作曲家でヴァイオリニスト(というより「純正律研究所」を主宰している、と言った方がいいだろう)の玉木宏樹さんが亡くなられた。まだ68歳。もっともっと活躍して欲しかったと思う気持ちでいっぱいだ。
氏とは、生前に何度かお会いした。とはいえ、ゆっくりお話をしたのは1回だけだが。音楽業界では異端児扱いされていたが、その知識量と実力は、遺された多くの曲や学習者用の楽譜を見ればわかる。極めつけの「頑固者」だったが、敢えて「過激派」を装っていた面もあるのではないかと思う。「世の中のヴァイオリニストは全員、音程が悪い」と言い切ってしまうその発言は、音楽界に対する、彼なりの危機感の表れだったのだと思う。「音程がよいヴァイオリニストは誰ですか?」「俺しかいないに決まってるだろう」という言い方は、彼の傲慢ではなく、世の中のヴァイオリニストが音程に関してあまりにも無関心すぎる、という彼の憤りがさせた発言なのだろう。
氏とゆっくりお話ができたのは、ストリング誌に連載を書いていた時のことだから、もう10年近く前になるだろうか。音程についての連載を、当時の(今もかな?)青木編集長が考えていて、「音程の教育は間違っている」と考えていた私との「対談」を企画していただいたことがきっかけだった。対談、と言っても、玉木さんと私では、その知識量と経験値には大人と子どもほどの違いがあったので、私が言いたいことを言った後は、主に玉木さんの話を聞く側にまわった。そのときに、玉木さんと私でピアノ(電子ピアノで音律を変えられるもの)とヴァイオリンを取っ替え引っ替え、いろいろと曲を音律を変えて弾いて、私に音律の違いを実戦的に経験させていただいたことは、私にとって貴重な体験だった。(その後、飲みにいったときに、中東問題で大論争になったことも懐かしく思い出される。お互いにたいがい頑固者なので、価値観の違いに到達すると譲らないのだ。)
世の中が「総思考停止状態」になっている日本の現状を考えると、彼のような存在は貴重だった。私とはかなり考え方が違ったのだが、それでも、拝聴すべき情報を発信し続けていたと思う。
日本の音楽界は、また、貴重な人材をひとつ、失った。
心よりご冥福をお祈りします。