柏木真樹 音楽スタジオ

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16
Sep.
2003
2003/9/16 Tue. 00:00

先日、友人から泣きそうな声で電話があった。車の中に楽器を放置してしまったのだという。生憎の連休中で、普段お世話になっている楽器屋とは連絡がつかない。症状を聞いてみると重大事故ではないようなのだが、何分とんでもない高温の中に楽器を置いてしまったので、すぐにチェックをしてもらいたいという。残念ながら僕の知っている楽器屋もすべて日祝日はお休みなので、あれこれ電話してある有名な楽器屋さんに連絡を取ってもらった。楽器のメンテナンスなどについての本も書かれている名の売れた方だ。

この方が調整した楽器をみたことがある。非常に良くできていて、さすが、と思わされた。腕は確かなのだろう、ただ、一つだけ引っかかることがあった。それは、その楽器の持ち主に売った弓のことである。

レイトスターターである彼は、ヴァイオリンを始めてまだ八ヶ月。音楽的な経験も全くなく、楽譜も読めない。弾き方もまだまだ何もできていない状態だった。そんな彼が僕のHPを読んで、「弓が良い方が上達のためにはよい」ということを信じて、その楽器屋に相談したのだという。するとその楽器屋は「良いものがある」と言って、50万ほどの弓を勧めたのだという。何も知らない彼は、10万円ほどの楽器しか持っていないのに、楽器屋の言うとおりその弓を買った。その話を聞いて、随分乱暴な話だと思ったものだ。

ただ、腕がしっかりしているだろう事はわかっていた上、連休で取りあえず信頼できる楽器屋さんが思い当たらない。藁をもすがる気持ちで電話をかけた。その楽器屋は、こちらの話をろくすっぽ聞く前に「いつも行っている楽器屋が休みだからといって安易に持ち込まれても困る」と言う。理由は、自分の調整は他の人とは違うので、その楽器屋のやり方と違っては困るからだ、ということである。

言うことはもっともなのだが、こちらは楽器屋さんをつかまえられない、という事情がある。重ねてお願いしたら「楽器屋さんをたたき起こしてでもつかまえろ」と仰る。冗談じゃない、楽器屋の個人宅など知らないし連絡の取りようがない。そう言うと、「じゃあ、連休明けに持っていけばよい」という。とにかく重大な事故ではないかどうかだけでもチェックしてくれないか、と重ねて言うと、「それでは私はヴァイオリンにとって一番良いことを言います。まず弦を全部外しなさい。それで状態がそれより悪くなることは絶対にない」と言い切った。確かに、ヒビや剥がれが合った場合、テンションを落とせば悪化を防ぐこともできるだろう。しかし状況はそうではない。「高温でニスに異常があったりした場合もテンションを落とせば悪化しないのか?」と聞くと、「必ずしもそうではない」と言う。「絶対に悪くならない」と言ったのに・・・くり返しお願いすると「じゃあ、重大事故じゃないかどうかだけチェックするからもってこい。とにかく、休みだからといって安易に持ち込まれても困る」とようやく言ってくれた。しかし、僕はもうこの楽器屋を信用する気は失せていた。

確かに、彼には技術があるかもしれない。しかし、彼は楽器を本当に愛していないだろうし、なにより楽器を弾く人を愛していない。愛器が心配で相談した人の話をろくに聞かず、自分の主張だけをくり返す。恐らく、彼はその腕で、これからも売れっ子の楽器屋であり続けるだろう。しかし、いつかそのつけが来るに違いない。

[ 2003/09/16(火) 00:00 ] 楽器屋譜面屋| コメント(0)
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