まず、レッスンと日々の練習の関係性による分類に従って、練習がどのようなものであるべきかを考えてみましょう。
1) レッスンで新しい技術を習得し、それを日々の練習で定着させること
この分類に当てはまる奏法や体の使い方を正しく練習するためには、まず、レッスンで行われたことをしっかり理解することが必要になります。「なんとなく」運動を覚えるのではなく、その運動によって得られる結果を理解することが必要なのです。最初に補助をつけるものについては、補助をしたときと補助を取り去ったときの違いを正確に把握しておくことが肝心です。補助を取り去ったときに「どうなったか」と理解するだけでなく「どうしてそうなったか」という視点で考えておくことが大切で、そのためには、補助することで何が変化しているのかを理解しなければいけません。もちろん、そのために音をよく聞いておくことも重要なポイントです。
家での練習は、レッスンで「できたこと」を再現することから始めます。最初は、どのような手を使っても良い(補助具を使う、鏡を使う、姿勢を変えるなど)ので、レッスンでできたことを正確に再現する努力をしましょう。この「再現」がどの程度正確にできるかどうかで、それからの練習の意味はかなり違ったものになっていきます。その後、再現するためにかかる手間を減らしたり、速度を上げたりするなど、他のファクターを加えても同じことができるかを確かめながら、定着をはかることが基本となります。
ある種の音感を鍛えることも、この分類になります。例えば、うなりや差音を聞いたり、純正な和音を理解することなどは、レッスンで必ず「できる」ところまで進んでいます。練習は、できたことを定着させるために繰り返すことが必要なのです。
2) レッスンで新しい内容を理解し、それを日々の練習で習得すること
この場合、前項と異なり、家ですぐに運動を再現することができないものです。本当は、練習のたびに私が補助することが一番効果的ですが、もちろん現実的ではありません。しかし、運動を再現することが全くできないと練習のイメージを作ることもできないので、この場合、二通りの方法を採ります。一つは、補助器具を使って運動を作り、それを繰り返すことで運動を覚えてしまう方法。この補助器具は、レッスンで私が体を触って補助することと同様の効果を生む必要があります。器具を使った効果が、私が補助した状態と同じであるかをレッスンで確認できるケース(指の自然変形など)と難しいケース(寄りかかった脱力、左右のシンクロを取る練習など)がありますが、後者の場合は、より判断力が求められることになります。レッスンで補助を受けたときの状態の理解が大切にでなってきます。
もう一つの方法は、レッスンでできた到達地点をイメージして近づけていく方法です。これは実は、結果として次項のトレーニングをすることと同じになってしまうことがあります。多くの指導者は、この方法を採ります(というか、他の方法を採る方法論を持っていない場合が多い)が、補助具などをあてにできない場合、このような練習法にならざるを得ないことが少なくありません。この場合、「似て非なるもの」になる危険性が非常に高いので注意が必要です。日々の練習では、「似て非なるもの」のパターンを理解することが、正しい練習をするための助けになります。陥りやすいケースの説明を受けて、その判別能力を高めることを念頭において練習してください。
3) レッスンで方向性を確認し、練習で錬度を上げるもの
速度を上げる練習や、その時点で身についていない柔軟性を獲得するための練習、さらに音感を鍛えることなどは、レッスンでは実現できなかったことを練習によって身に付けるタイプです。レッスンの場で正しい状態を作れないという点で、前二項とは異なります。こうした練習は、かなり高度なレヴェルでも必要とされることが多いのです。
このような練習のうち、運動に関するものの第一のポイントは、同じ運動を運動量(大きさ、速さ)だけ変えていくタイプのものと、運動量が変化すると他の要素も必然的に変えなくてはならないものを峻別することです。この二つの違いを理解していないと、練習で間違った方向に進んでしまう危険性が高いからです。前者のタイプは比較的少なく、一つの要素しか変化させていないように感じられても、他の要素が変化しなくてはならないものの方が圧倒的に多いです。例えば「弓を次第に速くする」作業は、速度だけを変化させるのではなく、圧力を増やして柔軟性をより大きくしていくことと連動しています。これを理解しないと、結果は悲惨なものになります。
言い方を変えて説明すれば、求める状態変化に伴って、してはいけない運動の変化(ないし固定、無変化)がおきていないかをチェックする能力をつけることが必要だ、ということになります。人間の運動は、運動しようとするパーツの動きを支える支点を無意識に作ろうとしますが、それを理解せずに腕の運動を加速させると、多くの場合腕のどこかが硬直してしまいます。こうしたことはいつでも起こりうるのです。
第二のポイントは、判断の基準を間違わないことです。例えば、運動の結果を体感ではなく発せられた音で判断しなくてはならないことがあります。(何を判断基準にするか自体が大変難しい問題であることも多いですが、)レッスンの場で「何を基準にしているか」ということをよく理解してください。
音感を鍛えることも、この分類に当たる場合が多いです。例えば、スケールの音程矯正を考えてみましょう。レッスンでは、基本的な聞き方(共鳴音を聞く、など)を指示し、大きく外れている部分を指摘し、さらに一緒に弾いたり、私が弾いて聞かせたりしています。しかし、これだけでは正しいスケールが弾けるようになるわけではありません。レッスンでしていることは、正しいスケールを聞き、日々の練習を繰り返すことによって音程が次第に良くなっていく範囲に収める作業です(私が、「圏内」とか「40点」と表現している音程の範囲がこれにあたる)。この範囲に収まるように練習を繰り返すと、人間の耳の能力を十分に使って音感を鍛えることができるようになることが多いからです。
4) 汎用性のある思考法を理解し、応用すること
思考法を理解するためには、その思考に沿って自分で考えてみることを繰り返すことが欠かせません。例えば、三元連立一次方程式を解く作業を考えてみましょう。
3X ― Y + 2Z = 4 ・・・ ・
2X + 2Y ― 5Z = ―2 ・・・ ・
4X + Y ― 3Z = 1 ・・・ ・
さて、これをどのように解きますか。多くの人は、「確か式を足したり引いたりしたよな」と思い出して、あれこれとやってみようとするでしょう。実際に解いてみてください。
まごつかずに解けましたか。苦労した人は、自分の思考を見直してみましょう。「式を足したり引いたりする」のは「何故か?」が理解できているでしょうか?
