柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第12回〔楽器を持つことと左手の基本的な考え方〕lesson4 左手の基礎3

11月号で触れた左手の「脱力」についていくつか質問をいただきました。まず、補足を兼ねて少し詳しく説明いたします。

* 指を動かすためのシステム・腱の付き方と肘の位置

指を動かすとき、他の指に力が入ってしまったり(独立して動かない)、速く動かない、というケースがよくあります。この原因について考えてみます。

薬指と小指が独立して動きにくいのは、人間の体の構造上やむを得ないことですが、例えば、小指を動かしているのに人差し指に力が入って上を向いているような状態になっていたりしませんか? このように無駄な力が入っていると、音を正確に取ったりスムースに指を動かしたりすることが難しくなってしまいます。「力が入っている」状態では、動かしている部分以外に動きが伝わってしまうために、余計な動きを生じたり運動性能が落ちたりするからです。

まず、手をむき出しにして写真1のように机の上に置いてください。次に親指から順に各指を動かしてみます。まず、手のひらの手の腱が持ち上がったように動いているのがわかるでしょう。その腱を肘の方にたどっていってください。どこにつながっていますか? 指を動かしていると、イラスト1のように、腕の外側のある部分がぴくぴくと動いていることがわかるでしょう。どの指を動かしても、この場所が反応しているはずです。ということは、指の腱はイラスト2のように独立して腕に沿っているのではなく、イラスト3のようにある部分にまとまっていることがわかるはずです。

このことは、簡単な実験で実感することができます。写真2のように腕の外側を強く押さえて指を動かそうとすると非常に困難ですが、反対側をつまんでも指の運動にはほとんど影響がないことがわかります。

指の運動が思い通りにいかない場合に、このことから練習法を生み出すことができる可能性があります。まず指を動かすために腕の筋肉、特に小指側の筋肉(写真2の部分)を過度に緊張させたり締め付けたりしていないかをチェックします。さきほどの写真2のような状況を自ら作ってしまっていないかのチェックです。これが、11月号で述べた「手首・肘・肩やその間の不必要な筋肉を使わずに指を動かせるかどうか」ということの具体的な例です。

楽器を弾くための姿勢をとるために上記の筋肉を緊張させてしまって指の動きが阻害されてしまうことは、レイトスターターにとってよくあるケースです。この場合、楽器の持ち方からチェックし、肘の訓練などを併用すべきであることは10月号などで述べたとおりですが、問題は、普通の状態でも力を入れて指を動かす癖がついている場合です。ヴァイオリンを弾く姿勢でなくても指が独立して動かなかったり、一定の速さ(かなり遅い)以上で指が動かなかったりするケースです。こういった場合、ヴァイオリンを弾くことでトレーニングしても、ほとんどの場合無駄な努力だと思います。

「指が速く動かないんですが」という大人の訴えに対して、「セブシックやシュラディックをたくさんさらえば動くようになる」という解決策を提示する先生がいらっしゃるようですが、これには二つの問題があります。一つは、上記のようなケースではこういった「体育会系」の練習では全く意味がない、ということと、無理な使い方でくり返し練習をすると体を痛める可能性が強い、ということです。

くり返し行う練習は、正しい動きを体に覚えさせるためのものです。ですから、正しくない動きをしている間にくり返し練習をしても意味がないばかりか、逆効果になってしまうこともあるのです。これが、大人になってから楽器を始めても上達しないとされてきた大きな理由の一つでもあります。後述するように、子どもは「正しくない動き」から導入しても「正しい形」に自然に移行できる可能性が強いのに対して、大人は「正しくないくり返し練習」が身についてしまう可能性が強いからです。

初めから指を動かすときに力が入ってしまう場合、まず、簡単な状況で力を抜くことを覚える必要があります。そのためには、写真43のように、手首から肘までをテーブルなどにべたっとくっつけたまま各指を動かす訓練をしてみましょう。初めのうちはかなり違和感があるはずですが、腕の筋肉が過度に緊張しない状態で指が動くようになれば、それまでと質の違った状態が生まれたことになります。

