クレモナではたくさんの工房を回って、製作者とじっくり話をすることができました。そんな中で、最も思い出に残ったことをご報告します。
クレモナで活躍している松下さんに「美味しい店に連れていく!」と言われて、ある日、泊まっているホテルの前で待ち合わせをしました(このレストランについては改めて)。その時に、若い日本人に声をかけられたのです。
「××の方ですか」「いいえ」
どうやら、この若い女性は××さんたちと偶然同じところで待ち合わせをしていたようです。知らない日本人がいたので声をかけてきたらしい。話を聞いてみると、制作学校の生徒さんです。私たちも自己紹介をして、話が盛り上がってしまいました。「私が働いている工房にもいらしてください」と嬉しいお誘いをいただいて、後日、工房にお邪魔しました。その工房での出来事です。
彼女が学校が終わってから働いている工房は、クレモナの楽器制作学校から歩いて5分くらいのところにありました。最初にお邪魔した時には、マエストロ(工房主、楽器制作の資格を持っている人は「マエストロ」と呼ばれます)がいなかったので、翌日、再訪しました。
この工房には、若い日本人製作者(とその卵)が二人、働いています(この二人については、サラサーテ誌をごらんください。まるで「××××」そのままのストーリーです!勘の良い人ならわかるかなぁ)。私が工房に着いた時にはまだマエストロが戻っていませんでした(制作学校で教えている)が、マエストロと若い男性が共同で製作中の楽器を試奏させてもらいました。程なくして、マエストロが到着。挨拶もそこそこに弾いていると、真剣な顔をして1分ほど聞いていただいていたら、突然、工房から飛び出してしまいました。
「あれ、何かまずいことしたかなぁ・・」と少し不安になったのですが「違うと思いますよ」と、若者が笑いながら答えてくれました。
ほどなくして戻って来たマエストロ、何か早口で叫んでいます。「すぐそこにある教会で弾いてくれ、と言ってます」と、イタリア語がわからない私に説明してくれました。近くに教会があることも気づかなかったのですが、手分けをして楽器を抱えて、まさに押っ取り刀ならぬ「押っ取り楽器」で教会に移動しました。
この教会、クレモナで最も古い教会だそうですが(データをまだ調べていないので、調べたら加筆します)内部は、中世イタリアの雰囲気が満載。恐る恐る入ると、まさに「異空間」。じっくりと見てみたかったのですが、とにかく「弾け!」と急かされて、弾き始めました。
楽器の試奏をする時には、ベートーヴェンの協奏曲やブルッフなど、最初は音域が広いものを選びます。ベートーヴェンの冒頭を弾き始めたら、瞬間的に「これは違う!」と感じました。弾きながら少しずつ音の長さやヴィブラートを変えていくと、教会がまるで楽器のように鳴り始めました。それからは、夢中になってあれこれと弾きまくってみたのですが、ふと思いついて、バッハのパルティータ第2番のallemandaを弾いてみたくなりました。
バッハを弾いていると、シェリングに代表される巨匠の時代の弾き方では、全く場所にふさわしくないことがすぐにわかりました。デタシェを多用し、ヴィブラートをたくさんかけると、響きがどんどん濁っていきます。それに、ヴィブラートをかけて残した音は減衰が速い! 試奏という役割を忘れて、バッハのフレーズをあちこち弾いているうちに、響きを実感として試せるものと思い、allemandaがイメージされたのです。
ポイントは、楽譜の11小節目です。ここを巨匠弾きすると、上昇する音の塊が次々に現れて全体がぼんやりと進行してしまうのですが、スラーの頭に勢いをつけて十分に減衰させ、最後の独立した音を「響きが残るように」短く切って弾いてみました。すると・・・
天井から、「A、G、F、E、D、C」と、スケールが降って来たのです!!!!
そのフレーズを弾き終わって、思わず、天井を見上げてしまいました。信じられない体験でした・・・
しばらく「ぼー」としていたのですが、そのフレーズを何回も弾いていると、だんだんコツがわかってきました。本当に美しいスケールが、教会を包むように「降臨する」のです・・・
その音をお届けできないのがとても残念です。みんなに聞かせたかった・・・
それを聞いていたマエストロ、「録画してもいいか?」と聞いてきました。どうやら、工房のフェイスブックに載せるようです。まだ頭がフラフラしていたのですが、OKと言うと、祭壇のところまで引っ張ってこられて「ここで弾け!」。何を弾きましょうか、と尋ねると、短くまとまっているものがいい、とのこと。もっと音を試してみたかったので、クライスラーのプニヤーニの序奏を弾きました。それがこの録画です。
返ってくる音や響きをききながら、あれこれと弾きかたやヴィブラートを変えてみることに夢中で、音程がところどころよれているのはご容赦ください(汗)。後半は、響きを作る音を試してみたのですが、途中に涙が出るくらい美しい響きが残ったところがありました。
弾き終わると、拍手が・・・あれ? 人が多くない?
どうやら、教会の中で音がするので、道行く人が入ってきたようです(笑)
今回のこの体験は、私にとって最大の収穫でした。バロックの弾き方をあれこれ考えて、ピリオド奏者の演奏を聴き比べて、楽譜を分析して・・・たどり着いた結論が、たった30分の試奏で完全に色あせたものに見えたのです。しかし、バロックの演奏家のレッスン(まだ1回しか受けられていない・・・)で言われたこと、「どこで演奏したか、誰のために演奏したかを知ること」の意味を、はっきりと理解しました。モダンの楽器で、響かない現代のホールでどのように弾くか、という問題はもちろん解決していませんが、どんな音楽だったのか、ということを考える、本当に確かな道筋を見つけたように思います。
そして、夢ができました。もう一度、ここに戻ってきて演奏したい。それも、じっくりと考えて。大きな目標です!