柏木真樹 音楽スタジオ

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ヴァイオリンが上達するためには、効率の良い、正しい練習が必要です。今回は、さまざまなトレーニングを必要とするヴァイオリンの技術を習得したり音楽的な演奏をしたりするためには、どのような練習をするべきなのか、ということを考えてみましょう。「こうすればできるようになる」ということではなく、「できるようになるためにはどのように考えるべきか」ということを理解してもらうのがこの講座の目的です。この点を最初に確認して読み進めてください。

レッスンと日々の練習とは、進度により、また習得すべき内容によって、関係性が異なります。このことを理解しているかどうかで、練習の効率と獲得できるモノがかなり違ってくるのです。レッスンと日々の練習との関係は、概ね以下のように分類できます。

1)レッスンで新しい技術を習得し、それを日々の練習で定着させること

レッスンの場で「できた」新しいことを、練習で再現し、いつでも使える自分のアイテムとして格納する作業がこれにあたります。ヴァイオリンを始めたばかり、ないし、先生を替わった直後などは、ほとんどがこの作業になるでしょう。例えば、右手の基本の運動を考えてみます。レッスンの場では、私が必ず右手を持って運動を作った記憶があるはずです。全く新しい運動は、まずその運動ができるようにならないと、練習をすることができません。レッスンの場では、最初は補助をしながら、次第に補助を取って、「一回は出来た」状態を必ず作っています。こういったものは、レッスンの後にその運動を再現して定着させることが練習の目的です。練習後のレッスンは、運動が正しく再現できているか、定着しているか、という確認作業をすることになります。 (さらに…)

まず、レッスンと日々の練習の関係性による分類に従って、練習がどのようなものであるべきかを考えてみましょう。

1) レッスンで新しい技術を習得し、それを日々の練習で定着させること

この分類に当てはまる奏法や体の使い方を正しく練習するためには、まず、レッスンで行われたことをしっかり理解することが必要になります。「なんとなく」運動を覚えるのではなく、その運動によって得られる結果を理解することが必要なのです。最初に補助をつけるものについては、補助をしたときと補助を取り去ったときの違いを正確に把握しておくことが肝心です。補助を取り去ったときに「どうなったか」と理解するだけでなく「どうしてそうなったか」という視点で考えておくことが大切で、そのためには、補助することで何が変化しているのかを理解しなければいけません。もちろん、そのために音をよく聞いておくことも重要なポイントです。

家での練習は、レッスンで「できたこと」を再現することから始めます。最初は、どのような手を使っても良い(補助具を使う、鏡を使う、姿勢を変えるなど)ので、レッスンでできたことを正確に再現する努力をしましょう。この「再現」がどの程度正確にできるかどうかで、それからの練習の意味はかなり違ったものになっていきます。その後、再現するためにかかる手間を減らしたり、速度を上げたりするなど、他のファクターを加えても同じことができるかを確かめながら、定着をはかることが基本となります。

ある種の音感を鍛えることも、この分類になります。例えば、うなりや差音を聞いたり、純正な和音を理解することなどは、レッスンで必ず「できる」ところまで進んでいます。練習は、できたことを定着させるために繰り返すことが必要なのです。

2) レッスンで新しい内容を理解し、それを日々の練習で習得すること

この場合、前項と異なり、家ですぐに運動を再現することができないものです。本当は、練習のたびに私が補助することが一番効果的ですが、もちろん現実的ではありません。しかし、運動を再現することが全くできないと練習のイメージを作ることもできないので、この場合、二通りの方法を採ります。一つは、補助器具を使って運動を作り、それを繰り返すことで運動を覚えてしまう方法。この補助器具は、レッスンで私が体を触って補助することと同様の効果を生む必要があります。器具を使った効果が、私が補助した状態と同じであるかをレッスンで確認できるケース(指の自然変形など)と難しいケース(寄りかかった脱力、左右のシンクロを取る練習など)がありますが、後者の場合は、より判断力が求められることになります。レッスンで補助を受けたときの状態の理解が大切にでなってきます。

もう一つの方法は、レッスンでできた到達地点をイメージして近づけていく方法です。これは実は、結果として次項のトレーニングをすることと同じになってしまうことがあります。多くの指導者は、この方法を採ります(というか、他の方法を採る方法論を持っていない場合が多い)が、補助具などをあてにできない場合、このような練習法にならざるを得ないことが少なくありません。この場合、「似て非なるもの」になる危険性が非常に高いので注意が必要です。日々の練習では、「似て非なるもの」のパターンを理解することが、正しい練習をするための助けになります。陥りやすいケースの説明を受けて、その判別能力を高めることを念頭において練習してください。

3) レッスンで方向性を確認し、練習で錬度を上げるもの

速度を上げる練習や、その時点で身についていない柔軟性を獲得するための練習、さらに音感を鍛えることなどは、レッスンでは実現できなかったことを練習によって身に付けるタイプです。レッスンの場で正しい状態を作れないという点で、前二項とは異なります。こうした練習は、かなり高度なレヴェルでも必要とされることが多いのです。

このような練習のうち、運動に関するものの第一のポイントは、同じ運動を運動量(大きさ、速さ)だけ変えていくタイプのものと、運動量が変化すると他の要素も必然的に変えなくてはならないものを峻別することです。この二つの違いを理解していないと、練習で間違った方向に進んでしまう危険性が高いからです。前者のタイプは比較的少なく、一つの要素しか変化させていないように感じられても、他の要素が変化しなくてはならないものの方が圧倒的に多いです。例えば「弓を次第に速くする」作業は、速度だけを変化させるのではなく、圧力を増やして柔軟性をより大きくしていくことと連動しています。これを理解しないと、結果は悲惨なものになります。

