柏木真樹 音楽スタジオ

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26
Oct.
2015

 今回のクレモナ旅行で訪れた工房は9、お話ができた製作者は30人ほどになりました。多くの製作者が、試奏を真剣に聞いていただいて、意見を交換することができました。しかし、クレモナにある工房は120。まだまだ多くの知らない工房がたくさんあります。もう一度訪れて、もっとたくさんの製作者とお話をしたいと思っています。どの工房も、見るだけで楽しくなりました。楽器の「型」や作りかけの白木、たくさんの刃物やニスなどを見ると、「どんな楽器ができるのかなぁ」と、想像が広がります。

 楽器の「作り方」には、いくつかの手法があります。木を切って形を作って組み立てる、という作業にも、それぞれのこだわりや特徴があるのです。見ていてはっきりわかるのは、楽器の形を作る時に「外側に型を置いて内側に楽器を作る」のか、「内側に型を置いてその外側に合わせて楽器を作る」のか、という違いです。クレモナに行く前には、クレモナの製作者はみなさん内型を使っていると思ったのですが、工房には両方の枠が置いてあることが多くて驚きました。何人かの製作者に聞くと「それぞれ特徴があり、今はどちらも使っている人が結構いますよ」ということでした。

内型に楽器を当てはめて製作中。製作学校で。

内型に楽器を当てはめて製作中。製作学校で。

 

 

 ストラディヴァリを始めとする過去の名工たちは、基本的に内型を使っていました。クレモナ在住の坂井克則さん(今回は訪問することができなくて残念でした)のように、「外枠を使うのは邪道」と切って捨てる制作者もいます。確かに、「外枠が使われるようになった歴史的経緯は、銘器をコピーして量産するためだった」という有力説があり、伝統的な工法に従って楽器製作を考える人たちにとっては、外枠を使うことはある種の「禁じ手」なのかもしれません。

 

 

 楽器の製作方法についてはさまざまな考え方があります。今回お邪魔させていただいた松下さんのように、ストラディヴァリの製作方法を研究してさまざまな工夫をしている製作者もいますし、現代の技術と知見を駆使して科学的なアプローチから楽器製作を考えている製作者(集団)もいます。どちらが良いか、または第3の道があるのかは、後世になってみないとわからないと思いますが、製作者はそれぞれ自分の信念に基づいて楽器を作っているのです。

 日本でも有名な製作者で今回訪れることができた工房、という枠で言えば、ビソロッティさん、コニアさん、レヴァッジさん、松下さんでしょうか。まだまだ有名な工房もありますが、今回は時間の都合もあって見送り。次回の課題です。この4人の工房のレポートは、サラサーテ誌に載るはずですので、そちらを是非ご覧ください。

目に止まった楽器はなんと私が使っているヴィオラの製作者のヴァイオリンです

目に止まった楽器はなんと私が使っているヴィオラの製作者のヴァイオリンです

 

 今回は、面白い体験の一つをご紹介します。コニアさんの弟子の日本人製作者、高橋修一さん(現地ではたくさんお世話になりました。ありがとうございました。クレモナにはもう一人「高橋明」さんという日本人製作者がいます。明さんにはモンドムジカの会場でばったりお会いしました)に、ARI(イタリア弦楽器製作協会/高橋さんも)の展示会に連れて行っていただいたときのことです。順に楽器を見ていたら、ふと目にとまったヴァイオリンがありました。「Fabrizio Portanti」と作者の名前が書いてあります。何と、私が使っているヴィオラの製作者で、手に入れたのはもう25年近く前のことです。クレモナの製作者だとは知っていましたが、まさかこんなところでお目にかかれるとは! 楽器を弾いてみましたが、やはり、使い慣れたヴィオラと共通点がある。高橋さんに「ポルタンティさんのヴィオラを持っているのだけど、お知り合い?」と尋ねてみると、「よく知っている」とのこと。その場で電話をかけて「あなたの楽器を持っている日本人が来てるけど、会う?」と(おそらく。もちろん、イタリア語なのでちっともわかりません/苦笑)聞いてくれました。快諾をいただいて、早速ポルタンティさんの工房へ。

 工房へ行くと、ちょっとおしゃれな感じの外観。工房の中はとても綺麗にされています。内部や弾いているところの写真がないのが残念なのですが・・・少しお話をさせていただきました(英語がほぼ通じる)。

「僕の楽器はどう?」(会話を、雰囲気も含めてできるだけ正確にお伝えしたいと思っているのですが、多くのイタリア人製作者はとてもフレンドリー。「私の楽器はいかがですか?」という雰囲気では全くないのです)

 

ポルタンティさんの工房の前で。若々しくて楽しい方でした。工房の中での写真がないのが残念

ポルタンティさんの工房の前で。若々しくて楽しい方でした。工房の中での写真がないのが残念

「とっても気に入ってます」
「それはよかった。いつの楽器?」
「手に入れたのはもう25年以上前です」
「わお。そりゃ、最初に作ったヴィオラかな」

てな具合で話が進みました。それで

「ちょうど出来上がったばかりのヴィオラがあるけど、弾いてみる?」
「もちろん」

というわけで、できたてほやほやのヴィオラを試奏させていただきました。これが、結構良い楽器で、私が使っている楽器を全体的にグレードアップした感じです。音質は似ているのですが、少しパワーアップしていて、手応えもとてもしっかりしている。

「君の楽器とどっちがいい?」
「断然、こっちです」

ポルタンティさんは、それを聞いてガッツポーズ(笑)私は、つい「日本から僕の楽器を持ってきたら、iPhoneみたいにヴァージョンアップしてくれる?」と聞いてしまいました。ポルタンティさん、それを聞いて吹き出して「オッケー。ヴァージョンアップしてやるから持ってこい!」まぁ、半分ジョークでしょうが(まさか取り替えてくれるとは思えませんから/笑)なんらかの手を入れてもらえる可能性はあります。次回、行くチャンスがあったら、絶対に持って行くぞ、と決めました。

 

 これには後日談があります。日本の弦楽器フェアのために来日した高橋さんに、私が使っているヴィオラをお見せしたら、「うーん。ちゃんと手があるんだなぁ」と「製作者用語」で感想を述べてくださいました。「このあたりは(糸巻き周辺)はモラッシーが入っているけど、若い頃の楽器とは思えない完成度」だそうです。そういえば、関西のヴィオリストがこの楽器が好きだ、と言ってくれてました。思いがけない繋がりで、ちょっと感激した次第です。

[ 2015/10/26(月) 10:28 ] クレモナレポート, 楽器| コメント(0)
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