柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > Blog > クレモナレポート > イタリア旅行2 モンドムジカ・・・その1

 イタリア二日目の朝は、一睡もできずに明けました。いつでも、どこでもすぐに寝られる人なのに、どうやら結構ひどい時差ぼけのようです。昔はまったくなかったのですが、適応力が衰えているのでしょうね。あれこれと調べ物をして、今日に備えました。でも、とっても元気です。

広大な敷地の中にある流通センターのような建物が「それ」です

広大な敷地の中にある流通センターのような建物が「それ」です

 今日は、クレモナで毎年行われている「モンドムジカ」を見るのがメインです。日本の「弦楽器フェア」と全く同じようなスタイルですが、目的も趣も少しばかり違います。日本の弦楽器フェアは、主催が「日本弦楽器製作家協会」で、いわば「日本の弦楽器製作家の楽器をお披露目して広める」ことが主目的です。お客さん目当てに、メーカーやディーラーもブースを出していますが、あくまでメインは製作家の楽器。それに対して、モンドムジカは、「見本市」という商業的な目的がはっきりしています。主催している会社は、この地で食品などの製造・流通などを手広くやっているそうで、モンドムジカの会場も、普段はその会社の業務に使われているようです。

 会場はクレモナ駅からタクシーで1000円ほどの、中心を少し離れたところにあります(無料の送迎バスあり)。大きな流通センターのような建物が仕切られて使われています。楽器やケースを持ち込めないところは日本の弦楽器フェアと同じですが、警備はゆるーい感じです。実際に館内で盗難事件もあったようですから、どこでも気をつけていないとだめですね。

第1パビリオンに出店しているメーカー。抜けているのはどこでしょう。

第1パビリオンに出店しているメーカー。抜けているのはどこでしょう。

 最初に建物(第1パビリオン)に入ると、ピアノの展示コーナーがあります。シュタインウェイやベッヒシュタインなどの日本でも有名なメーカーの展示もありますが、古いピアノや珍しいタイプのオルガンなども置いてあり、なかなか楽しい。形はチェンバロ、音はオルガン、なんていうへんてこりんなものもありました(もちろん、昔のものではありません)。しかし、広い館内はお客さんがとても少なく、なんとなく寂しい感じです。今日は金曜日で、明日、明後日はもっと増えるそうですが。ただ、試奏している人はみなさん音大レヴェル以上。
(出店しているピアノメーカーの一覧ですが、有名なものがいくつか抜けています。わかりますか? ピアノはあまり商売の足しにはなりそうな感じではありませんから、メーカーも一生懸命ではないのでしょう)

全体図です。下が第1パビリオン、上が第2パビリオン。

全体図です。下が第1パビリオン、上が第2パビリオン。

 会場は二つの建物に分かれています。全体図の右側が入り口で、ピアノのコーナー。左側が弦楽器です。第2パビリオンの弦楽器のスペースでは、それぞれのブースはそれほど大きくありませんが、すべての出店者がブースにきちんと入っています(壁際の出版社などは鉄骨を組んだものではなく開放的に作ってありました)。使われているブースは「一団体1つ」とは限らず、写真のように2つ、場合によってはそれ以上のブースをぶち抜いて展示しているメーカーや楽器屋もあります。第2パビリオンに出店しているブースは160あまり。その中には、楽器(弓弦楽器がほとんどですが、ギターなどもあります)や弓のメーカー、製作者、ディーラーに加えて、楽器の材料やパーツ(駒、テールピースなど)、ケースや小物(肩当てなど)、さらに楽器を製作するための道具(木を彫る道具や厚さを測る道具などさまざま)まで売られており、弦楽器に必要なものはすべてここで見ることができます。正確に数を数えたわけではありませんが、材料系のブースがとても多い印象でした。「たくさんありますね」と、あるブースで尋ねてみたら、クレモナの学生(楽器の製作学校)やまだ駆け出しの製作者さんたちは、この場であれこれと調べて勉強して、材料を買っていくそうです。実際に、若い人たちが山のように材料の木を抱えて帰って行く姿にたくさん出会いました。

一つのブースはこの大きさです。コントラバスが並んでいるので、大きさのイメージがつくと思います

一つのブースはこの大きさです。コントラバスが並んでいるので、大きさのイメージがつくと思います

 ここまでは、「ふつーのリポート」ですが・・・少し、内部事情や感想も書いてみましょう。全部書いてしまうと、サラサーテ誌に書くことがなくなっちゃいますから(笑)、やや控えめではありますが・・・これから発売される2号に、続けてレポートを書く予定ですので、そちらも是非買って読んでくださいませ。

 会場のキャパシティは、実際に出店している数の倍くらいはありそうです。通路も広く、かなり「ゆとり」のある会場。日曜日はお客さんも多いそうですから、それはそれで良いのかもしれませんが、どうも「賑わい」が感じられない。あれこれと話を聞くと、出店数がかなり減っているそうなのです。

 出店数が減ったのには、3つの大きな原因があります。ひとつはEU、そしてイタリアの経済事情。これはすぐにピンときました。日本でも、ギリシャ危機や中東からの難民の問題が報道されない日はありません。そんな状況の中では、楽器の見本市の出店を取りやめるところも少なくないはずです。ところが、実はこれが主因