言い方を変えて説明すれば、求める状態変化に伴って、してはいけない運動の変化(ないし固定、無変化)がおきていないかをチェックする能力をつけることが必要だ、ということになります。人間の運動は、運動しようとするパーツの動きを支える支点を無意識に作ろうとしますが、それを理解せずに腕の運動を加速させると、多くの場合腕のどこかが硬直してしまいます。こうしたことはいつでも起こりうるのです。

第二のポイントは、判断の基準を間違わないことです。例えば、運動の結果を体感ではなく発せられた音で判断しなくてはならないことがあります。(何を判断基準にするか自体が大変難しい問題であることも多いですが、)レッスンの場で「何を基準にしているか」ということをよく理解してください。

音感を鍛えることも、この分類に当たる場合が多いです。例えば、スケールの音程矯正を考えてみましょう。レッスンでは、基本的な聞き方(共鳴音を聞く、など)を指示し、大きく外れている部分を指摘し、さらに一緒に弾いたり、私が弾いて聞かせたりしています。しかし、これだけでは正しいスケールが弾けるようになるわけではありません。レッスンでしていることは、正しいスケールを聞き、日々の練習を繰り返すことによって音程が次第に良くなっていく範囲に収める作業です(私が、「圏内」とか「40点」と表現している音程の範囲がこれにあたる)。この範囲に収まるように練習を繰り返すと、人間の耳の能力を十分に使って音感を鍛えることができるようになることが多いからです。

4) 汎用性のある思考法を理解し、応用すること

思考法を理解するためには、その思考に沿って自分で考えてみることを繰り返すことが欠かせません。例えば、三元連立一次方程式を解く作業を考えてみましょう。

   3X ―  Y + 2Z = 4 ・・・  ・

   2X + 2Y ― 5Z = ―2 ・・・ ・

   4X +  Y ― 3Z = 1 ・・・  ・

さて、これをどのように解きますか。多くの人は、「確か式を足したり引いたりしたよな」と思い出して、あれこれとやってみようとするでしょう。実際に解いてみてください。

まごつかずに解けましたか。苦労した人は、自分の思考を見直してみましょう。「式を足したり引いたりする」のは「何故か?」が理解できているでしょうか?

連立方程式を解くために式を加減するのは、未知数を減らせば解けるからということと、式が二つあれば未知数を一つ減らすことができることを理解していれば、難なく解き方を見出すことができます。単にやり方を見て真似をして計算練習をたくさん積み上げただけでは、思考法そのものは身に付きません。これに対して、二元連立一次方程式を解いた時に「式を加減するのは変数を一つ減らすため」ということを考えながら練習を繰り返せば、その思考法の本質を理解することができます。得られた思考法は、ただちに三元連立一次方程式を解くことへの応用が利きます。もちろん、未知数が4つ、5つと増えても同じようにできるのです。

頭の良し悪しは、覚えている知識量で測られるものではありません。上記のように思考(論理、道筋)を理解することが習慣化しているかどうか、で決まるものなのです。こうした思考法に慣れていると、覚えなくてはならないことが少なくてすむようになります。これが頭の余力を生み、柔軟な思考を可能にします。私が「××式」を否定する理由もこれです。くだんのコマーシャルで言っているように「××式」に通えば「勉強する(単に机に向かう)習慣」をつけることは可能かもしれませんが、それだけでは頭を硬直させる指導法だと言わざるを得ないのです。

横道にそれたように思われるかもしれませんが、非常に大切なことなのでよく理解してください。ヴァイオリンのレッスンと練習だけが特殊なものであることはなく、頭の使い方を学ぶものでもあることには違いはありません。「アウフタクトはアップから」と覚えるのではなく、「アウフタクトをアップにすることが多いのは何故か」と理解することが大切なのです。

5) レッスンで新しい考え方を示し、それに従って理解を進めること

スタカート(デタシェ)記号(場合によってはスティッチ)の付いた、比較的速い往復運動を考えてみましょう(今回は、奏法の選択法自体がテーマではないので、何故その奏法を選択するかという点については詳しくは述べない)。

(注)スタカート(デタシェ)記号は「・」で書かれているもののこと。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどの古典派の作曲家は、この記号とスティッチ「|」を併用している。意味するところは若干違うが、時期によってはどちらかだけしか使っていないこともあり、その場合、どちらかの記号が両者を兼ねている。細かい説明は省くが、基本的には、響きを残した音と音の間に空間がある音である。

ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第7番の楽譜を見てみましょう。付点が出てくるところ(28小節目)以降、八分音符や付点などにデタシェ記号(スタカート)がついています。ベートーヴェンがイメージした音がどのような音であるかを考えると、(天下り的で申し訳ないが)奏法の選択はロング・リフトかデタシェになります(この選択は演奏家によって異なる。手元にあるDVDを見ると、オイストラフはリフトで、ムターはデタシェで弾いている)。レッスンではベートーヴェンのこの曲について、(大まかに言うと)ベートーヴェンのイメージと当時の演奏で行われたであろう奏法や音などを説明し、それを我々の楽器でどのように表現するべきであるか、ということを理解してもらうことになります。レッスンを受ける側は、いくつかの新しい事実と考え方に触れることになるでしょう。それに従って、最初は該当する曲を、さらに他の曲を、その思考に基づいて理解することができるようになっていきます。

