さて、楽器も買った、レッスンの予約もした・・・あとは楽器を持って弾いてみるだけです。レッスンは来週なんですが・・・せっかく買ったヴァイオリンが「触って、触って」と声をかけているようです。ええい、ちょっとならいいや、せっかくだから弾く真似でもしてみよう・・・
もちろん、初めての愛しの楽器を「触るな」とは言いません。自分の楽器に愛情を持つことは、ひょっとしたら音楽を愛することと同様に重要なことかもしれません。うっとり眺めるのも、少しこわごわと触ってみるのも、とても大切なプロセスだと思います。しかし・・・
まず、現実的な話を一つだけ。
ヴァイオリンや弓は木でできています。表面には「ニス」が塗ってあり、傷がついたりすることをそれなりに防いでくれます。しかし、この「ニス」は、剥がれたり傷ついたりすると結構やっかいなしろものなのです。ですから、楽器を持つときは、「できるだけ本体には手を触れない」ようにしてください。ケースから楽器を出すときには、ネックを持つようにしましょう。また、手が触れてしまったら、しまうときに付いてしまった手の脂や汗をきれいにふき取るように心がけてください。
さて、本題です。楽器を実際に持つ前に、次のことをやってみてください。
1)ボウイング筋を見つける
右手にある程度の重さのあるものを持ち、持ったまま腕を下ろしておきます。(500グラムくらいで十分です。また、弓のように長いものでなくてもかまいません。)右手は弓を持つ方ですが、(左利き用の楽器を買われた方は、もちろん左手です。)弓の重量 は50グラムほどですから、これ以上重いものである必要はありません。ただし、これ以上軽いと、初めは筋肉で重さを感じないことがありますから、このくらいが丁度良いと思います。次に、持ったまま、手をゆっくりと真横に上げていきます。最終的に肩よりやや高いくらいまで上げてみてください。さてこの時、どこに力が入り、どこの筋肉を使っているか、感じましたか?(全く感じない場合、少し重量 を増やしてみてください。)注意することは、腕に決して力を入れないこと。手で持ち上げる、というより、肩より後ろで引っ張り上げる感じにしてください。
多くの場合、上げるに連れて「手首→肘→肩」に重みを感じたはずです。(仮に、背中に重みを感じたり、背中で腕をつり上げている感覚を持てるのでしたら、それで十分。ここから先は読まなくても結構です。)そこで終わって、背中(具体的には肩胛骨の表付近)に何も感じないのでしたら、今度は水平に保ったまま、腕を後ろにゆっくりと引きます。すると、腕の内側にも張りを感じることでしょう。同時に、背中にも筋肉の張りを感じませんか? もし感じればここまでで終わり。感じなければ、今度は水平に保った腕を前の方にゆっくりと回してください。この時、背中の右側の表皮が引っ張られたような感じがするはずです。それと同時に、肩胛骨の裏側が少し動いたような感覚がありませんか?
何度かやっている間に、この「背中の筋肉」を感じることができるようになると思います。(個人差がありますので、これだけではわからない人がいるかもしれません。そういった場合、重さを変えたり、少し大きく手を動かしたりするとわかるようになる可能性があります。)実は、これが「ボウイング筋」なのです(解剖学的に言うと、肩甲骨と上腕の付け根を結びつけている「棘上筋」「棘下筋」「肩甲下筋」「小円筋」の4つの筋肉をさします。これらの筋肉を総称して「Rotator Cuff」と呼びます)。スムースなボウイングをするためには、このボウイング筋が上手に働くことが必要です。弓の運動を練習しているときには、このボウイング筋が常に鍛えられているようにすることが理想です。
補足)Rotator Cuffの重要性を説いたのは、大リーグのノーマン・ライアンという大投手です。野球のピッチャーが豪速球を投げることができるのは、Rotator Cuffがしっかりしていて腕が肩甲骨から運動できるからなのです。
テニスや球技(サッカーはだめですよ)などをやっていると、この筋肉を非常に酷使します。そもそも、腕を使う時のこの筋肉の重要性を発見したのは(じゃあ、ボウイング筋を鍛えるためにはテニスをすればいいか、というと、ちょっと話は違います。ボウイングと使い方が違うので、筋肉が違った鍛えられ方をしてしまう可能性があるそうです。)そういった運動競技をやっていた人は、筋肉を使っている感覚を見つけるのは早いかもしれません。
さて、ボウイング筋が意識できたら、この項の目的は終わりです。あとは練習する時に、この筋肉を使っていることが意識できればしめたもの。筋肉をトレーニングするだけでなく、「脱力」の出来具合も全く違ってきます。
2)脱力について
楽器に限らず、人間の動きにとってとても重要な要素が「脱力」です。これが苦手な人、結構多いようですね。包丁を使うときに肩に力が入っている人、いませんか?ビール瓶の栓を抜く、御菓子の袋を開ける、といった日常の動作でも、上手な人と苦手な人がいます。これは、「脱力」の得手不得手が原因である場合があります。
ヴァイオリンを弾くことは、日常で使っている「脱力」の集大成のような部分があります。右手も左手も、初めのうちは「力を抜いて」とか「脱力して」とか、さんざんに言われるかもしれません。それほど、余計な力が入ることは、ヴァイオリンの演奏にとって大きな障害になるのです。
簡単な脱力の確認法を書いてみます。
文庫本くらいの厚さのものを親指と人差し指でつまんでください。右手も左手もやってみましょう。つまんだら指先に次第に力を入れていきます。その時に、手首、肘が固くなる、肩が上がる、といった症状が出てしまった場合、失敗です。指先だけに力が入るように意識します。
もちろん、ヴァイオリンを弾くときにこんなに力を入れることはありません。しかし、これが完全にできると、かなり楽に脱力を意識できるようになります。ヴァイオリンを弾くことに引きつけて説明すると、右手は「弓を実際に持っている指以外は脱力したい」、左手は「指板を押さえるための指の力以外は脱力した」のです。つまり、指だけが手から分離しているように動かせると、ヴァイオリンの上達が早いわけですね。
さて、どうしても他の処に力が入ってしまう場合、力のいれ加減をいろいろ工夫して、指先にできるだけ意識を持っていってください。文庫本をつまんだまま、腕が自由に動くようになればしめたもの。誰か他の人がいれば、手伝ってもらうことでもっと効率が上がります。もう一人の人の手を同じようにつまみながら、手を振り回してもらうのです。そのときに「マリオネットのように」手が動けば大成功。
ヴァイオリンの演奏で「脱力する」ことは、このように単純ではありません。左手にしても右手にしても、単に「つまむ」という作業よりはるかに高度なことをこなす必要があるからです。この作業は、もし脱力が苦手だということがわかった場合、日常生活から脱力を意識して生活することをお勧めできる、というためのものでもあります。ヴァイオリンを練習する時間は所詮短いもの。それより、生活全体をヴァイオリンを弾くためにスタンバイさせてはいかがですか?