柏木真樹 音楽スタジオ

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03
Oct.
2016

 私がクレモナに到着したのは9月17日の夕方です。ワークショップで何をやるか、どんなものを配布するか、どのような時間

今回のヴァイオリン博物館「ストラディヴァリフェスティバル」の目玉は、300年ぶりにクレモナに戻った「メシア」

今回のヴァイオリン博物館「ストラディヴァリフェスティバル」の目玉は、300年ぶりにクレモナに戻った「メシア」

 

 

 

割にするかなどの進行については、あらかじめ大まかに決めてあったのですが、大きな問題は、日本語をイタリア語化してどのように伝えるか、ということでした。日本側(私、津留崎さん、茂木さん)が話すことをどのようにイタリア語にするのかという純粋に言語的な問題も大きなハードルでしたし、日本語を話さない製作者がほとんどであるワークショップで、日本側が話す時間をいかに短くしてイタリア語につなげるか、という難題もありました。18日は、高橋さん、Matteoさんと私で、主に私が話す部分を整理してイタリア語を確認する作業と、3日間の時間配分の再点検、調整を行いました。当初のレジュメは、以下のようなものです。できるだけ区切りごとに質問などには対応することも確認しました。この日からコンサートの終了まで、高橋さんの工房が実質的な「司令塔」になりました。

 

 

 

 

 

 

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【ワークショップ】「演奏者が使いたいと思える楽器」を調整から考える(参加者に配布したレジュメ案)

 今回のワークショップは、演奏者が求める楽器とは何か、を前提に、出来上がった楽器を調整でどのように変えることができるのかがテーマです。演奏者は、楽器に対してさまざまな要求を持っています。演奏者の要求をすべて満たす楽器は、なかなか出会うことができません。今回のワークショップを通じて、演奏者が求める楽器を知り、クレモナで製作される楽器が演奏者の求める楽器に少しでも近づくことができれば、これに勝る幸せはありません。

【第1日/20160920】

(1)はじめに/今回のワークショップを計画した背景(柏木/佐瀬)

・    クレモナと私たち(サラサーテ誌と柏木)のかかわりとクレモナへの思い
・    クレモナの新作楽器に対する評価と疑問
・    日本のマーケットの現状と新作楽器の動向
・    イタリアの新作楽器の販売状況・・日本の演奏家が新作楽器を使っていない現状
・    クレモナの製作者への大きな期待と希望
・    セットアップを取り上げる理由

(2)演奏家が求める楽器について(柏木/津留崎)

・    手応えと楽器の振動を演奏家がどう捉えるか
・    音と響きをどのように感じるか
・    弦による差異とポジションによる差異

(3)セットアップの調整による音の違いの実演と解説(柏木/津留崎/茂木)

・    駒の位置と駒と魂柱の位置関係による音の違い
・    テールガットの違い、張り方による差異
・    弦の種類や張り方による違い
・    テンションの違いによる音の違い

【第2日/20160921】個別の楽器に対するようかとセットアップによる改善

(1)    参加した楽器に対する評価(柏木、津留崎)
・セットアップについての前日の解説に基ずいて、手応え、響き、バランスなどがどのように改善するか確認する

(2)    駒の形状による音の違い(柏木、茂木)

(3)    駒の形や大きさについての考察。実際に駒を交換して(柏木/茂木)
・    実際に駒を削ることで音と響きの変化を確認する

(4)    テンションのかかり方をトータルに捉える(茂木/柏木/津留崎)

【最終日/20160922】参加した楽器に対する確認とrequest → 構造への提言(柏木、津留崎、茂木)

(1)    各楽器の再評価と改善点への提案(柏木、津留崎、茂木)
・演奏者が「使いたくなる」楽器にするために

(2)    セットアップでできないことの確認と製作への提言(茂木)

(3)    演奏家が求める楽器を技術者の視点で解説する(茂木、津留崎、柏木)

(4)  販売店やユーザにセットアップをどのように説明するか(茂木)
・良い状態で楽器を販売するために

(5)総括(柏木)