この時に理解が中途半端であると、「ベートーヴェンのスタカートはデタシェかロング・リフト」「古典の速いテンポのスタカートはデタシェ」などという「誤解」を覚えてしまう可能性があります。極端なケースでは「スタカート記号が出てきたらデタシェかロング」などという勘違いをしてしまうかもしれません。大切なことは、「何故そのような奏法を選択するのか」という道筋をしっかり理解することなのです。

6) レッスンで新しい考え方を示し、それを発展させること

この段階の練習は、練習自体が進歩になるために必要です。最初は、レッスンで覚えたことを定着させたり、知ったことができるようになるために、日々の練習を行います。それが次第に、練習自体が自分の理解を深め、できることを増やしていくものになっていきます。

ボウイングやフィンガリングなどを決める作業も、このレヴェルになると考えること自体がヴァイオリンを弾くための思考法を身につけるために役に立ってきます。与えられたボウイングやフィンガリングを、音楽的な前提を崩さないで、自分に合ったものに調整できるようになるのです。

まず、メニューインの言葉を引用します。

右手、左手を問わず、テクニックを向上させるさいには三つの段階を経る。第一の段階は関節を幼児のように柔軟にすること、これは各関節ごとにチェックする必要がある。第二の段階はその柔軟な動きを整合させ、弾力性およびバネの力を増進させること。そして最後にくる第三の段階は力強さ、堅固さ、自由さをさらに発展させること。この三つの段階は順序を変えては決して生じ得ない。たとえば堅固さが弾力性よりも先にきたとすると、硬直という悲惨な結果を生むだけに終わってしまう。さらに弾力性が完全な柔軟さ、受動的な感じに先んじたとすると、どこか緊張したぎこちなさが残るはずである。ヴァイオリニストは、楽器をとり上げたとき、いつでも正しい順序でこの三段階をふむ用意をもたなければならない

ユーディ・メニューイン「ヴァイオリン奏法」音楽の友社刊より

この文章は、あちこちに引用しているので目にした人も多いでしょう。ここでメニューインが語っている「順序を間違えない」ということは、彼が言うところの「テクニック」だけでなく、全てのトレーニングや思考法の組み立てに当てはまります。練習法を組み立てるためには、いくつかの順序を経る必要がありますが、この章ではこの点について説明しましょう。

(1)戦略を立てることの重要性

何事でも、物事を成すためには、目的と道筋が必要です。ヴァイオリンの技術や音楽的な力を獲得することも同様で、行き当たりばったりのやり方では効率が悪いだけでなく、誤った終着点にたどり着いてしまうことも少なくありません。練習するときには、常に練習法を考える習慣を身に付けることが重要でsy。基本的なボウイングをスタートするときのことを例に取ってみましょう。

ストリング誌に書いたテーマですが、ボウイングを教えるときに、ほとんどの指導者は「弓を持つこと」からスタートします。弓を持てないとヴァイオリンを弾くことは不可能ですから、しごく当然のことのように思われていますが、これは正しくないと考えています。理由は簡単です。弓を持つことを最初に行うと、運動の起点(肩)と弓を持つ部分が固定された状態になります。その上でボウイングのトレーニングをすると、二ヶ所の固定された部分に挟まれたところ(手首から上腕まで)の運動を固定された部分に合わせて作ることになってしまいます。こうすると、腕の運動は不整合を起こす可能性が強くなります。弓を持つために、手の甲や手首に力が入っていると、さらに問題は大きくなってしまうでしょう。

(注)ロシアンスタイル、特に上海系の指導者は、この問題を解決するために、シャドウボウイングを利用する。合理的にシャドウボウイングのトレーニングを取り入れることはとても効果的であり、私もロシアンスタイルに近いボウイングを教えるときには採用している方法である。その他の人には、最初に私から「弓を持たないこと」と指示されたはずである。

(注の注)ヴァイオリンの奏法のスタイルはさまざまで、歴史的な経緯を知ることも興味深い。ここで言う「上海系」とは、ロシア革命の時に中国に逃れたロシアの音楽家たちが伝えた奏法を基本として学んだ人たちのことである。私が手ほどきを受けた先生は小野アンナ先生の直系であり、まさにこの流派であった。ある時期まで、日本では小野アンナ先生の影響が非常に大きく、門下に多くのヴァイオリニストを輩出している。

例えば、ボウイングのトレーニングを考えるためには、最終的なボウイングのイメージがあって、そこに向かう合理的な道筋を組み立てる必要があります。道筋がないと、正しくない(不要である)ことを身に付けたり、後退してしまっても、気づかないことも多くなります。もちろん、レッスンを受ける生徒の側に最初からこのイメージを求めることはできないので、指導者が生徒一人一人に合ったボウイングのイメージをしっかりと持って、それに従って指導することが大切であることは言うまでもありません。

ボウイングのトレーニングには、さまざまな奏法が登場します。私が基本としているものだけでも、移弦(デジタル、アナログ)、デタシェ、レガート・ターン、レガート・スラー、ロング・リフト(ロング・コーレ)、スタカート、サルタート、ショート(ソティエ)の8種に及びます。これに加えて、トーン・プロダクションの初歩で必要な弓の速度変化や圧力の変化を伴う奏法(マルテレ、アクセントなど)も、早い段階で習得する必要があります。ボウイングのトレーニングの最初から、こうしたもの全てを可能とする基本運動を身に付ける必要があるのです。

