最近ヴァイオリンを始めた方（30代、男性）が新しくレッスンに来られました。ヴァイオリンを弾くために必要身体の使い方を説明していて、ヴァイオリンを構えたときに左手の手首が大きく曲がっていることに気がつきました。実際に楽器を弾くときに、左手を小指側に曲げている人はたくさんいます。

弾いているときはこのように手首がまっすぐであることが望ましい

このように手首を小指側に曲げて弾いている人が多い

　取り上げた二つの写真は、楽器を弾いているときの左手の状態です。写真はわざと形を作って（壊して）もらったのですが、手首がまっすぐな状態と曲がっている状態の違いがわかると思います。楽器を弾くときに写真のように手首が曲がってしまうのは、親指と人差し指に力が入っているか、小指を抑えたり伸ばしたりするときに無理をしているか、どちらかの場合が多いのですが、このように曲がってしまうのは、日常生活と大いに関係があります。手をだらんとぶら下げて、親指と人差し指に力を入れて輪を作ってみると、手首が少し小指側にまがることがわかるでしょう。生活の動作では、コップやペットボトルで何かを飲む、携帯電話を使う、重いものを持つなどの動作をしてみれば、自然に手首を曲げていることがわかると思います。ヴァイオリンやヴィオラ、また、チェロやピアノでも、このような手首を曲げる動作が習慣化してしまう人は少なくありません。

腕と手のひらの関係は、自然な状態だとこのようにまっすぐです

　手首を小指側に曲げてしまうのは、親指と人差し指の「都合」です。特に力一杯親指と人差し指を使うときには、手首がやや小指側に曲がっていた方が、親指と人差し指は力を込めやすいのです。人間の手は、本来、写真のようについているものですが、親指の腱は自然に曲がっています。親指に力を入れるときには、この曲がっている状態をまっすぐにしようとして、手首を小指側に曲げてしまうのです。逆に、薬指や小指は、手首が小指側に曲がっているととても動かしにくくなります。実際にやってみると、誰でもすぐにわかります。手首をまっすぐにした時と手首を小指側に強く曲げた時に薬指や小指を動かしてみてください。手首を曲げるととても動かしにくくなりますね。

　ヴァイオリンを弾くときに手首を曲げてしまう人には、さまざまな方法で矯正します。場合によっては、割り箸などでギブスのような矯正器具を作ってくっつけてしまうこともあります。少々時間はかかかりますが、必ず直ります。

　と、考えていました。ところが・・・

　くだんの生徒さん、手首が何もしない状態でも曲がっているのです。写真のように、座って太ももの上に手をそっと置いてもらっても、手首が大きく曲がっていることがわかりますね。写真は左手ですが、どうしてこうなったのか、一発でわかりました。原因はゲームです。

これで力を抜いた状態です。一目で曲がった状態が「普通」になっていることがわかります

無理にまっすぐにしてもらうと、指先が全部曲がってしまいます。大作業ですが、手首の状態を少しでも改善しないと手を痛めてしまう可能性が高いと判断しました

「ねえ、小さい頃からずっとゲームしてなかった？」
「はい。ずっとゲーマーでした。結構命かけてました（笑）」

　身体は、成長期に「動きに相応しいように」作られていきます。小さい頃からヴァイオリンを弾いていると、左肩の先端はほんの少し前に曲がってしまいます。ですから、肩全体は前に出さずに楽器を保持できるようになります。成長期に重いコントローラーを持って親指を盛んに使うゲームをやり続けていると、手首は自然に小指側に曲がってしまうのです。

「これは、結構重大な問題だよ。小指、とても動きにくいでしょ」
「はい。小指と人差し指を動かそうとすると、無理に力が入ってしまいます」

　そうでしょうね。写真をみるとわかるように、最初から小指の屈筋が引っ張られて指先が曲がっているのがわかります。少し無理をして手首をまっすぐにしてもらうと、他の指も自然に力が入って曲がってしまう状態なのです。この状態で無理に楽器を弾き続けたら、間違いなく小指を傷めてしまうでしょう。

　成長期にどんな生活をするかは、あとから反省できることではありません。しかし、事前にチェックしないと、とんでもない結果を生じてしまう可能性があります。教え手として、十分に注意を払わねば、と、改めて思いました。