柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ヴァイオリン練習法とレッスン > 8.右手の練習法

総論部分や各論(速度を上げること、左手の練習法など)で取り上げた基本的な発想は、右手の練習法にも全く当てはまります。ここでは、右手の練習に特有なポイントに絞って、練習法の構築術を考えてみましょう。

(1)基本的な留意点

右手の練習をするときに最も大切なことは、楽器が鳴っている状態が基本にあることです。どのような奏法を練習するときでも、楽器が鳴っていることを意識しなくてはいけません。ppで演奏するときであっても、楽器が鳴っている状態と鳴っていない状態では、比較にならない差がついてしまいます。

この差を実感することは大変難しいのですが、多くのアマチュア、特にオーケストラでばかり弾いている人たちには、大きな誤解があります。普段から「自分に聞こえないくらいの音で弾け」と指示されていると、音の大きさと楽器の鳴り方の関係性がわからなくなることが大きな原因ではないかと思います。「小さな音」とは「聞こえない音」ではなく、「小さいが、よく通る音」なのです。広い場所で試してみると一目瞭然ですが、そうしたチャンスがないことが多く、判断が難しいのです。

第二点目は、運動を大きく捉えることです。腕から弓まで全体をできるだけ大きく捉える意識を持つことが重要なのです。長いものは短いものより、1)先端が速く運動できる、2)柔軟性が大きい、3)ボウイングにおいては、結果として小さな運動を作りやすい、という利点があります。

第三点については、疑問を感じる人もいるでしょう。これを理解していただくためには、二つの要素を知る必要があります。一つは小さなところで運動を作ることが難しいということ、二つ目は腕全体を使うということはたくさんの関節を利用できるということです。

一つ目は理解しやすいと思います。狭い檻の中でスペースを十分に使って運動することは難しいですが、広い平面の上で檻と同じ広さ全部を使って動き回ることは易しいですよね。これは、人間が自然に身に付けている意識の問題に帰結します。それに加えてボウイングの場合には、実際の運動のし易さも異なります。弓元で細かく速い運動を作るときに、腕を体に密着させるより空間を広く取った方がやりやすいことは、すぐに実感できると思います。

この問題は、左手にも当てはまります。左手全体では、左手を長く使うと指の運動が楽になることで実感できます。小さな部分では、人差し指を指板に近づけていると1の指の運動やヴィブラートが難しいことでわかると思います。

二つ目は、指導書でも誤解されていることが多いです。基本的な速い運弓動作や移弦で、「細かく速いものは手首からさきだけを使う」と書かれているものがありますが、これは誤りです。正しくは、「運動が細かく速くなると、運動の割合が小さな関節に寄っていく」ということです(もちろん、ごく微細な運動で大きな関節が必要ない場合は、小さな関節だけを用いることがあることは言うまでもない)。小さな関節だけの運動は、単に小さい運動を作ることには長けていますが、コントロールが非常に難しいのです。

(2)基本的なボウイングを練習する意味

楽器を持ったばかりの頃は基本的なボウイング練習に時間をたくさん割く人が多いですが、さまざまな奏法が登場して左手の難易度が上がってくると、ボウイングの練習がおろそかになりがちです。「応用の利かないボウイングだけの練習はあまり意味がない」という指導者も少なくありませんが、はたして、一定程度の進度に達した人たちにとって、基本的なボウイングの練習に意味があるのでしょうか。結論から言うと「イエス」ですが、ただ単に同じ練習を繰り返すことに意味がある、と言っているのではありません。ボウイングの練習は、進度に応じて変化していくべきです。適正な進化をとげることで、ボウイングの練習がその時の状況に応じて有効なものとなるのです。

初期のボウイング練習は、主に適正な力を使いながらボウイングの形を作ることを目的とします。レッスンでさまざまなことを指摘されるはずですが、その全てがボウイングの本質にかかわる発想を理解していただくためのものです。時には、将来どのようなテクニックが必要となるか、どのような運動がこなせなければならないか、などの話も出てくるでしょう。それをできる限り正確に理解し、将来につながるボウイングの基礎を作ります。

私は、往復運動であるロングトーンの他に、ダウンとアップの運動を別々にしたボウイングトレーニングも要求しています。それぞれの目的はレッスンで順に説明していますが、いずれもしっかりと意味を理解して練習してください。

ある程度安定してくると、ボウイングの練習の意味が少し変化します。各種の奏法のトレーニングが始まる時期のボウイングの練習で一番大切なことは、新しい奏法を導入したときに基本のボウイングが崩れていないか、というチェック時にすることです。各種の奏法の練習は、基本のボウイングにさまざまな運動を付加するものですが、新しい体の使い方を導入すると、どうしても余分な運動などを覚えてしまいがちになります。その点で、新しい奏法での体の使い方と基本のボウイングとをよく比較して、自分がどのようにボウイングを進化させていくかを確認しなければいけません。