また、上記のような初めから指を動かすために力が入っている状態でなくても、肘の位置の取り方に無理があると、指の運動性能は落ちてしまいます。「肘を入れなさい」という指示を受けた方も多いと思いますが、「入れる」という感覚が良いかどうかは、その人の状況によって異なります。肘の関節の問題はすでに触れましたが、位置にも注意していただきたいと思います。関節の状態によってもちろん異なることですが、基本的には指を指板に置いた状態で指板にぶら下がるようにして脱力して落ち着いた位置(写真54〜87)をスタートラインに考えるべきだと思います(この位置は、肩の関節や腕の長さによって人により異なります)。この状態がもっとも肘・腕の緊張を少なくできる場所ですから、ここからさらに肘を内側に移動する場合、どこに緊張があるかをチェックしながら試してみることが必要です(この「肘の位置」は、手を広げる重音(多くの人の場合オクターブ以上)やハイポジションが出てくると再び問題になる点でもあります)。

(写真54〜76:肘の位置を三通りに示してみました。わかりやすいように少し誇張していますが、真ん中の写真が指板を押さえた状態で肩から手首までを完全に脱力しぶら下がってみて得られる位置です。一人でやっても最初は脱力ができないことがほとんどですので、写真87のように、誰かに楽器と指を押さえてもらってぶら下がってみるとよくわかります)

もう一点、書き加えておきます。左手の練習をくり返していると、なかなか開くようにならないのに腕が突っ張ったような感じがしたり、ひどい場合には痛みになることもあります。もちろん、このような状態にならないように注意すべきですが、初めのうちはどのくらいの練習が適当なのか判然としないことも少なくありません。「痛み」などの症状と原因については、また別にまとめたいと思っていますが、少なくともこうした症状が少しでも出てきたら、すぐに先生や医者や整体師に相談すべきです(痛みが生じると「練習が足りない」と言ってさらに練習をくり返すように言う「とんでも先生」もいらっしゃるようですが、非常に危険です)。経験的に言えば、肘を外側から少し温めながらすると、緊張が緩んで動きや疲労に効果があることがあります。

● 指の運動をヴァイオリンに相応しい動きにする

次の問題は、指が指板を押さえるために相応しい運動ができるかどうかです。上記の運動はあくまで指の動きをスムースにするためのもので、このままの指の動きでは指板を押さえることはできません。写真98,109のような運動ではなく、写真1110、11のような、指が手の甲の側に持ち上がるのではなく指が手のひら側に曲がる運動にしなくてはならないからです。写真98,109のような動きでは、指が指板から大きく離れてしまい、スムースな運動ができなくなるからです。

これを解決するためには、指に力を付けることと、小さな動きで指を速く動かすことができるようにすることが必要になります。「ヴァイオリンを弾くことでしかヴァイオリンに相応しい運動は身につかない」と主張される先生が根拠とされるのも、このことが大きく関わっていると思います。これまで述べてきた形の運動だけでは指の力はある程度付いても、指板を押さえるのに相応しい動きとは言えないからです。

しかし、「ヴァイオリンを弾く姿勢」で初めからこの運動を求めることが困難な場合は決して少なくありません。特に、大人になってから初めて楽器に触った人たちにとっては、指を独立させて動かすこと自体が大変ですから、いきなり楽器を持つ姿勢で練習してもなかなか効果があがらないからです。こういった場合、先程の手首から肘をつけて行う運動の次に、写真112のように手首を上げて指を持ち上げずに動かせるようにして同様の運動を行うことや写真13のようにそれに準じた形で普段から指を動かす運動をすることを勧めています。これに加えて、各指に番号や音名を付けて複雑なパターン練習をすることなども効果があります。少し慣れたら、ギターのようにヴァイオリンを抱えて練習してみることへ進みます。

