カール・フレッシュがスケール・ブックの前書きで述べているように、スケールを練習することは、音程感覚を身につけて実戦で利用できるものにすることと、さまざまなスキルアップを図る意味があります。
「音程」とは、音の高さの相対関係のことで、スケールと分散和音は、基本的な音のつながりを理解するために重要な練習です。と同時に、実際の楽曲でも旋律の基本となるのがスケールや分散和音なのです。よく引き合いに出すのですが、モーツァルトやベートーヴェンの曲に登場する旋律たちの多くは、スケールや分散和音そのものなのです。
また、スケールはスキルをアップさせるためにも大変役に立ちます。そのためには、たくさんの調をさまざまなテンポで練習することが必要です。カール・フレッシュは、「毎日違う調を」と指示していますが、フレッシュのエチュードは調ごとにリズムパターンを変えてあり、調を変えることで自然にさまざまなテンポや形を練習できるようになっています。
スケールの練習は、主に三つの時期にわけることができます。
1)基本的な音程間隔を理解して身に付け、ゆっくり安定した指の形で弾けるようになること
2)テンポを上げたりヴァリエーションの形にすること、スケールや分散和音自体が運動能力の訓練そのものになること
3)高度な技術(重音など)を習得すること、技術を高いレヴェルで安定させるためにトレーニングすること
です。
(1)基本的な音程間隔を理解すること、安定した形で弾くこと
音程講座で詳しく述べたとおり、弦楽器の音程間隔は、旋律的には204セントと90セントを積み上げることでできています。初期の間にスケールや分散和音を徹底的に練習することは、この音程間隔を身に付けることが大きな目的です。
このために必要なことは、楽器を必ず純正五度でチューニングしておくことです。純正五度にチューニングされた楽器は、ピタゴラスの音程間隔そのものを表現するのに適しています。開放弦と同じ、ないし協和する音程を利用することで、比較的精度の高い音程を得ることができるからです。
この時期の練習は、ある一定のテンポで行われることが望ましいでしょう。小野アンナやフリマリーのスケールであれば、4つ(場合によっては3つ)のスラーをつけ、ボウイングトレーニングと同じ速さで弓を運動させるテンポくらいがよいでしょう。テンポが遅すぎると横の音程感覚を判定する能力が発揮できず、速すぎると音程を調整することができなくなるからです。
音程の精度を上げることは、二つの要素があります。一つは耳の能力を上げることで、もう一つは手の精度を上げることです。この二つは、能力的には分離したトレーニングを必要としますが、音程を向上させるためには相互に関連しています。
耳の能力を上げるためには、二つのことをこなす必要です。一つは、自分で音程を近づけていく能力をつけること、二つ目は近似値の音程をできるだけたくさん再現することです。
初期状態では、この前者を目標にします。レッスンで何度もスケールを一緒に弾いたり、音程を一つずつ修正したりする段階です。音程の修正は個人個人の能力によって、また練習の状態によって異なりますが、音程が無い状態からできるだけ早く脱却し、音程が悪い状態までもっていくことが当初の目的です。音程が無い状態では、どれだけ繰り返して弾いても音程能力を向上させることはできませんが、音程が悪い状態になると、音程が悪い部分に気がつくことで修正することができるようになります。私がレッスンやアンサンブルの場で「40点」と表している音程が、このレヴェルです。この段階になると、家での練習で音程を向上させることができるようになってきます。
ここで、練習の仕方による音程能力向上の差が著しくなります。それは、近似値の音程になった状態で満足してやめるか、その状態を少なくともキープして繰り返して弾くか、という差です。前者は、練習の段階で持っている音程能力をキープすることはできても向上させることは難しく、後者は音程に対する判断力が確実に向上します。このことは、音感トレーニングでも取り上げます。
もう一点、音程を修正するときに考えるべき大切な点を述べておきます。それは、音程を修正するときには必ず相対値で修正を確認することです。「間違えた」と思った音を直すときに、その音だけをチューナーなどで合わせたり、開放弦と合わせたりして音程の絶対値を合わせるだけでは、進行する音程感覚をつけることにはなりません。音程を修正したら、必ず前後を弾いて相対関係の中で修正した状態を再現することが必要です。これは必ず励行してください。
