柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座03 〉体の痛みが教えるもの

 [追記] 2012/11/8 この内容は、さらに詳しく具体的に新著に書かれていますので、是非そちらをご覧下さい ▶『ヴァイオリンを弾くための体の作り方・ 使い方

 

私のところに相談に見えられる方の中には、ヴァイオリンを弾いていて体をいためた人が何人もいます。私のところでレッスンをしていて体に痛みを生じた人たちもいます。この「体の痛み」について小考してみました。

まず、体の痛みを分類します。「どこが痛いか」という分類ではなく、「なぜ痛くなったか」という分類です。私が直接見たり話を聞いたりした人だけで分類したものです。なぜこのような分類をするかというと、対処法を考えるためには「どこが痛いか」だけではなく「何故痛いのか」を理解する必要があるからです。

  • 1)体の使い方を間違えて、無理をしたり、体の一部に負担がかかったりしたため
  • 2)単純な練習のし過ぎ
  • 3)一種の成長痛のようなもの
  • 4)体の使い方が変わって、それまでに痛めていたところが露呈したり、使っていなかったところを新たに使い始めたために痛みを生じたケース

さらに、これらのケース全てについて、以下のような分類をします。

  • A)対処療法ですむケース
  • B)お休みをして痛み自体を完全に取り去ってしまわなければならないケース
  • C)痛みを発生させる原因を根本的にとってしまわなくてはならないケース

「体が痛い」という訴えを軽視する先生は、残念ながら少なくありません。ヴァイオリニストになりたくて有名な音大の先生に師事したのに、奏法の無理がたたって体を痛めた生徒さんのケースですが、「体が痛い」という訴えに「三倍練習すれば治るわ」と更なる無理を強いた先生もいます。このような深刻な例でなくても、ちょっとした痛みを「練習すれば治る」「休めば治る」と軽く考えて、結果として大事に至ってしまうこともあります。生徒の側から言えば、体の痛みや違和感は、先生にしつこく訴える必要があるでしょう。

上記の分類について考えてみます。痛みを理解するためには、痛みの種類を知ることが先決です。「お腹が痛い」と子どもが訴えたとき、それだけでは「胃が痛い」のか「腸が痛い」のか、その他の臓器が痛いのか、はたまた腹筋が痛いのか、定かではありません。どこが痛いのか、どのように痛いのかがわからないと対処のしようがないのです。ヴァイオリンを弾いていて体が痛かったり違和感を覚えたりした場合も同じことなのです。「どこが、どのように痛いのか」を判定しなくてはなりません。上記の分類は、そのために必要なことなのです。

1)はわかりやすいでしょう。よくあるケースだと思います。体の痛みを訴えて私のところへやってきた生徒さんは何人もいますが、奏法に無理があって体を痛めてしまうケースは決して少なくありません。これはレイトスターターに限ったことではなく、私のところにいらした生徒さんの中にも、上記のように、専門家を目指して音楽高校に進んだのに体を痛めてしまったケースもあります。

奏法に無理があって体を痛めてしまう場合は、もちろん奏法を修正しなくてはなりませんが、その前に痛みの状態を判定して、上記のABCを見極めなくてはなりません。もちろん、患部がどのようになっているかを素人が判断することはできませんから、病院などでの診断を有効に利用することになります。痛めた部位と状態によっては、痛めるに至った状況を見極めながら、比較的簡単に判断できることももちろんありますが、はっきりしないときは専門家の判断を仰ぐ必要があることは言うまでもありません。

奏法の修正は、体の負担の軽減とヴァイオリンを弾くための「運動の合理性」の双方を満たすものでなくてはなりません。体の使い方が一人一人違うのは明白で、痛めるに至った経緯を慎重に見極めて新たな弾き方を作り上げていくことが必要です。

奏法に無理があって体を痛めるケースは、レイトスターターの場合、圧倒的に左手が多いようです。手首や肘、肩に力が入ったり変形したままで、指の運動(開くこと、押さえること)をしたために痛めることが一番多いでしょう。特に、手首が変形したまま(力をいれて曲げてしまった状態)指を動かす練習をして痛めてしまう人によく出会います。こうした場合は、指を独立して動かすことができるように、左手の運動全体を見直す必要があります。

右手の場合は、体に対する無理がどこから来ているのかを判断することがとても大変な場合があります。外見上無理をしているように見えない(特に、服の上からでは判断できない)ことがあり、個体差も大きいからです。上記の専門家志望の生徒さんは、右手のケースでした。「一流の」先生たちでも、痛みの原因を見つけることができなかったのです。右手の痛みは、手首周辺に生じるケースでは原因を特定することができる可能性が強いのですが、腕の付け根や脇にかけて生じる痛みの原因をはっきりさせることはとても難しいと思います。演奏の上手下手ではなく、体の使い方をよく理解した先生に見ていただく必要があるでしょう。

2)のケースです。単純な練習のし過ぎによる痛みも、放っておくと大事になることがありますから、油断はできません。痛みをそのままにして練習を続けることは避けるべきだと思います。単純な筋肉疲労のようなものであれば、筋肉をほぐしたり休んだり、またはバンデリンのようなものを塗ることで、痛みや張りが引くことがほとんどだと思います。ただし、冷シップは慎重にすべきだと思います。炎症などを引かせるためには有効でしょうが、血行を阻害して症状を固定してしまう危険性があるからです。

私がよくとる方法は「手を当てて暖める」ことです。練習のし過ぎで肩がこったり肘が張ったりしたときに、手を当てて暖めると効果があることがあります。これは、私が腱鞘炎をやったときに整体の先生に習ったことで、ある種の痛みにはとても効果があるのです。生徒の中には、レッスンに来るなり「すごい肩凝っちゃって」と言って、手を当てることを暗に要求する人もいます(笑)。もちろん、単に手を当てるだけではありませんが、簡単にできることで副作用などの心配もありませんので、重宝しています。

一種の成長痛のようなものを引き起こすこともあります。特に、体の使い方が変わり、それまでとは違うところの筋肉を使うようになったときに起こる痛みです。

体の使い方が変わって、それまでに痛めていたところが露呈したり、使っていなかったところを新たに使い始めたために痛みを生じたケースは、上記のものとはやや異なります。

奏法に問題があって奏法を改善した後、別のところに痛みを生じたり、ひどい肩こりに悩まされたりすることがあります。私の生徒の中にもこうした状況に陥った方が何人かいます。こうしたケースでは、私はすぐに生徒を病院(整体)に送ってしまいます。その結果として、さまざまな問題点が発見されたことがありました。何人かの生徒は、骨盤にずれがありました。また、肩に問題が発見された例もあります。奏法を変えたために体の使い方が変化して、それまで「ごまかされていた」痛みが表面化したケースがいくつもあるのです。こうした場合は、もちろん専門家の診断を仰がなくてはなりません。

体の使い方が変化することは、生活や体の状態全般に大きな影響を与えます。ヴァイオリンを始めてから肩こりが取れた、という例もあります。体の痛みや違和感は、大切なシグナルだと考える習慣をつけたいものです。