柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座20 〉ポジション移動の原則

今回は、ポジション移動について考えてみましょう。

まず、なぜポジション移動をするのかを考えてください。「当たり前じゃない、ファーストポジションじゃ弾けない音を弾くために移動しなきゃ弾けないからでしょ」その通りです。ではそのためには何を考えなければならないか

ポジション移動は、ファーストポジションの範囲外の音を取るために行うことがスタートです。ニ長調のスケールを例に取ってみましょう。D線からスタートして、2オクターブ進むことを想定します。最後はE線のD音ですから、サードポジションに上がらなくてはなりません。A線のD音で1の指で上がるか、E線のA音で1の指で上がるか、解法は普通 に考えると二通りあります。さて実際に弾いて、録音してみましょう。録音を聞いてみると、ポジションが移動したところが、実際に弾いているところを見ていなくてもばれてしまいませんか。

ポジションの移動について、一番始めに原則として考えるべきことは、以下の3つです。

  • 1)正確に移動すること
  • 2)移動が滑らかに行われること
  • 3)移動した先のポジションがわかっていること

実際の練習では、初めから1,2を同時に訓練すべきです。多くの場合、1には大変神経を使っていても、2を考えていないか、あまり重要視していないように思います。僕のところに来た生徒さんで、すでにポジション移動を習っていた方でも、2をきちんと教わってきた人はとても少ないのが現状なのです。

まず、最近僕のところに来た生徒さんの「とんでも例」をご紹介します。似たようなことを習っている人、ご注意下さい。何故こんなことを書くかというと、実はこのように教わってきた生徒さんを他にも知っているからなのです。僕が出会った中だけでも複数いるということは、かなり多くの先生がこんな指導をなさっている可能性があります。

「ポジション移動は、弦をしっかり押さえたまま指板の上を滑らせる。手の形が崩れないように注意して、ファーストポジションの形のままサードポジションへ1の指を持っていくこと。スピーディーに動くこと」

レッスンは、まさに「爆笑」でした。まず初めに僕が「ポジション移動は、弦を強く押さえたままではダメである。手の形が一定ではいけない。ファーストポジションの形を崩して、1の指を3の指に近くまで持っていくこと」と言ったところ、その生徒さん、突然大笑いして、上記のように習ったことを語ってくれたのです。「やってはいけないことだけを教わっていた」という落ちです。

まず、フィジカルに考えてみましょう。指板の上に指をしっかりと置いたまま移動する(指板の上を滑らせる)と、発生する抵抗は半端ではありません。この力に抗して動くことは、スピーディーな移動を妨げますし、実際に演奏するときにはポルタメントのような不必要な音が発生することは間違いありません。そして、行き先を正確に把握することが困難です。実際に指が動くときには、押さえている状態をやや緩和して、抵抗を少なくしてやらなければなりません。

手の形を崩さない、ということも不思議な指導です。1の指を押さえてサードポジションに移行するときに、「とにかく正しいところに当てる」以外、やりようがないからです。また、せっかく手の形を保存してポジションを上がったところで、行った先の音の間隔はファーストポジションとは異なりますから、全く意味がないのです。

実際に一緒に演奏していると、「派手な」ポジション移動をしている人がとても多いことに気づきます。速く移動するために一生懸命動かして、結果 としてポジションを移動したところがとても目立ってしまうのです。これでは、音楽の進行を阻害することになってしまいます。ポジションの移動とは、例外的な場合を除いて、あくまで「やむを得ず」することであり「今ポジションが移ったぞ!」と大声で主張すべきものではないのです(もちろん、ポジションを移動したことを強調する場合もあります)。

ポジション移動の原則、1を実現するためのポイントは、博打を打たないということです。

これは、ほとんどの先生がきちんとおっしゃっていると思います。「ガイドを使う」と言い換えてもいいでしょう。これに(2)のための手の伸縮を加えれば、基本的な移動の考え方はできあがりです。

A線上でファーストポジションからサードへ移動することを考えます。まず1(H音)2(C#)3(D)と押さえ、3を押さえたら1,2を外します。3を押さえたまま、1の指を3の指に近づけていきます。この時に1の指だけが単独で3の指に近づくのではなく、親指も同時に移動することに注意してください。楽器を外して手の形を見ると、手のひらが縮んでいるはずです。1の指が3の指に十分近づいたら、3の指を置いているところに1の指を入れ替えます。その瞬間に、縮んでいた手のひらは、通 常の形に戻るようにして下さい。