「ボウイング」という「大項目」だけではなく、個々のトレーニングでも、道筋を立てることは重要な意味を持ちます。例えば、デタシェを習得するためには、圧力をかける、子音を付ける、安定した運弓、腕を止める作業、響きを止めずに運弓動作を終了する、という作業が不可欠で、さらに、デタシェをさまざまな音のパターンで使えるようにすることが必要です。これらを、不適当な運動を招いてしまうことなく、順序を間違えずに習得しなければ、メニューインの言うところの「悲惨な結果」を招いてしまうでしょう。

細かいことを言うと、ここに挙げた「子音を付ける、腕を止める」などの作業ひとつひとつを取り上げても、運動の理解と運動を獲得するための戦略が必要になってきます。それがなければ、気になるところを指摘して改善しようとする「もぐらたたき」の繰り返しになってしまうからです。全体像が把握できていないと、子音を付けることだけに意識が向かってしまって、正しくない運動を付加してしまう恐れが強く、実際にレッスンをしていても、このような例は少なくありません。

このように、具体的にどのような練習をするかは、練習の目的と共に、その目標がヴァイオリンの技術を習得し音楽的な理解を深めるに当たってどのような位置にあるのか、ということを理解して組み立てなくてはならないのです。

(2)戦術の組み立て

ある目標を達成するために具体的に何をするか、ということが「戦術」です。「練習法」というと、「少しずつ速くする」「リズムパターンを増やして練習してみる」などという、具体的な練習方法のみをイメージする人が多いですが、具体的な練習は、あくまで「戦略」を理解した上で方法論を組み立てなければいけません。戦略がないと、バラバラに展開した味方の同士討ちになってしまう危険性があることは、述べたとおりです。

具体的な練習法の組み立ては、大きな位置付けの中でできるだけ効率の良い方法論を見つけることが目標です。その際に必要なことは、練習がもたらす主作用と副作用を理解することです。

右手を速く動かす練習をすることを例にあげてみましょう。右手の運動は、ゆっくりの時は腕全体を大きく使い、速くなるに従って腕の先端を使う運動の割合が大きくなっていきます。そのことは誰でも気がつくことですが、その結果として何が起こるかを正確に理解する必要があります。腕の先端をたくさん使う運動を練習すると、確かに弓の運動は速く、細かくなります。これが主作用。これに加えて、いくつかの副作用が起こることが多いのです。一つは、運動の速度を上げていくことで普通に起こる「運動体の硬化」で、もう一つは、先端の運動を選択することで、体に近い部分を止めてしまうことが起こることが多いということがあります。

ソティエ(やスピカート)の準備練習として肘から先の運動を練習する時に、上腕部分は「使わない」状態が望ましいのですが、どうしても「上腕部を止めてしまう」作用が起きやすいものです。肘から先の速い運動を練習する時にやみくもに運動を繰り返すと、ほぼ間違いなく上腕部を固めてしまいます。そのために、肘を固定して上腕部を楽にした状態で練習し、その運動を十分に覚えてから普通に動かす練習をする、という順序を踏まなくてはいけません。

もう一例、取り上げておきましょう。

ボウイングが安定しないうちに左手のハードな練習をすると、右手ががたがたになることがあります。初級者は多かれ少なかれ経験があるはですが、これも主作用と副作用の問題です。

左手の練習で右手が壊れてしまう原因は、主に右手に対して意識上の注意が必要な要素があるためです。重音の練習をする時に、二本の弦に対する圧力に対して意識した調整が必要になると、音程や指の形に意識が向かったとたんに右手が崩れてきます。これは、頭の処理能力に問題が発生するからで、処理しきれないことはできなくなってしまうからです。これに対して、重音のバランスを意識下で取ることができるようになっていると、左手に意識を向けても右手が受ける影響は最小限ですみます。

この論理を突き詰めると、意識して練習する部分以外は全て無意識で処理できなければならない、という結論に達してしまいます。そうなると、初級者はほとんどの練習ができなくなってしまうでしょう。解決策は二通りあります。一つ目は、一旦他の要素を犠牲にする考え方。二つ目は、意識の向け方を調整できる方法論を見つけることです。これは、どちらもあり得えます。

一つ目の方法を取った場合、例えば、進度は以下のように想定されます。対象になる意識上の運動を(簡単のために)Aは練習しようとする新しい運動、Bはある程度進んでいる運動と仮定しておきます。数字は到達点を観念的に表したものと理解してください。

練習の経過 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 8日目
A 10 20 15 30 25 40 40
50 40 30 50 40 50 40 50

もちろん、このような単純な過程をたどることは稀ですが、一つ目の方法論で技術や運動が進歩する過程はこのように進むものと理解してください。できたことが一旦戻ってしまいますが、振り出しに戻らない限り、トータルとしては進歩することができるのです。もちろん、戻ってしまう量をできるだけ少なくする方法を採用することは重要です。

二番目の方法は、意識を向ける方向を頻繁にスイッチする訓練をすること、などが当てはまります。右手と左手に向ける意識を切り替えるのです。最初は切り替えやすいところから練習し、次第に、意識を向けようと思ったところはどこでも切り替えが利く状態へと進化させます。

