今回のクレモナのイベントのそもそもの発端は、昨年9月にクレモナに来たときにSt. Rita教会でMaestro Massimo Ardoliの楽器を試奏させていただいたことでした。(https://maki-music.net/blog/20150929maestro-massimo/)この教会に来てもう一度楽器を弾きたい、と思ったのですが、私ごときがクレモナに来てコンサートができるとは思えません。なんとか実現する方法はないだろうか、と考えたのが「クレモナの新作楽器を使ったコンサートをやる」ということでした。そして同時にクレモナの楽器に大きな疑問と可能性を感じた私は、製作家の高橋さんが弦楽器フェアの折に日本にいらしたときに、近くの焼き鳥屋で夢物語を語ったのです。
「クレモナの新作楽器を弾かせてもらって選んで、教会でコンサートをやりたい!」
こんな突拍子もない話をどうなるんだろうと思いながら話をしていたのですが、話の中でクレモナの楽器について感じたことを率直に高橋さんにぶつけました。そこから、話がどんどん広がっていったのです。私が言ったことの概略は
・僕はクレモナの新作楽器には全く興味がなかった。クオリティと価格が見合わないと考えていた。
・クレモナに初めて行ってみて、少し考え方が変化した。確かに楽器自体は悪くない。しかしつまらない。
・楽器を少し触ったことで楽器が良くなる可能性を感じた
・何より、クレモナという町の特殊性を感じた。これはとても大きなことだと感じた
・クレモナにはまだまだ知らない作家さんがいるのではないか
この時点では、クレモナの楽器を向上させよう、などという妄想は抱いていませんでした。しかし、実際に高橋さんや数名の製作家の楽器を触って音が大きく変化する体験をしたことで、「面白いことができないかなぁ」と漠然とした感覚は持っていました。
高橋さんとの話は、この後、どんどん膨らんでいきました。メールやスカイプを使って、「楽器をどう集めるか」「どうやって製作家にこのもどかしさをわかってもらえるか」などなど・・・そして2月に、再度、クレモナを訪問することになりました。
この時のクレモナ訪問が大きな転機になりました。日本人の製作者の方数名に集まっていただいて、せきれい社の佐瀬社長とともにミーティングを行いました。そこで、「楽器のセッティングについてのワークショップをメインにしてそこで出てきた楽器を使ったコンサートをやる」という方向性が決まりました。決定的だったのは、「製作者が興味を持つこと、協力を仰ぐことになるヴァイオリン博物館にアピールできる必要があること」でした。結局、その後にお会いしたStradivariazioneのBodini理事長が、「ワークショップを是非やってほしい」という非常にポジティブなご意見をいただいて、今回の形の概要が決まったのです。
クレモナの製作家にも、いろいろな立場の人がいます。高橋さんや多くの製作家のように「自分の楽器を少しでも良くしたい」という真剣な意思を持っている人ばかりではありません。過去にこの手のワークショップが失敗したこともあったそうです。そういったさまざまなポイントについては、もはや「クレモナ人」である製作家の松下さんからたくさんの助言をいただきました。
クレモナの製作家は、いくつかに分けることができます。一つは、「Consorzio Liuteria “ANTONIO STRADIVARI” CREMONA」(日本語に訳せば「クレモナ楽器製作家協会」)です。クレモナには200人を超える製作者がいますが、Consorzioに加盟している製作家は60人弱。ほとんど全てがクレモナの製作家です。これに対して、「Ali」と呼ばれる「Associazione liutaria Italiana」(日本語に訳せば「イタリア弦楽器製作家協会」)があり、イタリア全土の80人ほどの製作家が参加していて、この中にもクレモナの製作家が50人近くいます。両方に加盟している人もいるので、単純な足し算はできませんが、名簿で数えてみると80人ほどの製作者がどちらかの団体に属していることになります。若手の製作家が集まってグループを作っていることもありますが、グループとしての活動は活発ではありません。あとは、どちらにも属していない製作家。その中には、実力者としてクレモナのみならず世界的にも地歩を築いている製作家(松下さん、レヴァッジさんなど)もいますし、他の地域でも学んでから独立して製作している中堅もいます(フェロンさんなど)。こうした人たちは、主にプロに対して楽器を作っていて、オーダーから数年待ち(そもそも楽器商のオーダーを受けない人もいます)ということも珍しくありません。その他は、クレモナの中で個人の工房を構えている製作者です。
問題は、この錯綜したクレモナの製作家にどうやって告知するか、アピールするか、でした。製作家は、いずれもプライドを持った職人です。ひとりひとりを尊重しながら、「あなたの楽器はこうしたほうがいいよ」という、上から目線の提起をしなければならないことが、大きな問題になるのではないかと思っていました。団体ごとに通知を出しても溢れる人がいる。だいたい、得たいの知れない日本人が何か呼びかけたところで動く人なんかいないだろう・・・
(注)consorzioは「コンソーシアム」のことです。ですから、Consorzio Agrarioといえば、日本でいう「農協」のようなものになる(実態は全く違いますが)と考えてください
答えは、自分たちで引っ張り出すしかありませんでした。松下さんのアドヴァイスもいただいて、高橋さんが所属するConsorzioで告知し、5月に前段となる「ミニ・ワークショップ」をやることにしました。そのために、2月、5月と高橋さんに全部お膳立てをしていただいて工房めぐり。そこで、ひとりひとり、やりたいことを理解していただくことを続けていきました。(詳細は5月のブログで)https://maki-music.net/blog/2016cremonaviolin
その後もさまざまなことがありましたが、準備を続けて9月のワークショップとコンサートを迎えました。今から考えると、「よくもまぁ、こんなことをやっちまったぜ」、という感じです!!