柏木真樹 音楽スタジオ

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◎ チューニングの大切さ ◎

アズールのいわば「前身」である「ドレ会」では、チューニングが名物でした。練習が始まって、時には一時間近くをかけて、全員のチューニングをします。なぜこんなことをするのか、と、結構批判もありました。みんな「弾きたくて」参加しているのに、チューニングを延々やられたんではたまらい、という批判です。その気持ちもわからないではないのですが、「耳を鍛える」ためには、どうしても「正しい音」「正しい響き」を理解することが必要です。そのためには、開放弦が合っていないことには、(特にレイトスターターたちにとっては)お話になりません。ですから、そんな批判にはめげずに続けていました。参加したばかりの頃は、全くチューニングができなかったメンバーも、回を重ねるうちに「正しい音」が聞こえてくるようになります。そうなればしめたもの。

ウィーンフィルは、とってもチューニングが下手だそうです。というか、「てんで勝手に合わせてる」らしい。でも、結果としては「美しいハーモニー」が作れます。なぜって、耳と技術があるから。でも、始めたばかりの人たちにとっては、開放弦は何よりも大切な「根拠」になります。ですから、チューニングをしっかりすることに、どんなに気をつかっても使いすぎということはありません。

もちろん、正しいチューニングをするためには、ボウイングがある程度安定していることが必要です。そのために、「ある程度ボウイングが安定するまではチューニングは無意味」と考えていらっしゃる先生も多いようです。ドレ会に参加した人たちの中でも、「週に一回のレッスンの時に先生にチューニングをしてもらうだけで、家では全く合わせない」という人が結構いたのには驚かされました。ボウイングの安定を求めることも決定的に重要ではありますが、進度に応じてそれなりに「苦労しながら」チューニングをすることは、必ず後で役に立つはずです。

◎ 同音をとること ◎

最近は、チューナーで音をとったり、視覚的に正しいところをチューナーで合わせる人が増えてきました。もちろん、正しい音をとるための一つの方法ではあるでしょうが、耳を鍛えるためには、すこし違ったやり方をしてほしいと思います。

まず、「頭の中で音を鳴らす」訓練をします。基準になる音(A)が鳴ったら、同じ音を頭の中で鳴らす努力をします。時には、声に出してみてもいいでしょう。 その「頭の中で鳴った音」と、自分の楽器の音を比べる努力をします。初めのうちは、頭の中で「正確に安定した」音を鳴らすことが、結構難しいことに気がつくはずです。しかし、根気よく続けていくと、いろいろなメリットが生じます。

頭の中で音が鳴ることは、楽器を演奏するためにどうしても必要なことです。オケのトレーナーの中にも、音程が悪いときに楽員に「歌わせて」みることがあります。正しい音を「認知する」訓練になるわけですね。初めのうちは、一つの音で十分。その音が、頭の中ではっきり鳴るようになるまで、繰り返し努力してみましょう。

もう一つは、「同じ楽器から音をとる」 ことをやります。通常、アンサンブルやオケのチューニングは、ヴァイオリンで音を合わせます。ですから、ヴァイオリンの人は、いつも「同じ楽器から」音をとる作業をしているわけです。

オーケストラの中では、他の人たちの音がたくさん鳴っていますから、自分の音や基準になる音を聞き分けることはとても辛いですね。ですから、初めのうちは「一対一」で音をとる練習をしてみます。

同じ楽器で同じ音をとると、完全に合ったとき、二台の音が「一つに」聞こえる瞬間があります。自分が弾いている音が「聞こえなくなる」という表現でもよいかもしれません。これを体験することが第二のステップです。ボウイングが安定していないと、この状態が「長く続く」ことが困難になることがありますが、焦らず挑戦しましょう。

次は「うなり」を聴く練習です。

ご存じの通り、音は「波」です。音高によって、一秒間の波の振動回数が異なります。もちろん、同音であれば、二つの楽器から発生する波は、同じ周波数を持ったものになります。

