柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座12 〉楽器の持ち方・弓の持ち方

さて、とうとう一番書きたくない話題に到達してしまいました(^ ^;; 本当ははしょろうかと思ったのですが、そういうわけにもいきません。ただし、目次のページにも書きましたが、これは「こうしたら持てる」というものではなく、あくまで考え方を述べたものです。レッスンやお持ちの教材の検討材料としてお読み下されば幸いです。

◎ 楽器や弓を持つ時に何を考えたらよいか ◎

楽器の持ち方、弓の持ち方に「正しい唯一の形」は存在しません。そして「楽器の持ち方は進化する」のです。まずそのことをしっかり覚えておいて欲しいと思います。

初めてヴァイオリンを持ってもらうときのやり方は、概ね次のようなものです。

  • 1)左手の手のひらを右の肩に置く。やや深めに。ただし、左肩が不自然に上がらないように。
  • 2)先生が生徒の左肩と首の間に楽器を突っ込む。
  • 3)肩に置いてある左手を下ろす。あら不思議、ヴァイオリンが持てちゃった。

実際にこんなに簡単にいくことは希ですが、肩当てをいじったりいろんな作業をすることにより、最終的には、初めてのレッスンでなんとかなるようです。こうして楽器を「手に頼らないで」保持することにより、左手は自由に動くことができます。その自由度が、左手の訓練にはどうしても必要だからです。

この時点で、楽器の位置にも高さにも個人差が出ます。肩の作り、首の長さ・太さなどの条件により楽器が収まる位置が異なるからです。さらに、こうして持てた場所がその人にとって一番良い位置かどうかは、まだわかりません。その人にあった楽器の持ち方・位置を決めるには、手の長さ・柔軟性も大きな要素だからなのです。

まず左手です。楽器を持つ前にこんなことをやってみましょう。最初に手のひらを顔の正面 よりやや下に持ってきます。肘の位置がどこにありますか? 肩から手のひらまでがほぼまっすぐであれば、肘は体の中心よりもかなり左側にあるはずです。そのまま肘を体の中心まで持ってきてください。この段階で、肘・肩に違和感を感じる人がいるはずです。(肩・肘の関節の柔軟性と腕の長さによるようです。)この場合、初めから楽器を「理想的な」位置では持てない可能性が強いです。肩を回して楽器が体の正面から「やや」左にあっても、その位置では手を痛めてしまう可能性があります。少し楽器を「外側に」しなくてはなりません。(もちろん、弾いている間に柔軟性ができて楽器の位 置が変わることはあります。)

肘が体の中心に来た人は、次に手のひらを「小指が顔の正面に来るように」回転させてください。この作業には、かなりの人が「違和感」を感じるはずです。(しかし、最終的にはこの形になるように「徐々に」トレーニングされていくのが理想です。)この時、「腕全体が回転しているか」「肘から先だけが主に回転しているか」を確かめてみてください。前者の場合、当初は楽器を持つ位 置を工夫しなくてはならないばあいがあります。全体が回転していると、左手の指の自由度が減ってしまう場合があるからです。

次に右手です。「長さ」と「主に手首の柔軟性」によって、楽器の位置に影響を与える可能性があります。
「長さ」のことは誰でも気がつくはずです。腕の長さが十分なら、どうやって持っても弾けますが、長さがないと楽器の位置によっては弓先が使えないことがあります。この場合、「右手の事情で」楽器の位置を調整する必要があるのです。

手首の柔軟性も、実は大きな問題です。こんなことをやってみましょう。

テーブルについて、体の中心から30センチほど離れたやや前方に手のひらを置きます。そして肘を左右に動かします。普通 の人なら、肘を外側に開くのは楽ですが、内側に曲げるのは大変だと思います。多くの人が腕をやや上げないと、手のひらより腕が内側には曲がりません。この「内側に曲がる」曲がり方は、弓を動かすときの「動かしやすさ」に大きな影響があります。腕が短い上にこの手首の柔軟性が無い場合、楽器の構え方、弓の持ち方(さらにはボウイングシステム)をよく考えないと、かなり「しんどい」ことになってしまう可能性があります。

最後に、「ボウイングシステム」の問題です。

先生が教えるボウイングがどのようなものか、ということで、個人の体型や体の柔軟性によって大きな問題を引き起こすことがあります。現代は、ヴァイオリンの「指導法」はたくさん書かれており、100年前のように「先生が生徒に口移しで教える」状態ではありません。フレッシュやアウアー、ガラミアンなどの教授法は、多くの先生が必ず読まれるものです。その中で相応しいと思った教え方をするわけですが、残念ながら「個人的な体の差」は見過ごされている場合が多いような気がします。