述べてきたような副作用を予測することは、最初は非常に難しいことです。運動のシステムを理解していると必然的にたどり着く結論ですが、ある程度の経験がないと判断できないことです。レッスンでは、こうした「予測」をしながら練習方法を指示することになりますが、理解が進むに連れて自分で考えられるようになることが望ましいことは言うまでもありません。「副作用」が理解できれば、効率を考えた練習方法を構築することができるようになります。

(3)練習の選択

練習の選択にはいくつかの意味があります。効果と効率、合理性を考えた練習の選択と、状況に応じた選択です。前者はいわば当たり前のことですが、後者は忘れがちです。ここでは、後者の説明をしましょう。

状況に応じた練習の選択にもいくつかのケースがあり得ます。1)練習の順序、2)自分の状態(技術)との関係、3)練習や覚えること(定着すること)の性質による選択、です。

1)練習の順序

レッスンで、「何からやりますか?」という質問をする人は多いですよね。「練習の順序を教えてください」という人もいます。順序が決定的な意味を持つ場合もあれば、全く関係ないこともあります。

決定的な意味を持つ場合は、実は誰が考えても明らかであることが多いです。例えば、ポジションチェンジの練習をしている場合、単純な運動や柔軟運動の前にポジションチェンジの入ったスケールを弾くことは得策ではありません。また、移動先のポジション内で動く練習をすること無しにポジションチェンジばかり練習しても、移動先のポジションは役に立ちません。もちろん、初学者に対しては、明らかである場合でも理由を明示して練習の順序を指示することは少なくないですが。

場合によっては、全く意味がないこともあります。(昔の私もそうであったが)練習の順序は、スケール、エチュード、曲、と決めてかかっている人も少なくありません。この順序が意味を持つのは、練習時間が短い、直前にオーケストラの本番があって技術が荒れている、しばらく楽器を持てなかった、などの「状況の理由」がある場合がほとんどです。それらは、以下の2,3の問題に帰着します。

2)自分の状態(技術)との関係

自分の状態による練習の選択によっては、結果に決定的な差異を生じてしまうことがあります。例えば、オーケストラの本番や合宿後には、ボウイングやゆっくりのスケールを十分に練習してから他の練習に取りかかるべきです。合奏をしているときには、自分の技術や運動に対する注意力がほとんどなくなってしまうので、完全には定着していないモノは壊れてしまっていることが往々にしてあります。その状態のままで複雑な練習に入ると、状況がさらに悪化してしまうのです。できるだけ基本的なことから練習を始め、定着していないものを中心に練習をこなしていくことが大切です。練習の順序だけでなく、選択にも十分に注意を払うことが必要です。これは、一定期間以上練習ができなかった場合にも当てはまります。

技術レヴェルによって練習法が異なることも少なくありません。スケールや分散和音の練習は、次章で述べるように、進度によって目的がことなるために、練習方法もそれに見合ったものになるべきです。

また、曲を練習するときに、難しいところをピックアップして練習するか、通して練習するか、ということなども考えてください。目的(戦略)を見据え、相応しい方法論(戦術)を見つけ出す力をつけて欲しいと思っています。

3)練習の性質による選択

私はほとんどの皆さんに非常に厳しい要求を出しているので、課題の多さに悲鳴を上げている人も多いと思います。毎日全ての課題を練習しようとすると、練習内容が希薄になってしまいかねません。こうした場合の考え方を説明するので、理解して応用してください。

練習には、「数学的なもの」と「英語的なもの」があります。数学は、理解してしまえば練習を繰り返す必要はないですが、英語は使っていないと忘れてしまうことが多いですよね。

数学的なもの、とは、前述の「パスカル君の解法を理解すること」であって、「等差数列の公式を暗記すること」ではありません。パスカル君の解法は一度覚えてしまえば容易には忘れませんが、公式を丸暗記する学習法だと、覚えて使えるようになるまで繰り返し練習する必要があるだけでなく、忘れないためにたびたび使わなくてはいけなくなります。公式を丸暗記する学習法は、数学的なものの利点をわざわざ捨て去って、勉強をわざと定着しにくいものにしているのです。

数学的な理解は、忘れてしまってもすぐに思い出すことができます。これもよく引き合いに出す例ですがが、二次方程式の解と係数の関係などがよい例です。

解と係数の関係(年齢によっては、「根」と係数の関係、と覚えているかもしれない)は、結果だけを書いてしまえば、以下のようなものです。

xに関する二次方程式、ax2 + bx + c = 0 の2解をα、βとすると、

α + β = -b/a、 αβ = c/a となる

これを習った時、一生懸命に覚えて使おうとして、「あれ、マイナスがつくのはどっちだったっけ? 分母はaだったっけ? bだったっけ?」などと迷った人が多いのではないでしょうか。迷った人は、数学を英語的な理解で学んでしまった失敗例です。私はこの公式を覚えていません(その場で考え出す)。それは、次のような論理です。

xに関する二次方程式、ax2 + bx + c = 0 の2解をα、βとすると、

解とは方程式に代入すると方程式が成立するものだから、

与式 = a(x - α)(x - β)= 0 と因数分解でき、これを展開すると

与式 = x2 -(α + β)x + αβ = 0 となる。

最初の式をaで割ると、x2 + b/a・x + c/a = 0

 この両者を比較して、

α + β = -b/a、 αβ = c/a を得る

このように理解しておけば、いつでも公式を引き出すことができます。これが「数学的理解」でなのです。一方で、使わないと忘れてしまうタイプのものを「英語的理解」と表しました。

