アンサンブルのページでも簡単に述べたことですが、今回は音の立ち上がりについて書いてみます。
アマチュアプレーヤーの多くが「どうも反応が悪い」という印象を自分の演奏に持っています。事実、プロの演奏と比べると、あきらかに「鈍い」ことが多いのです。これには幾つかの大きな原因がありますが、一つは「弓の速さ」の問題、もう一つが「音の立ち上がり」の問題だと思っています。(弓の速さの問題も「大問題」ですので項を改めて書いてみたいと思います。)
音の立ち上がりが「悪い」「遅い」「鈍い」原因には、二つの要素が考えられます。一つは左手の押さえ方がしっかりしていないということで、もう一つがボウイング、特に弓のスタートの問題です。
音の立ち上がりが悪いと感じているほとんどの人が、問題点を右手にだけ感じていらっしゃるのではないかという気がしていますが、実は左手の問題もかなり大きなものです。左手の問題も二つに分類することができます。一つはしっかり指板を押さえていないことで、もう一つは左手を押さえるタイミングが悪いということです。
しっかりと指板を押さえなさい、というと誤解を招いてしまうかもしれません。指板を「押さえる」という表現があまりしっくりくるものではないからです。言いたいことは要するに、「弦を押さえている指がなるべく固い状態になっている」ことです。(これも誤解を生みそうだ(^ ^;;)鍛えられた指先だと、かなり通常よりも「固く」なっています。これが一つのポイントで、もう一つは「しっかり押さえる」ということですね。「指板を叩くように」という指導をされる先生も多いかと思いますが、これはこの「しっかり押さえる」ということを実現するためのものです。中途半端な状態で弦を押さえていると、弓を動かし始めたときすぐには弦が正しく振動せず、立ち上がりが悪くなる原因になります。
もう一つ、左手を押さえるタイミングの問題です。
これは結構厄介な問題で、かなり「ベテラン」のアマチュアプレーヤーでも勘違いしている人がかなりいらっしゃるようです。問題点は「左手を押さえるのと右手がスタートするのが同時になってしまっている」ということです。
以前ある先生と話をしていたとき、この問題が俎上に上りました。僕が「左手はほんの一瞬右手より早く押さえられるべき」という主張をしたところ、その先生は「そんなことは無理。特に速いパッセージでは同時になっているはずだ」とおっしゃいました。そこで演奏している状態をじっくりと観察することにしました。お互いに弾き合って確認した結論は、「ほとんど同時ではあるが、きちんとした音が出ているときは左手の方が一瞬だけ早い場合がほとんどである」ということでした。感覚的にはかなり理解しづらいことかもしれませんし、もちろん、速いパッセージで「意識して」左手を一瞬だけ早くすることは決してできません。けれども、トレーニング次第でかなり改善することができるのも事実です。
理屈を言ってしまうと、「理想的な立ち上がりのボウイングをしていれば同時でもよい」ことはたしかです。しかし、ほとんどのアマチュアプレーヤーが「理想的な立ち上がり」ができない以上、左手に注意を払うことで音の立ち上がりを改善することができるのです。
練習は、まずポジション移動のないスケールやセブシクのようなものでやってみましょう。ゆっくりと弾きます。初めは「左手を押さえる・右手をスタートさせる」という作業を「分離して」行います。分離する、というのは「左手を押さえてから右手をスタートさせるまでに時間がある」ということです。この「時間」を極限まで短くしていくのが目標です。初めのうちは、完全に「別 の」作業として行わないとできないはずです。右手と左手の動き始めの時間を徐々に近づけていき、ほとんど「連続した」音の動作になることが目標です。ある程度できるようになったら、ポジション移動のあるスケールやエチュードでもやってみましょう。この感覚が「当たり前」になれば、(右手の問題を別 にすれば)「プロ並み」の音の立ち上がりを追求できるようになるはずです。
さて、問題の右手です。
音の立ち上がりは、何通りかに分類できますが、まずはざっくり二通りに分けてしまいましょう。一つは音の立ち上がりがはっきりしているタイプ、もう一つは音の立ち上がりがはっきりしていないタイプです。前者は、音が始まったときに「羊羹をスパッと切ったような」出方をします。後者は「もわーっと」始まります。もちろん、難しいのは前者です。
音の立ち上がりに「がりっ」という雑音が発生することを嫌う余り腕の重みを使わずに「優しく」弓をスタートさせてしまうと、音量 が最大になるのは弓が運動を始めたところからかなり後れてしまいます。ヴァイオリンを指導する先生にも二通 りあり、初めは後者のように練習させて「タイムラグ」を短くしていくタイプと、初めから「はっきりと」弾かせるタイプがあります。どちらがよいか、というのは実は大変難しい問題なのですが、レイトスターターにとっては前者を選ぶべきだろうと僕は考えています。
上の図は、前者のパターンです。図は、音の大きさを視覚的に表していると考えてください。一番左のように音が出るのが理想ですが、うっかりすると真ん中や右の図のような音になってしまいがちです。
これに対し、後者のパターンです。一番左は「ほぼ」羊羹型になってます。初めのうちは右の図のような音しか出せませんが、次第に真ん中、そして左のように音を作っていくことを考えるのです。
音の立ち上がりをはっきりと「速く」するためことは、どちらのアプローチでも目指すのは一緒です。しかし、前者が「雑音やアクセントを減らしていく」という明確な作業であるのに対し、後者はかなり感覚的なのです。音の立ち上がりの形は、弓の初速や加速度、重さなどが複雑にからみあっているために、感覚的に調整していくことは大変困難なのです。
前者のタイプを、僕は「コツン」と呼んでいます。弓のスタート時に軽い「コツン」という音が聞こえるようにすることが第一歩です。「がりっ」を恐れて「もわー」と始まってしまうと、質的に全く違う作業になってしまいますから、当初はむしろ「がりっ」の方が問題が少ないのです。もちろん、脱力・ボウイング筋などをクリアしていることが前提で、力で「ぎぎっ」と音を出してしまってはいけません。
この「コツン」、楽器を始めたばかりの人でも、丁寧に指導すればほぼ三ヶ月できちんと理解できるようになります。初めのうちは、元からのダウンボウでしかできない人がほとんどですが、きちんとしたボウイングの訓練をつめば、どこから始めてもきちんとした音が出るようになります。(毎日ボウイングの練習をして、半年から一年くらいかかると考えてください。)しかし、弓のどこからでもきちんと立ち上がるようなボウイングを身につけてしまえば、そこから先はとても楽になります。
この「コツン」を視覚的に理解する方法があります。まず、楽器の肩当てを外し、ネックを軽く支えて楽器が落ちないようにします。楽器は安定していてはいけません。次に弓を弦に当て、スタートしてみます。音の立ち上がりがきれいになるための「コツン」ができていると、楽器が一瞬「かくっ」と動くはずです。文字で解説するのはとても難しいのですが、この「かくっ」がなかったり、楽器が大きく動いたりしてしまう間は、「コツン」ができていないことになります。
慎重に弓をスタートしたときに「コツン」ができるようになったら、スケールやエチュードで実際に応用がきくように練習します。音を一音一音切って、全ての音がはっきりときれいに立ち上がるようになるまで練習してください。
これができると、音がクリアになるだけでなく、楽器の鳴り方も良くなります。また、アンサンブルなどで「微妙に合わない」ということを避けることもできるようになるのです。
きびきびとしたボウイングとはっきりした音の立ち上がりは、聞いていても見ていてもとても格好良いものですね。一人でも多くの方が、「格好良い」音の立ち上がりを身につけていただきたいと思います。