柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > Blog > ヴァイオリン > ボウイングと呼吸
22
Nov.
2011

 

ヴァイオリンを弾く時の「呼吸」について、最近入った生徒さんからいくつかの質問を受けました。簡単ですが、少し触れておきたいと思います。

 

1)ヴァイオリンを弾く時に意図的に呼吸することは、基本的にはないものと思うこと

いまだに、「ダウンは息を吐く、アップは吸うこと」という指導を受けている生徒さんが多いことに驚かされます。中には、最初の開放弦のボウイングで、「ダウンは吐いて、アップは吸って、できるだけ大きく呼吸をして自然に弓が上下するようにしましょう」という練習をさせられてきた方もいました。実はこれ、とっても危ないんです。

特に日本で「アップは大きく吸う、ダウンは自然に吐く」と教えられてきた背景には、多くの指導者がロシアンの流れにあったことと無関係ではないと思います。ロシアンのボウイングは、「肘が八の字を描くように」「手首を顔に向かっていくように」など、さまざまな言葉でボウイングの基本を指導してきました。このこと自体、やや危険が伴うこともあります。特に「手首を顔に向かうように」という指示は、肩を縮めたり腕を短くする危険が強く、問題です。ハイフェッツやオイストラフの演奏を見ると(この巨匠2人のボウイングは、ロシアンでも全く異なります)、決して腕を縮めていないことがわかります。

 

呼吸に関して言うと、肘を持ち上げるような運動をすると、胸郭が上にせり出そうとします。これが「息を吸うこと」という指導の元になっているのだと思いますが、二つの点で誤りです。

ひとつは、胸式呼吸を促進してしまうことです。

安定した体の使い方をするためには、骨盤が安定して、上体をできるだけ楽にすることが必要です。そのためには、腹式呼吸をして、呼吸をする時に胸郭や肩を不要に動かさないことが大切なのですが、腕の上下で「吸う/吐く」を繰り返していると、自然に胸式呼吸をするようになってしまいます。実際、前述のような指導を受けてきた生徒さんは、楽器を弾く時に一生懸命胸式呼吸をしていました。胸式呼吸で使われる筋肉は、腕の運動を促進したり阻害したりする要素がありますが、ボウイングの基本的な運動にこのような「余計なもの」を組み込んでしまうことは避けなければなりません。

もうひとつは、音楽の流れを大きく損なってしまうことが多いことです。

バロック以前の弦楽器であれば、むしろ、この呼吸法は理にかなっているかもしれません。なぜかというと、「ダウンとアップは別のもの」という意識が強かったからです。ですから、古いテキストだと、「スティッチ(「|」のこと)はアップで」などと書かれていることもあります。この音はダウンで、これはアップで、という使い分けをしていたのですね。それは、音符の性格と運動によって作られる音とをマッチングさせていたためでしょう。

しかし、モダンの奏法になると、アップもダウンも同じ音が出せることが前提になります。こうなると、呼吸の違いによって音に差が出ることはマイナスなのです。

ダウンとアップで律儀に呼吸をすることを覚えてしまうと、たとえば、弓を切った三連符がとても不自由。ダウン/アップがセットになってしまうので、三連符に聞こえない。どうしても三連符にするには、三連符の頭にアクセントを付けなければならなくなってしまいます。フレーズにしても、「ボウイング・フレーズ」(ボウイングごとにフレーズが切れること)になってしまうことが多いのです。

呼吸は、弓の運動に関わらず、自然に腹式呼吸が行なわれていることが「原則」です。意図的に呼吸をするのは、ごく限られた場合だと思って下さい。呼吸のことを考えるのであれば、丹田を鍛え、自然な腹式呼吸ができるようにすることがポイントです。

2)アウフタクトで吸う、は、危険

これも、多くの方が間違えていることです。危険なことはたくさんあるのですが、2点に絞って説明しておきましょう。

まず、アウフタクトの形は多様である、ということです。

アンサンブルをやってみると、「アウフタクトは吸う」という原則を守っている人が、合わせることに苦労するシーンをよく見ます。それは、アウフタクトの形の違いを理解していないからであることが少なくありません。

例えば、ベートーヴェンのメヌエットのようなアウフタクトと、ガヴォットの形式の弱起は、意味が違います(し、ボウイングもアップとはかぎりません)。これを同じような呼吸で処理することには無理があります。さらに、このふたつのようにアウフタクトのリズムが次の強拍と分離している場合と、アウフタクトが次の強拍とリズム(アーティキュレーション)として連結している場合(ブラームスの4番の交響曲の冒頭など)では、イメージも運動も全く異なります。

あえて、「アウフタクトで息を吸う」という方向で考えてみると、「アウフタクトで息を吸う場合は、いろいろなパターンがある」ということになるでしょう。息を吸って止めてから始めるアウフタクト、息を吸いながら弾くアウフタクト、大きな息を吸っている途中で音が始まるアウフタクト、など、いろんな弾き方がありそうです。

呼吸を意識して行なうのは、体を整えるためであって、運動を作るためではない、という原則を忘れないでいただきたいと思います。

tag:
[ 2011/11/22(火) 12:03 ] ヴァイオリン, 体や頭のこと| コメント(0)
(newer)|blogtop|(older)
(newer)|blogtop|(older)