柏木真樹 音楽スタジオ

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【2】症状

最初の症状は、フィジカルな問題(腕の筋肉の硬化)が原因であるものが含まれていた。手を触ってみて、簡単な動きをしてもらうと、その症状は以下のようなものが代表的だった。

  • ① 両手を前に上げ、肘を伸ばして手を振ってみると、左手首は緩んで手部が落下するのに、右手は手首がめくれ上がったまま止まってしまう。そのときに、前腕部の硬化した部分周辺が、激しく動いて(不随意の運動)、停止する。
  • ② そもそも右手首の可動域が極端に狭くなっていた。
  • ③ 右手でものをつかもうとすると、自然に手首がめくれ上がってしまう

可動域が狭くなっているのは、明らかに前腕の筋肉に問題があった。伸展方向の可動域はそれほど狭くないのだが、屈曲方向の可動域が異様に小さかったからである。伸展した状態で前腕部を固めてみると硬くなる部分が、まさに筋肉の硬化現象が見られたところだった。①についても、直接的な原因は前腕部の筋肉の状態にあると考えられた。

問題は③である。これは明らかに「意識せざる」運動だった。この症状が、筋肉の柔軟性を取り戻した後も続くようであれば、フォーカル・ジストニアの症状に結びつくものと言えるかもしれない。

ボウイングは、悲惨を極めた。まず、肩関節を完全に固めて肩甲骨の挙上運動でアップ・ボウをする。肘が上がると同時に手首の相対位置が下がり始め、弓元に到達する時には、限界まで伸展した状態になって固まってしまった。本人としては、意に反して伸展しようとする手首を強引に反対側に曲げようとしたのだろう。結果的に、肩の運動も無茶苦茶にしてしまったのだと考えられた。いずれにせよ、これは大仕事になるに違いない、と覚悟を決めた。

さらに、いろいろと運動をやってもらっていると、肩関節を固めて肩甲骨ごと腕を動かす習慣が身についてしまっていることがわかった。これが、ヴァイオリンを弾けなくなったときからなのか、それ以前からなのかは確かめようがないが、いずれにせよ、右腕を滑らかに動かすためには、肩関節の柔軟性を取り戻すことも必要だった。

【3】リハビリの方針を立てる/当初のトレーニング

リハビリの大きな進め方は、

  • 1)最初に、フィジカルな原因を徹底的に取り除く → 具体的には、前腕部、上腕部の筋肉の硬化を取り除くこと。肩関節の柔軟性を取り戻すこと。さらに、腕を肩甲骨から運動させることを覚える(思い出す?)こと、各関節の独立を確保すること
  • 2)そのあとに、フォーカル・ジストニアの「本体」が姿を現すはずなので、その状態を見て次のステップに進む

ということにしたものの、心理的なことも考えなければならなかった。彼の性格を理解することと、厳しいリハビリを続けるためのモチベーションをどのように維持するか、ということだった。症状を引き起こしている原因が心理的なものであることが十分に予想されたので、精神状態を最終的にどのようにもっていくか、ということも重要な要素だと考えた。

彼は、自立心が強い。悪く言えば「頑固」である。「自分でなんとかしてやろう」という意識が過剰に働く可能性があった。私が立てた方針では、最初にフィジカルな問題を解決する必要があったが、その間、彼が自分でなんとかしてやろう、と「工夫」をしてしまうだろうことが容易に想像がついた。特に、手首がめくれ上がることに対する恐怖心が強いので、強引に反対に曲げようとしてしまうことがさまざまな動作の中で考えられた。最初はヴァイオリンを弾かせたくなかったのだが、「ゆっくりやっていられない」という彼の意識もあって、それを説得する自信もなかった(こうすれば絶対に、どのくらいの期間で弾けるようになる、という目処があるわけではない)。しばらくは、私が立てたリハビリメニューをやる中で、彼の「なんとかしたい」という気持ちを発散させて、ある程度、「自分の方法ではできない」と諦めさせねばならないだろうと考えた。焦っている彼に対して非常に残酷な方法だが、長いリハビリをこなすためには、ある程度「言うことを聞く」状態を作らねばならないことも確かだった。

私は、すべての生徒に「カルテ」と呼ぶ記録をつけている。この記録は、レッスン中に作成して生徒にはデータ(場合によっては紙)を持って帰ってもらっている。生徒にとっては覚え書きであり、私にとっての備忘録でもあるのだが、彼に対しては、上記のような「本音」部分は隠して、1)を通過する必要があった。無駄だとはわかっていたものの、「ヴァイオリンの練習をしている」という気持ちを持ってもらうために、初めから単純なボウイングのトレーニングをプログラムに入れた。(レポートにはカルテを引用するが、彼が読むためのものでもあるので、その点の記述はぼかしてあったり書いていなかったりすることを了解してほしい。また、カルテはレッスンの全部ではなく、実際のカルテを短縮してあるところも多い。)

