初日のレポートはすでに書きましたが、3日間のワークショップを通じて、実際にやったことや反応などを報告したいと思います。やや長いのですが、ご容赦ください。
初日は、まず、このワークショップを通して理解を共有したいことを説明しました。かなり厳しい表現も使いましたが、製作者の皆さんは真剣に話を聞いてくださいました。ポイントは、
・クレモナの楽器の多くが魅力的なものではない
・その理由の大きなもののひとつがセットアップがきちんとなされていない
・セットアップに力を注がない理由のひとつが演奏家からの批判、要求にさらされていない
・クレモナの楽器の大きなマーケットである日本で、クレモナの楽器に対する再評価(否定的な)が始まっている
・クレモナの楽器のほとんどが楽器商を通してアマチュアに売られている
・これまでの日本の楽器商の「売りかた」にも問題があった
・しかし、多くの楽器は調整次第ではるかに良い楽器になる。つまりしっかり作られている
・セットアップを良い状態にすることで、さらに楽器の改良点が見えてくるはずである。それが製作を向上させるきっかけになるのではないか
そして、ワークショップの目的を、以下のように説明しました。
「今回のワークショップは、演奏者が求める楽器とは何か、を前提に、出来上がった楽器を調整でどのように変えることができるのかがテーマです。演奏者は、楽器に対してさまざまな要求を持っています。演奏者の要求をすべて満たす楽器は、なかなか出会うことができません。今回のワークショップを通じて、演奏者が求める楽器を知り、クレモナで製作される楽器が演奏者の求める楽器に少しでも近づいてほしい」
「演奏者にとって楽器とは「道具」です。それも最高度の敬意を払うべき道具なのです。製作者の皆さんは、例えば白木を削るときに、さまざまな種類の道具を使われると思います。そしてその道具を大切に、敬意を持って扱っているでしょう。そうした道具を使って楽器という素晴らしい作品を生み出
すのです。演奏者にとっての作品は演奏です。ヴァイオリニストにとっての
道具は楽器です。製作者との違いは、「道具は楽器と弓しかない」ということです。木の削り方によってかんなを替えることは当たり前のことだと思いますが、演奏者は自分の唯一の楽器を使って、さまざまな音を作り出さねばならないのです。小さいかんなと大きなかんなの両方を兼ね備えた楽器である必要があるのです。それが演奏者が楽器に求める大切な視点です」
過去3回のクレモナ訪問で通った多くの工房で、セットアップで音が劇的に変わることを見せてきたことは、今回のワークショップが成功につながった大きなポイントだったと感じています。最初は「何やってんの?」という目で見ていた製作者も、駒や魂柱をほんの少し動かしたりテールガットの張力を少し変化させるだけで、びっくりするように音が変わることを実際に目にすることで、日本側の提起を真剣に受け取っていただけたのだと思います。
初日は、実際に何をやるかを、ヴァイオリンとチェロを2本ずつ使って説明しました。お得意の「駒叩き」やテールガットの微調整、弦の巻き方の話などから、技術者マター(魂柱を動かす、テールガットの長さを変える、など)までを駆使して、楽器の音をどんどん変化させます。また、津留崎さんの「もっとこの弦を鳴るように」「ここが弾きにくい」などの要求を、その場でできることはどんどん改善しました。最後に、「この楽器はもっとこうしたら良くなる」という宿題を出して、実際に翌日までに作業をしてもらって持参してもらう、というところまでを行いました。
2日目は修羅場でした。提出していただいた楽器は全部で18台。これを片端から調整していきました。製作者の許可を取った楽器は、茂木さんがその場で駒を削る作業までを行いました。津留崎さんの演奏家としての厳しい指摘で、チェロの音や弾きやすさを調整していく作業は、製作者の興味をぐっと引きつけていました。
結果的には、全くの時間切れ。調整しそこなった楽器は翌日回しになってしまいました。少しばかり、読みが甘かったと思い大反省。
最終日は、残った楽器の調整と宿題の点検。さらに、茂木さんからの製作者への多岐にわたる提言を行いました。特に茂木さんの話は、直接的に「売れる楽器」をイメージしたもので、製作者からは次々と質問が飛び交っていました。
提出された楽器には、すべて番号を振って、製作者本人にしか誰のものかをわからない状態にして意見を述べたり調整したりしました。自分の楽器になると身を乗り出して、結局バレバレになって、製作者と我々が直接会話をするシーンも続出。最後まで、緊張感に溢れるワークショップになったと思います。
最終日は、コンサートで使う楽器をセレクトしました。ヴァイオリンは私が、ヴィオラは坂本さんが、チェロは津留崎さんが選び、コンサートに向けてさらに調整を行いました。
とても嬉しかったことがいくつもありましたが、ワークショップでのトピック的に取り上げてみます。
