柏木真樹 音楽スタジオ

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スケールを練習することがどれほど重要か、ということをいくつか述べてみます。

よく、「曲というのは、ほとんどの部分がスケールと分散和音と和音でできている。だから、スケールや分散和音を練習することは、曲を弾く技量にも直結する。」という言い方をします。これはこれで真理だと思います。「だからスケールをたくさん練習しましょう。」これだけではあんまりですので、少々理屈をこねてみます。

まず、音程感覚の問題です。これについてはさんざん書いてきました。つまり、「旋律的な進行を知るためには、スケールで鍛えることが必要である。」ということです。その点について、少し掘り下げてみます。

旋律の進行は、「どうやって進みたいか」「どうやって進んだら気持ちがよいか」という法則に従って決まります。もちろん、ここで言う「法則」とは一つではなく、いろいろな(ほぼ無限の)可能性があります。(そうでなくては、こんなにたくさんの曲が存在できませんね。)旋律の進行は、この「単音の進行」だけでなく、他の要素にも影響されますが、まずはこの「法則」を感覚的に捉えられるようになることが重要です。実は、スケールをいろいろな速さで練習することは、この感覚をとぎすますためのとてもよい訓練になるのです。

まず、全弓を使ってゆっくりGDurのスケールを弾いてみます。できれば録音をとって聞いてみてください。(ピタゴラスのスケールが上手く弾けない場合、先生に実演してもらうととてもよくわかると思います。)正確にピタゴラスの進行で弾こうとすると、とてもゆっくりの場合、実は大変難しい思いをします。(というか、自然な感覚に従うとほとんど無理かもしれません。)ゆっくり弾くと、人間の耳はそこで「静止した」状態を心地よく感じるからです。

同じ音で、少しずつテンポを速くしていきます。すると、次第にピタゴラスの進行の個性が気持ちよくなってくるはずです。「進行したい」という旋律音程の特徴が活かされるからです。正確なピタゴラスの進行を何通りかの速さで録音して聞いてみると、よくわかると思います。ゆっくりだとうまくいかないのに、ある程度のテンポになると音程がよくなることすらあります。

実際に、僕がトレーナーをしている合奏団でスケールを練習していると、弓を4分割した速さが最もきれいにスケールを演奏してくれます。毎回比較的緻密にスケールの練習をしているので、合奏団のメンバーは、どこが正しいかということは「ほぼ」理解してくれています。しかし、あまりゆっくり弾くと、どこが良いのか、少々混乱してしまうようです。「気持ちがよい」ということが、実際の演奏に役に立つ、とてもよい例だと思います。

「スケールはピタゴラスで」と散々書いているのですが、「応用編」ということで理解してください。実際の演奏では、ピタゴラスの進行から外れた音程が要求されることもあります。もちろん、その方が「気持ちよい」場合です。スケールの練習は、実はこういった「規格外の」音程を聞き分ける訓練にもなるのです。スケールを弾きながら、クレッシェンド・リタルダンドをかけてみると、また違った音程が気持ちよくなるかもしれません。もちろん、この「違った」というのは、「平均律」や「倍音列の音程」ではなく、あくまでピタゴラスの音程を「強調」したり「個性を薄め」たりすることです。

理屈を書くととても難しいように思われるかもしれませんが、基本的なピタゴラスの進行を理解できれば、そこからの応用はそれほど困難ではありません。実際に曲を弾いているときに、「あ、この音はもう少し高い方が好き」という「嗜好」すら生まれてきます。こういう「好み」が生まれるほど音程感覚ができてくればしめたもの。音程が表現力にまで結びつくようになるのです。

(分散和音についても、同じことが言えます。分散和音は、「進行する時にはピタゴラスで」とった方が気持ちが良いものですが、とてもゆっくり弾けば、もちろん和声の音程で取るべき場合も出てきます。それほどゆっくり弾くことを「分散和音」と言うかどうか、という議論はもちろんあり得ますが。)

