柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座02 〉ヴァイオリン弾きの体の使い方の「考え方」

 [追記] 2012/11/8 この内容は、さらに詳しく具体的に新著に書かれていますので、是非そちらをご覧下さい ▶『ヴァイオリンを弾くための体の作り方・使い方

レイトスターターを教えるようになって、ヴァイオリンを長い間弾いている人と大人になってから始めた人の体の使い方の差を、さまざまな角度から意識することになった。私自身が無意識にやっていることが、どのような体のシステムによって成り立っているのかを見直すことになったからだ。体の使い方をどのように考えるべきかという点について、いくつか小考したい。

◎ 「体つき」の違いと「使い方」の違い ◎

同じような動作に見えても、使っている筋肉が違ったり、力のかかる方向が違ったりすることがよくあることは、ヴァイオリンを教え始めたころから気がついていた。始めの頃は、ヴァイオリンを長い間弾いているために起こる体の変形に目が行っていた。例えば、小さい頃からヴァイオリンを弾いている人の多くは、左肩がやや前方に湾曲している。この変形が、左手を「内側に」入れるときの無理を減じている。これに気がつくと、レイトスターターには「別の解決策」を見つけなくてはならない、と考えるようになった。

この意識が若干変化したのは、実はごく最近である。変形、いわば「体つき」の問題よりも、筋肉や関節の使い方の差の方が大きいのではないか、と考え始めたからだった。きっかけは、小さな頃から弾いている人がレイトスターターと同じ問題を抱えているケースがあり、その解決策として同じ指示をしたときに反応が全く違ったことだった。

数年前まで、私もこの二つを完全には別に考えていなかった。今から考えると冷や汗ものだが、混乱して認識していたことは否定できない。結果として、かなり際どい指示をしていたと思う。「形」と「使い方」の違いは、確かに非常に認識しにくいものだ。「特殊な使い方」をして「形」を真似することができることが最大の理由だが、他にもさまざまな「勘違い」をしやすい。また、運動の方向と運動の種類も峻別する必要がある。ぱっと見たときに同じような形をしていても、違う方向に違う種類の運動を加えて結果的に同じように見えているだけ、というケースもあるからだ。

これらのことをきちんと切り分けると、説明が非常に楽になる。言葉を使って説明しやすくなると同時に、誤解が生じる恐れが心配が少なくなる。また、教える側にとっても、生徒との体の使い方の差異を認識しやすくなるなどの利点もある。結果として、新しい発見も少なくない。実際、レッスンのたびに私自身の勉強にもなっている。

◎ いくつかの典型的なこと ◎

レイトスターターに限らないが、何か「できないこと」を抱えている人たちにとって、できない原因がフィジカルなことであるケースは少なくない。それらを網羅的に取り上げることはここではしないが、その一端を見てほしい。

1)左手指の運動が独立して行えること

指の運動は、ほとんどのレイトスターター、非常に多くのアマチュア奏者が「無駄」をしている。この「無駄」は、傍目から見ていてすぐにわかるものだが、本人は気がつかないケースが多い。私の弟子の中で、プロになるべく研鑽を積んでいる方でも、軽度ではあるがこの症状を持っていた。転校されてきた生徒さんの中には、この症状を取ったとたんに「驚くべきほど指が軽くなった」と感じる人がたくさんいる。「指を独立して動かす」ということは多くの指導者が指摘することだと思われるが、その内容は一言で言い表せるほど簡単ではない。考えるべきポイントは

①親指が他の指と分離していること(力の分離)

親指の付け根と人差し指の付け根が締め付けられているケース、親指の付け根が手の甲に押し付けられているケース、などがある。弾いているときに親指の付け根周辺をさわってみればすぐに判別できる。力の分離ができていない場合、②の運動の分離もできていないことがほとんどである。

②他の指の運動が親指に影響しないこと(運動の分離)