私が推奨しているこのトレーニングは、二つのことを目的としてます。指の運動そのものをヴァイオリンを弾くのに相応しい形にすることと、各指に頭から指令が別々に届くようにすることです。この両者ができないと、ヴァイオリンで多彩な運動をこなすことはできません。大人になって初めて楽器を持った方、特に他の楽器を全く経験したことがない方には、初めのうちはボウイングトレーニングを徹底的に行い、左手の練習はその方の状況に合わせて臨機応変に方法を考えて進めることがよいと思います(頭と運動の関係については後述することになると思います)。

* 楽器を持ってするトレーニング・・・二つの方向性

この項の最後に、楽器を持って実際に左手のトレーニングをする場合の考え方を一点述べておきたいと思います。このことは、実は右手の訓練法を考える際にも通じることを含んでいますので、よく理解していただきたいと思います。

左手の訓練は、多くの場合まずなんとか正しい場所に指を持っていき動かすことを覚えて次第に余分な力を抜いていくことで進行します。最初は脱力などの余計なことは言わず、とにかく形だけを作ってしまうのです。これは、発達段階で人間がいろいろな動作を覚えるときの普通にあるやり方です。子どもが鉛筆を持つ、箸を持つといった作業を覚える過程を考えてみてください。親は持ち方を教えますね。子どもは子どもなりに形を真似して持ちます。もちろん、子どもには大人が持っている筋肉もありませんし、必要な部分だけを使って後は脱力する、などという芸当はできません。ですから、見かけも「がちがち」だったりします。しかし、慣れてくると次第に脱力を覚え、必要な筋肉が使えるようになって「さま」になってくるのです(実は、頭の使い方もよく似ている部分があると思っています。発達段階で「頭の余分な力を抜く」作業ができないと、「頭が固い」状態になってしまうことがあるのだと思います)。

ヴァイオリンにしても同様です。小さな子どもが始めるとき、とにかく楽器を持って音を出すことをやらせます。力が入っていようがいまいが、ある意味では「どうでもよい」のです。右手にしても、例えば、私が言っているところの「ボウイング筋」は幼少の子どもにはほとんどありませんから、肩を上げて力一杯のボウイングから始まってしまうことが普通です。しかし、運動していく間に必要なところが鍛えられていき筋肉が付いて、次第に脱力もできるようになってくるのです(ただし、この過程で適切な指導がないと、いつまでたっても「子ども弾き」から離れられないケースもあります)。

この力の入った状態でとにかく形を作る → 必要な筋肉を付け脱力を覚えるという順序の作業は、大人でももちろんできないことはありません。私が初めての人に教える時も、左手に関しては最初はこのやり方で入ってみます。重要なのはこの後です。形を作って運動をするときに無理なことをしていないかどうか検証することが必要なのです。運動をしてみて、全く違う作業をしていた場合には、修正しなくてはなりません。この検証があって、初めて「トレーニング」の段階に進むことができるのです。

左手を「ヴァイオリン弾きらしく」押さえてみようとすると、初めのうちはどなたでもがちがちに力が入ってしまうはずです。この段階で、「なぜ力が入っているのか」を慎重に検証してください。原因が押さえている指や手ではなく、肩・肘などにないかをチェックします。そののち、指板を押さえる訓練を始めるのです。(これは、大人になって始めた人に限らず、ある程度の年齢以降から始めた方で左手の運動に問題を感じている方にはチェックしていただきたい点でもあります。長年弾いているのに運動性能が向上しない場合、こうした問題を抱えている可能性があります)。

さて、ここまで述べてきた「通常の順序」ではなく、初めから不必要なところを脱力した状態で必要な部分を使う訓練ができないでしょうか。

これは、私にとってかなり長い間のテーマです。結論を言うと、そのための適切なトレーニング方法はまだ見いだせていません。しかし、最近になって、いくつかのヒントに出会いました。

