柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座23 〉速いパッセージの練習2(阻害要因の抽出と頭の問題)

◎ 速く弾けない原因の抽出法 ◎

速く弾けない原因の探り方を考えてみましょう。原因が異なれば、当然、練習法も違ってくるはずだからです。「左手が回らない」と感じた場合でも、真の原因の可能性は多岐にわたります。原因がわからないと対策が立てられないのは、いつも述べているように、病気を治すことと同じなのです。

(以下は、生徒向け講習会の資料の抜粋です)

左手にしろ右手にしろ、運動そのものができない場合がもっとも根本的である。左指が速く動かない場合は、まず運動そのものがそのスピードに達することができないのか、運動はできるが何か阻害要因があるのかの判別をしなくてはならない。具体的な判別法は、どのような運動についてか、何が阻害要因になり得るかを推測して調べるのだが、具体例は次項以下に挙げておく。

具体的な阻害要因が見つからない場合、運動能力が上がらない原因を見出しにくいことがある。頭の指令そのものを速く出すことができない場合と、指令自体は速く出るが伝達経路に問題があったり指令を具体的な運動にするところで速くできない場合などは、判別することが非常に難しい。具体例を挙げておく。

ある速いパッセージが弾けない場合、一小節ごと、ないし1フレーズごとに小さな間を空けて断続的に弾き、その形でスピードを上げていく練習をしてみる。小さな間を空けることでスピードを上げることができる場合は、頭から出された運動の指令が指に伝達して実際の運動になる経過には問題がないことになるが、それでも弾けない場合は、指令自体の問題、ないし運動そのものができないということになる。前者の例は「暗譜しないと速く弾けない」症状を持っている人に顕著なものである。

この他にも、それぞれのパターンによって判別法が考えられる。

運動能力を高める練習の一般論

速い運動ができるようなるために取られる一般的な方法は、以下の三つである。

  • 1)できる速さで運動し、次第に速くしていく
  • 2)とにかく無理やり速い練習をして、少しずつ調整していく
  • 3)他の運動で速さを作り、適用、応用していく

この三つの方法は、いずれも効果がある方法であるが、それぞれに利点、欠点がある。練習によって得られる効果と対応する問題点は

《効果》

  • 1)安定した状態でテンポを少しずつ上げることができる。運動や体の使い方、音程などに気をつけることができる速さを、同時に鍛えることができる。
  • 2)速いスピードに対応する運動能力を高めることができる。
  • 3)速い運動を作りやすいものから始めるので、安定した状態で速いテンポを得やすい。リズム変化などを伴う練習は、リズムで運動を規定できるので、運動自体をコントロールする能力をつけることもできる。

《問題点》

  • 1’)速くすることに限界が来てしまうことが多い。ある速さ以上はどうしても進めなくなることが少なくない。しかも、その「ある速さ」が比較的速くないことが多い。
  • 2’)手の形、ボウイングなどが乱れてしまうことがある。音程の調整も難しく、調整することができるまでにやっていることがとてもストレスになる。
  • 3’)他の運動を作ることが易しくないことも多い。他の運動を練習することで、思いがけない癖がついたりすることもある。

こうした「通常の」練習方法を取るときには、この利点・欠点をよく理解して練習することが必要である。特に、1,2の練習は、利点と欠点が相互に補完関係になっているので、両方をやることで初めて効果が現れることも少なくない。

◎ 頭の問題 ◎

(これも、生徒さんたち向けの講習会資料の改訂したものです)

今回は、「〈 講座22 〉速いパッセージの練習1」の最後に書いた「頭の問題」をまとめてみようと思います。ここで述べることは、速いパッセージの練習法として説明させるものですが、実際には、他の運動にも考え方を応用することができます。そうした意味で、是非、知っておいてほしいものです。適切な訓練によって頭の処理能力を上げることは不可能ではありません。前提として、頭の働きを理解するために、関連することを少し説明しておきましょう。

頭の働きの構造(感情的なこと、感覚的なことを除く)は、記憶することと考えることに大別できます。記憶することは、文字通り、出遭った事象を頭の中に格納する作業であり、考えることとは、考える対象を格納された記憶と関連させて、ある論理を組み立てる作業です。この二つを簡単に説明してみると、格納される形式はある種の電気信号で、「関連させること」は、この電気信号同士を結びつける作業なのです。この点では、コンピューターがやっている作業を考えてみれば、想像がつくでしょう。

記憶は、短期記憶と長期記憶に分かれます。短期記憶は、ある事象を一時的に頭の中に置いておくもので、長期記憶は短期記憶をしっかりと頭の中にしまいこんだものです。コンピューターでデータをセーブする前のデータが短期記憶、セーブしたものが長期記憶であると比較して理解してください。パソコンの電源が落ちてしまったときに、セーブしていないデータは消滅してしまいますが、セーブしてあればなくなりません。短期記憶も、そのままではすぐに忘れてしまうシロモノで、どこにしまったかを示すタグを付けてきちんとしまわれた時に、初めて使い物になる記憶になるのです。この短期記憶は、音を短時間覚えておくことに使われるものであり、音感トレーニングの基本ともなります。