分散和音は、スケールと同様に重要なものです。特に、主音から第三音や第四音への跳躍は、楽曲を演奏するときにも普通 に使うもので、理解することはとても大切です。

スケールの練習は、音程感覚を身につけるだけでなく、テンポ感・リズム感の養成にもとても役に立ちます。そのためには、正しい練習方法をとる必要があります。

あるテンポで弾けたら、少し速くしてみたくなりますね。この時に、「何となく速くする」のではなくて、正確に「倍」(ないし3倍)にしてみましょう。いきなり倍にするのは大変、と思われるかもしれませんが、倍にして弾けない場合は、初めに戻って少しゆっくりしてみます。それができたら、次は四倍にするのです。スケールを弾くときに、この「テンポをコントロールする」作業を加えます。練習するときに常にこうやって練習することで、一定のテンポで指や弓を動かすことができるようになるのです。

スケールの練習はまた、あらゆるテクニックを修得する場にもなります。音の立ち上がりを練習する場合にも、(初めのうちは関係ありませんが)スピカートなどの練習をする場合にも、スケールを使って効果 的に練習を進めることが出来ます。そのためには、基本的なスケールを正しく弾けるようになっていることが重要なのです。

実際には、徹底的にGDur(ヴィオラやチェロならCDur)のスケールを練習しましょう。初めのうちはあまりいろいろな調を練習する必要はありません。ファーストポジションで、基本のスケールがきちんと弾けるようになることが、一番大切なことです。いろいろな組み合わせの練習をすることで、それだけでたくさんのアイテムを手に入れることができるのです。

今回は、左手の1の指について考えてみましょう。

これまで僕が出会った恐らく100人を優に越えるレイトスターターのほとんど全員が、1の指を「余り使われない中間の位置」で覚えていました。中間、と書いたのは、開放弦とはもる二つの位置のほぼ真ん中だ、ということです。(開放弦とはもる二つの位置については、「同じEでも場所が違う」を参照してください。)

この事実が何を物語っているのかというと、レイトスターターを教えているほとんどの先生が、指の位置を「平均的な場所でまず形を作って覚えさせる」という方針をもっていらっしゃるのだ、ということでしょう。指板の指の位置に丸いシールを貼ったり線を引いたりしたケースにも何度か出会いましたが、これも同じことだと思います。僕は、この考え方にあえて異論を投げてみたいと思っています。

まず、先生の立場になって、何故このように教えたくなるのか、ということを考えてみました。

  • 1)左手の基本的な型を作るため
  • 2)ある程度の場所を探ることさえできないから、一人で練習するときに大まかなガイドが必要
  • 3)弾けるようになれば、音程を修正していく

特に、一人で練習するときの問題は深刻でしょう。一体どこを押さえてよいのかわからない「初心者」に、大体の手の型を覚えてもらうことは、「そこそこの音程」にするための近道のように感じられるのだと思います。(かくいう私も、そういう教え方をした時期があります。)ハードなことを要求できる生徒だと、この「平均的な音程の型」を、セブシクなどでたくさん練習させて、とにかく形を作ってしまおうと思うのでしょう。

さて、このレイトスターターたちがスケールに出会って、事情は大きく変わります。いろいろと話を聞いていると、初めは「平均的な」指の位置を指示されて型を作るための練習をしていた人たちの中の何割か(おそらく50%よりははるかに低い割合です。2,3割かもしれません。)は、ト長調のスケールで、平均律ではない音程を習います。完全にピタゴラスとは言わないまでも、開放弦と合わせたりすることを学ぶこともあります。この時、1の指の位置でパニックを起こすのです。

この混乱は、重音を弾くようになるとさらに酷くなります。もともとどこにも合わない1の指の位置を覚えようとしていたのですから、音程を矯正するときにいちいちそこからスタートしてしまうからです。違っているのはわかるのに、「高くするの?低くするの?どっち?」ということを見失ってしまうからです。

ほとんどの先生はこういう混乱を起こしません。なぜなら、経験値として覚えている二音の間隔を知っているので、狭いのか広いのかの判定を瞬時に行うことができるからです。ですから、レイトスターターの混乱を理解することができません。