初期段階のスケールでもう一つ重要な点は、左手を安定させることです。左手の安定は段階的に行われるべきですが、不合理な使い方をしていた場合、進度が進んでいてもファーストポジションのスケールで左手を安定させる課題を組むことも少なくありません。スケールを使って左手の基礎トレーニングを行う場合、最初に目標とすることは、指の運動を分離させることです。この点については、全員が最初は失格と言われたはずです。これができない間に次のステップに進むと、メニューインの言うところの「悲惨な結果」を生んでしまうことはほぼ確実でしょう。
(指の運動を分離させることは、大人がゼロからヴァイオリンを始める場合、ほとんど問題なくできるようになる。最初の段階で非常に時間がかかるために、生徒も指導する側も忍耐力が必要だが、最初から分離する運動で動きを組み立てると、その後が非常に上手くいくようである)
指を分離しながら、個々人に相応しい左手の形を作っていく作業が軌道にのると、左手の問題は次の段階に徐々に進んでいきます。
(2)テンポを上げたりヴァリエーションの形にすること、運動能力を上げる訓練になること
テンポを上げる時には、主に三つのことに注意を払いましょう。音程と左手運動の滑らかさ、そして左手と右手のコンビネーションです。
音程に関しては、テンポを上げることで、耳が追いつかなくなることと、指が平均化してしまうことが最初に問題になります。比較的ゆっくりであれば、開放弦との共鳴や半音など判断しやすいところで修正ができますが、テンポを上げると耳の判断が間に合わなくなることがあります。こうした問題をクリアするためには、速いテンポでスケールを弾くときに、ポイントを絞った音程修正を繰り返すことが有効です。また、指が平均化することもどうしても避けがたいので、そのことを念頭において、ゆっくりのテンポよりも「全音を広く、半音を狭く」取る意識を強く持つといいでしょう。
テンポが上がると、ゆっくりのときより音程が強調される(全音をより広く、半音をより狭く)方向に変化する(非常に微小であるが)と心地よいのですが、前述のように、実際に運動を速くしていくと、この方向と反対の音程変化を起こしやすいのです。それも十分に理解してください。
この段階になると、多くの場合シフトの基本練習が終わり、スケールの練習が実践的なポジションチェンジの練習を兼ねることになります。ポジションが上がると指の間隔が変わって難しくなるイメージを持っている人が多いですが、指の間隔よりも耳の使い方に問題が生じることが多いのです。こうした場合、同じ音を違うポジションで弾く練習をすることが、自分の問題点を抽出するために有効です。
左手を滑らかにスピードアップするためには、ファーストポジションでの指の独立が前提となることは言うまでもありません。完全に独立していなくても、少なくとも各指がいちいち親指と「挟むような」連動をしていると、スピードアップ、特にシフトを伴う運動の速度を上げることは望めません。このことを前提として、スケールでの運動能力を上げるためには、いくつかの方法があります。
一つは、音符の長さをさまざまに変化させてみることです。最初に試みたい方法は、4つ(ないし3つ)の音符をスラーで弾き、最初の音符を少し強調して弾くことです。ちょうど、古典派での短いスラーの音形のように、リズムが崩れない程度にスラーの最初の音符を長くするのです。この状態で速くしていきます。最初の音符をやや長めに押さえていることで、二つ目移行の指を動かす準備が可能になります。この練習は、頭を間に合わせるトレーニングとも共通なものです。
次に、スラーの中で付点を使ってみることです。4連符であれば二つの付点を一つのスラーで弾きます。もちろん、付点の長さを反転した練習も必要になってきます。この段階ではまだ用いないことが多いですが、カール・フレッシュのスケールシステムは、このような運動能力の向上を念頭に置いたリズム変化がつけてあります。
この段階での左手の安定を求めるためには、Broken Thirdの練習も欠かせません。また、どうしても安定してスピードを上げられない場合、階段式(登ったり降りたり)という形にスケールを変形してテンポを上げる方法も有効です。
(3)高度な技術を習得すること、技術を高いレヴェルで安定させること
カール・フレッシュの重音スケールや、ガラミアンのスケールを使うレヴェルがこれにあたりますが、今回ここでは触れません。