柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > レイトスターターのためのヴァイオリン講座 > 〈 講座05 〉音感について 2 調弦

先日来、いろいろなサイトや掲示板で見た、「平均律の音をバラバラに覚える」音感教育を唱える先生の多さに絶望しているのですが、そんな中で興味あるやりとりがありました。それは、「平均律で調弦ができるだろうか」という問題です。「調弦は平均律ですべき」と主張している先生が意外に多いのです。

普段、純正の五度に調弦する習慣があるプレーヤーでも、ピアノと演奏するときなど、調弦を「やや狭めに」合わせることがあります。そうすると当然五度は「普通 に演奏したのでは合わない」状態です。しかしながら、ヴァイオリンの音程は弓の重さのバランスなどでかなり変わりますから、そうした調弦でも実際に開放弦の五度を弾くときには、「無意識に正しい音程になるように右手で修正する」ことができるのです。これは、ピアノでよい音程に聞かせることよりははるかに易しい。もちろん、正しい耳があることが前提になります。

調弦を平均律ですべきだと主張する先生達の多くは、この「ピアノと合わせる」ケースを例にされます。ピアノとの整合性がなくなってしまう純正の五度調弦の問題点を強調されるわけです。その背景には、(好意的に考えれば)ヴァイオリンの音程が可変であること、開放弦を避けることができること、といった現実の演奏法に則った経験があるのではないか、と推測します。つまり、「平均律に調弦する」ということは、純正の音の間隔を判別 できる耳を持って、その耳から得た情報を瞬時に楽器の演奏に反映できる能力がある人にとっては、「不自由でない」ものになる可能性があります。

仮にそういった先生達が、「自分はできるのだから」と考えてレイトスターターに「平均律に調弦しなさい」と言っているのだとしたら、これは大きな勘違いです。(もちろん、レイトスターターの中にそういった能力を持っている人が偶然いらっしゃることを否定はしません。)

まず、調弦そのものの問題があります。ここに興味深い資料(音程の話・リサージュ図形平均律の場合)があります。まずご覧下さい。

説明にあるとおり、これは二つの音が作る波形を視覚的にわかりやすいようにしたものです。純正にあっているものでも、オクターブ、五度、四度と、波形が複雑になっていくのがわかりますね。この波形は、平均律の時、「最終的に真っ黒に」なってしまいます。

耳で「音高」を覚える場合、単音であればどんな音でも「難しさは同じ」です。例えば、442HzのA音を覚えた場合、次に純正に五度低いD音を覚える作業と平均律で取ったD音を覚えることは、独立して覚えるのであれば同じ難易度だと考えて良いでしょう。ですから、「音感を鍛える」ということを「音高を単音で独立して覚える」と考えれば、平均律でとった音を覚えることにはそれなりの意味があります。何故かというと、調性に従って変化するピタゴラスの音階全てを覚えることは、単純化した平均律で覚えなくてはならない音の数よりたくさんのものを覚える必要があるからです。ですから、「音高を鍛えて覚える」ことだけが目的であれば、平均律の進行に従って音高を覚えた方が「楽」な訳です。ところが、実際には、こういった「音高を覚える」作業は、多くの人にとって「不可能」です。絶対音感を持っているか、ないしは非常にハードな訓練をしなくてはならないからです。

しかし、ここに「二つの音」という要素が加わると、事情が一変します。純正な二音は、「耳に覚えやすい」のです。このことを、このリサージュ図形は物語っています。平均律で五度を覚えることは、この「真っ黒になる」振動を記憶することに他ならないからです。こんなことはできないと言ってもいいでしょう。単純な整数と無限に続く数字を覚える作業を比較するようなものなのです。

調弦を平均律でする、ということは、このように「とても困難な」作業なのです。もちろん、純正に五度を合わせ、それをやや狭くする ~ チューナーで確認する、という訓練をくり返し、平均律が発する「響きなどの他の要素」を記憶することは可能でしょう。そうして最終的に平均律の五度で合わせることが出来るようになったプレーヤーもいると思います。しかし、それは「あくまで例外」なのです。

純正の二音の間隔を理解できるようになり、ヴァイオリンを純正な五度で調弦できるようになると、スケールを弾くときのガイドが得られます。このガイドを上手に利用して「旋律的な」スケールの音程を理解することは、平均律の二音の間隔を覚えることとは比べものにならないくらい「自然な」ものなのです。

二音を同時に鳴らしていると、二音以外の音もします。「差音」と呼ばれるものもその一つです。(差音とは、読んで字のごとく、二つの音の周波数の差の音のことです。)この「差音」も、実はヴァイオリンの音程に深く関わって来るものですが、この点については「初めのうちは」無視してもいいと思います。(これは、あくまで僕が関わってきたレイトスターターとのやりとりで得た結論です。「差音」を重視し、きちんと聞く訓練をすべきだ、という方もいらっしゃいます。ただし、「差音」も、平均律で二音を取った場合「どの音ともはもらない」音になります。「差音を聞いたら平均律の方がきれいに聞こえる」ということは普通 はないと思います。(注))

(注)ないと思います、と断定しないのには訳があります。全ての音の間隔で差音を計算した場合、平均律の方がより整数比に近い場合が存在する可能性を検証していないからです。

(注2)二音が作る不思議な世界は、アンサンブルのレッスンの方でしばらくしたら書こうと思っていることです。簡単な例をあげます。適度に響く広い部屋で、純正にあった五度をならします。すると、純正にあった五度のちょうど「気持ちの良い」三音が聞こえるはずです。とても弱い音なので、条件が整わないと聞こえませんが、初めて出会うとちょっと不思議な気持ちがします。「ドレ会」では何回も実験してみたのですが、ほんの数回しか「聞こえた」という人がいませんでした。

というわけで、耳を鍛えるためにも、将来のことを考えても、調弦は純正な五度でできるように頑張りましょう。