柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座07 〉楽譜と楽語、頭の中で音が鳴ること

ヴァイオリンを始めたいという相談を受けたとき、よくあるのがこのことです。「楽譜が全く読めないのですができるでしょうか」という方から、「固定ドでしか歌えないのですがヴァイオリンを弾けますか?」などといったやや専門的なものまでいろいろなパターンがあります。ここでは、楽譜、楽語の問題を、一番始めから比較的高度なところまで、一気に書いてしまおうと思っています。(もちろん、具体的な楽譜のシステムや楽語の話は書きません。そのようなものが別に存在していることを前提に書いています。)

◎ 楽譜が読めるということと頭の中で音が鳴ること ◎

「楽譜を読む」ということは、「書かれている音の名前と高さがわかる」ことが、多くの場合スタートです。「楽譜が読めないのですが・・・」とおっしゃる方々は、多くの場合この意味で「楽譜を読む」という言葉を使われています。この点については、ヴァイオリンを始めると同時に楽譜を読むことを練習すれば、十分に対応できるようになります。ヴァイオリンの先生は、勿論、楽譜の読み方も教えて下さいます。

音符そのものは、音の高さと長さしか表しませんので、その種類も少なく、記憶するのにそれほどの困難を感じられることはないでしょう。それよりもその音を実際のヴァイオリンの指の位置と一致させること、実際に頭の中で(もちろん、声に出しても構いませんが)歌えることが重要で、かつ苦労することです。

楽譜が読めないレイトスターターにヴァイオリンを教える場合、実際に指を押さえさせて「ここに書かれている時はここを押さえる」という教え方をされている先生が多いようです。確かにこれが一番早く「それなりの場所を押さえることができる」ようになる方法ですし、教える方も簡単です。(始めたばかりの方の楽器を見ると、線が引いてあったり丸印がついていたりすることがあります。それが「大体の場所のガイド」になるからです。)しかし、これだけではなく、楽譜を見ながら音の高低を頭の中で鳴らせるような練習も平行してやるべきだと考えています。

この「楽譜に書いているある音を声で再現する」ことを、「ソルフェージュ」と言います。(厳密に言うと、旋律を歌詞なしで音名などで歌う歌唱法を指します。)頭の中で音が鳴り、自分の音楽を組み立てることは、全ての音楽家(プロ・アマ問わず)に必要な能力です。(実際にそれができているかを判定するためには声に出してもらうより仕方がありません。ですから、音大の受験には必ずソルフェージュの試験が課せられます。)ピアノを小さい頃から習っている多くの生徒さんは、平行してこの「ソルフェージュ」の訓練を受けます。そのことが、ピアノの演奏を「単なるキー叩き」ではなく音楽にしていくための一つのアイテムになるのです。

楽譜が読めない、ということは、当然こういった作業が未経験なわけですから、ヴァイオリンを演奏するための技術と共に、「頭で音を鳴らす訓練」をする必要があるのです。やってみると、「案外簡単だなあ」と思う人と、とても苦労する人に分かれるようです。前者は、単に楽譜に書かれている記号としての音符と自分の頭の中で鳴る音の高低の差が、情報として一致していないだけです。楽譜は読めないけれどカラオケをやらせれば誰より上手、という方は、世の中にたくさんいらっしゃるのです。こういう人は、音符という情報の処理の仕方を覚えるだけでいいわけで、すぐに「楽譜が読める」ようになります。

問題は後者の場合です。この方々にヴァイオリンを教える場合、ソルフェージュのような訓練が不可欠になります。家で練習する場合は、ピアノのような楽器で少しずつ慣れていく以外に方法がありませんから、レッスンの時にきちんとしたトレーニングをする必要があります。「〈講座04〉音感について1」で述べたことと深く関わることなのですが、正しく音感を身につけることとは、実は頭の中で正しい旋律が歌えるかどうか、ということでもあるのです。ですから、先生のヴァイオリンに合わせて頭で歌ってみる、実際に声を出してみる、といった作業を取り入れることが、大きな意味を持つのです。

頭の中で音が鳴ることの重要性は、どんなに強調してもしすぎることはありません。楽器が上達すればするほど、その重要性は身にしみるはずです。ですから、初めからそのことを念頭に置いた練習をすることが大切だと思います。楽譜が読めるようになったら、通 勤電車の中でもどこでも、暇さえあれば楽譜をみて頭の中で歌う訓練をしてみます。すると、次第に音楽が自然になり、体が音楽になじんでくるのです。

