当初のエントリーから脱落者が多く、結局とても出演者が少ない発表会になってしまったのは残念でしたが、参加者はみなさん、とても充実した時間を過ごせたのではないかと思います。
こうした発表会を定期的に行なうことには、多くの難しさがあります。準備期間が長い(会場をとるのにも1年前から)ために、予想がつかないことが起こってしまう可能性が高いからです。特に、昨今の経済事情の悪化は、私の生徒にも大きな影響を受けてしまった方が残念ながら少なくありません。
音楽は本来「プラスアルファ」のものではありますが、人生を面白く、豊かにするものです。みなさんが安心して音楽が楽しめる世の中になって欲しいものだと痛感しています。
******* プログラム *******
1)アッコーライ/ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調
アッコーライはフランス生まれのヴァイオリニスト/教育者とされていますが、実はその存在も含めてよくわかっていない人物です。生年/没年も主なもので2説(1833 –1900/1845 –1919)あり、ヴァイオリニストとして名高いアンリ・ヴュータン(1820 – 81)の偽名(ペンネーム)であるという説もあります。Schirmer社とCARL FLESCH社から3曲のヴァイオリン協奏曲などが出版されている(いた)のですが、有名な音楽学校で教鞭を執った記録もなく、高名な弟子の存在も明らかになっていません。しかし、このヴァイオリン協奏曲は20世紀初頭に出版されて以来、学習者用の練習曲として世界中で使われてきました。
アッコーライの3曲の協奏曲は、いずれも出版当時のピアノ伴奏つきの楽譜しかなく、弦楽合奏版はどうやら1930年代に「ピアノ伴奏譜から」書き起こされたのが「真相」のようです。
今年の5月に発表会でこの曲の弦楽合奏版を使うためにスコアを入手して見て、私は強烈な違和感を覚えました。さらに実際に弦楽オーケストラで音を出してみると、「これは弦楽合奏のためにかかれたものではない」という思いを持つようになりました。そこで、親しくさせていただいている大山さんに「フルオーケストラヴァージョンを作ってほしい」とお願いしたのが、今日演奏させていただく「オーケストラ・ヴァージョン」です。
作曲途中に聞かせていただいたMIDI音源で、私の「思い」は「確信」に変わりました。アッコーライ先生(存在すれば、ですが)がどのような状況でこの曲を作曲したのかはわかりませんが、先生の頭の中には最初にはオーケストラのイメージがあり、なんらかの事情で「弦楽合奏」の伴奏しか使えなかったのではないかと考えれば、このような形が本来の曲であった可能性は十分にあると思います。
ヴァイオリンを学んだ人にはおなじみの曲ですが、この曲の「ほんとうの形」はこんなものではなかったか、と思いを馳せながら聞いていただければ幸いです。
2)ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 二長調
××君はヴァイオリンを始めて8年目。私がレッスンを見るようになって4年目ですが、この4年間は××君にとって、さまざまな意味での大きな「転換期」になったようです。「なんでも弾けるようになりたいので、厳しいレッスンをして下さい」と宣言したのが昨年のことですが、今回の発表会も「ベートーヴェンが弾きたいです」と自分から言ってきました。××君にとっては、かなり「背伸び」の曲ではありますが、挑戦する気概をかって今回のエントリーとなりました。私とは正反対に「真面目」が服を着て歩いているような性格ですが、これからは少しずつ「柔らかく」なるようなアドヴァイスもしていこうと思っています。
曲は解説不要の名作品ですが、初演当時はあまり評判がよくなかったようです。古典派の曲を積極的に紹介して世の中に再認識させたハンガリー生まれのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)の功績で盛んに演奏されるようになりました。
これは全くの私見ですが、ベートーヴェンのこのコンチェルトは「ピアノ伴奏で弾いてもっともつまらないヴァイオリン協奏曲のひとつ」であると思っています。言い換えれば、この曲の良さはオーケストラと一緒に弾いてみないとわからない、ということなのです。チャイコフスキーやブラームスに比べるとヴァイオリンの技術的難易度は遥かに低いので、アマチュアが目標にするにはとても良い曲であるとも思っています。
3)ラロ/「スペイン交響曲」 ニ短調
××君はコンチェルトの発表会2度目の挑戦です。前回はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番の第1楽章を演奏しましたが、2年経って「ぐっと大人になった」演奏をお聴かせできるのではないかと思います。レッスンでも、ここ半年くらいの間に「自分で考える」ことが少しずつできるようになり、練習の質が向上してきたところです。
