今回は、左手の1の指について考えてみましょう。
これまで僕が出会った恐らく100人を優に越えるレイトスターターのほとんど全員が、1の指を「余り使われない中間の位置」で覚えていました。中間、と書いたのは、開放弦とはもる二つの位置のほぼ真ん中だ、ということです。(開放弦とはもる二つの位置については、「同じEでも場所が違う」を参照してください。)
この事実が何を物語っているのかというと、レイトスターターを教えているほとんどの先生が、指の位置を「平均的な場所でまず形を作って覚えさせる」という方針をもっていらっしゃるのだ、ということでしょう。指板の指の位置に丸いシールを貼ったり線を引いたりしたケースにも何度か出会いましたが、これも同じことだと思います。僕は、この考え方にあえて異論を投げてみたいと思っています。
まず、先生の立場になって、何故このように教えたくなるのか、ということを考えてみました。
- 1)左手の基本的な型を作るため
- 2)ある程度の場所を探ることさえできないから、一人で練習するときに大まかなガイドが必要
- 3)弾けるようになれば、音程を修正していく
特に、一人で練習するときの問題は深刻でしょう。一体どこを押さえてよいのかわからない「初心者」に、大体の手の型を覚えてもらうことは、「そこそこの音程」にするための近道のように感じられるのだと思います。(かくいう私も、そういう教え方をした時期があります。)ハードなことを要求できる生徒だと、この「平均的な音程の型」を、セブシクなどでたくさん練習させて、とにかく形を作ってしまおうと思うのでしょう。
さて、このレイトスターターたちがスケールに出会って、事情は大きく変わります。いろいろと話を聞いていると、初めは「平均的な」指の位置を指示されて型を作るための練習をしていた人たちの中の何割か(おそらく50%よりははるかに低い割合です。2,3割かもしれません。)は、ト長調のスケールで、平均律ではない音程を習います。完全にピタゴラスとは言わないまでも、開放弦と合わせたりすることを学ぶこともあります。この時、1の指の位置でパニックを起こすのです。
この混乱は、重音を弾くようになるとさらに酷くなります。もともとどこにも合わない1の指の位置を覚えようとしていたのですから、音程を矯正するときにいちいちそこからスタートしてしまうからです。違っているのはわかるのに、「高くするの?低くするの?どっち?」ということを見失ってしまうからです。
ほとんどの先生はこういう混乱を起こしません。なぜなら、経験値として覚えている二音の間隔を知っているので、狭いのか広いのかの判定を瞬時に行うことができるからです。ですから、レイトスターターの混乱を理解することができません。
現在、僕は1の指を「純正に調弦した二本上の開放弦と同じ音」で取ることを勧めています。楽器を持ったばかりの人でも、いきなりその音を「基本の音」として感じてもらうようにしているのです。ここをお読みの方はもうおわかりと思いますが、この音は開放弦を主音に取った時のピタゴラス音律上の第2音になります。この1の指を実際にとってもらうと、95%のレイトスターターは「こんな高い1の指をとったことはありません」と答えます。しかし、この音は開放弦という強い味方が使えるので、再現性の高い音なのです。
問題は、1の指の可動範囲が広くなることでしょう。つまり、下の開放弦とはもる低い1の指との乖離は、「平均的に」取ったときの倍になり、かなりの幅になります。また、フラット系の曲で演奏すべき「開放弦の音に非常に近い半音の1の指」との距離は、まさに絶望的です。
以前、ある先生(甲先生と呼びます)に、「手の形は、可動範囲の中間に作っておくのが正しい。上にも下にも同じような間隔の修正範囲を作ってやれば、修正が楽である。」ということを習ったことがありました。僕の方法は、まさにこのやりかたの「正反対」です。
甲先生の考え方は、多くの指導者の主流でしょう(でなければ、レイトスターターたちが一様に同じような音程を習っていることの説明がつきません。)これは、もちろん子どもからスタートする場合には、肯定されるべき方法論なのだと思います。(子どもの場合でも甲先生のように教えてはならない、と考えている先生も、少数ですがいらっしゃいますが。)1の指を一つの型にはめて、音程の修正という形で変化を付けることが目標です。
僕は、音程感覚を「次第に身につける」ことを自然に期待できないレイトスターターにとっては、前記の「高い?低い?」などといった混乱を避けるためにも、また、指の位置の使用頻度から言っても、先程の「高い」1の指を基本にしたいと思っているのです。もちろん、開放弦を導音にとったときの主音の1の指(フラット系の音階)の位 置は、「別のポジションである」と考えてもらいます。
現実問題として、「平均的に取った」1の指が「正しい音程」であるケースは、非常に少ないと言ってもいいでしょう。1の指の位 置、みなさんも確認してみてください。