柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > アンサンブル講座 > lesson 2-2「トレーナーとは?」

最近、オーケストラのトレーナーが何をする人か、ということがあるところで話題になりました。トレーナーとは一体何をする人なのか、少し考えさせられました。僕自身、アマチュアオーケストラの弦トレーナーをやっていたこともありますし、今はストリング・アズールの「トレーナー」を名乗っていますが、オケでトレーナーとしてやっていたことと今とではコンセプトが違います。今回は、「どんなトレーナーがよいのだろうか」ということを考えてみます。

僕が「トレーナー」という存在を認識したのは、大学オケでのことです。僕のいたオケでは、弦楽器のトレーナーと金管のトレーナーが「常任」で、木管楽器は複数の先生が見えていました(あとから打楽器のトレーナーも加わりました)。この方たちの「やり方」が、まず僕の「トレーナーとは何か」という原点です。

弦のトレーナーは、玉置勝彦先生(ヴィオラ奏者。アマデウス管弦楽団指揮者など)で、ドイツや日本でのオーケストラ経験が長く、独自の主張を持っていらっしゃる先生でした。(先生には、オーケストラのことだけではなく、ボウイングなどについても様々なアイデアをいただきました。)しかし先生は、指揮者(早川正昭先生、三石精一先生)がオケの音楽を実現するために必要なことをトレーニングする、という明確な目的意識がありました。楽曲のテンポや解釈ではなく、指揮者が求めることを(またはオケとして基本的なことを)実現できるための練習をなさったのです。必然的に、指導は、音程、リズム、音の出し方などの技術論やアンサンブルの修正が中心になりました。楽曲の解釈は指揮者に任せて、ご自身はオケをまさに「トレーニングする」という立場を守られていたのです。

このオケでの「役割分担」は、非常にうまく機能していたと思います。他のトレーナーの先生たちも、恐らく同じように考えていらっしゃったのではないかと思います。現役のオーケストラプレーヤーであれば、たくさんの指揮者の様々な考え方に触れてこられたはずですから、場合によっては指揮者の解釈が「気に入らない」ことがあったかもしれません。しかし、メンバーが「船頭多くして舟なんとやら」にならないよう、それぞれ考えてトレーニングをされていたのだと思います。僕の「トレーナー観」はこれが原点です。

これに対して、音楽そのもの、解釈を指導する「トレーナー」もいらっしゃいます。近年一時期だけ在籍したオケ(あんまりうるさいんで首を切られました(^ ^;;)にいらっしゃったトレーナーさんは、「こう弾いて欲しい」という、ある意味では「指揮者の領域」の指導にご熱心でした。もちろん、その内容はとても面白いものではあったのですが、指揮者と全く違うことを指示されてしまうことも何回かありました。僕自身は「それは指揮者の指示と違います」とその場で言いましたが、多くの団員は「違うことに気がついていない」か、気がついていても「そんなもんだ」と思っていたようです。団員が皆さんお若いことも理由の一つだったかもしれません。また、積極的に「違う解釈も聞いてみたい」と考えていた人もいました。解釈の多様性はもちろん重要ですが、アマチュアオケのように演奏会に向かって限られた回数の練習で曲を完成させることを目指さなくてはならない場合、こういったケースでは問題が生じることがあります。先のケースでは、トレーナーの先生がご自分のイメージ通りに演奏するためのお話が長くなってしまい、他の必要なことができなくなるという事態になってしまいました。こうなると、トレーナーをお願いする意味がわからなくなってしまうような気がします。

「解釈」にまつわることだけでなく、トレーナーとしての立場を疑わせる問題もあります。

少し具体的に言うと、「どうしてほしい」ということを指示するトレーナーの方は多いのですが、「だからどうすればよい」ということを具体的に指示してくださる方が少ないように感じることです。

一緒に室内楽をやっているヴァイオリン弾きが在籍するオーケストラでのこと。トレーナーにいらっしゃったのはプロオケのコンマスをなさっている方で、もちろん「有名な」人でした。ご自分はもちろんオケの経験が豊富ですから、「こういう音にしてください」「このように弾いてください」という指示は納得のいくものだったそうです。しかし、具体的にどう弾くかという点について全く説明もアドヴァイスもなく、「これじゃ指揮者の要求と一緒だね」という感じを持ったそうです。

いろいろと話を聞いてみると、こういうトレーナー、多いんですね。トラに行った先でこういう先生に当たると、休憩時間が大変です。後ろの方で、即席の講習会が始まってしまう。「先生がおっしゃったのはこういうことで、こうやって弾けばいいんですよ」という具体的・技術的な説明をしなくてはならないはめになったことも一度や二度ではありません。トレーナーの言葉を実現するためにもう一段階必要になってしまうのです。もちろん、オケのトップが十分にパートをトレーニングできる力量 があれば問題ないのでしょうが、そうでない場合には、せっかくのトレーナーの指示が実現されずに終わってしまういます。こういうオケをいくつも見てきました。

オーケストラやアンサンブルのトレーナーをうまくこなすことは、ある意味では個人レッスンをするより難しいかもしれません。一人一人の力量や技術に応じたアドバイスではなく、何通りかの解決策を示したり実現可能な「最大公約数」を語らなくてはならないからです。もちろん、イメージを作るためには、実際に音を出して理解してもらうことも必要になるでしょう。求められるものはたくさんあります。それに加えて、経験に裏打ちされた「秘技」を教えていただければ、言うことありませんね。

オーケストラの態勢や指揮者とトレーナーの連絡体制に問題がある場合もあります。以前呼んでいただいたオケで、僕のトレーニングが物議をかもしたことがありました。指揮者の先生と打ち合わせをする時間がなく、僕の「常識」に沿ってトレーニングをしてしまって事は起きました。僕がある曲で「スラヴの三拍子は三拍を均一に感じてはいけません」という「常識」に従ってトレーニングをしたら、指揮者の先生が「正確に三拍がとれていない」と指摘されてしまったのです。指揮者の先生にしたら、トレーナーが正確な(均一な)三拍を取る練習をしているものと思い込んでいたのでしょうから、行き違いが起きてしまうのは当たり前です。こういったことも注意しないと、トレーナーや指揮者の持っているものを得ることができない結果 になってしまいます。