運動能力を上げていく訓練で必要な頭の働きの向上は、直接的な運動の指令とその指令を出す判断とがからみあった問題です。直接的な指令の問題は単純な「運動神経の問題」と理解され、運動の指令を判断によって出す能力の問題は、頭の処理能力の問題に帰着します。前者は単純に「運動能力を高める」作業ですから、ここでは取り上げません。すでに述べたところを参照してください。

運動の指令を判断して出す脳の働きは、頭を訓練することによって高められます。もちろん、運動そのものを速くしていく訓練でも鍛えることは可能ですが、頭を鍛えることを目的とした練習を行うことでその効果はアップします。そのための訓練法は、簡単に言えば脳に負荷をかけて能力を高めていくことに他なりません。

こんなことを言い切ると、「お前は脳の働きを完全に理解しているのか?」というクレームが来そうで怖いですね。もちろん、脳の働きはまだ解明されていない部分も大きく、簡単に言えるものではありません。しかし、これまで積み重ねられてきたトレーニング法(もちろん、ヴァイオリンに限った話ではない)や、頭の働きがわかってきた部分などから類推することは、ある程度可能なのです。ここでの話も、その範囲でのことであると了解してください。

頭の指令に体がついていくことと、頭の指令自体を鍛えることの違い

今回のテーマの本質は、この部分です。通常の練習で速くすることができない場合、何が問題になっているかということを、より正確に理解するためのものです。

メトロノームを使って徐々にテンポを上げていく、という練習を考えてみましょう。メトロノームが打っている音に(場合によっては目を)注意を向けていると、脳はその一定のカウントとシンクロしようとします。これは、単にメトロノームに合わせるような練習でも、メトロノームのカウントを頭で再現しようとして練習する方法でも、本質的には変わりありません。最初はゆっくり、次第に速くしていくことが一般的ですが、このときの脳の働きは、頭でカウントを認知している状態に実際の運動をシンクロさせようとするものです。これは、頭の指令に運動が付いていけるようにするための練習に他なりません。そのときの頭の働きの流れを図示してみると、以下のようになるでしょう。

  • 1)メトロノームのカウントを認知する
  •       ↓
  • 2)認知したカウントを自分のカウントとして取り込む
  •        ↓
  • 3)そのカウントに演奏しようとする音符をはめ込む
  •        ↓
  • 4)はめ込まれた音符に必要な運動を判断し、運動の指令を出す
  •        ↓
  • 5)実際に指(ないし腕)が運動する

この練習には、早晩、限界が来てしまうことがほとんどです。なぜならば、頭が出す指令そのものをスピードアップしたり、指令が出るタイミングを速くしたりする練習にはなっていないからです。上の流れをよく見てください。頭の働きも、実際にそれが再現されるフィジカルな運動も、すべてが一致させるタイプの練習になっていることがわかるでしょう。もちろん、特に4、5の一致は必要で、そのための訓練は必要です。しかし、相変わらず限界が来てしまうことには変わりません。その理由のひとつは、頭でイメージできることと実際の運動を起こす指令とを同列でトレーニングしてしまっているからです。

これに対し、主に4の働きを速くする(スピードを上げる、タイミングを速くする)ための練習に効果があることが多いのです。そのためには、実際の運動という「重たいもの」を外してしまわないと、なかなか成果が上がりません。

以下の練習法は、当初、主にカイザーが終了して、ドントのop.37やクロイツェルに進んだ生徒さんたちのうち、必要性が高いと思われる方を対象にレッスンで行っていたものですが、最近はもっと早い段階で使うようにしています。

【練習例】ドントop.37 / 4番から

このエチュードは、弓先で速くクリアに弾くこと、デタシェなどの奏法練習など、いろいろな組み合わせで使うことができますが、速く弾くことが比較的難しいところが多いのです。最初のつまずきは、×小節目にやってくる人がほとんどです。ポジション移動と弓のターンの組み合わせに戸惑い、一時停止してしまったり、突然テンポが落ちたりする症状が出ます。これを改善するために、×小節目で一旦運動を止めます。次からは、矢印の間で、ゆっくりから速く、という運動を繰り返します。その時に、ゆっくり弾き始める時に、前のテンポで頭で歌う努力をしてみます。この練習は、だんだん速くする必要はありません。概ね10回ほど弾いてみて、突然楽譜通りのリズムで弾いてみます。すると、あら不思議、今までどんなに練習しても指の運動が追いつかなかったパッセージが、すんなりと弾けるようになる(ことが多い)のです。

 

楽譜の読み方による速さの問題

最後にもう一点付け加えておく。速く弾くことができない、特に「指が回らなくなる」のではなく「あるところでぴたっと止まってしまう」症状がある場合、楽譜の読み方に問題があることが多い。楽譜を読む時に弾いている音を見ていると、次の音の処理が間に合わないからだ。常に、少し先を見られるように意識したい。

左手を先行させる訓練を徹底することで楽譜の少し先を見ることが可能になる人も少なくないが、テンポを上げる時に、いつでも楽譜の先を見る意識を持っていることが大切である。また、一つ先の固まりを一度に読むことができるようになると、処理能力は格段にアップする。ある程度のスキルが身に付いてからの話だが、1フレーズずつ、「固まりで読む、弾く、固まりで読む、弾く」という練習も、とても効果がある。