隔を判断できるようにすることと、心地よい進行(セント値で表せば、204と90)を覚えることであり、それしかできないことも述べてきました。では、音程の矯正をするためにチューナーを使うことに意味がある、ないし、効果的なチューナーの使い方とは、どのようなものでしょうか。

効果的なチューナーの使い方を知るためには、既述のようにチューナーを使うと何が起こるのかを理解することと、人間が音程間隔を判断する、ないしその基準を作ることがどのような順序で行われるのか、ということを理解する必要があります。後者については、稿を改めて詳述しますが、強調しておきたいことは、人間の自然な感覚を利用しないで音程を覚えることはできないということです。

スケールの音程矯正をするとき、私は練習を重ねていけば自然に音程が良くなっていく範囲に到達してもらうことを重視しています。ある程度の範囲内にスケールが収まると、練習しているうちに自然に心地よい方向に向かうようになるからです(注)。この範囲を外れていると、どんなに練習しても音程が良くなる可能性は非常に少ないのです。この範囲を外れている場合、チューナーを使った練習が効果を発揮します。つまり、チューナーを使った練習は、音程間隔を覚えるためのものではなく、音程が良くなる範囲まで自分の音程を矯正するためのものなのです。

(注)レッスンやアンサンブルのトレーニングでは、私はこの基準を「40点」と示しています。経験的にいえることは、このラインを超えると、音程はかなりの確度で向上します。この範囲は、平均律よりは厳しいものになります。平均律に近い基準を与えても、音程の向上がみられることは非常に稀です。ちなみに、レイトスターターが主要な調でこの範囲のスケールを弾けるようになるのにかかる時間は、個人差が非常に大きいのですが、経験的には、3ヶ月から3年の範囲です。

具体的には、まず、調弦を厳密に五度に合わせるためにチューナーを用います。もちろん、これは平均律の五度では意味がありません。2セントの違い(平均律の700セントか、純正の702セントか)が問題なのではなく、楽器の響きを利用することができない、特に、GとEが旋律音程から大きく乖離してしまうことが問題なのです。

ト長調のスケールの練習をする場合、厳密に五度があっている楽器だと、各弦との共鳴を利用した音程矯正ができることは理解していただいていると思いますが、仮に平均律に合わせた楽器だとどうなるか考えてみましょう。開放弦のG音の次のAは、五度が厳密にあっている楽器だとGA間を204セントに取ることができますが、平均律に合った状態だと200セントのAで楽器が共鳴してしまいます。この4セントの差は致命的といっても言い過ぎではありません。同様に、D線のGと開放弦のA音も、楽器が教えてくれる音程は200セントになってしまいます。もちろん、200セントと204セントの差自体も問題ですが、こうして積み上げた音程は半音が致命的に広くなってしまうのです。レイトスターターの音程を見ていると、1の指の高い位置(開放弦から204セントの位置)は低すぎ、低い位置(開放弦から90セントの位置)は高すぎることがほとんどです。こうした結果を招いてしまうのは、正しい音程の方向に向かおうとする意識を使うことができないからです。

均率の呪縛から離れるためのトレーニングに、OT12は役立ちます。例えば、G線上でGAHと連続してチェックしながら音程を取り、そのあと繰り返しその三音を弾いてみます。この程度のことであれば、比較的初期の段階でできるはずです。これによってもたらされる音程は、平均律とは全く異なるものであることにすぐに気がつくようになります。この連続が理解できると、音程を自分で矯正していくための大きな武器になるのです