柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ヴァイオリン練習法とレッスン > 7.左手の基礎訓練・・開くことと縮めること、強くすること、速くすること、安定させること

スキルを上げることは一回の講座でできるようになる訳ではありませんが、今回はさまざまな問題点への対処法を示して、左手の訓練の考え方を構築する一助になれば、と考えています。

左手の訓練を大きく分類すると、

  • 1)手の運動自体の訓練
  • 2)頭の働きの訓練
  • 3)手と頭のコンビネーション
  • 4)耳との連動
  • 5)右手との連動

の五通りになります。それぞれ、練習方の考え方は異なるのは当然で、この峻別ができていないと的外れな訓練になってしまって効果が上がりません。

例えば、速いパッセージで指の運動が間に合わなくなったとき、どのようなトレーニングをすればよいのでしょう。メトロノームを使って、最初はゆっくり、次第に速くしていく練習をイメージする人が多いと思いますが、この練習だけで速く弾けるようになるのは非常に「幸運な」ケースでだけです。多くの場合、少し速くなったところで進歩が止まります。なぜなら、単に速くしていく過程では、多くの種類の処理を一度に向上させる必要があり、頭に対する負担が大きすぎるからです。こうした場合、二つのことを考える必要があります。一つは、運動を阻害している要因を見つけることで、もう一つは、運動を速くするトレーニングが必要な要素を把握して鍛えることです。もちろん、後者は複数の要因にまたがる可能性が高いですが。これらを分類して、練習法を構築する必要があります。

(1)運動の阻害要因を見つけること

左手に限ったことではありませんが、運動の阻害要因を見つけることは重要です。始めのうちは自分ではできないことなので、レッスンの場で行われることがほとんどですが、自分で判断できるようになると、練習の効率が格段に上がります。

運動の阻害要因を見つけることは、二つの点で非常に難しいといえます。一つは、運動の仕組みを理解しなくてはいけないこと、もう一つは、意識して運動してもその通りの運動になっていなかったり、無意識の運動が加わったりすることが多いからです。

運動の仕組みは、レッスンでほとんど説明されるはずです。それをよく理解して、表面的な運動方法だけで考えないようにしましょう。ここでは、阻害要因を見つける方法の一例だけを挙げておきます。

左手のスピードが上がらない理由を見つけるためには、できるだけ楽な状態で左指を動かしてみて、次第にヴァイオリンを弾く状態に近づけていきます。その時に、運動が遅くなったり、力が必要になったり、体に違和感を覚えたりしたら、その直前から違和感を覚えた形に移行する時に阻害要因が起こったことになります。その間に起きた形や運動の変化を見極めて、何が原因であるかを探ります。この阻害要因が見つからない状態で速く運動する練習を繰り返すと、成果が得られないだけでなく、体を痛めてしまうことすらあります。指を開くことも同じように考えられます。開くことができる状態とできない状態を比較することで、できなくなっている原因を特定することが有効なのです。できない原因があるのに無理に指を開く練習をすると、やはり指を痛める可能性が強いのです。

さらに今回指摘しておきたい問題は、意識と実際に起こる運動とのギャップを知ることの重要性です。

力が入ってしまう、という問題では、皆さんがこのギャップを認識しているはずです。力を入れているつもりがないのに入ってしまうことは、右手・左手を問わず誰にでも経験があることです。無意識に起こってしまうことを頭で理解することは、できている人も多くいます。もちろん、根本的な解決のためには時間が必要ですが、認識しているか、できていないかで、大きな違いが出てしまうことも少なくありません。

「こうしているつもりです」という運動が、意識した通りになっていないことはよく起こります。これも二通りに分けると、結果として違う状態になっていることと、意識した運動ができていないのに、「こうやっている」という感覚が正しい認識を邪魔してしまうことです。この錯覚の代表例は、「指を運動させる」という意識で手首に力が入ってしまう、などの運動させる直前の関節を固めて支点にしてしまう動きです。その他にも、こうした錯覚は多く、運動を阻害する要因となっていることも少なくありません。

(2)手の機能や運動自体の訓練

手を開くこと、伸縮すること、強くすることなどがこれにあてはまります。また、単純に速く動かす訓練も該当しますが、ヴァイオリンを弾きながら次第に速くしていくトレーニングは、頭の働きや頭と手とのコンビネーションである場合も多いです。手の機能を訓練する場合、鍛える場所を間違えると求める結果を得られないことがほとんどで、頭の働きを訓練すべきところで単純な運動を繰り返しても意味がありません。

手の機能や運動自体の訓練は、ヴァイオリンを離れたところでも行えますし、その方が効果的である場合も多いです。関節の柔軟性をつけたり、腱を伸ばしたり、また、単純に力を付けるといった訓練は、専用のトレーニングを行うことが必要になることも多くあります。こうしたトレーニングは、レッスンで必ず指示されているはずです。トレーニングをする時に注意することは、目的を見誤らないことです。また、鍛えるべきことを正確に認識する必要もあります。