私の生徒さんは、順調に「伸びている」方たちではなく、限界を感じたり、体の違和感を感じてかけ込まれた方がほとんどです(言い方は悪いのですが、「以前の先生のところで落ちこぼれ」たり「成長が止まったり」した生徒さんが多いのです)。特に、ストリング誌の連載を初めてからは、そういった方々のご相談がとても増えました。結果として今まで経験したことのないようなケースにも遭遇することがあります。そんな中で、無駄な力が入ったまま長い間ヴァイオリンを弾き続けてきて体を痛めてしまった方のリハビリをしていて気がついたことです。

「脱力をしなさい」と言ってすぐできるようなら苦労しませんね。この方もなかなか力を抜くことができませんでした。指を速く動かすこともできないので、前述の指を動かす訓練をあれこれとやっていただいてもいました。その時、指が速く動かない原因が「頭の指令の問題」であると感じ、特にその訓練を重視してやっていただきました。その後半年ほどである程度「頭の指令」と「指の運動」が一致するようになってきましたが、ちょうどそのタイミングで、指を押さえるときの無駄な力が抜けたのです。

このことは、いくつかの可能性を含んでいます。意図して脱力することの難しさが、「頭が運動の指令を出す」作業と似ている可能性があることが一つ。この場合、上記のような「頭の指令と運動を一致させる訓練」が脱力に大きな意味を持つことになります。さらに「始めに無理矢理形を作る」という訓練の通常の順序を壊すことができる可能性がある、ということも言えるでしょう。

まだ確実な方法論を書くことはできませんが、頭を使って運動をすることが大切だということは理解していただきたいと思います。セブシックなどを練習で使うときに、ただ漫然と指を動かすのではなく、いちいち何の指を動かしているのか、何の音を出しているのかを頭の中で確認しながら行うのです。この頭の確認作業が、運動に向かっての頭の指令がスムースに行えるようになるための出発点になります。

次回から、一旦、右手の問題に入る予定です。

● 肩当てについての加筆

10月号で楽器の保持法について考えましたが、何点か書き加えさせていただきたいと思います。

まず、肩当ての「改造法」ですが、一部の方に有効な方法を一つ加えます。体の形状によって、イラストのように肩当てを「伸ばす」ことで解決することが考えられる場合です。実際にこの方法で解決した生徒さんもいらっしゃいます。それは、写真13のように肩当ての足の部分を反対に付けてしまうことです。

これは、写真14のように楽器を押さえる足の部分からさらに肩当てを伸ばしてしまうことが目的です。足の部分には傾斜があり、単に反対にすると楽器を安定して押さえることができなくなりますから、反対側の足だけを購入して取り付ける必要があります。その場合でも、足の元の部分(写真14)を若干曲げてしまう必要があるかもしれません。ですから、この改造はプラスティック製の留め具を使っているものではできません。

この形で楽器が安定しない場合、ヴィオラ用の肩当てを使うことも考えられます。ヴァイオリン用より本体の部分が長いですから、足を反対につけても楽器に装着できるからです。

体に合って運動性能を落とさないで楽器の鳴りをなるべく減衰しない肩当てや顎あてを見つけることがとても大変な例は少なくありません。小さい頃から弾いていると、はっきりいって「どうにでもなる」のですが、大人から始めた人は、いつまでたっても楽器の持ち方に悩んでしまうことになりかねません。本来は、オーダーメードの肩当てを制作してくださる方がいらっしゃると良いと思うのですが、今のところ見つけていません。何らかの情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非お知らせいただきたいと思っております。

*付記

来年より、レイトスターター及びレイトスターターを教える先生方のための公開講座を連続して行います。1月31日東京、2月22日名古屋(日本弦楽指導者協会中部支部主催)の参加申し込みを開始いたしました。詳細は本誌ユーモレスク××ページをご覧下さい。