柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座15 〉スケールの重要性

スケールを練習することがどれほど重要か、ということをいくつか述べてみます。

よく、「曲というのは、ほとんどの部分がスケールと分散和音と和音でできている。だから、スケールや分散和音を練習することは、曲を弾く技量にも直結する。」という言い方をします。これはこれで真理だと思います。「だからスケールをたくさん練習しましょう。」これだけではあんまりですので、少々理屈をこねてみます。

まず、音程感覚の問題です。これについてはさんざん書いてきました。つまり、「旋律的な進行を知るためには、スケールで鍛えることが必要である。」ということです。その点について、少し掘り下げてみます。

旋律の進行は、「どうやって進みたいか」「どうやって進んだら気持ちがよいか」という法則に従って決まります。もちろん、ここで言う「法則」とは一つではなく、いろいろな(ほぼ無限の)可能性があります。(そうでなくては、こんなにたくさんの曲が存在できませんね。)旋律の進行は、この「単音の進行」だけでなく、他の要素にも影響されますが、まずはこの「法則」を感覚的に捉えられるようになることが重要です。実は、スケールをいろいろな速さで練習することは、この感覚をとぎすますためのとてもよい訓練になるのです。

まず、全弓を使ってゆっくりGDurのスケールを弾いてみます。できれば録音をとって聞いてみてください。(ピタゴラスのスケールが上手く弾けない場合、先生に実演してもらうととてもよくわかると思います。)正確にピタゴラスの進行で弾こうとすると、とてもゆっくりの場合、実は大変難しい思いをします。(というか、自然な感覚に従うとほとんど無理かもしれません。)ゆっくり弾くと、人間の耳はそこで「静止した」状態を心地よく感じるからです。

同じ音で、少しずつテンポを速くしていきます。すると、次第にピタゴラスの進行の個性が気持ちよくなってくるはずです。「進行したい」という旋律音程の特徴が活かされるからです。正確なピタゴラスの進行を何通りかの速さで録音して聞いてみると、よくわかると思います。ゆっくりだとうまくいかないのに、ある程度のテンポになると音程がよくなることすらあります。

実際に、僕がトレーナーをしている合奏団でスケールを練習していると、弓を4分割した速さが最もきれいにスケールを演奏してくれます。毎回比較的緻密にスケールの練習をしているので、合奏団のメンバーは、どこが正しいかということは「ほぼ」理解してくれています。しかし、あまりゆっくり弾くと、どこが良いのか、少々混乱してしまうようです。「気持ちがよい」ということが、実際の演奏に役に立つ、とてもよい例だと思います。

「スケールはピタゴラスで」と散々書いているのですが、「応用編」ということで理解してください。実際の演奏では、ピタゴラスの進行から外れた音程が要求されることもあります。もちろん、その方が「気持ちよい」場合です。スケールの練習は、実はこういった「規格外の」音程を聞き分ける訓練にもなるのです。スケールを弾きながら、クレッシェンド・リタルダンドをかけてみると、また違った音程が気持ちよくなるかもしれません。もちろん、この「違った」というのは、「平均律」や「倍音列の音程」ではなく、あくまでピタゴラスの音程を「強調」したり「個性を薄め」たりすることです。

理屈を書くととても難しいように思われるかもしれませんが、基本的なピタゴラスの進行を理解できれば、そこからの応用はそれほど困難ではありません。実際に曲を弾いているときに、「あ、この音はもう少し高い方が好き」という「嗜好」すら生まれてきます。こういう「好み」が生まれるほど音程感覚ができてくればしめたもの。音程が表現力にまで結びつくようになるのです。

(分散和音についても、同じことが言えます。分散和音は、「進行する時にはピタゴラスで」とった方が気持ちが良いものですが、とてもゆっくり弾けば、もちろん和声の音程で取るべき場合も出てきます。それほどゆっくり弾くことを「分散和音」と言うかどうか、という議論はもちろんあり得ますが。)

分散和音は、スケールと同様に重要なものです。特に、主音から第三音や第四音への跳躍は、楽曲を演奏するときにも普通 に使うもので、理解することはとても大切です。

スケールの練習は、音程感覚を身につけるだけでなく、テンポ感・リズム感の養成にもとても役に立ちます。そのためには、正しい練習方法をとる必要があります。

あるテンポで弾けたら、少し速くしてみたくなりますね。この時に、「何となく速くする」のではなくて、正確に「倍」(ないし3倍)にしてみましょう。いきなり倍にするのは大変、と思われるかもしれませんが、倍にして弾けない場合は、初めに戻って少しゆっくりしてみます。それができたら、次は四倍にするのです。スケールを弾くときに、この「テンポをコントロールする」作業を加えます。練習するときに常にこうやって練習することで、一定のテンポで指や弓を動かすことができるようになるのです。

スケールの練習はまた、あらゆるテクニックを修得する場にもなります。音の立ち上がりを練習する場合にも、(初めのうちは関係ありませんが)スピカートなどの練習をする場合にも、スケールを使って効果 的に練習を進めることが出来ます。そのためには、基本的なスケールを正しく弾けるようになっていることが重要なのです。

実際には、徹底的にGDur(ヴィオラやチェロならCDur)のスケールを練習しましょう。初めのうちはあまりいろいろな調を練習する必要はありません。ファーストポジションで、基本のスケールがきちんと弾けるようになることが、一番大切なことです。いろいろな組み合わせの練習をすることで、それだけでたくさんのアイテムを手に入れることができるのです。