××君の「弱点」は、「音がよく聞こえてしまうこと」です。アマチュアオーケストラで活躍しているご両親に大切に育てられ、小さい頃からたくさんの演奏を聴いてきたことが原因だと思うのですが、ピアノで伴奏していても「ピアノに合わせにいってしまう」ことがよくあるのです。コンチェルトでももちろん「合わせること」は大切ですが、それよりもせっかくの機会ですから、のびのびと「弾きたいように」弾いて欲しいと願っています。
ラロはフランス生まれのヴァイオリニスト、ヴィオリスト。室内楽などで活躍しましたが、作曲にも情熱を持っていました。残念ながら作曲家としての評価はあまり高くなく、現在よく演奏されるのは、パブロ・サラサーテ(1844−1908)が初演したこの曲とチェロ協奏曲ぐらいしかありません。5楽章からなり「交響曲」と名付けられていますが、楽曲の雰囲気は交響楽的は全くなく、純然たる協奏曲です。親交のあったサラサーテを想定して書かれているために非常に技巧的で、華やかさを持った佳曲です。
4)メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
××さんは高校1年生。本来私の生徒ではありませんが、私の発表会を見て「コンチェルトが弾きたい」という希望を持ち、出演することになりました。実は、アマチュアオーケストラの関係でご両親は以前から存じ上げていたのですが、××さんとは今回のことで初めてゆっくりお話をし、レッスンをすることになりました。
レッスンをしてみると、××さんがとても素敵な感性をもっていることはすぐにわかりました。音に対する感覚がとても素直で、イメージを創る力もあります。レッスンで指摘したことをすぐに反映できる力ももちながら、自分で創ったイメージを具現化する方向性や技術が伴っていない「もどかしさ」を感じていることもわかりました。オケ合わせの練習の感想で「とても寂しかった」と感じる「素直さ」は、経験を積んで方法論を学ぶことで大きく成長するための強力な「武器」になるでしょう。
曲は解説不要の名曲ですが、この曲に「美しくはなかいイメージ」を持たれている方も多いと思います。しかしメンデルスゾーンはとても激しい一面もあり、この曲も近年出版されたホグウッド監修の原点版を見ると、「美しい」だけではないことがわかります。今回は2、3楽章のみですが、少し視点を変えて聞いていただけると、この曲の違う面も見えるかもしれません。
5)サンサーンス ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調
××さんの最大の問題は「体力」と「表現力」でしょうか。ご覧のような小さな体で体力が決定的に不足しています。コンチェルトのリハーサルでも、終了後「抜け殻」のようになってしまいました。「ヴァイオリンの先生になりたい」という気持ちと「やる気」は十分で、過酷な練習にも根を上げずに耐えていますが、まだ充分な体が出来上がっていません。私のところでの2年半の進歩を見ていると、技術的には恐らくある程度のことができるようになると思いますが、表現力とそれを実現するための「想像力/創造力」もまだまだ足りません。今回の曲は、技術的なことと共に「どのように表現するのか」ということを「考える/感じる」ことも課題のひとつでした。「長足の進歩」を遂げているとは思いますが、「説得力のある演奏」がどういうものか、ということを、今回の発表会で感じ取ってもらえれば成功だと思っています。
サンサーンスは作曲家として、またオルガニストとして活躍しただけでなく、絵画や詩歌にも才能を示しました。後期ロマン派に分類されることが多いのですが、時代的にも内容的にも「ロマン派」というより「ロマン派と近代音楽のはざま」を生きた作曲家として評価すべきではないかと思います。3曲の協奏曲や「序奏とロンドカプリチオーソ」「ハバネラ」「アンダルシアのロマンス」などのヴァイオリンのための曲は、ヴィルティオーゾの向けの「いかにもロマン派」という雰囲気がしますが、交響曲第3番「オルガン付き」や組曲「動物の謝肉祭」などには、新時代の香りが色濃く表れています。
==== ご挨拶 ====
本日は、ご来場くださいましてありがとうございます。
2度目の「コンチェルト発表会」ですが、近年の経済状況や生徒さんの都合などで、当初出演の意向を持っていた11人のうち7人までが出演を取りやめてしまいました。一度は開催を見送ろうかと悩んだのですが、初めてのオーケストラとの共演に向けて頑張っている生徒さんを見ると、どうしても開催したくなり、なんとか実現までこぎつけました。しかし、生徒さんの出演が減ったので、アッコーライの「世界初演」ができるようになったことは、大きな喜びでもあります。
私の「仕事」は、生徒さんが音楽を楽しむための「お手伝い」をすることが主であると思っています。体の調整をすることもそのための方法のひとつですし、このような「場」を設けることもとても大切なことだと思っています。
今回出演した生徒さんには、この経験をこれからの音楽活動に十分活かして欲しいと思っています。
最後になりましたが、指揮を引き受けて下さったHさん、共演して下さったオーケストラの皆さんに、厚く御礼を申し上げます。
2009年10月11日 柏木 真樹