子どもから始める場合、どんなシステムを教えてもそれなりに上手くなります。体の成長が自分のシステムにあって行くということが一つ。もう一つは、大人より「気持ちいい」方向に行きたがるので、自然に形が変形することも大きな理由です。(大人は持ち方を教わると、体に不自然であってもかたくなにその通り練習してしまうことが多い。)特に手首の柔軟性の差は、ボウイングをどのように捉えるかに決定的な差になってくると思います。

一番大きな問題は、背の低い、腕の長さが十分でない日本人の女性に、特に多く発生します。弓を使いやすく楽器を構えると、左手に無理が来る。左手に一番優しく楽器を構えると、弓が弦と直交しない。楽器の位置と弓の使いやすさがお互いに反対の関係にあるので、楽器の構え方、弓の持ち方、ボウイングシステムを慎重に選ばないと、いつまでたっても弓先が使えなかったりする、というケースがあるのです。

レッスンでは、先生はここまで考えて持ち方の指導をすべきだと考えています。楽器・弓の持ち方が「暫定的に」決まるまで、レッスンにして4,5回はかかると覚悟した方が良いと思います。

◎ 楽器の持ち方・弓の持ち方は進化する ◎

さて、楽器を持ち、弓を持って音を出す段階に達したとします。この段階での持ち方は「進化します」。

レッスンでは、先程述べたような体の条件を色々考慮した上で、ヴァイオリンや弓の持ち方を決め、楽器の練習をスタートさせます。初めのうちはとてもぎこちなく感じることと思いますが、体の柔軟性が子どもとは大違いの大人でも、しばらく弾いている間に色々な体の変化が起こります。それに連れて、楽器の持ち方、弓の持ち方も少しずつ変形していきます。基本的な発想さえ間違えていなければ、その変化は当然の結果として起こるもので、心配することではありません。

一番先に気になるのは、弓先が使えない、という事ではないかと思います。もちろん、初めから弓先までばっちりと使える体を持っている人もいらっしゃいますが、概ね身長160センチ代前半までだと、多くの人が初めは弓先が使えません。しかし、前項で書いたようなことが守られている場合、心配する必要はないでしょう。レッスンで先生におうかがいしたら「弓先はその内使えるようになります」とおっしゃるはずです。ただし、一年以上たっても使える弓幅が変わらない場合、どこかに無理が来ている可能性があります。

多くのレイトスターターが悩むことに、「右手の親指」があります。初めのうちは、親指の位置がなかなか定まらなかったり、突っ張ってしまったり、バネ指のようになったりすることがあります。これを「先生のように」美しくやわらかく自然に曲げようと思うと、ひどいときには弓を落としてしまったりします。

これも、自然に治る可能性があります。特に、親指が人差し指の方へ寄りすぎている場合など、しばらくすると自然に「中に」入ってくれることがあります。手に柔軟性ができてくるからです。ただし、関節を固めて持ってしまっていると、そのまま変な癖になってしまうでしょう。レッスンでのチェックが必要です。

左手の位置も、当然ですが変化します。ただし、これは「十分変化する」場合も「不十分である」場合もあります。レッスンが進むにつれて、変化が不十分であった場合苦労することになります。先生と対策を考えられることが必要です。

◎ 楽器の位置は体の条件だけで決めるべきものか ◎

楽器を始めたばかりの時は、体の条件である程度決まってしまうものだと思います。ただし、「どうやって持ちたいか」というイメージを持つことは重要だと思います。

楽器を持つ位置は、演奏者の思想に直結すると言ってもいいかもしれません。思想、というより「頭の使い方」と言った方が正確かもしれませんが。

楽器を左に寄せ、肩の上に完全に乗せるようにして、さらに楽器を傾けてみます。すると、左耳はほとんど楽器に「くっついた」状態になります。この状態がもっとも極端ですが、演奏者は、左耳と右耳で全く違う音を聞くことになります。反対に、なるべく楽器を体の正面 で持つと、自分の音を比較的「冷静に」「客観的に」聞くことができます。これはどちらが正しい、というものではなく、演奏者の「考え方」「好み」でしょう。

右手と左手の関係も、楽器の位置と微妙に影響します。体の正面に楽器を構えると、楽器と弓を同時に視界に入れることができます。楽器をからだの外側に構えると、意識を二つに分けなければ、右と左を同時に意識することが難しくなります。しかし、これも「好み」です。

