柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ヴァイオリン+体と頭のこと > 音程を合わせること…耳の働きと無意識の調整

何人かの例があったのですが、最近、あるベテランの生徒さんのレッスンでふたたびこの現象を目にしたので、忘れないうちに書いておきます。

一緒に弾いていると、自分の音を私の音より少し高めに取ろうとしてしまうことで、この症状が判明します。特に、オーケストラばかりで弾いていると起こりやすいのですが、自分の音が聞こえないと不安になる心理状態から発生することだと考えられます。二人の音が完全に一致すると、まるで音が溶けたような状態になります。すると、自分の音が独立して聞こえなくなります。その瞬間「しまった」と感じて、自分の音が聞こえるように音程を微調整(多くの場合は少し高くする)してしまうのです。もちろん、ベテランであれば無意識に、瞬間的に修正してしまうので、「しまった」とすら感じません。ですから、自分の音程が合わせるべき基準より高いことに多くの場合は気がつかないのです。

これは、オクターヴを弾いた時にさらにハッキリする場合があります。上の音を、完全に協和した状態よりやや高く取ってしまうのです。これには、二つの原因と、二つの問題があります。

原因のひとつは、上に述べた通りの「不安な心理」です。オクターヴが完全に協和したとき、差音のいたずらで下の音が大きく響き、上の音がほぼ聞こえなくなってしまいます。すると「合っていない」と判断してしまい、音が二つにはっきり聞こえるように、上の音をわずかにずらしてしまうのです。

二つ目の原因は、演奏家がソロを弾く時の音程にあります。ソロの中でオクターヴの進行が出てきたとき、上の音の進行をしっかりと聞かせるために、オクターヴをやや広く(上の音高を少し高く)取ることがあります。指導者が演奏家である場合、音大(音高)でも、オクターヴのスケールを「広く」取るように指導することも少なくありません。これはこれで、必要なテクニックなのですが、「オクターヴはこういうものだ」と、微妙にずれた状態を合っていると判断してしまう習慣がついてしまう恐れが強いのです。実際に、そうした音程「しか」取れなくなってしまった人を何人か見てきました。積極的に上を高く取る練習をしてきた人もいましたし、結果としてそのような状態になってしまった人もいました。

最大の問題は、音を合わせることができなくなってしまう危険性が強いことです。今回、この状態が判明した生徒さんも、私と一緒に弾いた時に音程を合わせることができないことで、この症状を見つけました。この状態の人がアンサンブルに加わると、かなりつらいことになる可能性が強いでしょう。協和した音程を、意図的に避けてしまうことになるからです。

この状態は、よく訓練された「ソリスト」にも起こります。普段、ソロを中心に活動しているプロがセカンドヴァイオリンに入った時、和音が全く合わなくなってしまうことがあるのです。もちろん、その違いをきちんと使い分けることができる演奏家もたくさんいますが。

余談ですが、この生徒さん、ヴィオラスペースを聞きにいって、小栗先生がソロの時とセカンドに回った時に、「完全に違うことをやっている」と、驚かれたそうです。その理由を、「セカンドに回ったので柔らかく弾いている」とだけ思ったそうですが、実は、音程の取り方にも大きな違いがあるのです。