柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第11回〔楽器を持つことと左手の基本的な考え方〕lesson3 左手の基礎2・左手の状態とトレーニング

10月13日に大阪で行いました「レイトスターターのためのヴァイオリン一日クリニック」には、たくさんの方の参加をいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。定員オーバーで、残念ながらお申し込みを頂きながらお断りしてしまった方には深くお詫びを致します。今回の経験を踏まえ、次の企画を考えたいと思っております。今回のクリニックの内容については本誌記事をご参照下さい。 【楽器を持つことと左手の基本的な考え方】

(3)レッスン3・・・左手の基礎2・左手の状態とトレーニング

前回までに、楽器を持つことと左手の状態を、肩から順に考えてきました。今回は左手の手首から先について考えてみます。

* 指が広がらないことの意味

「指が広がらない」という悩みを抱えているレイトスターターやアマチュアは多いと思います。「広がらない」とは実際にどのようなことなのか見てみましょう。

まず、ご自分の両手をよく見てみましょう。ちょうど、犬が「お手」をするときのように、力を抜いて体の前に出してみます(写真1)。次に、そのまま手を机などの上に「トン」と乗せてみます(写真2)。指先と関節の位 置関係を注意深く観察してください。指先より関節が開いているはずです。(写真のTさんは、小さい頃に長い間ヴァイオリンを弾いていて20年ぶりの復活で、他の人に比べてかなり有利な手をしていますが、それでも指先がやや内側に向いています)。このことは、手のひらを反対向きにして観察しても理解できます。指の力をなるべく抜いて指を開く方向に動かそうとすると、指先はやや中心を向いていることがわかるでしょう。 人間の指の付き方は、多くの場合上記のようになっています。ところがヴァイオリンの演奏に必要な指の開きは、「手が弦を押さえるのに相応しい角度になっているときに指板を広く取れること」なのです。ですから、ピアノを練習するためにするような指を広げる訓練(写真3)は、役に立たないとは言えませんが非常に効果的であるとも言えません。

指が開く方向を指板を押さえるために相応しくしておいて指が開くためには、二つのことを考える必要があります。指先が外を向いた(平行な)状態で指が開くことと、指の方向(特に小指の方向)が外を向けられることが望ましいのです。この状態になっている指とそうではない指は、比べるとすぐにわかります。各指を離して指板の上で押さえてみたときに、指が外を向くことができるかどうかを見てみればよいのです。

言うは易しですが、広がらない人たちのために訓練法はあります。その一例が、次の写 真です。写真4のように左手の人差し指と中指の先に救命バンドを巻きつけ、写真5のように、2と3の指がひらくパターン(A線ならば実音のH、C、D、E。C#ではない)の練習をするのです。先月号にも登場していただいた写 真のAさんは、左手の練習が始まった時期の初めからこの訓練法を使っています。初めはたいへん「きつい」のですが、効果 は大きいと言えます。秋山さんも、初めての時は3の指はDに全く届きませんでしたが、1ヶ月ほどで何とか届くようになりました。4の指はまだ正しいところまで開きませんが、時間の問題だと思っています。

この訓練法を実行するには、いくつかの点に注意しなくてはなりません。まず、手を痛めないためにやりすぎないこと、手首から手のひらにかけての力を極力抜く努力をすることです。これは、レッスンの時に実際に手のひらや手首を先生が触って脱力するように何度も繰り返す必要があります。ご自分でやるのでしたら、この練習の時には弓を初めのうちは使わず、右手で左手をほぐすように触りながら注意して行ってください。

この他にも、指を広げ、広がったときの方向を調整するための訓練法はいくつかあります。全て書いている紙面の余裕はありませんが、先生とよく相談して「ヴァイオリンを弾く」時間以外にもできる訓練法を採用することをお勧めします。こういったトレーニングを加えるかどうかは、何年かたってからの結果に大きく作用します。

注:他の方法・・・通勤電車の中で吊革を指でぶら下がってみる、小指にプラスティック製のチューブを付けて少し回転を加えて固定したまま生活する、指の股に小さなものを挟んで生活する、など、工夫次第でできることはたくさんあります。ただし、どれも本来の体の形や動きを変えるものですから、手を痛めないように十分注意して行う必要があります。

* 手のひらの角度

これも、左手の使い方としてよく問題にされることです。私がこれまで拝見してきた生徒さんが先生から受けてきた指示は、大きく分けて二通りです。写真6のように、手のひらを指板になるべく並行させるというものと、写真8のようにネックを持ったときの角度からあまり無理をしないというものです(手のひらの角度が写真6のようになっていると、指を押さえてみると写真7のように見えるでしょう。指板に平行にすると、写真8のように見えるはずです)。