僕は、レイトスターターには、なるべく楽器を正面に構える方向に努力することを勧めています。自分で実験してみた結果 、その方が、音程・響きを鍛えるのには良いのではないか、と考えているからです。しかし、楽器を立てて左側に寄せている状態のレイトスターターを「個人的に」教えたことがないので、比較をしたことはありません。ですから、ひょっとしたら「勘違い」しているかもしれないことをお断りしておきます。

もちろん、体の条件が許さなければ限界はありますが、こういった見方も持って、楽器の持ち方を考えてみてください。

◎ メニューインのシステムについて、および鎖骨を使った保持法について ◎

メールで質問を頂いたこともあり、メニューインのシステムについても触れておきます。

僕がこの項で書いた持ち方は、いろいろとお尋ねした結果、多くの先生が実際にレイトスターターを教えるときに取られている方法だと思います。これに対し、「肩をフリーにする」楽器の持ち方があります。メニューインのシステムに代表されるものです。実際にこのシステムを採用されている先生も少なくありませんので、簡単な説明と注意点を上げておこうと思います。

メニューインのシステムは、首と鎖骨、及び左手で楽器を保持する方法です。初めに楽器を鎖骨と首ではさみます。(肩当ては原則としてしません。)楽器は当然「だらっと」前に下がるように保持されます。そして左手で「楽器の位置をコントロールする」のです。

この持ち方の基本的なコンセプトは、「左肩を自由にする」という点にあります。鎖骨で楽器を支えると、鎖骨より身体の外側にある肩には、楽器が全く触らない状態が生まれます。この状態が、左手の自由度を上げ、身体にとって楽な状態が生まれて、困難な演奏を可能にすると考えるものです。 楽器を左手で「持ち上げる」ために、自然に楽器は左の方に大きくそっぽを向くことになります。

この持ち方自体は、出来てしまうと非常に合理的なものだと思います。肩当てが肩に当たることによって起こる肩への負担をなくし、左腕を上げるために背中の筋肉を自然に使えるようになるからです。ただし、実際には、幾つかの問題点が生じることがあります。

まずは「顎当て」の問題です。首にいわば「ひっかかる」ような形を求めるために、通常の顎あてではかなり苦しむ方もいらっしゃるようです。そのために、少し淵の高くなった形の顎あてをする必要があることがあります。

顎あての問題は解決可能ですが、根本的な問題は、

  • 1)鎖骨の形によって上手く持てないことがある、
  • 2)右手が届かなくなる可能性がある、

という二点です。

鎖骨で楽器を保持する場合、肩当てを使って肩で楽器の保持を分担するよりも、楽器が「奥に」入らざるを得ません。これが、肩当てなしでも楽器を保持できる理由でもあるのですが、逆に鎖骨の形と首の長さによっては、楽器の保持が全くできなくなる場合があるのです。鎖骨の発達状況に比べて首の長さが長い場合、楽器の厚みが足りないためにこの持ち方ができません。かといって、楽器の淵だけを厚くする、「鎖骨当て」というものは、ヴァイオリンの形状からいって作ることが困難です。肩当てをすると楽器が鎖骨より首から遠いところで安定しますから、どうしても肩を使ってしまうことになってしまいます。

左手の問題は、場合によってはもっと深刻です。腕が短く、手首に柔軟性がない場合、そっぽを向いた楽器に対して弓を垂直にあてることが、特に弓先で難しくなる場合があるからです。楽器の持ち方が、ボウイングシステムを規定してしまうのです。メニューインの教則本(Six Lessons with Yehudi Menuhin)では、左手を使って楽器の位置を自由にコントロールすることが前提になっていますが、右手に注意を払いながら楽器の位 置を調整することは、特に始めたばかりの人にはかなりの困難が伴うので、現実的でない場合があります。

実は、僕の持ち方は、このメニューインの変形です。基本的には楽器を首と鎖骨の間に挟んでいますが、楽器の基本位 置は、メニューインのものとはかなり違って、身体の正面に近いものです。そのために、メニューインが想定しているよりもかなり左手にかかる負担が大きく、特に困難な曲を弾く場合には、楽器の位置を変えるか、肩当てをする必要に迫られてしまいます。(もっとも、最近はそういう曲自体をあまり弾かないので、肩当てをすることもほとんどありませんが。)自分の形をじっくり観察してみると、それが可能なのは、やはり「左肩が前の方に湾曲している」からなのです。この変形がない場合、僕の楽器の保持法ができるかどうか、自信がありません。

このように、メニューインの保持法はとても合理的ではあるが、楽器を大人になってから始める方が採用するには、いろいろな問題点があると思います。それを解決できる場合には、もちろんこの保持法を使うことに異論はありません。