例えば、指を開くトレーニングをする時に、指先を広げることばかりしていては、ほとんど効果がありません。左手を開くことは指先を単に開くことではなく、楽器を構えたときに相応しい方向で左手が広がることです。そのためには、指の付け根が開き、指の方向が自由になることが必要で、単純に指先を広げても仕方がありません。手の構造がわかっていれば、指の付け根が開く(手の甲が開くこと)ためには、指の腱結合が緩まなくてはならないことがわかるはず。そうすればトレーニング方法も自ずとわかります。

(3)頭の働きの訓練

前章で述べたとおり、運動機能は頭の働きと密接な関係があります。従って、左手の運動機能を上げるために頭の訓練が必要となることも多いです。

頭の働きを訓練する方法はたくさんありますが、いくつかの例をあげてみます。

  • 1)手を合わせて指を交互に回す運動
  • 2)指遊び、例えば「ウサギのダンス」
  • 3)各種のリズム・トレーニング
  • 4)アウアーやシュラディック、セブシクなどのやや複雑な音形をたくさん処理すること
  • 5)初見の練習など、反応を速くするトレーニング

ここに上げた5つの例は、一見してわかるように、単純なものから次第に複雑な運動になっています。これらは、鍛える目的が少しずつ違っていますが、どれも指を運動させるための頭の働きに必要なものばかりです。このような順で、またそれぞれの項目の中でも次第に難易度の高いものに進んでいくことで、頭の判断力(運動を選択してそれに応じた指令を出すこと)を鍛えることができきます。

これらのトレーニングに内在する最大の問題点は、トレーニングをしている間は成果を感じにくいということでしょう。それぞれのスキルがアップしていく過程では、どの程度頭の働きが強化されたのかを実感することは難しいです。そのために、練習を始めても途中で放棄してしまうことが多くなってしまいます。成果を認識できるとすれば、「あ、指が少し軽くなった」「何となくスムースに弾ける」という漠然としたものがほとんどです。ですが、この漠然とした感覚を持つようになると、新しい課題などを処理する時間が短縮していることに気づくはずです。こうした緩やかな進歩を積み重ねていく必要があるトレーニングもたくさんあることを知っておいてください。

(4)耳との連動

左手の技術のうち、音程の精度を最終的に左右するものは、耳との連動が必要になります。人間の運動は、ごく微小なコントロールをすることが困難で、指の位置や形で音程を完全に覚えることはできないからです。これは、右手にも通じることです。例えば、オーケストラのプレーヤーはチューニングをほぼ平均律に近くする習慣がありますが、その状態で開放弦の重音を弾くとき、無意識に右手のバランスを取って気持ちの良い音程を表現することがあります。こうした判断は、耳の補助なしではできないのです。

左手が音程を覚えるとは、最終的には「ほぼ正確に」無意識に音程が取れるようになることですが、そこに至るまでには、耳を使った微調整を繰り返すことが欠かせません。ここでテーマにしている「耳との連動」とは、一言で言えば自分の出した音程を耳が判断して瞬時に微調整する能力のことです。

この能力をつけるためには、音が合っている状態を判断する時間を短縮する必要があります。この点では、左手のトレーニングというより、むしろ音感トレーニングです。最初は、同音をただちに合わせることができるように訓練します。スケールや簡単なエチュードを、指導者と繰り返し一緒に弾くのは、このためなのです。

最初は、「何となく違っている」という状態からスタートしますが、音程の差異の方向と量(どちらに違っているか、どれほど違っているか)の判断が次第についてくるようになります。と同時に、判断するために必要な時間が短縮されます。この能力の向上は劇的に起こるわけではなく、少しずつの変化です。しかし、少しずつであるために、左手の調整能力の向上とパラレルに起こることが可能になるのです。

同じ音を判断する能力が向上してくると、同時に純正な音を判断する能力も向上します。この進歩の過程で左手の調整力が向上することも、同音の場合と同じです。こうした力がついてくると、音階や旋律での音感の向上に従った左手の進歩も期待できるようになるでしょう。

(5)右手との連動

右手と左手の連動の問題は、二つの方向性で考える必要があります。一つは右手と左手を完全に分離した状態でコントロールできるようにすることで、二つ目は右手と左手を適正な間隔で同時に運動させる能力をつけることです。前者は右手と左手がシンクロしてしまう問題を解決することで、後者は右手と左手を無意識に正しい運動で一致させることです。

「速いパッセージになると右手と左手が一致しません」という悩みを持つ人は多くいます。この人たちは、「右手と左手がシンクロしない」と感じていることがほとんどですが、実は、右手と左手がシンクロしてしまうために結果として得られる音がきちんとしたものにならないケースがほとんどなのです。

私がいつも強調していることですが、「左手を先行させること」は、上記の二つの問題を同時に解決するための入り口になります。右手と左手が同時に運動を開始すると、必然的に左手が遅れてしまいます。左手は右手より一瞬早く動き始めることが必要なのです。すなわち、右手と左手が運動の始点においてシンクロしてはだめで(右手と左手の分離)、求める音が正しい間隔で演奏できるようにコントロールされなくてはいけません(右手と左手の正しい一致)。