◎ 楽譜に書かれていることは、音の高さと長さだけではない ◎

音の高さと長さが格好が付かないとお話になりませんから、初めはこのことばかりに頭が行ってしまいます。これは仕方がないことです。しかし、実際に演奏する楽譜に書かれている情報は、これだけではありません。この点について、一つだけ書いておきます。

実際の楽譜には、いろいろな言葉や記号が書かれています。この意味を全部理解しないと、楽譜が正しく読めたことにはなりません。というと「大変だなぁ・・・」という印象を持たれるかもしれませんが、実際にはそんなに大変な作業にはならないでしょう。楽譜に書かれていることの量 も質も、ヴァイオリンの上達と共に増えて行くものだからです。ですから、新しい記号・言葉が出てくるたびに、そこで使われている意味と共に覚えていくことが秘訣です。ついでに言うと、実際にその記号が表すもの(とできればその記号が無い状態、ないし反対の状態)を先生に演奏してもらうことをお勧めします。言葉の知識だけでなく、実際に音になることで、楽譜に書かれている言葉や記号が生き生きと頭の中で理解されるはずです。生徒をよく理解した先生なら、押しつけにならないように、そういった例示をしてくださるでしょう。

これに対して、英語の単語を丸暗記するような楽語の暗記は、あまり感心したものではありません。楽語が表す意味を日本語に変換するときに無理がある上、単なる言葉の変換という記憶は、頭の引き出しから引っ張り出すのに苦労するからです。(だから、受験生は年号を語呂合わせで覚えたりするんですね。あれは、「記憶するため」にするのではなく「記憶を引っ張り出すため」にするものなのです。)

ここまでお読みになって、「頭の中で音がなる重要性」を少し実感されたのではないでしょうか。楽譜を読むこと、楽語を理解することは、とどのつまり「頭でいかに正しい音がなるか」ということで測られるものなのです。

◎ 楽譜を読むときの注意 ◎

楽譜を読む経験値が少ないと、つい音符だけに目が行ってしまいます。そうならないために、初めからいろいろな情報を把握する習慣を付けておくと楽です。読譜力の差は、特に、アンサンブルをするようになったとき、初見力の差となってあらわれます。

実際に練習する時には、まず「音符以外のもの」から見るようにします。ト音記号、何調か、指定されている速さはどれほどか、他に表現する記号や文字はないか、といったことを必ず確認するのです。子どものレッスンでしばしば取り入れられている方法に、最初にリズムだけで歌わせる(叩かせる)というやり方があります。音符を弾く前に、楽譜に書かれている拍子を頭に入れさせようというものです。このやり方は、大人のレイトスターターにも通 用します。頭の中でまず拍子を鳴らしてから弾き始める習慣を付けると、そのことが自然になります。実はそうすることによって、実際に演奏する演奏自体のリズムも改善されたりすることもあるのです。やってみて損のないことですから、是非試してみてください。

◎ 移動ドか固定ドか? ◎

言葉を知らない方のために、簡単な説明をします。

「固定ド」とは、音の絶対的な高さに名前を付けて音高を示す呼び方です。例えば、通 常のト音記号で書かれた五線の一番下の線上の音は、その楽譜が何調で書かれていても、「ミ、E、エー」です。これに対して「移動ド」は、書かれている音が、「その調性の中で第何音か」ということによって名前を付ける呼び方です。今の例では、ハ長調の場合は「ミ」、ホ長調の場合は「ド」、ヘ長調の場合は「シ」になるわけです。

自分が移動ドなのか固定ドなのかということは、「認識と知識の利用が多くの場合食い違っている」ために、よく混乱を来します。楽譜を読むとき、いきなり「移動ド」で読むことはとても大変です。「固定ド」なら、いつでもそこに書かれている音は同じ名前ですから、とてもわかりやすい。ところが、絶対音感を持たない普通 の人間が実際に旋律を頭で描くとき利用している知識と記憶は「移動ド」である場合が多いのです。

これは簡単に証明できます。試しにある歌を歌い始めてください。そしてしばらく他の音楽を聴きます。もう一度先程の歌を歌います。できれば二度とも録音しておくと結果 が明らかになります。二度の歌は、同じ音高で歌い始められていますか?ほんの少し、場合によってはかなり大きく違っているはずです。でも、旋律としては正しく歌われていますよね?つまり、頭の中では「音の相互関係を覚えている」訳で、移動ドの感覚を利用しているのです。(これが、常に同じ音程で歌い始めることができる場合、絶対音感か疑似絶対音感が身に付いていることになります。「〈講座03〉音感について1」参照)