この両者に起こる差異は、頭の使い方はもちろん、体が運動を覚えるときにも似たような状況が起きます。一度理解してしまえば忘れにくいタイプの運動と、続けて練習していないとすぐにできなくなってしまうものがあるのです。

この両者の峻別は初学者には難しい。というより、一定程度まで進歩しないと「忘れにくい状態」が生まれないからです。しかし、どちらかであるかの判断がつくようになると、「常に練習をしないとダメであるタイプの運動や頭の使い方」と「たまに思い出せばよいもの」との区別がつき、練習の選択が可能になります。一例を挙げれば、脱力や音程感覚は身につけてしまえば容易には忘れないが、指を速く動かす運動は比較的能力が低下しやすいということです。

(4)相反する結果になるものの選択と調整

練習法を考えるときに、何かの運動や変更が利益において相反する結果を産むことが往々にしてあります。最初に楽器を持つところから、この点に気がついた人も多いでしょう。

楽器を構えるときに、楽器をセンターに近く構えると右手は楽になりますが、左腕はより内側に入れる必要が生じてしまいます。反対に楽器を外側(肩の方)へ向けると、左腕の形は楽になるものの、右手が届かなくなってしまいます。人によって楽器を構える位置が異なるのは、これが大きな理由です。

右手でも左手でも、こうしたことはよく起こりますが、練習による作用・副作用の問題とは異なります。意図して選択することが可能である場合があるからです。例示してみます。

  • 1) 腕の長さが十分でない場合、弓先で弓の軌道を優先すると、主に手首に無理が来る
  • 2) 左肘を内側に入れると、指の位置は楽になるが、運動能力は落ちる

このように相反する結果を引き起こす運動があるとき、解決する方法は三つあります。どちらかを犠牲にするか、両者の中間のどこかを取るか、可能であれば第三の方法論を取るか、です。

最初の問題であれば、楽器の位置を右手と左手のバランスを考えて決める、というのが一つの方法であり、顎当てをセンターのタイプのものに替える、というのが第三の方法に当たります。もちろん、第三の方法を取った場合、上記の二つの問題は解決しますが、他の問題が発生する可能性があります。どれを選択したらよいか、ということは、その時の状態を総合的に判断するしかありません。ということは、総合的な判断ができない間は、こうした選択を行うことは危険が伴うことにもなります。

(5)イメージを作ること

日々の練習の大きなテーマの一つが、音や演奏のイメージを作ることです。音のイメージがないと楽器を演奏することは困難ですし、音楽的なイメージがないと模倣以上の演奏することはできません。

音のイメージとは、頭の中で音が作り出せることです。「音を作る」とは、音の高さや長さだけでなく、強弱、音質などの音が持っている性質を頭で再現できることです。もちろん、最初は模倣とたくさんのデータを知る(聞く)ことから始まります。聞いた音を頭で再現する努力を続けることが最初のステップです。

音楽的なイメージも、基本的には同様に作り上げていきますが、その際論理的な理解が役に立つ点が、単純な音のイメージを作る作業とは異なります。もちろん、音のイメージが存在することが前提です。

(6)意識と無意識

ここまでは、意識上での練習方法の組み立て方を述べてきましたが、意識していることだけでなく、無意識の運動(やカウントなど)が練習に与える影響を考えてみましょう。

人間の運動には無意識のものが多くあります。無意識な運動の中には、初めから(ないしは、成長の過程で自然に)無意識に運動することを覚えるものと、意識して運動を繰り返すことによって、その運動を意識下のそれに追いやる(成長する)ものがあります。ヴァイオリンに限らず、体を使う作業の多くは、意識して運動する状態から無意識でできる状態に進化することでその錬度が上がります。私が右手の練習を先行させて左手のスキルアップをその後にする理由は、右手はほぼ完全に無意識の状態で運動をコントロールできることが望ましいと考えるているからです。

この種の運動を覚えるためには、できるだけ自然な運動に近いことが望ましいでしょう。運動が不自然であると、体がその運動を覚えるのに非常に苦労するからです。もちろん、ヴァイオリンを弾く作業は通常の生活からはかなり異なった運動を要求されるので、日常生活で使う方法論と全く同じであることはないですが、できるだけ個々人の体の状態や自然にできる運動に沿って覚えることが楽であることに変りはありません。

一例を挙げると、フィンガーボウイング(以下FB)のトレーニングがこれに当たります。FBのトレーニングを弓の進行方向に作為的に動かす練習から入ると、運動の方向を人工的に作ってしまう可能性が強いですが、運弓動作の延長線上で起こる指の自然変形の応用と捉えると、運動を覚えることが非常に楽になります。レッスンを始めて半年以上経っている皆さんの多くはFBを当たり前のように使っていますが、意識した動作としてFBを導入すると、自然なFBを覚えることはそれほど楽なことではありません。事実、ヴァイオリンを始めて5年も10年も経っているのにFBを使えないアマチュアは多いのです。

すなわち、新しい運動を会得するためには、その運動をできるだけ自分にとって自然な運動として理解することがポイントになります。ボウイングが一人一人異なるのは、ある意味では必然のことなのです。もちろん、ボウイングだけでなく左手の運動についても、この原則は当てはまります。