現在、僕は1の指を「純正に調弦した二本上の開放弦と同じ音」で取ることを勧めています。楽器を持ったばかりの人でも、いきなりその音を「基本の音」として感じてもらうようにしているのです。ここをお読みの方はもうおわかりと思いますが、この音は開放弦を主音に取った時のピタゴラス音律上の第2音になります。この1の指を実際にとってもらうと、95%のレイトスターターは「こんな高い1の指をとったことはありません」と答えます。しかし、この音は開放弦という強い味方が使えるので、再現性の高い音なのです。

問題は、1の指の可動範囲が広くなることでしょう。つまり、下の開放弦とはもる低い1の指との乖離は、「平均的に」取ったときの倍になり、かなりの幅になります。また、フラット系の曲で演奏すべき「開放弦の音に非常に近い半音の1の指」との距離は、まさに絶望的です。

以前、ある先生(甲先生と呼びます)に、「手の形は、可動範囲の中間に作っておくのが正しい。上にも下にも同じような間隔の修正範囲を作ってやれば、修正が楽である。」ということを習ったことがありました。僕の方法は、まさにこのやりかたの「正反対」です。

甲先生の考え方は、多くの指導者の主流でしょう(でなければ、レイトスターターたちが一様に同じような音程を習っていることの説明がつきません。)これは、もちろん子どもからスタートする場合には、肯定されるべき方法論なのだと思います。(子どもの場合でも甲先生のように教えてはならない、と考えている先生も、少数ですがいらっしゃいますが。)1の指を一つの型にはめて、音程の修正という形で変化を付けることが目標です。

僕は、音程感覚を「次第に身につける」ことを自然に期待できないレイトスターターにとっては、前記の「高い?低い?」などといった混乱を避けるためにも、また、指の位置の使用頻度から言っても、先程の「高い」1の指を基本にしたいと思っているのです。もちろん、開放弦を導音にとったときの主音の1の指(フラット系の音階)の位 置は、「別のポジションである」と考えてもらいます。

現実問題として、「平均的に取った」1の指が「正しい音程」であるケースは、非常に少ないと言ってもいいでしょう。1の指の位 置、みなさんも確認してみてください。

今回は、左手の考え方と訓練法について簡単に述べてみます。

左手をどうやって鍛えるか、ということを考える前に、まず左手がどのような状態にあればよいのか、ということを少し考えてみてください。左手について考える場合、「左手の形」には気を付けている人が多いと思うのですが、左手全体をきちんと考えてられている人は以外に少ないようです。

左手の運動性能を落とさないような形と基本性能の獲得

まず、楽器の構え方からチェックします。楽器を構えるとき、左肩が極端に上がっていたら問題。肩に力が入っていることだけでなく、左手の運動性能がはっきりと落ちます。これは楽器の持ち方にも直結する問題ですから、大変です。

基本的には、楽器を持つときに肩が上がっていないことが理想です。肩をやや上げないと楽器が保持できないと感じている人が多いようですが、実際には肩当てや顎当てを工夫すること、持ち方の発想を変えることで対処できる場合が多いものです。左肩があがらなくなると、左手が嘘のように楽に動くようになる人がいるのです(詳しくは、「ストリング」誌10月号に写真入りで解説します)。

もう一つは、左手を「楽に落とす」ということです。肘の位置をどうとらえるかという問題ですね。よく「肘が入りすぎない」とか「もっと入れて」という表現がされますが、まず「一番楽に左指が動く姿勢を発見する」ことが大切です。肩や肘、手首に力が入らず、自然に指だけが動く位置が理想です。

さらに、左肘の状態をチェックします。手を指板を押さえる形にしたとき、左腕の何処が回転しているかを確認してみましょう。肘の付け根がやや回転して、肘から先はあまりひねっていない状態が理想です。特にレイトスターターの場合、肘が全く回転せず、肘から手首までを一生懸命ひねってしまっている人をよく見かけます。これは、左指が動かない・開かない、ヴィヴラートがかからないといった症状の根本的な原因である場合がとても多いのです。私自身、たくさんのレイトスターターを見るまで、こんなことには全く気がつきませんでした。是非チェックしてみてください。