固定ドの方が音符を認識しやすいのに、人間の音楽的感性は移動ドの上になりたっているのですから、どちらを使ったらよいのだろうか、と悩むのも仕方ないかもしれません。結論は簡単です。「簡単な方を利用してください」

すなわち、楽譜を音名で読むときに移動ドで読むという苦労をすることはありません。もちろん、ヴァイオリンを弾くときもです。ただし音名を離れて旋律を歌うときは、頭の中に自然に思える進行で歌うことが重要なのです。これが、「音程の良いヴァイオリン」を作ります。

◎ 楽譜に書かれていないことを読む ◎

この項の最後に、高度な楽譜の読み方までちらっと進んでしまいましょう。まだ楽器を始めて間もない方にも、必ず役に立つ部分があるはずです。それは、「楽譜に書かれていないことを読みとる」ということです。三つのことを挙げて、知っていただきたいと思います。

1)楽譜が書かれている背景を知ること

古いもの(バッハ、モーツァルトやバロックなど)を演奏するときに、特に必要になることです。

楽譜の書き方は、時代と共に変化してきました。例えば<>のような松葉(クレッシェンド、デクレッシェンド)は、バッハやモーツァルトの時代には使われていません。(もし書かれている譜面 があれば、それは後世の校注者が書いたものです。)そして、書かれた当時の意味が忘れ去られてしまったものもあります。そういったことを、楽譜に書かれている音楽の「前提として」知っておくことが、演奏に対する楽しみを質的にも激変させることがあります。バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどの作曲家の「原典版」が何度も書き直されて出版されてきたことを見れば、そのことも伺い知ることができるでしょう。

楽譜に書かれていることをどう表現するか、というのは、再現者(演奏者)と作曲家との関係を語る上での永遠のテーマだろうと思います。「作曲家の意図をそのまま表現するのが唯一の再現者の使命である」、という最も極端な考え方と、「作曲家というのはあくまで一つの材料を示したに過ぎないから、再現者はそれをどのように使っても良い。場合によっては音を替えても良い。」というのが、正反対の考え方です。多くの演奏家は、この中間のどこに位 置するかによって、自分のスタンスを決めているのです。

あくまで一つの例として、私の考え方を述べます。それが、「楽譜の読み方」と関係してくるからです。

私は、作曲家の意図は、最大限尊重すべきであると考えています。「尊重する」というのは、「意図を知り演奏する」ということであり、「意図通 りに演奏する」ということは若干違います。モーツァルトの時代の楽譜は、彼の生きた時代の楽器を使い彼の時代の調弦で、その時代の演奏会場で演奏されたものです。ですから、現代の楽器とホールでモーツァルトの時代「そのままの」演奏をすることが良いことかどうかというと、疑問に思うからです。(もちろん、そういうことを意図した演奏集団もあります。)私たちは、モダンの楽器を使って現代に合った演奏をすべきだと思うのです。ただしそのために作曲家の意図を曲げてしまってはいけないということが重要なポイントです。ですから、楽譜から作曲者の意図を読み込む作業はとても重要です。スラー一つとっても、単に「音をつなげる」だけではない意味があることがあります。ある時期までのモーツァルトの楽譜では、スラーが単に「強弱」を表すこともあります。それを普通 の「スラー」にしてしまっては、すでにモーツァルトの作品ではなくなってしまうからです。

また、音楽によってはその「形式」や「意味」を知っておくことが必要です。例えば、同じ三拍子の曲でも、メヌエットとワルツ、マズルカでは、全く違うリズム感が必要です。そういったことは残念ながら楽譜には書かれていません。単に「ワルツ」とか「メヌエット」とか書かれているだけなのです。別 のものを利用して知る必要があります。もちろん、レッスンの場で解決することも可能です。先生は生徒に与える曲の形式・意味を必ずわかっていますから、説明を求めることは簡単です。場合によっては、そのような「背景」を、楽器で演奏してもらって理解を深めることもできるでしょう。

このような「時代背景」や「楽曲的な常識」を知り始めると、案外面白くなってあれこれと調べるようになるかもしれません。そんなことも、音楽をやる上での原動力になるでしょう。

