柏木真樹 音楽スタジオ

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先日(といってもずいぶん前だが)、あるところでストラディヴァリを弾く機会があった。そこでちょっと凄い体験をしたので書いてみたい。

今まで、ストラディやグゥァルネリを弾いたことは三度ほどある。いずれも10年以上も前のことだが、はっきりいって「衝撃を受けた」という経験ではなかった。凄い楽器だということはわかるのだが、はたしてウン億円の価値があるのかどうかと疑問をもったものだ。その内の二台はオークション(サザビーだったかクリスティーだったか忘れた)にかけられている楽器のお披露目で、本物であることは疑いようがない。しかし、どう考えても「取り憑かれる」ような感じではなかったのである。

今回も、「どんなもんかなぁ」という気持ちが半分だった。お借りして弾き始めて数分間は、「よく鳴る楽器だなぁ」という感じで弾いていた。ところが・・・

五分ぐらい弾いていた時のこと。突然膝がガクガク震えだしたのだ。「あれっ」と思ったのは一瞬で、すぐに立っていられなくなってしまった。「おかしいなぁ」とつぶやきながら、見ていた方たちに「すみません、膝が笑っちゃいました」とお断りして、しばらくしゃがみこんだ。落ち着いてきたので再び弾き始める。今度は、腰から下が震えだしてしまった。

ちょうどG線でサンサーンスのコンチェルトを試奏していたときのことだと思う。足の裏に音の固まりがあって、まさに音に持ち上げられるような感覚が生じた。その上でふらふらになりながら弾いている気分なのだ。再び弾きやめて、しばらく休む。三度目。今度は少し予想して弾き始める。やはり音が下から持ち上がってくる。それからは、体をふるわせながら、20分ほど弾いてお終いにした。

聴いていた人の感想だと、突然楽器が鳴りだして部屋全体が響いたように感じたのだという。「凄い音だった」と言っていた。

弾きやめたのは、それ以上弾いていると本当に「取り憑かれて」しまいそうに感じたからだ。楽器を鳴らすことができるようになったからなのか、それともその楽器が特に良いものだったのかはわからないが、とにかく「凄い楽器」を体験することができたのである。こういう体験をしてしまったら、演奏家が楽器を手放せなくなってしまうのもよくわかる。

話には後日談がある。

その日の深夜から、私は原因不明の胃痛と吐き気に襲われた。翌日は食事も摂れず、数日間はほとんど何も食べられずに苦しんでいた。楽器の怨念なのか・・・「極度のストレス」というのが本当のところだろうが・・・