さらに、この時期にはトーン・コントロールのトレーニングがスタートします。トーン・コントロールには、弓の速度や重さの変化、弾く場所や毛の量など、右手のさまざまな変化を覚える必要があります。これらが基本のボウイングとどのようにつながっているのかを理解するためにも、ボウイングの練習は欠かせません。

また、ボウイングが安定してくると、最初にボウイングの基礎練習をすることで、その日の体調や楽器の状態を測ることができるようになってきます。これはとてもに大切なことで、できるだけ早くボウイングを自分の状態を知る武器にできるようになりたいものです。特に、オーケストラの練習後などは自分の状態が荒れてしまうことが多く、そうした状態からできるだけ早く抜け出すためにも、ボウイングの練習で確認できるようにしなければなりません。

(3)高度成長期と安定成長期

この問題も左手にも起こることですが、右手に顕著なのでここで取り上げます。

ボウイングの練習や奏法の練習は、最初はレッスンのたびごとにたくさんの指摘を受けるはずです。自分の練習で間違っていたことや身に付いていないことを指摘されて、それを正していくことが毎回のように起きます。この時期には、進度のでこぼこはあっても、短時間に一定以上の進歩を遂げる人がほとんどです。

ところが、ある程度の時間が経ちボウイングが安定してくると、見た目にも音にもあまり劇的な変化が起きなくなります。こうしたときに、ボウイングの練習の意味を見失ってしまう人も少なくありません。私はこの状態を「安定期」とか「踊り場」と表現しています。

デタシェの練習を例にとってみましょう。最初は求める音を説明され、運動がどのようなものであるかの説明を受けたはずです。レッスンとレッスンの間は、説明されたことを自分ひとりでできるようになるための練習が中心になります。カイザーの1巻(場合によってはウォールファート)でデタシェの練習をしている間が、多くの人にとってこの時期に当たります。1番で基本を理解し、3番で弓の配分が異なるときの運動を覚え、7番で移弦が繰り返される形をマスターする、という順です。

基本的にはこの3つが終了するとデタシェの初期段階は終了ですが、ほとんどの人はこの段階ではまだデタシェを続ける体力(物理的な体力だけでなく頭の体力も)付き切ってはいません。この後、デタシェの練習はカイザーの13番やローデ(op.37)の2番に進みますが、ここではデタシェとスラーとの混合練習を行います。ポジションチェンジも同時に行えるようにしていきます。この過程では、1巻できちんとデタシェをマスターした人にとっては、デタシェ自体はあまり進化しません。しかし、練習を繰り返している間に、デタシェに必要な体や頭の錬度が上がってきます。

このように、一定以上の状態になると、表面的には進度がとまってしまったように思うことがあります。しかし、正しく練習をしている間は、進度が止まっているのではなく、それまでに覚えたことを定着させて次へ進むための「充電期間」であると考えてください。また、こうした「踊り場」がない状態で促成栽培してしまうと、後で苦労することになることも間違いないのです。

◎ まとめの問 右手編 ◎

 

1)細かい移弦運動で肩と手が運動して肘が反対に上下運動する(無駄になる)運動になってしまうことがある。どのような状況か考えよ。また考えられる解決策は何か?

 

 

2)子音の濁点は、重みよりもスタート時のためらい(一瞬の遅れ、二度弾き)に原因がある。どのようなシステムだと考えられるか?

 

 

3)スタカートで弓幅を広くすると弓が跳ねやすくなるのはなぜか。

 

 

4)ショートで弓が持てていないと決して飛ばない。何故か?

 

 

5)デタシェで上腕の筋肉を締め付けて止めるとダメ。意識は上腕と肘ではなく手と肩の両側にある。何故か?

 

 

6)コーレとロングはリフトのシステムが違う。説明せよ。

 

 

7)スタカートで子音をつけるために指に力を加えてしまってはだめ。何が起こるか?

 

 

8)移弦距離を大きくするとハッキリした音で移弦をしやすいが、移弦時の音をハッキリさせることの問題の本質は移弦距離ではない。では何か?

 

 

9)弓の震えの原因追求に、部分的にハンカチを当てる方法がある。どのような原因が考えられるか?

 

 

10)胸をそる意識、肩自体を伸ばす意識だと、ピコピコ筋を過剰に使ってしまう危険性が強い。ピコピコ筋が強烈に引っ張られると、上腕の筋肉が引っ張られて指も引っ張られる。指が揃ったりクッションが使えなくなる症状になって表れる。解決策を考えよ。

 

 

11)腱の両側を使うタイプ(デタシェなど)は、弓を後ろに引っ張ることになりがちである。何故だと考えられるか?

 

 

12)タンタタン症候群の原因はいくつかある。考えてみよ。

 

 

13)指を揃えて持つと、広げて持つより負荷が増える。何故か。

 

 

14)速く細かく動いたときの立ち上がりを単音で練習するときは、開放弦や共鳴する音はダメ。何故か。

 

 

15)E線のアップで胸部を吊り上げてしまうとダメ。何故か。