もし肘が全く動かない場合、肘の関節を柔らかくする訓練をお勧めします。肘の上下を持ってもらってねじるように動かしてもらうことをくり返すのが一番効果 がありますが、一人の場合、テーブルの上に肘から上を付けて、右手で腕をひねることで似たような効果 を得られると思います。一週間やそこらでなんとかなるものではありませんが、根気よくやってみてください。

次に、指だけが独立して動く訓練です。

楽器を構えて弾いてみると、指が指板を挟んだり、力を入れて押さえつけたり、はたまた握ってしまったようになることすらあります。これでは指は思うように動きませんね。まず、指だけが動くことを確認します。

初めは、手首を机の上に乗せて、キーボードを叩くような訓練から始めます。この時すでに、指以外を盛大に使っている人は、楽器を持ったときにも指を独立して動かすことができません。指だけで「とんとん」と机をたたけるように訓練します。次に、楽器をギターのように構えて同じようにやってみます。それができたら、楽器をやや上に上げて・・・と順に、実際に弾くときの形に近づけてやるのです。その時に、どこかで「結節点」ができるはず。そこがその人の「関門」になります。そのできなくなるところで何が起こっているかを検証することで、何を訓練したらよいかを見つけることができるはずです。

指を速く動かすこと、開くことも、同様に順にやってみると効果的です。開くための訓練はほかにもいろいろ必要ですが、まず腕の形を楽器を構えるところに持っていく過程で力がはいってしまうところがどこにあるかを見つけることがスタートになるのです。

アンサンブルのページでも簡単に述べたことですが、今回は音の立ち上がりについて書いてみます。

アマチュアプレーヤーの多くが「どうも反応が悪い」という印象を自分の演奏に持っています。事実、プロの演奏と比べると、あきらかに「鈍い」ことが多いのです。これには幾つかの大きな原因がありますが、一つは「弓の速さ」の問題、もう一つが「音の立ち上がり」の問題だと思っています。(弓の速さの問題も「大問題」ですので項を改めて書いてみたいと思います。)

音の立ち上がりが「悪い」「遅い」「鈍い」原因には、二つの要素が考えられます。一つは左手の押さえ方がしっかりしていないということで、もう一つがボウイング、特に弓のスタートの問題です。

音の立ち上がりが悪いと感じているほとんどの人が、問題点を右手にだけ感じていらっしゃるのではないかという気がしていますが、実は左手の問題もかなり大きなものです。左手の問題も二つに分類することができます。一つはしっかり指板を押さえていないことで、もう一つは左手を押さえるタイミングが悪いということです。

しっかりと指板を押さえなさい、というと誤解を招いてしまうかもしれません。指板を「押さえる」という表現があまりしっくりくるものではないからです。言いたいことは要するに、「弦を押さえている指がなるべく固い状態になっている」ことです。(これも誤解を生みそうだ(^ ^;;)鍛えられた指先だと、かなり通常よりも「固く」なっています。これが一つのポイントで、もう一つは「しっかり押さえる」ということですね。「指板を叩くように」という指導をされる先生も多いかと思いますが、これはこの「しっかり押さえる」ということを実現するためのものです。中途半端な状態で弦を押さえていると、弓を動かし始めたときすぐには弦が正しく振動せず、立ち上がりが悪くなる原因になります。

もう一つ、左手を押さえるタイミングの問題です。

これは結構厄介な問題で、かなり「ベテラン」のアマチュアプレーヤーでも勘違いしている人がかなりいらっしゃるようです。問題点は「左手を押さえるのと右手がスタートするのが同時になってしまっている」ということです。