・私が使わせていただいた楽器はDaniele Tonarelliさんのもの。実は、5月に工房にお邪魔してにあれこれとお話をさせていただいたのですが、その時に私が提案したセットアップについての指摘が、完全に出来上がっていたのです。Tonarelliさんが楽器を持ってきた時にすぐ試奏してみたのですが、彼は私を見て「にやり」と笑っていました。「これ以上、今、触れることろはないと思う」と言うと、親指を立てて「やったね」のポーズ。文句なく、私が使う楽器になりました。
・やはり5月に工房にお邪魔したJostさんの楽器が提出されていたのですが、最後に演奏するみなさんの楽器を選ぶ時に、名前を見ずに選んだ1台になりました。実は5月に見せていただいた楽器は、あまりに鳴りが悪かったために駒を2mmも動かす、という荒技をしてしまったのですが、今回は12台の中から選ぶことができる楽器になっていました。
・ワークショップに参加した製作家の工房に後からお邪魔した時に、「こうやってみることにした」ということがいくつもありました。これは後述します。
・着席はされなかったのですが、Aliの重鎮製作者や有名な方も「のぞきに」来ていました。気にしていただいたようです
最後の総括を述べている時に(通訳は高橋さん)、高橋さんが感極まって言葉に詰まってしまったのですが、私もそれでもらい泣き。二人で握手して最後の挨拶をすると、参加してくださった製作者の皆さんから、大きな拍手と暖かい言葉をたくさんいただきました。この何ヶ月かの高橋さんのご苦労は大変だっと思います。私も、人生で一番緊張した数ヶ月を過ごしてきて、ある程度の結果が出せたことに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
参加した製作者は、初日が42人、二日目が46人、三日目が52人と、だんだん増えていきました。参加していなくても、ちらっと覗きに来た大御所も。多くの製作家の興味を引きつけたのは間違いありません。事実、アンケートやその後に訪れた工房でも、「次は何をやるのか」「こんなことをもっとやってほしい」という非常にポジティブな反応がほとんどでした。同時に、問題点もたくさん出てきました。次に行うのであれば、もっとスマートにできるのではないかと思っています。
次の日曜日、ホテルで朝食のためにフロントの前を通ったら、フロントのお兄さんに呼び止められて、新聞のコピーを見せられました。なんと、ワークショップのことが取り上げられていました。高橋さんのところに取材があったようです。
****日本語訳は大急ぎで高橋さんの奥様がやっていただきました****
2016年9月25日付 ラ・プロヴィンチャ紙
ストラディヴァリ弦楽器製作者協会の開催によるワークショップ。今夜サンタ・リタ教会でコンサート
日本人が望むヴァイオリン
-リウタイオ(弦楽器製作者)と日本人演奏家の出会い-
日本の音楽家達が、ストラディヴァリの生まれ故郷クレモナで、空前絶後のリウタイオの後継者たちに、日本でどうすればより買い求められるヴァイオリンになるかを教示する。これが先日ヴァイオリン博物館にて催された企画の意図である。アントニオ・ストラディヴァリ弦楽器製作者協会、サラサーテ誌編集長の佐瀬亨氏、そしてヴァイオリニストの柏木真樹氏によって企画された。
「クレモナで長年活動している日本人製作者の高橋修一がイニシアティブを取り、クレモナのリウタイオと日本人演奏家のグループを引き合わせることを実現しました」、と協会副会長のステファノ・コニアは説明する。「費用は全て日本側の企画者が負担、演奏者が楽器に何を期待するのか、どのようなタイプの楽器が求められ、とりわけ演奏家が求める音色の特徴を理解するものです」。 つまり、ストラディヴァリの故郷で伝統の保持者であるだけでは不足である、それどころか、この伝統が死滅せず利益を与え続けるというのではもはやなく、現在下り坂であり、今現在の音楽家の要求に応えきれていないことを無視できない、という認識が現実化し始めている、ということである。「もっと温かい音色をという要求から、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラのもつ特徴の明確な指摘まで、この三日間のワークショップで多くのヒントが出されました。明日午後のサンタ・リタ教会でのコンサートで締めくくられます」と、高橋修一は説明する。楽器の保存管理の課題、そして修理調整を施された後の評価に取り組むだけではなく、楽器の総合的なセットアップも考慮することが肝要である。クレモナに提供されたものは、音楽家の要求の概観であり、我々クレモナの工夫がいかにその作品の最善の使用に貢献できるか、ということである。
三日間のワークショップに参加したその他メンバーは以下の通り:ヴィオラ奏者の坂本卓也氏、チェロ奏者の津留崎直樹氏、修理調整(弦楽器マイスター)の茂木顕氏、技術エンジニアの小林ゆき氏、通訳のマッテーオ・リッツィ氏。
(ニコラ・アッリゴーニ)
全てがうまくいったとは言えませんし、「なんだ?」と不愉快に思った製作者もいらっしゃったと思います。しかし、多くの製作者に(願わくは日本の楽器商にも!)新しい視点を提示できたのではないかと思っています。次があるかどうかはこれから次第ですが、じっくり話し合って、やるのであれば今回以上に意味のあるものにしたいと願っています。