連立方程式を解くために式を加減するのは、未知数を減らせば解けるからということと、式が二つあれば未知数を一つ減らすことができることを理解していれば、難なく解き方を見出すことができます。単にやり方を見て真似をして計算練習をたくさん積み上げただけでは、思考法そのものは身に付きません。これに対して、二元連立一次方程式を解いた時に「式を加減するのは変数を一つ減らすため」ということを考えながら練習を繰り返せば、その思考法の本質を理解することができます。得られた思考法は、ただちに三元連立一次方程式を解くことへの応用が利きます。もちろん、未知数が4つ、5つと増えても同じようにできるのです。
頭の良し悪しは、覚えている知識量で測られるものではありません。上記のように思考(論理、道筋)を理解することが習慣化しているかどうか、で決まるものなのです。こうした思考法に慣れていると、覚えなくてはならないことが少なくてすむようになります。これが頭の余力を生み、柔軟な思考を可能にします。私が「××式」を否定する理由もこれです。くだんのコマーシャルで言っているように「××式」に通えば「勉強する(単に机に向かう)習慣」をつけることは可能かもしれませんが、それだけでは頭を硬直させる指導法だと言わざるを得ないのです。
横道にそれたように思われるかもしれませんが、非常に大切なことなのでよく理解してください。ヴァイオリンのレッスンと練習だけが特殊なものであることはなく、頭の使い方を学ぶものでもあることには違いはありません。「アウフタクトはアップから」と覚えるのではなく、「アウフタクトをアップにすることが多いのは何故か」と理解することが大切なのです。
5) レッスンで新しい考え方を示し、それに従って理解を進めること
スタカート(デタシェ)記号(場合によってはスティッチ)の付いた、比較的速い往復運動を考えてみましょう(今回は、奏法の選択法自体がテーマではないので、何故その奏法を選択するかという点については詳しくは述べない)。
(注)スタカート(デタシェ)記号は「・」で書かれているもののこと。ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどの古典派の作曲家は、この記号とスティッチ「|」を併用している。意味するところは若干違うが、時期によってはどちらかだけしか使っていないこともあり、その場合、どちらかの記号が両者を兼ねている。細かい説明は省くが、基本的には、響きを残した音と音の間に空間がある音である。
ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第7番の楽譜を見てみましょう。付点が出てくるところ(28小節目)以降、八分音符や付点などにデタシェ記号(スタカート)がついています。ベートーヴェンがイメージした音がどのような音であるかを考えると、(天下り的で申し訳ないが)奏法の選択はロング・リフトかデタシェになります(この選択は演奏家によって異なる。手元にあるDVDを見ると、オイストラフはリフトで、ムターはデタシェで弾いている)。レッスンではベートーヴェンのこの曲について、(大まかに言うと)ベートーヴェンのイメージと当時の演奏で行われたであろう奏法や音などを説明し、それを我々の楽器でどのように表現するべきであるか、ということを理解してもらうことになります。レッスンを受ける側は、いくつかの新しい事実と考え方に触れることになるでしょう。それに従って、最初は該当する曲を、さらに他の曲を、その思考に基づいて理解することができるようになっていきます。
この時に理解が中途半端であると、「ベートーヴェンのスタカートはデタシェかロング・リフト」「古典の速いテンポのスタカートはデタシェ」などという「誤解」を覚えてしまう可能性があります。極端なケースでは「スタカート記号が出てきたらデタシェかロング」などという勘違いをしてしまうかもしれません。大切なことは、「何故そのような奏法を選択するのか」という道筋をしっかり理解することなのです。
6) レッスンで新しい考え方を示し、それを発展させること
この段階の練習は、練習自体が進歩になるために必要です。最初は、レッスンで覚えたことを定着させたり、知ったことができるようになるために、日々の練習を行います。それが次第に、練習自体が自分の理解を深め、できることを増やしていくものになっていきます。
ボウイングやフィンガリングなどを決める作業も、このレヴェルになると考えること自体がヴァイオリンを弾くための思考法を身につけるために役に立ってきます。与えられたボウイングやフィンガリングを、音楽的な前提を崩さないで、自分に合ったものに調整できるようになるのです。