意識と無意識が問題になるもう一つの大きなポイントは、無意識の運動がヴァイオリンを弾くことに対して阻害要因になってしまう場合の処理です。言い換えると、無意識の運動をどのようにスムースに取り去るか、ということです。

無意識の運動を取り去ることが難しいのは、三つの理由があります。一つは、無意識の運動は繰り返されて覚えたものであることがほとんどで、その運動自体がある意味で「自然なモノ」になってしまっているから。自然な運動を取り去って新しい運動を覚えるという、非常に面倒なことを要求されることになるのです。「悪い癖が付くと大変だよ」と言われる理由はここにあります。

もう一つの理由は、無意識の運動は行われていること自体を認識しにくい、ということです。取り去るべき対象がはっきりしていないと、どのように練習したらよいかを考えることは不可能です。従って、体の使い方を十分に理解し、無意識の運動が行われていることが自分で判断が付くようになるまでは、指導者の指摘と指示が必要になります。

三番目は、無意識の運動を取り去ることの困難さにあります。意識してやっていることを止めることは易しいですが、意識していない動作は、そもそも脳が発している指令自体を認知することができないので、その指令を意図して止めることが不可能だからです。

この問題を解決するためには、大きく分けて二通りの道のりがあります。無意識の運動を意識する運動に替える(正確に言うと、無意識の運動の上に意識した運動を加えて一つの運動にしてしまう)ことと、無意識の運動が不自然なものになるように他の運動を加えることです(無意識の運動ができなくなるような運動を加える、と理解してもよい)。

前者の簡単な例は、無意識に入っている力が意識して使える筋肉を利用している場合の修正方法です。肘から先の運動をする時に無意識に上腕の筋肉を締め付けてしまっている場合、その運動をしながら上腕をわざと締め付けることを繰り返す。ある程度できるようになったら、意識して締め付けている動作を止めてみます。こうすると、無意識に入っている力も一緒に抜けることがあるのです。

後者の事例は、左手の親指を分離させる訓練が典型例でしょう。左指を運動させるために親指に力を入れている場合、親指を高い位置に置いて付け根の人差し指側に力が入らないようにしたり、親指の付け根から小指側をテーピングしたりすることがこれに当たります。形を強制することで、力を入れることができなくなる状態を作るのです。

こうした訓練が有効に機能しない場合、無意識の運動を取り去ることには非常に長い時間がかかってしまうと思われます。取りにくい無意識の相応しくない動作を身に付けないためには、運動を意識して繰り返して覚えることが求められるのです。

カール・フレッシュがスケール・ブックの前書きで述べているように、スケールを練習することは、音程感覚を身につけて実戦で利用できるものにすることと、さまざまなスキルアップを図る意味があります。

「音程」とは、音の高さの相対関係のことで、スケールと分散和音は、基本的な音のつながりを理解するために重要な練習です。と同時に、実際の楽曲でも旋律の基本となるのがスケールや分散和音なのです。よく引き合いに出すのですが、モーツァルトやベートーヴェンの曲に登場する旋律たちの多くは、スケールや分散和音そのものなのです。

また、スケールはスキルをアップさせるためにも大変役に立ちます。そのためには、たくさんの調をさまざまなテンポで練習することが必要です。カール・フレッシュは、「毎日違う調を」と指示していますが、フレッシュのエチュードは調ごとにリズムパターンを変えてあり、調を変えることで自然にさまざまなテンポや形を練習できるようになっています。

スケールの練習は、主に三つの時期にわけることができます。
1)基本的な音程間隔を理解して身に付け、ゆっくり安定した指の形で弾けるようになること
2)テンポを上げたりヴァリエーションの形にすること、スケールや分散和音自体が運動能力の訓練そのものになること
3)高度な技術(重音など)を習得すること、技術を高いレヴェルで安定させるためにトレーニングすること
です。

(1)基本的な音程間隔を理解すること、安定した形で弾くこと

音程講座で詳しく述べたとおり、弦楽器の音程間隔は、旋律的には204セントと90セントを積み上げることでできています。初期の間にスケールや分散和音を徹底的に練習することは、この音程間隔を身に付けることが大きな目的です。

このために必要なことは、楽器を必ず純正五度でチューニングしておくことです。純正五度にチューニングされた楽器は、ピタゴラスの音程間隔そのものを表現するのに適しています。開放弦と同じ、ないし協和する音程を利用することで、比較的精度の高い音程を得ることができるからです。

この時期の練習は、ある一定のテンポで行われることが望ましいでしょう。小野アンナやフリマリーのスケールであれば、4つ(場合によっては3つ)のスラーをつけ、ボウイングトレーニングと同じ速さで弓を運動させるテンポくらいがよいでしょう。テンポが遅すぎると横の音程感覚を判定する能力が発揮できず、速すぎると音程を調整することができなくなるからです。

音程の精度を上げることは、二つの要素があります。一つは耳の能力を上げることで、もう一つは手の精度を上げることです。この二つは、能力的には分離したトレーニングを必要としますが、音程を向上させるためには相互に関連しています。

耳の能力を上げるためには、二つのことをこなす必要です。一つは、自分で音程を近づけていく能力をつけること、二つ目は近似値の音程をできるだけたくさん再現することです。

