柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > アンサンブル講座 > lesson 1-9「テンポの取り方…大きな誤解を解く」

アンサンブルをしていると、「走るな!」とか「伸びてる!」と怒られることがありませんか?そういったとき、どうやって解決しようとしているでしょうか?多くの指導者は、「ちゃんと細かく数えて!」と指示するようです。場合によっては、手を実際の音符より細かく叩いて、テンポを一定にする練習をします。果 たしてこれは良い方法でしょうか?

「どんかま」という言葉をご存知ですか?スタジオで録音をするとき、テンポを一定に保つために、メトロノームのように音を出したり、一定の間隔で点滅(交互に点灯)するライトを使ったりすることがあります。この「テンポの基準の音(光)」を「どんかま」と呼ぶのです。これと同じように、「ちゃんと頭の中で一定のテンポでリズムを刻まなければならない」という指導をすることも多いですね。さて、これも良い方法なのでしょうか?

僕が出会った指揮者・トレーナーのほとんどが、テンポが崩れてしまうときに、こういった作業をくり返しました。もちろん、それでうまくいく場合もあります。しかし、どうしてもそれではダメな場合も多いのです。これが僕の大きな疑問でした。僕自身、テンポを一定に保つために頭の中で「どんかま」を鳴らしていた時期が長かったですし、若い頃は、オケの練習をつけるときにそのようにしていました。しかし、ダメなところはダメなのです。そして自分のやり方を棚に上げて、「ああ、こいつらテンポ感ないんだから・・・」と言って嘆いていました。

そんなある時、ある指揮者でモーツァルトを演奏しました。ある場所にさしかかると、お約束通りチェロが走り始めました。(よく走るのはチェロなんですねぇ・・・どこのオケに行っても。何故なのか、この点については、いろいろな理由を言う方がいらっしゃいますが、僕としては納得のいく答を得ていません。)そのフレーズが終わると指揮者はオケを止め、「運動会じゃないんだけど・・・」と一言。そしてやりなおしです。くだんの場所にさしかかると、一回目は二つに振っていたのに、やおら一つ降りにしてしまいました。すると・・・チェロ君たち、走らないのです。まるでマジックを見ているようでした。

「どんかま」型のテンポの取り方や、必要以上に細かくリズムを叩いて(感じて)テンポを調整しようとする方法に大きな問題点があることは理解していました。それは、「音楽的じゃない」ということです。例えば、二拍子の曲なのに四つに分けてテンポを取ると、音楽的に非常におかしなものになってしまうのです。しかし、こういった作業は「テンポが安定するまでの必要悪」だと割り切っていました。ところがその指揮者の答は違いました。「音楽を安定させなさい」ということだったのです。

その後、僕自身もいろいろと実験をしてみました。すると、楽曲の進行をこちら側(指揮者側)がきちんと理解し、音楽の進行をオケ側と共有できると、オケはほとんど走ったりしないことに気づきました。これは発見でした。

人間はそれほど器用ではありません。以前どこかのテレビで「60秒を正確に数えられたら100万円」とかいう「実験?」をしていましたが、なかなか難しそうです。昔ムキになって挑戦したこともありますが、「ほぼ」正確にはできますが、それでも60秒あたり1秒ほどの誤差は出てしまいました。つまり、「なんの基準もなく単にテンポを取ることはとっても難しい」ことなのです。それに気がつくと、「ちゃんと自分の中でメトロノームを鳴らして!」という指示が如何に大変なことか、よくわかりました。

それからは、全く正反対のトレーニングをするようになりました。走ってしまうところは「音楽の流れに沿って」なるべく大きな拍を感じるようにするのです。すると、効果 てきめん。以前は手を叩くのをやめると元に戻ってしまうことも多かったのですが、そんなこともほとんどありません。演奏する側にとっても、一定のテンポを頭できざむことより、はるかに理解しやすいし自然なのですね。

という話をあるプロの演奏家にしたら、「それじゃだめ。演奏するときには細かく数えていないと正確にできない」という反論を受けました。彼は決して「非音楽的な」演奏をする人ではありません。あれこれと話をしているうちに、どういうことなのかが理解できました。彼は「ほぼ正確にリズムを刻む能力がある」と同時に、「頭の中のメトロノームが音楽に合わせて伸縮している」のです。つまり、音楽の進行のリズムの要素だけが取り出されて、頭の中で鳴っているのです。なるほど、これなら「リズムを細かく刻む」ことが役に立ちそうです。

というわけで、結論です。

単に「訓練だから」と思ってそういった練習をさせる指導者は論外ですが、ご自分が「できる」ことでみんなができるものだと誤解している指導者は多いのかもしれません。つまり、「走ってしまう」場所で細かくリズムを刻むことは、上記のようなプロが持っている能力が必要になるのです。そうでないと正確にはできませんし、非音楽的になってしまうのです。テンポが安定しないところは、音楽をよく理解し、大きな流れを身体で感じることによって、音楽を安定させることが必要なのです。

ただし、「物理的に弾けないから走ってしまう・遅れる」という場合は事情が異なるのは当然です。こういった場合は、まず弾けるようになることが先決なのは言うまでもありません。その過程の中で「細かく刻んで少しずつ速くしていく」という練習があっても良いでしょう。その点、誤解なさらないでください。