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高橋さんの工房で打ち合わせ

高橋さんの工房で打ち合わせ

 そもそも、クレモナの製作家にとっての最大の問題は、「音のイメージがない」ということだ、と私たちは考えました。楽器を作ることは一流でも、自分の楽器が果たしてどのような音がするのか、すら掴みきれていないのです。それは、クレモナに演奏家がほとんど存在しないこと、クレモナを訪れる演奏家が極めて限られていること、が原因でした。ストラディバリの時代から、製作者は演奏者の注文に応えるべく、楽器を製作してきたはずです。それにもかかわらず、現代のクレモナの製作家が演奏家に触れることは、ほとんどないのです。それでもクレモナが楽器作りの町として成り立っていたのは、「クレモナ」というブランドで楽器を売ってきた楽器商とブランドを信仰してきたユーザーにありました。特に日本ではその傾向が強く、クレモナの楽器の最大のマーケットが日本だったのです。楽器商が楽器を仕入れ、それを日本でユーザーに売る。製作者は「どんな人が買うのか」を知ることはなく、異国の地で自分の楽器がどのように扱われているかを知ることもないのです。

高橋さんとMatteoさんはイタリア語への変換で苦しみました

高橋さんとMatteoさんはイタリア語への変換で苦しみました

 クレモナの新作楽器は、残念ながらプロフェッショナルにはほとんど売れていません。売り先の90%以上はアマチュアです。実際にコンサートに楽器を使う演奏家は、クレモナの楽器を使っていないのです。クレモナの楽器が他の楽器に比べて割高で売られていると(ユーザーが)感じていること、新作楽器は実際の演奏には向かないと考えているプロが多いこと、プロが新作楽器に出会うチャンスがほとんどないこと、など、理由は多岐に渡りますが、いずれにせよ、クレモナの新作楽器のほとんどがプロの評価にさらされていないことは確かです。

 クレモナには300人近い楽器職人がいます。実際に工房を開いているのは130人ほどですが、工房で複数の職人が働いていることもあり、実際に楽器を作っている職人は200人を下らないのではないかと思います(正確な数は、商工会議所でも博物館でも把握していない。工房を開く登録や「マエストロ」の資格を取った人の数はわかっても、実際の活動状況はわからない状況)。この中で、プロフェッショナルな音楽家やハイ・アマチュアを相手に主に楽器を作っている製作家は、どんなに多く見積もっても二桁にはなりません。プロを相手に楽器を作っているマエストロは、もちろん、演奏家と濃密な交流があります。こうした人たちは、作るだけでなく、製作した楽器をより良い状態にする、演奏家の要求に応える音を作る、という作業を繰り返しているのです。楽器の製作には、こうした「演奏者と製作者との交流」がどうしても必要なのではないか、というのが、このワークショップを企画した起点でした。

Maestro Coniaの愛犬「ユーべ」が疲れた私達を癒してくれます

Maestro Coniaの愛犬「ユーべ」が疲れた私達を癒してくれます

 

 

 

 

 昨年9月、今年の2月、5月と3回のクレモナ訪問で、私たちの考え方が間違っていないことを確信することができましたが、プライドを持つ製作者たちが、この前提条件をはっきり突きつけられた時にどのような反応をするのか、ということも、私にとってはとてつもなく大きな重圧でした。しかし、高橋さんにアレンジしていただいて、2月、5月と工房を個別に訪問できたことで、「理解者」である製作者も(少しではありますが)存在します。それを信じて、「どこまで話すか、どのような表現を使うか」にも、最新の注意を払ってイタリア語化、時間配分などを検討しました。

 

 

 

 

高橋さんが撮ったので抜けていますが、左からMaestro Conia、私、茂木さん、Matteoさん、Stefano Conia Jr.です。高橋さんの工房はConiaさんの工房のすぐ横にあります

高橋さんが撮ったので抜けていますが、左からMaestro Conia、私、茂木さん、Matteoさん、Stefano Conia Jr.です。高橋さんの工房はConiaさんの工房のすぐ横にあります

 

 

 

 18日夜には茂木さんが到着。19日には茂木さんを交えた4人で、最後の打ち合わせをしました。この日は、茂木さんが関わる技術的な問題を集中して話し合いました。私はかなり「楽」モード。打ち合わせを続ける3人を尻目に、18時過ぎには高橋さんの工房を出ました。高橋さんとMatteoさんは、深夜まで作業を続けていたそうです(連日、です)。本当に、お礼の言葉もありません。

[ 2016/10/03(月) 10:24 ] クレモナレポート, 楽器, 音楽的主張| コメント(0)
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