以前ある先生と話をしていたとき、この問題が俎上に上りました。僕が「左手はほんの一瞬右手より早く押さえられるべき」という主張をしたところ、その先生は「そんなことは無理。特に速いパッセージでは同時になっているはずだ」とおっしゃいました。そこで演奏している状態をじっくりと観察することにしました。お互いに弾き合って確認した結論は、「ほとんど同時ではあるが、きちんとした音が出ているときは左手の方が一瞬だけ早い場合がほとんどである」ということでした。感覚的にはかなり理解しづらいことかもしれませんし、もちろん、速いパッセージで「意識して」左手を一瞬だけ早くすることは決してできません。けれども、トレーニング次第でかなり改善することができるのも事実です。

理屈を言ってしまうと、「理想的な立ち上がりのボウイングをしていれば同時でもよい」ことはたしかです。しかし、ほとんどのアマチュアプレーヤーが「理想的な立ち上がり」ができない以上、左手に注意を払うことで音の立ち上がりを改善することができるのです。

練習は、まずポジション移動のないスケールやセブシクのようなものでやってみましょう。ゆっくりと弾きます。初めは「左手を押さえる・右手をスタートさせる」という作業を「分離して」行います。分離する、というのは「左手を押さえてから右手をスタートさせるまでに時間がある」ということです。この「時間」を極限まで短くしていくのが目標です。初めのうちは、完全に「別 の」作業として行わないとできないはずです。右手と左手の動き始めの時間を徐々に近づけていき、ほとんど「連続した」音の動作になることが目標です。ある程度できるようになったら、ポジション移動のあるスケールやエチュードでもやってみましょう。この感覚が「当たり前」になれば、(右手の問題を別 にすれば)「プロ並み」の音の立ち上がりを追求できるようになるはずです。

さて、問題の右手です。

音の立ち上がりは、何通りかに分類できますが、まずはざっくり二通りに分けてしまいましょう。一つは音の立ち上がりがはっきりしているタイプ、もう一つは音の立ち上がりがはっきりしていないタイプです。前者は、音が始まったときに「羊羹をスパッと切ったような」出方をします。後者は「もわーっと」始まります。もちろん、難しいのは前者です。

音の立ち上がりに「がりっ」という雑音が発生することを嫌う余り腕の重みを使わずに「優しく」弓をスタートさせてしまうと、音量 が最大になるのは弓が運動を始めたところからかなり後れてしまいます。ヴァイオリンを指導する先生にも二通 りあり、初めは後者のように練習させて「タイムラグ」を短くしていくタイプと、初めから「はっきりと」弾かせるタイプがあります。どちらがよいか、というのは実は大変難しい問題なのですが、レイトスターターにとっては前者を選ぶべきだろうと僕は考えています。

 

上の図は、前者のパターンです。図は、音の大きさを視覚的に表していると考えてください。一番左のように音が出るのが理想ですが、うっかりすると真ん中や右の図のような音になってしまいがちです。

 

これに対し、後者のパターンです。一番左は「ほぼ」羊羹型になってます。初めのうちは右の図のような音しか出せませんが、次第に真ん中、そして左のように音を作っていくことを考えるのです。

音の立ち上がりをはっきりと「速く」するためことは、どちらのアプローチでも目指すのは一緒です。しかし、前者が「雑音やアクセントを減らしていく」という明確な作業であるのに対し、後者はかなり感覚的なのです。音の立ち上がりの形は、弓の初速や加速度、重さなどが複雑にからみあっているために、感覚的に調整していくことは大変困難なのです。

前者のタイプを、僕は「コツン」と呼んでいます。弓のスタート時に軽い「コツン」という音が聞こえるようにすることが第一歩です。「がりっ」を恐れて「もわー」と始まってしまうと、質的に全く違う作業になってしまいますから、当初はむしろ「がりっ」の方が問題が少ないのです。もちろん、脱力・ボウイング筋などをクリアしていることが前提で、力で「ぎぎっ」と音を出してしまってはいけません。