左手先行に関して、「左手が指板を押さえる瞬間と右手の始動が一致することを意識して練習すべき」という、有力な異論がありますが、結果として疑わしいと思います。左手が指板に到達する瞬間に右手の始動を合わせるためには、左手が運動を開始してから指板に到達するまでのタイミングを計って、それに見合う右手の始動が必要になります。こうしたイメージを持つと、右手の運動がある種の準備(予想)を伴うことになりますが、これはよくないです。左手の運動の速度は一定ではありえず、また、弦やポジションに大きく左右されるからです。この問題を回避しようとすると、左手が指板に到達する瞬間を感じて右手の運動を作ることになりますが、これは(左手の難易度が上がれば特に)右手の遅れの原因になります。この論者の大きな論拠は、「右手と左手をバラバラに運動させるより、ある基準があってそれに合わせるほうが現実的である」というところにあります。しかし、(アンサンブルなどでも同じことが言えるが)結果を合わせるためには準備が必要で、その準備とはこうした場合「遅れ」や「安定感の欠如」につながることがほとんどなのです。

右手と左手のシンクロを取り去るための練習は、運動の分離と頭の指令の分離という二つの側面を満たすものでなくてはいけません。前者は、体のセンターラインの脱力からスタートします(寄りかかりトレーニングなど)。後者は、左手を先行させた練習が入り口です。

左手の先行を練習する場合の注意点を述べておきます(これは、リズム・トレーニングの一番最初(単純なリズム分割)にも共通する留意点である)。

左手を先行させるとき、右手と一定のリズムを取っては効果がありません。左手、右手、左手、右手という運動を「左手、右手」のペアにしないようにしましょう。このような練習をしても、左手と右手の意識の分離にはなりません。単に「より細かい運動を左手と右手に振り分ける」練習にしかならないからです。

ピアノで、こうした間違いをしてしまう人も多いようです。例えば、ドビュッシーのアラベスク第一番にある「右手は2連符、左手は3連符」という形を練習するために、件の楽譜を6連符に捉えて、「左手は1,4、右手は1,3,5で弾く」という訓練をしてしまうことが代表例です。このような練習方法をとると、「左手が2連符、右手が三連符」という練習をしているのではなく、「6連符を右手と左手で分けて弾く」という訓練になってしまいます。これでは、右手と左手の運動を分離して別のリズムを作り出すことはできません。

右手と左手の分離が進んだら、次に右手と左手を適正な形で一致させるトレーニングを行いましょう。これは、スラーの分割や付点つきの音符、シンコペーションなどの特殊なリズム形態の練習をすることが効果的です。

(6)適切なトレーニングを見つけること

これまで取り上げてきた課題は、左手のトレーニングの基礎的なごく一部に過ぎませんが、トレーニング方法を見つけるための発想法は、難易度が上がっても同じです。繰り返しになるので簡単にすませますが、目的をしっかりと認識し、そのためのルートを探り、自分の状況を認識し、トレーニングの効果と副作用を理解して、それぞれのトレーニング方法を考えることが大切なのです。

◎ まとめの問 左手編 ◎

以下の事例は、私のカルテから引用した左手の問題例集です。これらがどの分類に当たるか(阻害要因があるものは、その点でも分類すること)分類して考えてみましょう(ただし、難問が多い)。全部答えられることが目標ではありません。考えることが目的であるので、できないからといって落ち込まなくて大丈夫。

1)「どどかない」と「運動が分離しない」は別もの。セブシクで1、2を固定したとき、届かない人は固定しても届かないが、運動が分離しないだけの人は固定すれば届く。これは対処法が違う。どのように違うのか。

 

 

2)指はたたいてから押さない。たたく、ぎゅ、という二つの運動にならないこと。指が指板に着いてからさらに力を加えると離すときに時間がかかる。トリルで顕著。この癖を取るにはどうしたらよいか。

 

 

3) 同じ指のスライドで他の指の助けを借りている。弊害は何か?

 

 

4) ハイポジションで運動能力がてきめんに落ちる場合、想定される問題点は何か。

 

 

5) 2の指のスライド・・指の付け根を固定したまま手首を振って動いていると、動きの大きさの制御がしにくくなる。何故か。

 

 

6)親指と小指の付け根に力を入れて寄せると前腕の付け根が膨れるように力が入る。この状態だと特に1,4の指の運動性能が落ちる。何故か。

 

 

7)指の運動は二箇所を支点にしたくない。2の指のトリルで小指が異様に疲れるケースがあるが、その理由と対処法を考えよ。

 

 

8)「指の筋肉を鍛えなさい」という先生がまだ存在する。何を誤解しているのか?

 

 

9)ヴィブラートで親指が全く動かない状態は望ましくない。何故か?

 

 

10)指をしっかり押さえるのは、力ではなくスピード。意図するものは何か?

 

 

11)手首のヴィブラート・・1の指が機関車にならないこと。1の指で牽引すると、他の指が寄って力が入ってくる。解決策を考えよ。

 

 

12)ヴィブラートの練習をすると親指が深くなっていく傾向がある場合がある。この場合、発生すると考えられる問題点は何か?