周波数の違う二つの波は、お互いに影響し合って、いろいろな「いたずら」をします。その一つが「うなり」です。うなりは、二つの違う音の差によっていろいろな発生の仕方をしますが、チューニングなどの時に体感できるものは、実際の音より高い音が「わんわんわんわん」と聞こえてくるものです。うなりは、音の差が大きければ、細かくなります。チューニングをしていてだんだん音が近くなっていくと、「わんわんわんわん」が、「わーんわーんわーん」「わーーーーんわーーーーん」とだんだん周期が長くなり、最後には聞こえなくなります。このうなりが完全になくなったところが、二つの音が合ったところです。

実際にこのうなりをみんなに体験してもらうと、初めから「良く聞こえる」人も、初めはまったく「聞こえない」人もいます。しかし、このうなりを聴く能力は、耳の善し悪しというより経験値の差の方が大きいというのが実感です。実際に、次第にみんな聞こえるようになってくるものです。

ヴァイオリンのA音のうなりはやや聞こえにくいので、うなりを聴くことができないうちは、もっと大きくうなる、チェロやヴィオラのうなりを初めに経験すると良いようです。これで慣れれば、次第に小さな音のうなりも聞こえるようになってきます。

この「うなり」が良く聞こえる耳になると、音程の悪いものが「気持ち悪く」なってきます。最終的にこうなればしめたもの。音程がどんどんよくなること、請け合いです。

◎ 五度を合わせること ◎

基準になるA音が合ったら、次はその音を基準にして、五度を合わせていきます。この時に、やはり「うなり」を聴いて合わせられると、非常に精度の高いチューニングができます。

五度の音程は、周波数にすると2:3の関係です。これは非常に簡単な正数比で、人間の耳にはとても美しく聞こえるはずの関係なのです。五度の場合、うなりは同音の時よりはっきり聞こえる場合もおおいですから、自分のチューニングだけでなく、人のチューニングも聴くようにしていると、次第慣れてくるでしょう。

五度の場合、もう一つの合わせ方があります。それは「響き」を聴くことです。

各音間には、それぞれ固有の色があります(と思う)。色、といっても、実際には「響きの差」です。五度の響きは、結構はっきりわかるようになると思います。言葉にするのはとても難しいのですが、「びーーーーん」というような響きです。人のチューニングを聴いていると、うなりがだんだん少なくなっていき、最後にほとんどなくなると同時に、この響きが鳴るのがわかるはずです。この響きを覚えてしまえば、それをたよりに合わせることができるようになります。これは、とても「効率の良い」方法で、チューニングの時間の短縮にもなります。

ただし・・・この「響き」は、完全に合ったときではなく、限りなく近いときに「似たような」響きが聞こえることがあります。実際は、これが聞こえるくらいで十分ですが。

何人かの仲間がいるときなら、お互いにチューニングを聴き合ったり、五度の弾きっこをしたりしてもいいでしょう。特に、チェロは、お互いに向かい合って合わせてみると、それまでわからなかった差がわかるようになることがあります。この方法はお勧めです。

ヴァイオリンのチューニングで一番難しいのは、E音です。E音は細く、少しの圧力でも音が変化してしまうことがその大きな理由です。E音を合わせるときには、A音単独で弾き、次第にE音を鳴らしていく方向に変化させていくことが、特に初めのうちは必要です。ボウイングが安定するまでは、特にE音のチューニングは、確認してもらった方がいいかもしれません。

◎ その他、チューニングにまつわる話 ◎

ピアノの五度は、ほぼ純正調と同じです。ですから、他の音の関係に比べて、五度は「比較的」きれいに聞こえます。しかし、それでも純正調ではありませんから、ピアノであわせてはいけません。

さて、平均律の五度は純正調の五度よりやや狭いです。ということは・・・

ヴィオラやチェロの場合、A→D→G→Cと、四つの弦全てを完全に純正調に合わせると、ピアノのCとはかなり乖離します。弦だけの場合はこれでもなんとかなりますが、ピアノと合わせるときには、かなり大きな問題を生じることがあります。こんな時、「少しずつ」狭く合わせたりすることがあります。でも、それは将来にとっておきましょう。まずは、きっちりと五度でチューニングができることが大切ですから。