この「コツン」、楽器を始めたばかりの人でも、丁寧に指導すればほぼ三ヶ月できちんと理解できるようになります。初めのうちは、元からのダウンボウでしかできない人がほとんどですが、きちんとしたボウイングの訓練をつめば、どこから始めてもきちんとした音が出るようになります。(毎日ボウイングの練習をして、半年から一年くらいかかると考えてください。)しかし、弓のどこからでもきちんと立ち上がるようなボウイングを身につけてしまえば、そこから先はとても楽になります。

この「コツン」を視覚的に理解する方法があります。まず、楽器の肩当てを外し、ネックを軽く支えて楽器が落ちないようにします。楽器は安定していてはいけません。次に弓を弦に当て、スタートしてみます。音の立ち上がりがきれいになるための「コツン」ができていると、楽器が一瞬「かくっ」と動くはずです。文字で解説するのはとても難しいのですが、この「かくっ」がなかったり、楽器が大きく動いたりしてしまう間は、「コツン」ができていないことになります。

慎重に弓をスタートしたときに「コツン」ができるようになったら、スケールやエチュードで実際に応用がきくように練習します。音を一音一音切って、全ての音がはっきりときれいに立ち上がるようになるまで練習してください。

これができると、音がクリアになるだけでなく、楽器の鳴り方も良くなります。また、アンサンブルなどで「微妙に合わない」ということを避けることもできるようになるのです。

きびきびとしたボウイングとはっきりした音の立ち上がりは、聞いていても見ていてもとても格好良いものですね。一人でも多くの方が、「格好良い」音の立ち上がりを身につけていただきたいと思います。

ヴィブラート・・・これも、多くのレイトスターターを悩ませてきた課題です。今回は、この課題に取り組んでみます。何のためにヴィブラートをかけるのか。ヴィブラートにしくみはどうなっているのか。レイトスターターの多くが、意外にこのことを知りません。少しだけ掘り下げてみます。

ヴィブラートは、音程を変化させて音に変化を与えるものです。これにより、音が柔らかくなります。物理的に言うと、一定の音程の波は基本的に波形が変化しませんので、人間の耳に一定の刺激を与え続けます。これに対してヴィブラートをかけると、耳で捉えられる波形が変化し、人間の耳に対して刺激的な感覚が減るのです。そのために、音が「柔らかく」聞こえます。

ヴィブラートには、もうひとつ大きな効用があります。それは「音が大きくなる」ということです。案外知られていないことですが、ヴィブラートはかけ方によってかなり音を大きく聞こえさせる効果 があります。特に、G線のハイポジションなどは、大きなヴィブラートをかけることによって、演奏効果 をぐっと高めることができるのです。

実際の音程の変化がどうなっているかというと、基本的に音は「基準の音から下に向かって」動かします。実際の音符の音をまず取ってから、音程を下に変化させるように揺らすのです。人間の耳は、短時間の間に小さな周波数差であれば、周波数の高い方をより強く認知しますから、こうしないと音程が高く外れているように聞こえてしまうからです。(なお、正しい音程から上下にヴィブラートをかける場合を認める人もいるようです。)

ヴィブラートのかけ方もボウイング同様、かなり個人差が大きいものです。指や手の柔軟性に依る部分もありますし、「考え方」の差もあります。まず、基本的なヴィブラートをおさらいしてみます。もちろん、複数のヴィブラートを使い分けることも多いです。(ただし、こういった分類を「意味がない」と考えておられる先生もいらっしゃることはお断りしておきます。)

1)手首のヴィヴラート
もっぱら、手首の動きでヴィヴラートをかけるものです。動きの支点は、手首と親指の付け根になります。ヴァイオリン弾きの多くがこのヴィブラートを使っているのではないかと思います。
2)肘のヴィヴラート
手首を固定して肘の運動でかけるヴィヴラートです。このヴィヴラートには(A)もっぱら肘の運動だけでかけるもの、と(B)肘・及び指の運動でかけるもの、の二タイプがあります。後者は、ヴィヴラートをかけているときに指の関節も「伸び・縮み」の運動をくり返しています。
3)指のヴィブラート
指、というより「手のひら」と言った方がよいかもしれません。指の付け根から先で運動をするものです。
4)振動する場所を特定しないヴィブラート
指から腕まで全体を動かす感覚でかけるヴィヴラートです。