*****当初のカルテ****************

●11月28日(レッスン3回目)

左手の課題:楽器の持ち方を修正。少し楽器を外に出したい(楽器の先端を外に出す、のではなく、楽器自体を少し外側にもっていく)。顎が顎当てではなく、テールピースの上にあるくらいでいい。安定しそうだったら、顎当ても替えます。肩当ての当て方に注意すること。今までとは反対に斜めになっている状態が正しい。

右手の状態
上腕、前腕にかなり硬くなっているところがある。基本的に腱を引いてみることで解消させることを狙ってみる。硬さ、範囲ともにかなり重症だが、丁寧に引くと、少しではあるが弾力が戻る。温めるだけでは、ほとんど効果がない。肩甲骨周辺に凝りがあり、肩が浮き上がった状態になっているので、これも同時にほぐす必要がある。

右肩:肩甲骨と上腕を一緒に持ち上げる癖がついていたようで、肩関節の自由度がかなり落ちている。レッスン時に、必ず腕を回すトレーニングをすること。家でも、できるだけやってほしい。

弓の持ち方:指と手首の分離のトレーニングを課題にする。ボールを握って、握る力を変化させながら、手首を自由にしておくこと。

シャドウボウイング:肩甲骨は上方回旋運動すること。挙上運動してはいけない。腕の運動の順序を整えること。腕は後から順に動くこと。

●12月1日

左手:前腕部の凝りはかなり小さくなっている。大きな固まりはほぼ解消して、小さな固まりの群になっている状態。これならなんとかなるか。

上腕部:硬いところは、ほとんど戻ってしまっている。これは、少しかかりそう。

左肩:肩甲骨周辺の筋肉がほとんど動かないくらい硬化していた。丁寧にほぐす必要があるが、かなり厳しい施術が必要。肩甲骨上部の筋肉が異常に発達していたので、肩甲骨自体が少し低い位置で固まっていたことも、腕が動かなくなった原因だろう。首から肩の筋肉の柔軟性を取り戻す必要あり。

左三角筋前部に五十肩と呼ばれる人に多い筋肉の硬化がある。かなりひどく、腕を回した時に酷い痛みがある。ただし、これは基本的には簡単に取れるものなので、何回か施術すること。
シャドウボウイング:月曜日に比べて、動きはハッキリ変化した。まだまだ小さいが、肩甲骨の上方回旋運動が起こり始めている。簡単に言うと、首の付け根が持ち上がらない状態で、腕が肩口からきちんと上がれば良い。

ロングトーン:シャドウボウイングの運動のまま、ロングトーンをできるだけ長く弾く。親指に無理を感じるのであれば、フロッグの下に親指を置いてボウイングをすること。

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彼が昔弾いていたときのスタイルは、比較的古典的なロシアン・スタイルだった。手首の動きは、ベルギー・スタイルよりも大きいのだが、ボウイング自体は昔の状態を目指すことにした。その理由は、以下の通り。

  • 1)ロシアンは手首の自然な運動が大きいので、最終的に手首を固めない方向に行きやすいのではないか
  • 2)腕の運動の順序が覚えやすいこと。シャドウ・ボウイングを使ったトレーニングがやりやすいこと
  • 3)実際にボウイングの練習に入った時に、昔のことを思い出すことが予想されたこと。そのときに、腕の動きが違うと混乱をきたす可能性が強いこと

シャドウボウイングは、単純に腕を後から(肩甲骨から)動かすことが目的で、ロングトーンをやっても手首の「めくれ上がり」が出てしまうだろうことは容易に想像がついた。彼がどのように対応しようとしたかを確認するためにも、直接的には無駄だが、ロングトーンもやってもらうことにした。恐らく、手首が伸展しようとするのを、無理矢理屈曲させようとするだろうと想定された。厳しく禁じたにもかかわらず、実際に最初のうちは、自分でロングトーンをやってみて強引に手首を曲げようとしていた。自分ひとりでは(自分が想像できる範囲での「工夫では」)できないことを知ってもらうために、ある意味でそうした「工夫」を黙認していた。

つづく

[ 2012/06/21(木) 08:45 ] ヴァイオリン, 体や頭のこと| コメント(0)
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