このように、複数のブースをぶち抜いて使っているメーカーも少なくありません

このように、複数のブースをぶち抜いて使っているメーカーも少なくありません

ではありませんでした。

 最大の原因は、3年前に主催者が出展のシステムを変更したことのようです。それまでは、ブースを借りるために共同名義で借りることができたのですが、2回前からは、会社や個人が連名で借りることができなくなったのだそうです。これは、会場でお会いしたクレモナ在住の製作家の方に伺ったのですが、ブースを借りる料金はかなり高額(日本円にして35万前後になるそうです)で、個人の製作者がおいそれとブースを出すことはできません。以前は、そうした作家さんたちも、共同名義で借りることができたのです(お話を聞いた製作者も、規定が変わってから出店をやめた、と言っていました)。主催者の方針としては、「実際にその場で売れたり商談がまとまるところを優先したい」という目的があったのかもしれませんが、結果的には「生きの良い」若手の製作者たちが締め出される形になってしまったのだといいます。実際、個人の製作者が出店しているブースの数は、クレモナ市だけで120の工房があることを考えると、極端に少ないといえます。私自身、日本ではお目にかかったことがない作家、特に若い作家の楽器を見てみたかったので、その点は残念でした。モンドムジカに先立って行われた楽器のコンクール(トリエンナーレ)には、もちろんそうした作家の作品がたくさん出品されますが。(注)クレモナの工房の数やトリエンナーレについては後述します。

ごらんのように、館内は比較的空いています。楽に見て回れたのですが、少し寂しい

ごらんのように、館内は比較的空いています。楽に見て回れたのですが、少し寂しい

 しかし、モンドムジカに出店できなくなった製作者たちは、モンドムジカの期間中に、クレモナ市内の中心部でスペースを借りて、独自の展示会をやっています。彼らのポスターや看板なども、町のあちこちで見ることができます。ヴァイオリン博物館、モンドムジカ、そして市中の展示会と、町中が弦楽器のお祭りになっているかのようです。(でも、「町ぐるみで」と思うと、少し違います。そのあたりも詳しくレポートします)

 今回は、モンドムジカに出品している大手のメーカーのものや、いわゆる「名器」は調査対象ではありません。かなり高い楽器や弓を試奏させてくれるディーラーもありましたが、とにかく「知らない楽器」をできるだけたくさん弾きたかったことと、クオリティと値段の関係のイメージをつかむことが重要です。「弾きたいなぁ」と思った楽器もいくつかありましたが、それは歯を食いしばって「スルー」。ひたすら、知らない作家、私にとって新しいメーカーの楽器を弾きまくりました。

 モンドムジカの雰囲気が日本の弦楽器フェアとやや違うのは、試奏している人が

一番賑わっていたのは材料を売っているブース。若いお客さんが多いのがわかります

一番賑わっていたのは材料を売っているブース。若いお客さんが多いのがわかります

比較的少ない、ということです。試奏している人は、コンチェルトなどをそれなりに弾ける人ばかりで(日曜日は少し違うよ、と言われましたが)、それをじっくりと見ている人たちがたくさんいます。じっくりと試奏していると、次第にまわりにお客さんが集まってきて、お客さん同士であれこれと話をしていることがとても多かったように感じました。ベートーヴェンやシベリウスのコンチェルトを弾いていて途中でやめると「もっと弾いてください」と言われたことも(全部は弾けませんって/汗)。弦楽器フェアでは、スケルツォ・タランテラやパガニーニのカプリスなどを「ちゃらっと」弾いている若い子が多いのですが、ここでは、音域の広いコンチェルトをじっくり弾き込んでいる人が多いように感じました。まぁ、気のせいかもしれませんけど(苦笑)。

 今日は、もうひとつだけ書いておきます。それは「値段」の話。

やっぱりBAMらしいですね! 限定モデルだと思いますが、ストライプ路線ではなくなったかな?

やっぱりBAMらしいですね! 限定モデルだと思いますが、ストライプ路線ではなくなったかな?

 あるブース2つで、まったく知らない製作者の楽器を弾きました。もちろん新作です。あれこれと弾いたあとだったのですが、なかなかしっかり音が出る楽器。「これなら欲しがる生徒もいるだろうな」と思って、値段を聞いてみました。私が今まで日本の楽器屋で見た感触で言えば、おそらく100〜120万くらいする楽器だと思われます。それが、5000ユーロと6000ユーロなのです。「日本に出すと、あれこれとかかって100くらいにはなると思う」とのこと。もちろん22%の税金はかかります(それもなんとかなるよ、と言っていましたが、問題があるでしょう)。それでも、航空運賃を出しても安い。日本では、イタリアンであればコンテンポラリーや新作でもかなりの値段で売られています。それらの楽器と比べて、こちらで買うことには大きなメリットがありそうです。

 もっとも、個人で楽器を買いに来ることには危険も伴います。楽器商は、それなりの目利きをし、仕入れた楽器を販売することに責任を持っているのですが、個人で買いに来るときには、さまざまなリスクを自分で負わなければなりません。それが楽器商の存在意義であり、個人が安心して楽器を変えるのも、そうした流通システムがあるからだとも言えます。

 1日かけてじっくり見て回りましたが、見本市という性格が強い(というか、そのもの)で、思ったほどには収穫がありませんでした。それでも、イタリア、そしてクレモナの雰囲気に少しばかり触れたように思いました。

[ 2015/09/29(火) 14:48 ] クレモナレポート, ヴァイオリン, 日記| コメント(0)
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