柏木真樹 音楽スタジオ

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16
Mar.
2016

 グーグル傘下のベンチャーが開発した「アルファ碁」が世界ランク5位のイ・セドル九段に4勝1敗で勝ち越したことは皆さんもご存知だと思います。(毎日オンラインの記事

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トヨタのヴァイオリンロボット。なかなかのものですね。


 私は囲碁が大好きで、昔は武宮正樹さんの「宇宙流」「自然流」のファンでした。じっくり勉強する時間がなく、なかなか相手もいなかったのでもっぱら新聞の囲碁欄が楽しみだったのですが、武宮さんが出てくると時々ならべてみたりもしていました。関西棋院の新聞での段位判定も初段まで取りましたが(それ以降はお金がもったいなくて判定だけでやめました)、もう15年くらい打っていません(涙)。

 アルファ碁がセドル九段に勝ったという最初のニュースには、飛び上がらんばかりに驚きました。大方の予想と同じように、私も囲碁でコンピューターが人間に勝てるまでにはまだ10年以上はかかるだろうと感じていたからです。昨年、将棋のソフトがプロ棋士に勝ちましたが、それですら「早いなぁ」と感じていたくらいです。しかし、各種の解説を読んでいると、AI(Artificial Intelligence/人工知能)の進化は目覚ましく、(閉鎖空間では)人間がAIにかなわなくなるのは、ある意味では当然なのかも、とも思えます。

「ヴァイオリンは右手と左手のどちらが難しいですか?」という質問を、以前はよく受けました。自分のサイトにも何回か書いた記憶があるのですが、この答えはとても難しい。それで私は「左手はコンピューター制御のロボットで演奏可能になる日はそれほど遠くないかもしれないけど、右手は無理」と答えることにしていました。左手で求められる難しさは、正確さと速さであり、右手で求められるものはひとつひとつの音に柔軟に対応する能力です。これは、オセロ→チェス→将棋と進化してきたコンピューターソフトがヴァイオリンで言えば左手的な解法を用いてきたのに対して、今回の「アルファ碁」は右手に必要な能力の一部を垣間見せてくれたようのではないかと思います。

 ヴァイオリンを演奏するための身体と脳の使い方を考えていると、分析的に考えられることと経験値を積み上げて無意識に判断して動くことの大きな差異を感じます。左手の使い方は、ほとんどが「物理」で考えられる世界です。

 ポジション移動を例に取り上げてみましょう。私のポジション移動の方法論は、腕の動きと手の伸縮を組み合わせた基本的な運動の上に、それぞれのポジション移動や手の形を合わせていくものです。ポジション移動の組み合わせの多さを考えると、それぞれに相応しい動きを習得するためにはかなりの量のトレーニングが必要ですが、こういうものをコンピューターにやらせることは、もはやそれほど難しくはありません。トヨタのヴァイオリンロボットはまだファーストポジションだけのようですが(笑)、人型にこだわらなければ左手のシステムを機械化することは不可能ではないでしょう。

 しかし、右手については「ロボットがどうやったら人間に近づけるか」を考える方向性がまったくわかりませんでした。右手は、手応えを判断して瞬時にさまざまな調整をしています。あらかじめイメージされた音が出せるかどうかは、音を聞いてから判断するのでは間に合いません。さらに、楽器や弦が違っても感触はまったく異なります。こうしたことを「あらかじめプログラムしておく」ことはほぼ不可能だと思います。ですから、コンピューターを使った「力技」でできる世界ではありません。ところが(アルファ碁の仕組みを詳しく理解しているわけではありませんが)、報道されている情報から考えると、ロボットが練習することによって経験値を上げ、右手のコントロールを覚えていく(予想がつくようになる)ことが、可能性として見えてきたのではないかと感じたのです。あとは、出てしまった音を判断材料として次の音の状態を決めることができるかどうか(例えば、残響の長さと量から次の音が出るタイミングを修正することなど。さまざまなゆらぎも含みます)、ですが、この問題はヴァイオリン演奏に限らず、AIが本質的に解決しなければならない(そうでないとアトムはできない)問題でもあります。

 ヴァイオリンの演奏を「物理的に」考える習慣(もちろん、力学的な物理、身体の物理、脳の問題などを全部含んでいます)がついていると、こんなことを考えてしまいます。専門家の話も聞いてみたいなぁ・・・ちょっとわくわくするネタでした。

[ 2016/03/16(水) 13:34 ] ヴァイオリン, 体や頭のこと, 日記| コメント(0)
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