他の指を押さえたり離したりするときに親指が一緒に動いてしまうことで判別できる。指を指板に押さえる運動が、親指の指先や付け根との挟む運動になっていたり、手のひらを握る(手の甲をすぼめる)運動になっているケースなどが代表的。また、他の指の運動が親指を引っ張っているケースも多い。

③各指が付け根から独立して動くこと(他のパーツを使わない、他のパーツを引っ張らない)

指の運動が指の付け根から独立して行えるかどうか。特に、3,4の指を押さえるときに、手のひらを回す運動や手首を回転する運動が加わっているケースが非常に多い。これも見れば明らかである。また、指の運動が親指以外の他のパーツを引っ張っているケースもある。これは判別にやや工夫が必要。これらの問題点は、四本の指全部を指板に乗せて各指を動かすことができるかどうかをチェックしても判別できる。

④各指がばらばらに動かせること(脳からの指令がばらばらに行くということと、同時に他の指の運動をもたらさないこと)

3と4の運動が連動してしまうケースがほとんどだが、1,2の指が他の指を引きずってしまうこともある。セブシックやシュラディックなどの単調な運動を繰り返しているときにリズムの不整合が起きてしまう場合などに顕著。

⑤余分な運動の支点を作らないこと

指の運動が、何がしかの支点に頼って行われているケース。レイトスターターに多いパターンは、人差し指の付け根をネックに押さえつけて、そこを支点にして指を運動させているケース。これに限らず、親指や親指の付け根が支点になって指を動かしている場合も少なくない。

の五点に及ぶ。さらに、指をスムースに動かすために、以下の点を考慮する必要がある。

⑥指を動かす腱の運動を阻害する要因をできる限り排除すること

⑦指の運動の方向と指そのものの強化

こうした点をチェックした上で、さらに運動の種類を正確に分析する。

このように書くと、非常に高度なことをやっているように感じられるかもしれないが、実はそれほどでもない。ひとつひとつをよく読んでいただければ、どれもが普通に注意されることだと気がつくはずである。これらの関門にひっかかってしまったら、それぞれに修正する。修正法については、別項でまとめる。

2)右手の肘の運動

右手の肘の運動も、多くのアマチュア奏者にとって難物だ。難しい理由は、弓を持っている状態で手首を柔軟に保ったまま肘を運動することは、体の中心に向かった脱力が必要だからである。肘を運動させてボウイングをすべきところで、肩全体の運動になってしまっていたり、肩を固定してしまうケースが少なくない。かなりのベテランでも、この傾向を持っている人が少なからずいる。「肘から先の運動」になかなかならないことが多いのだ。また、連続するダウンなどでどうしても肩から動いてしまうケースや、続けていると次第に肘が硬くなって運動しなくなってしまう人もいる。

肘の運動ができない場合、肘から肩にかけてに力が入ってしまう場合がほとんどである。肘を動かすために使われるパーツが肘より体の中心にあるからに他ならない。こういった場合は、肘を動かすために必要最小限の運動ですむようなトレーニングをする。具体的には、肘を壁などにつけて肘から先の運動を覚えることが効果的。

3)親指の曲がり方

右手の親指がしっくりこない人に一定の割合で見られる症状。親指が付け根ごと動いていることが望ましいが、根元が固定されたまま指だけが曲がっていることがある。これは、単に手のひらを上に向けて親指を内側に向けてみるとすぐに判断がつく。左手の親指が自由にならない人もこの症状をもっている場合がある。こうした場合、シフティングがギクシャクしたりヴィブラートがかけにくかったりすることがある。この点についても、別項で詳しく書きたいと思う。

ヴァイオリンを職業としている人たちも、すべて同じ体の使い方をしているわけではない。小さな頃からトレーニングを繰り返していると、体にとって負担が大きな運動をしていても「なんとかなってしまう」ことがある。しかし、アメリカの統計では、音楽家、特に弦楽器奏者が体を痛めている割合は、スポーツ選手より高いという(「新しいチェロ奏法」ヴィクター・セイザー著 音楽の友社)。アマチュアとして音楽を楽しむためにも、体の使い方にもっと関心を持つ人が増えてほしいと思います。