実際に教える場合、1)か、2)(B)を採用されている先生が多いかと思います。プロの演奏家やヴァイオリンを専門に教えている先生に、4)のヴィブラートを採用されている方も少なくありません。それぞれ訓練法は全く異なりますが、練習法を簡単に記しておきましょう。(昔から、「ヴィブラートって、教える方法ないんだよね」とおっしゃる先生は多いですね。実は「これが決定版」というものは僕も持っていません。「こうすればヴィブラートがかかるようになる」という「教え方」の例はたくさん目にしましたが、人によって相性があるように思います。いろいろためしたけどなかなか・・・という人も少なくありません。「誰でもヴィブラートがかかる練習法」を開発できれば、それだけで本が書けると思うのですが・・・)

◎ 全てのヴィブラートに共通なこと ◎

1)ヴィブラートは「かける」ものであって「かかる」ものではない

ヴィブラートの練習を始めると、始終ヴィブラートがかかりっぱなしになってしまう人を時々目にします。スケールの練習をしているときに「ヴィブラートをかけないで」と言っても、どうしても腕が揺れてしまう。ヴィブラートというのは、「ここで、このようにかけるのだ」と「意志を持って」かけるものであって、「動いちゃう」のでは必要な演奏効果 を得ることはできません。

ヴィブラートが「かかっちゃう」人の多くは、「何となく動かす」ことでヴィブラートの練習をくり返していた人に多いようです。こうなってしまうと、今度は「ヴィブラートをかけない」ために意志と力が必要になる、という本末転倒になってしまいます。ヴィブラートの練習は、あくまで「意志を持ってかける」ことが必要なのです。

2)ヴィブラートの幅(大きさ)と速さ

ヴィブラートの種類は「身体の使い方」で分類することもできますが、音に対する物理的な要素としては、「幅(音程が変化する幅)」と「速さ」で分類します。(あとは「運動の方向」でも分類できますが、これは運動の方向と指板の角度をθ、手首が振動する距離をrとすれば、幅はrcosθになりますから、「得られる運動の大きさ、手首の運動の大きさに比例する」ことになります。)この「幅」「速さ」も、意志でコントロールできることが必要です。

ここでの本旨ではありませんので詳しくは述べませんが、実際に楽曲を演奏するとき、音の大きさ・高さ・長さ・ポジション・フレーズなどのいろいろな要素によって、「相応しい」ヴィブラートを選択できることが理想です。ゆっくりのフレーズの長い音に、幅の狭い・速いヴィブラートをかけると、「いらいらする」音になってしまうことがあります。速いパッセージで幅の大きな・遅いヴィブラートをかけると、音程が不安定に聞こえることもあります。こういった結果 を引き起こさないために、ヴィブラートの幅や速さもコントロールできることが必要なのです。

3)演歌はダメよ(^ ^;;

ヴィブラートの始動が遅く、速さと幅が徐々に大きくなっていくと、まるで日本の演歌のようなヴィブラートになってしまいます。このようなヴィブラートを求められることが無いとはいいませんが、基本的には避けておいた方が良いと思います。

◎ 身体のパーツによる分類に従った練習法 ◎

1)手首のヴィブラート

手首が動く、という感覚を理解するために、まず楽器をギターのように構えてみて動かしてみることを勧める場合があります。手の自由度を上げて、手首が動きやすくするためです。胸の前に右手をもってきて、右手の手首のところを左手で押さえてヴィブラートをかけてみることをやってもらうこともありますが、同様の練習です。手首だけをなんの支えもなく振った場合、手のひら全部が一様な動きになりますが、これは実は手首のヴィブラートの動きではありません。ネックに触れている親指の付け根は「動いていない」ことが前提なのです。