この練習は、初めは「ガイドの音を実際に弾いて」行います。今の例だと、0(A)1(H)2(C#)3(D)(ここまでファーストポジション、以降サードポジション)1(D)2(E)3(F#)4(G)という音を弾くことになります。注意すべき点は、先程の三つの原則に従って考えましょう。この原則に反する事態が起きていれば、何らかの問題が起きています。練習をくり返して、ある程度スピーディーに、そして滑らかに(聞いている人にポジションが移ったことがわからないのが理想)移動できるようになったら、ガイドの音を外して練習します。つまり、0(A)1(H)2(C#)(ここまでファーストポジション)1(D)2(E)3(F#)4(G)という音をだすわけです。このときに、あたかも3の指があるかのように感じてその位置に1を正確に移動することを心がけてください。

下降の場合も全く同様に考えます。

サードポジションにいる状態で1の指を押さえているときに、3の指を1の指に近づけます。指だけを持っていくのではなく、やはり手のひらが収縮していることを確認してください。下降の場合は、1の指がぎりぎりまでそれまでの位 置にいますから、親指はポジション移動する瞬間まで同じ位置にあるはずです。3の指が1の指に「瞬間的に」取って代わると同時に、1の指と親指はファーストポジションの本来の位 置まで戻ってください。

このポジション移動の原則を覚えれば、基本的には1ポジションから4ポジションまでの移動、及び差が3以内(2から5など)のポジション移動は全て練習できるはずです。というより、一つのポジションで十分練習すれば、他のケースでもすぐに応用できるようになるでしょう。最後に、移動した先のポジションをきちんと把握できているかを確認しましょう。

差が3を超えるポジション移動(1から5、1から7など)については、3つの考え方を併用すべきです。初めのうちはこういった「過酷な」移動は出てこないと思いますが、ある程度以上、特にオーケストラなどにはいると、かなり厳しいポジション移動を要求されることがあります。そのために、簡単に考え方を述べておきます。かなり「上級編」ですので、ポジション移動を始めたばかりの方は無視してくださっても結構だと思います。

1)「仮想」ガイドを利用すること

1ポジションから5ポジションへ移動するときなどに原則とする考え方です。1,2,3,4と指を押さえていき、4の指に向かって手のひらを収縮させることは、1から4への移動と同様です。この時に、4の次、5の指があるかのように、4の指の次の音に1を置く感覚を身につけるものです。あたかも5の指の位 置にガイドがあるかのように感じながら移動するのです。1から4への移動がスムースにいくようになっていれば、実は案外簡単に覚えられます。この感覚は、1から6の移動までならつかむことができるでしょう。

2)ガイドを複数回利用すること

G線のファーストポジションのA音からE線の7ポジションのA音(4の指)へ、いきなり移動することを考えてみます(この移動と類似性を持つものには、シベリウスのコンチェルトなどいくつか実例があります。シベリウスは半音高いB音です)。G線上で1の指を押さえたら、オクターブを取ります。D線上の4の指になりますね。ここにまず1の指を持ってくる移動を行います。1ポジから4ポジへの移動になりました。もちろん、移動は滑らかに、スピーディーに行います。次に、またオクターブを取ります。D線上の1の指とA線上の4の指で共にA音を取ります。そして、A線上の4の指に1を移動します。4から7へのポジション移動が完了です。これで、4の指は求めるA音になりました。

実際には例にあげたシベリウスなどでこんなことをしている暇はありません。ほとんど「飛びつく」意識になりますが、この「ガイドを複数回利用する」練習は、とても役に立ちます。まず、各ポジションでのオクターブが取れている必要があること(これが案外難しい)。そして、複数回のポジション移動を瞬時に行う必要があること、が、この方法を難しくしている理由です。しかし難しいということは技術を習得すると非常に上達するということでもあります。

またこのポジ移動の考え方は、応用がいかようにもききますから、様々な場面 で使うことができるのです。いきなり高い音で始まるときに、このポジ移動で求める音までたどりつくことも可能です。この練習をしている間に、いろいろなポジションでのオクターブの感覚をつかめるようにもなるでしょう。

3)飛びつく

これが「究極のポジション移動」です。つまり、行った先に「博打を打つ」わけですね。

なんて書くと、本当に「あたるもなんとか」のように思われるかもしれませんが、実はかなり確度の高いことをやっているのです。

スケール、分散和音などを十分に練習していると、かなりハイポジションまで自分の感覚の中に入ってきます。また、弦長の真ん中(オクターブ上)や、先程の7ポジの4の音、3の音などは、比較的「飛びつきやすい」音でもあります。飛びつきの精度を上げるためには、いろいろな感覚を利用するしかありません。楽器の形状、手の位 置など、種々の要素を体に覚えさせることになります。それを最終的に耳で補正するわけですね。

実際の演奏では、「一瞬早く指を押さえてそのときに発する音で判断して修正する」なんていうこともやっています。このあたりになるとかなり高度な話ですので、上級編でまとめてみようと思います。