今回はワークショップとコンサートがメインで、工房めぐりはコンサートからモンドムジカまでの間にいくつかの工房を周ることができました。今回は、Matteoさんに車を出していただけたので、クレモナ市街だけでなくクレモナ郊外やクレモナ県Crema(クレモナの西北、ミラノに近い。クレモナの半分くらいの人口のコムーネ)まで足を伸ばすことができました。
(注)コムーネ:イタリアでの行政区域の最小単位。日本なら「市区町村」に当たりますが、イタリアでは大きさによる区別はなく、市も村も「コムーネ」と呼びます。人口250万のローマも3万のCremaも(もっと小さくても)同じ「コムーネ」なのです。ガイドブックなどで「クレモナ市」「ペーリオ村」などと「市」や「村」を使い分けているのは、コムーネの規模によって日本人がイメージしやすいように「勝手に」訳に付加しているものです。クレモナを例にとれば「ロンバルディア州(Regione Lombardia)のクレモナ県(Provincia di Cremona)のクレモナ市(単にCremona)」となります。
訪れた工房をいくつかご紹介しましょう。最初は車で訪問した市外の工房です。
クレモナ市街から少し離れた(高級?)住宅地の一角に、Giovanni Battista Morassi さんの工房(自宅)があります。「Morassi」といえば、クレモナ中興の祖であるGio Batta Morassiが有名です。Gio Battaは、沈滞していたクレモナで多くの楽器を製作するとともにたくさんの弟子を育て、Francesco Bissolottiとともに、現在のクレモナの隆盛の基礎を築いた名工です(現在は製作からは引退しています)。現在は、Gio Battaの息子のSimeoneがDuomoの側に工房とショップを構えてクレモナを代表する製作家として製作を行っており、Gio Battaの甥にあたるGiovanni Battistaとともに「モラッシーファミリー」として活躍しています。今回訪問したのは、Giovanniさん。
自宅は地下が工房になっています。広い工房は、Giovanniさんの性格を表しているのでしょうか、とても綺麗に使われていてとても明るい。クレモナ市内で行われているALIの展示会に展示されていて、完成された楽器はありませんでしたが、製作中の2台を見せてもらい、しばし楽器談義。その後、自宅スペースを見せて頂いたら・・・
ダイニングテーブルの上には、なぜか風鈴が・・・日本語が書いてあります・・・「風鈴だ!」と驚くと、キッチンに連れて行かれました。そこには何故か炊飯器が・・・「日本食が好きで、毎週ご飯を炊いて食べている」とのこと。「先週は鰻だったぜ」お見それしました。そして炊飯器の横には、何やら見たことがある箱が・・・開けてみると、なんと生八つ橋です。「俺の大好きなスイーツだ」そうです(笑)。11月には日本に来るそうですから、日本食を堪能してくださいね!
その後、ALIの展示会(後述)で、Giovanniさんの楽器を少し触らせてもらいました。発音がしっかりして音も大きくなったので、「GJ」を頂きました。
Giovanniさんの工房の次は、車で15分ほど走った農村にあるSerrano Diego Albertoさんの工房へ。工房は、クレモナ郊外の小さなコムーネ、Corte de Fratiにあります。人口は1300人ほどの本当に小さな村で、車なら1分くらいで通り過ぎてしまう広さしかありません。村の周りは農地と牧草地で、ほんとっに何にもないところです。
Serranoさんは、面白いキャリアを持っている方です。83年にクレモナにある大学(聞き忘れたのですが、サクロ・クオーレ・カトリック大学のクレモナ分校かと・・・違っていたら訂正します。クレモナの大学は、動物学ではかなり有名だそうです。ロンバルディア州の主要産業は畜産ですから、そういうこともあるかと思いました)で動物学の学位を取られた後、楽器の製作に興味を持ち、92年にクレモナの製作学校を卒業。Stefanno Conia、Gio Bata Morassiなどに師事した後に、製作家として独立し、現在の工房を開きました。
工房は、まるで納屋のような佇まいですが、中に入ると、所狭しと楽器の材料や工具などが置かれていて、楽器の匂いがします。どうしてこんな田舎に工房を持ったのですか、という問いに、「静かなこの環境が好きで、落ち着いて楽器づくりができるから」。とっても真面目でフレンドリーで心優しいSerranoさんらしい答えでした。
Serranoさんの人柄は、ワークショップの時にも感じました。Serranoさんが提出して下さった楽器は、テンションが高すぎて弾きにくい状態だったので「これは駒を削ったりしないと小手先の調整ではダメ」と言ってしまった(誰の楽器かはわからない状態で、「5番の楽器」という言い方でした)のですが、ワークショップの最終日の休憩時間に「5番は僕の楽器なんだよね・・」と声をかけてくださったのです。そして問題点を指摘した楽器は、持ち帰ってすぐに修正したそうです。「見せていただけますか」と言ったら、「もう少し調整したいので納期を少し遅らせて欲しい、と頼んだのだけど、すぐに必要だということでロンドンに行ってしまった」とのこと。とても残念がっていました。そして、次に製作している楽器は「テンションを下げるために、少しナットを上げようと思うけど、どう思う?」と、楽器を前にしばしお話をさせていただきました。終始にこやかで、「本当に優しい人だなぁ」と、お人柄に惚れてしまいました。「妻がお茶
を入れてくれているから、少し話していかないか?」とお誘いを受けたのですが、とっても残念なことに次の予定があってお断りしてしまいました。次回は、もう一度ゆっくりお話したいと思っています。
びっくりしたのは、Serranoさんの奥様とMatteoさんのお母さんがお友達だったこと。Matteoさんの家はSerranoさんの家から車でさらに5分以上走ったところです(Matteoさんの運転は、田舎のまっったく車がいないところなので、sempre 80km overでした。それで5分以上ですから10km以上離れている)が、「お隣」と言っていましたから、そんな感覚なんでしょうね。その後、Matteoさんの自宅にお邪魔して、ママンのお菓子を頂きました(笑)
この日の最後は、CremaにあるAlI所属の製作家、Fiorentini Daniloさんの工房にお邪魔しました。「7時に約束があるから」ということで18時を目標にしていたのですが、到着したのは18時半。「お約束」はファミリーでのお食事だったようで、「兄貴が来るまでいいよ」ということで延長していたのですが、19時20分ころにいらしたお兄様とも話になってしまい、結局、工房を辞去したのは40分過ぎになってしまいました。
Daniloさんとの話は、かなり突っ込んだやり取りになりました。楽器の製作についてきちんとしたご自分のポリシーがある方なので、セット・アップを変えることで音が変化することは理解しても、「そこからは?」というところで議論になったのです。もちろん、ご自分の楽器を向上させることに対しては情熱をもっていらっしゃるので、「どうしたらよいか」ということについてはとても貪欲でした。「次のワークショップは、今回のことを踏まえて次のステップに進んでほしい」という意見をいただいて、この日の訪問を終了しました。
Cremaはクレモナから小一時間かかる場所ですので、この日、車で回れたのは以上の3つの工房でした。クレモナに戻った時には「はらぺこ!」。お気に入りのOsteria Degli Archiで夕食を摂りました。