柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座13 〉脱力のワナ

「楽器を持つ前に」でも少し触れたのですが、もう一度「脱力」について書いてみようと思います。最近のレッスンで大きな問題になって、さらに細かく説明する必要性を感じたからです。「脱力」と一言で言ってしまうのはとても簡単ですが、本当に脱力できているのかどうかということを確認しないと、とんでもない勘違いをしてしまうことがあります。それは、生徒だけでなく、先生にも起こり得ます。それを知らないと、ヴァイオリンの上達にとって、大きな阻害要因になってしまうのです。

特に「肩」の問題を取り上げたいと思います。

ヴァイオリンを弾くときには、右手も左手も「脱力している」形が基本になります。この時、弾いている人の意識はどこにあるでしょうか?多くの場合、手首、肘、さらに肩に意識があるはずです。この三点に力が入っていないと、「脱力が出来ている」と判断されることが多いと思います。はたしてこれで良いのかどうか、幾つかの実例から問題意識を持ちました。

まず、腕を上げる動作を「肩の変形」で行っている場合があることです。肩に力が入っていると、肉眼でもよくわかります。ですから、レッスンの時に先生が「力が入っているわよ!脱力して!肩を上げないで!」などと叫ばれることもあるはずです。同様に、肘・手首に力が入っている場合も、腕をよく見ているとすぐにわかります。(僕がレッスンするときには、冬でも半袖を着て弾いてもらっていたことがありました。最近は洋服の上からでもほとんど判断できるようになりましたが。)こうした修正は、レッスンでも自宅での練習でも比較的「わかりやすく」行えます。(わかりやすい、ということと「簡単だ」ということは別 です。)

問題は、肩そのものの変形で弓を保持・動かしたり、左手を上げたりしている場合です。この動作は、人によっては全く「無意識に」行われます。ですから、「脱力して」いる状態自体が「肩が変形している」上に起こります。この場合、肩から先を脱力しても、全く別の話になってしまうのです。

この状態は、日常生活の延長で起こります。手や腕を使うとき、肩を常に変形しながら使っている人は、肩の無理矢理の変形をした状態で、他の部分の脱力だけをしようとしてしまいます。御菓子の袋を開ける、ビールの栓を抜く、椅子を移動する、などといった日常生活でいつも起こる動作が、常に肩の変形を伴っている場合です。体質的な問題は別にしても、「何をやっても肩が凝る」人には、この疑いがあるように思います。

肩の変形を伴って「脱力しているような気がしている」場合、ボウイング筋はほとんど使えません。ボウイング筋は、もちろん左手を上げるときにも使われるべきものですが、この筋が使えないと、二つの大きな弊害が出てきます。一つは、「腕、指が速く動かない」ことで、もう一つは「腕の重さが使えない」ということです。

速く動かないことを実感していただくのは簡単です。パソコンの前でタイプを叩いてみて、その時に手首や肘に順に力を入れてみます。指先の運動性能が、明らかに落ちるはずです。手首や肘ほど顕著ではありませんが、肩に力が入っている場合でも、運動性能は落ちます。第一、長続きしないでしょう。

腕の重さを十分に使えない状態の認識は、これに比べて少々難しくなります。ふだんの生活で「腕が重い」のは「不正常な」状態だからです。次のような実験をしてみて下さい。

まず右手で弓を持ってみます。実際に演奏する位置まで右手を上げ、左手で下から肘を支えてみます。そこで右手を弓を持っている部分以外、完全に脱力してみます。(楽器を始めたばかりの人は、弓を落としてしまう可能性がありますから、落としてもかまわない同じくらいの重量 のものを持ってやってください。)脱力した瞬間、支えきれないほどの重量が一気に左手にかかるはずです。そうではない場合、「正しい脱力になっていない」と判断できます。

一人でやるのは少々怖いので、できれば他の人とやってみることをお勧めします。もちろん、先生にお願いしても良いかもしれません。右手を支えてもらって、脱力したときに相手が顔をしかめるくらい重量 がかかれば正解。人間の腕は結構重いもので、背の低い・腕の細い女性でもかなりの重量 になります。ちなみに、僕は多くの女性より腕の骨格が細く、手首を握ると爪が完全に隠れてしまうほどですが、生徒に腕を持たせると「すっごく重い!」と言ってびっくりします。逆に、体格のよい男性でも、やってみると驚くほど腕が軽い人がいます。これは、「肩で変形している」場合がほとんどだと思います。

右手も左手も実験してみましょう。「右はできるけど左は出来ない(ないし反対)」という可能性もあるからです。

これができないと、右手では「重みが弓に伝わらない(楽器が鳴らない・大きな音が出ないなど)」、左手では「運動性能が落ちる(指が速く動かない・ポジション移動がスムーズに行かない・ヴィヴラートがかけられない、固いなど)」という症状が出てしまうことがほとんどです。無理にやろうとすると、音をつぶしてしまったり肘を痛めたりしてしまう可能性があります。

対策はいろいろ考えられますが、基本的には「肩をフリーにする」感覚を覚えることにつきます。上記の実験で腕の重みに自信がない方は、次のような実験もしてみましょう。

まっすぐに立ち、なるべく身体を楽にします。そして腰を少しずつ前に曲げていきます。肩と首は力を入れないように注意してください。顔が真下を向くぐらいまで傾けます。その時、腕も首も「重力に従って」真下に向かおうとしているはずです。この時点で、腕が変な方向を向いていたらアウトです。初めからやり直してください。(人によっては、まっすぐ立っている時点ですでに肩が固定されている場合があります。むしろ、初めから腰を曲げて、腕が地面 に向かってまっすぐ落ちるようにすることから始めた方が良い場合もあります。)

顔が真下に向くほどかがんだら、腰から身体を左右に揺すってみます。腕が自由に・ランダムに動くはずです。肩に沿って平行に動いていたら、それは肩が自由になっていない証拠。こうして、「肩をフリーにする感覚」を理解します。続けて、下を向いたまま、手で何かを持ってみます。そして、同じように身体を振る。ものを持つことによって、肩や肘に力が入っていると、先程のようなランダムな動きが少なくなります。

こういったチェックを、今度は普通に立って行います。この「肩をフリーにする」感覚が身に付かないと、脱力の意味は半減し、ボウイング筋を使うこともできなくなります。特に右手は、十分な重みを使えないことになり、楽器がよく鳴りません。

このような脱力作業の確認は、実際のレッスンで先生が見ながらやるのがもちろん効率が良いので、自分でやってみてよくわからなければ、レッスンで見てもらってください。