初期状態では、この前者を目標にします。レッスンで何度もスケールを一緒に弾いたり、音程を一つずつ修正したりする段階です。音程の修正は個人個人の能力によって、また練習の状態によって異なりますが、音程が無い状態からできるだけ早く脱却し、音程が悪い状態までもっていくことが当初の目的です。音程が無い状態では、どれだけ繰り返して弾いても音程能力を向上させることはできませんが、音程が悪い状態になると、音程が悪い部分に気がつくことで修正することができるようになります。私がレッスンやアンサンブルの場で「40点」と表している音程が、このレヴェルです。この段階になると、家での練習で音程を向上させることができるようになってきます。

ここで、練習の仕方による音程能力向上の差が著しくなります。それは、近似値の音程になった状態で満足してやめるか、その状態を少なくともキープして繰り返して弾くか、という差です。前者は、練習の段階で持っている音程能力をキープすることはできても向上させることは難しく、後者は音程に対する判断力が確実に向上します。このことは、音感トレーニングでも取り上げます。

もう一点、音程を修正するときに考えるべき大切な点を述べておきます。それは、音程を修正するときには必ず相対値で修正を確認することです。「間違えた」と思った音を直すときに、その音だけをチューナーなどで合わせたり、開放弦と合わせたりして音程の絶対値を合わせるだけでは、進行する音程感覚をつけることにはなりません。音程を修正したら、必ず前後を弾いて相対関係の中で修正した状態を再現することが必要です。これは必ず励行してください。

初期段階のスケールでもう一つ重要な点は、左手を安定させることです。左手の安定は段階的に行われるべきですが、不合理な使い方をしていた場合、進度が進んでいてもファーストポジションのスケールで左手を安定させる課題を組むことも少なくありません。スケールを使って左手の基礎トレーニングを行う場合、最初に目標とすることは、指の運動を分離させることです。この点については、全員が最初は失格と言われたはずです。これができない間に次のステップに進むと、メニューインの言うところの「悲惨な結果」を生んでしまうことはほぼ確実でしょう。

(指の運動を分離させることは、大人がゼロからヴァイオリンを始める場合、ほとんど問題なくできるようになる。最初の段階で非常に時間がかかるために、生徒も指導する側も忍耐力が必要だが、最初から分離する運動で動きを組み立てると、その後が非常に上手くいくようである)

指を分離しながら、個々人に相応しい左手の形を作っていく作業が軌道にのると、左手の問題は次の段階に徐々に進んでいきます。

(2)テンポを上げたりヴァリエーションの形にすること、運動能力を上げる訓練になること

テンポを上げる時には、主に三つのことに注意を払いましょう。音程と左手運動の滑らかさ、そして左手と右手のコンビネーションです。

音程に関しては、テンポを上げることで、耳が追いつかなくなることと、指が平均化してしまうことが最初に問題になります。比較的ゆっくりであれば、開放弦との共鳴や半音など判断しやすいところで修正ができますが、テンポを上げると耳の判断が間に合わなくなることがあります。こうした問題をクリアするためには、速いテンポでスケールを弾くときに、ポイントを絞った音程修正を繰り返すことが有効です。また、指が平均化することもどうしても避けがたいので、そのことを念頭において、ゆっくりのテンポよりも「全音を広く、半音を狭く」取る意識を強く持つといいでしょう。

テンポが上がると、ゆっくりのときより音程が強調される(全音をより広く、半音をより狭く)方向に変化する(非常に微小であるが)と心地よいのですが、前述のように、実際に運動を速くしていくと、この方向と反対の音程変化を起こしやすいのです。それも十分に理解してください。

この段階になると、多くの場合シフトの基本練習が終わり、スケールの練習が実践的なポジションチェンジの練習を兼ねることになります。ポジションが上がると指の間隔が変わって難しくなるイメージを持っている人が多いですが、指の間隔よりも耳の使い方に問題が生じることが多いのです。こうした場合、同じ音を違うポジションで弾く練習をすることが、自分の問題点を抽出するために有効です。

左手を滑らかにスピードアップするためには、ファーストポジションでの指の独立が前提となることは言うまでもありません。完全に独立していなくても、少なくとも各指がいちいち親指と「挟むような」連動をしていると、スピードアップ、特にシフトを伴う運動の速度を上げることは望めません。このことを前提として、スケールでの運動能力を上げるためには、いくつかの方法があります。

一つは、音符の長さをさまざまに変化させてみることです。最初に試みたい方法は、4つ(ないし3つ)の音符をスラーで弾き、最初の音符を少し強調して弾くことです。ちょうど、古典派での短いスラーの音形のように、リズムが崩れない程度にスラーの最初の音符を長くするのです。この状態で速くしていきます。最初の音符をやや長めに押さえていることで、二つ目移行の指を動かす準備が可能になります。この練習は、頭を間に合わせるトレーニングとも共通なものです。

次に、スラーの中で付点を使ってみることです。4連符であれば二つの付点を一つのスラーで弾きます。もちろん、付点の長さを反転した練習も必要になってきます。この段階ではまだ用いないことが多いですが、カール・フレッシュのスケールシステムは、このような運動能力の向上を念頭に置いたリズム変化がつけてあります。

この段階での左手の安定を求めるためには、Broken Thirdの練習も欠かせません。また、どうしても安定してスピードを上げられない場合、階段式(登ったり降りたり)という形にスケールを変形してテンポを上げる方法も有効です。

(3)高度な技術を習得すること、技術を高いレヴェルで安定させること

カール・フレッシュの重音スケールや、ガラミアンのスケールを使うレヴェルがこれにあたりますが、今回ここでは触れません。

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