この手首の動きが、手をフリーにしたときには決して得られるものではないことが、練習法を生み出すための難点になっています。「手首を一定方向に振る」「親指だけを固定して手首を振る」「指板を親指で支えて(固定して)手首を動かす」などといった様々な方法が考えられていますが、どれも決定版とは言い難いようです。「あれこれ全部やってみて、いちばんしっくりしたものを探す」のが唯一の回答かもしれません。

手のひらの下部を楽器にくっつけて、2や3の指を押さえ(サードポジションくらいになるはずです)、手首を下に向かって半音の幅で動かす、という練習法もあります。この練習法を実行するときは、音の幅を必ず一定にして、速さを一定時間に1つ、2つ、3つ・・・と「意志を持って」変えていくことが必須です。やってみると、今のところ一番即効性がありそうな気がします。

2)肘のヴィブラート

最初の分類でB)としたものには、独特の練習法があります。それは「指の関節を自由に動かすことができるようにする」というものです。最初は腕を押さえて、しばらくしたら楽器を持って、指の関節の伸縮を鍛えるものです。これができるようになってから、肘を動かす練習をします。

肘を動かして音程を変化させることは、手首を動かすことよりはるかに「とっつきやすい」ものです。ですから、何も教えずにただ「動かしてみて」と言うと、ほとんどの人が何らかの形で肘を動かします。このタイプのヴィブラートを基本にする方々は、この「より楽な」方法が自然であると主張されます。その賛否はここでの問題の本質ではありませんが、腕のヴィブラートには、幅を大きくすることには優れているものの、速さを速くすることに難しさがあります。

肘の運動を練習する場合に注意しなくてはならないことは、動かない部分に余計な力が入らないことです。ヴィブラートはかかったものの運動性能が落ちてしまっては元も子もありません。また、腕に余計な力が入ってしまうと、特にレイトスターターの場合、「震えてしまっているような」ヴィブラートのかかり方になってしまう危険性があります。

手首のヴィブラートを基本にしている人でも、特にG線のハイポジションなどでは、肘のヴィブラートを意図的にかけることがあります。ヴィブラートに大きさを求める場合です。

3)手のひら・指のヴィブラート

非常に細かい、小さな動きが要求されるときに使う人がいらっしゃるタイプです。この練習法は、きちんとしたものを見たことがありません。あれこれやってみたのですが、どうしてもしっくりこないのです。もし何か気がついたら、書き直すことにします。(現実問題としては、レイトスターターがとりあえず考える必要のないタイプのヴィブラートではあります。)

4)とにかく動かすタイプ

古いタイプの演奏家によく見られたものです。実は、一時期僕もこのような習い方をしました。先生のおっしゃることは「とにかく動かせ」です。不思議なもので、子どもの頃からヴァイオリンを弾いて身体がなじんでいると、とにかく動かしている間に「動く部分が整理されてくる」ものです。大きくかけようとするときには自然と腕の方に、小さく速くかけるときは自然と指の方に運動の中心が移動します。その移動は比較的なめらかで、実用的です。ただし、レイトスターター向きのものではありません。

◎ レイトスターターはどのヴィブラートを習うべき? ◎

これは、大変難しい問題です。左手の柔軟性・自由度、楽器の持ち方、器用さなどによって、一概には言えないからです。本来は、4)のタイプを取得するか、1)でいろいろな変化を付けられるようにするか、1)2)の併用をするか、2)でいろいろな変化を付けられるようにするか、という選択になるのですが(それに3)を加えても結構です)、難易度と表現力にはいろいろな差があり、簡単には結論が出ません。

あくまで私見ですが、僕はレイトスターターは原則的に、まず1)を修得すべきだ、と考えています。肘の運動を微妙にコントロールすることは大変難しいからです。「大きなものを小さく動かす」という無理を、初めから求めるべきではないということなのです。ただし、例外があります。ある程度以上の年齢(人によって50台から60台かと思います)に達してからヴィブラートを初めてかける場合、手首のヴィブラートは身体を痛める危険性があります。この年齢を実際に「幾つ」と言うことはできませんが、手首の関節が柔軟性を失っている場合です。この点だけは注意してください。