2)楽譜には書かれていない「音楽的常識」に「慣れる」

いわゆる「原典に忠実な」ベーレンライター版のモーツァルトの楽譜を見てみると、強さを指示する記号が極端に少ないことに気がつきます。同じ曲を古い版のペータース版と比べてみると、その差は歴然とします。特に「クレッシェンド」「デクレッシェンド」は、ベーレンライター版には全くといってよいほど書かれていません。では、モーツァルトは「クレッシェンド・デクレッシェンド」をしない演奏を望んだのでしょうか?そうではありません。

音・音楽の強弱は、音の高さ、旋律の進行、和声の組み合わせと進行など、さまざまな要素によって自然に変わります。これが「音楽的な常識」と言われるものです。古い作曲家は、音楽的常識を「あたりまえのもの」として、楽譜には書かなかったのです。ですから、楽譜に強弱の変化が書かれていないからと言って、常に同じ強さで演奏されるとは限りません。

これは速さにも言えることです。曲の終わりの終わり方などは、時代によってスタイルがある場合があります。もちろん、こういうことは楽譜には書かれていません。当然のように重くなる、間があく場合すらあります。(「インテンポとメトロノーム」参照)そういったことも、もちろん楽譜には書かれていません。

では、そういった「常識」を身につけるにはどうしたらよいのでしょうか。

子どもから音楽に慣れ親しんでいる人たちは、こういった「常識」を自然に身につけて育つことがあります。ですから、あまり考えなくても、自然に「音楽的な」演奏ができるようになる人がたくさんいるのです。もちろん、子どもから始めたからといって、必ずしもこういった「常識」を持っているとは限りません。他の楽器を演奏してきてヴァイオリンという楽器が初めてだ、という方は、この話がすぐに理解されることだと思います。問題は、「ヴァイオリンという楽器が初めて持つ楽器である」人たちです。

この「常識」を身につけてもらうための方法は、大きく分けると二通りの考え方があるようです。一つは、「子どもと同じように、音楽に触れ楽しむことによって体に取り込む」というやり方です。このような考え方をしている先生は、レイトスターターにも子どもと同じように、「易しく弾ける曲」をたくさん与え、それを「音楽的に」完成させることによって、こういった「常識」を体で覚えてもらおうとします。もう一つは、基本的な「常識が発生する理由」を理解してもらって、その常識に従った音楽を「イメージする」「演奏する」ことで、必要なアイテムを身につけてもらおう、という考え方です。

どちらがよいか、というのは、一人一人違うだろうと思います。実際に練習する時間がどれだけあるかによっても違いますので、レッスンを受ける人が音楽的常識を身につけやすい方法を選択すれば良いでしょう。もちろん、両者は対立するものではなく、「体で覚えた方がよいもの、理論から入った方が理解しやすいもの」を区別 されている、ちょうどよいバランスをお持ちの先生もいらっしゃると思います。いずれにしても、今まで書いてきたような「楽譜には書かれていない常識」を身につけることも、レッスンでの重要な作業の一つです。

3)休符の意味を知る

「休符」とは、読んで字のごとく、音を出す作業をお休みする時間です。弾くことに神経を使っていると、この「お休み」で本当に「休んで」しまいがちです。しかし、「休符」にはいろいろな意味があります。

物理的には、「響きが残っている」ことがあります。この場合、響きを演奏者・聴衆が楽しむことができるかどうか、ということと、その響きが休符の次につながるようにする、という二つのことを考える必要があります。前者の場合はともかく、後者の場合、次に音を出すタイミングが、書かれている休符の物理的な長さと一致しない場合もあります。こういったことを理解するのはとても大変ですが、音楽の流れを切らないためには、どうしても必要になる場合もあるのです。また、本当に「静寂」を求める場合もあります。

物理的なことだけではなく、「休符で音楽の流れを切らない」ことがとても重要になる場合があります。ヴァイオリンの演奏技術との兼ね合いで言うと、「休符の時にも音楽の進行に従って体が反応している」ことが当たり前に起きてきます。そういったことも、楽譜に書かれていないことを読みとる一つの例です。

◎ この項の最後に ◎

楽譜は、音楽の詰まった魔法の箱のようなものだと思います。我々のようなヴェテランのアマチュアや、プロの演奏家でさえ、何度も同じ楽譜を見ると新たな発見があることがあります。楽譜に親しむことはとても貴重なことで、これをお読みのみなさんも、是非その「楽しみ」を知っていただきたいと思います。