どちらが正しいか、ということを、手のひらの角度だけで判断することはできません。前回述べた肩や肘の状態や手首の柔軟性、指の長さ、開き方など様々な要素がからんでいるからです。

手のひらをネックに並行させる考え方は、指板を指が最短距離で押さえることを重視した発想です。指の運動量を最小限にして、効率よく指を使えるようにするために、常に指板に近いところに指先があるようにしたいのです。これはこの点で合理的です。しかし、指先が開かない場合、この考え方では実際に音程を正確に取ることができません。もちろん、運動性能も期待したようには上がりません。

それに対して、手のひらをネックを持った形からあまり回転させない考え方は、各指の指板への距離の差が大きくなります。特に、薬指と小指がかなり指板から離れていますから、速い運動を求められると厳しい場合があります。しかし、指の長さが長い場合は、このタイプで十分対応できる場合もありますし、手首に無理な回転をかけない分だけストレスが少ないとも言えます。

もちろん、多くの場合両者の中間(真ん中、という意味ではなく、両者の間のある場所ということ)ですし、どの形がよいかということは、総合的に判断すべきです。実際にプロ奏者の手をよく観察してみてください。どちらのタイプもいるはずです。前者がやや多いかとは思いますが。私は、生徒に手のひらの角度を意識させません。他の要素から自然に導き出されるところに落ち着くだろうと思っているからです。ただし、この「意図しない」ということは案外難しいものです。

* 指板と親指、人差し指の関係

これもよく出てくる質問ですが、同じような解答をするしかありません。写真9〜11を見てください。親指の位置を三通りに示しています。実は、このどれも「あり得る」のです。

写真10が多くの先生が推奨している位置であろうと思います。この位置で適切な指の形を作ることができる人が多いのは確かです。しかし、手の大きさと、特に指の開き方によって9や11の状態が望ましいケースもあります。単純に親指の位置だけで良し悪しを判断することは危険です。問題は、手に力が入った状態にならなくするにはどうしたらよいかということと、指を開くために一番よい場所かどうかということです。親指の位置を「正しい」とされるところに置いたために、力を入れずに指を開くことができない事例も少なくありません。

写真9の状態で親指に力を入れて楽器を下から支えている状態は、すぐに誤りであると指摘されると思います(これですら、演奏家でやっている人もいますが)。問題はもう一つあります。指を開いたり動かしたりするために、人差し指をネックに押さえつけていないかということです。人差し指をネックに押さえつけて弾く癖がついていると、ヴィブラートやポジション移動の練習が始まる頃に大きな壁にぶち当たります。特に、ポジション移動がスムースにいかない原因を探っているときに、この問題が発覚することが多いようです。

この問題が生じているかどうかは、きれいに二つに分かれます。最初から人差し指がネックに頼ることを徹底的に注意する先生に師事すると、人差し指がネックに頼らなくなります。しかし、手のひらがネックの下で潰れてしまうことには注意を払っても、指を動かすために人差し指とネックの接点を支点にしてしまっていることに気づかないケースは大変多いのです。私のところに他の先生から代わってきた方の八割は、このケースでした。「ネックを持つときは指にわっかを作るように」「卵を手のひらで包むように」などという指示をされた方も多いと思いますが、形だけでなく運動のために余計な力が加わっていないかもチェックしてください。

写真12は、人差し指がネックにくっついている状態です。写真13は離れていることがわかるとおもいます。人差し指が離れた状態で指が運動できると、いろいろなことが解決する可能性があります。もちろん、指の長さや手のひらの形、押さえる弦、指の角度などによって人差し指がネックに接触することは普通に起こることですが、指がネックをしっかりと押さえてしまっている状態は問題があります。

この問題を解決するためには、症状によって何段階かのステップを踏む必要が生じるケースがあります。親指と人差し指の付け根にそもそも力が入ってしめつけているような場合は、まずその部分の力を抜く必要があります。

私は、こういった問題を抱えている場合、まず、左手にタオルなどを挟んで練習を続けることを推奨しています。写真14で示したような太さのタオルを挟んで、写真15のように持ったまま練習するのです。タオル状のものなら何でも良いと思いますが、人によってもちろん相応しい太さが異なります。「ちょっと太いかな」と感じるぐらいがちょうどよいと思います。タオルではなく、タオル地のヘアバンドを縛って親指に引っかけてもよいでしょう。こうしていると、次第に手の形が「緩んだ」ものになっていくはずです。時期を見て、人差し指をネックから離して基本的な音型(セブシックやシュラディックなど)を弾く練習に移行してください。

* 運動を阻害している原因を見つけること

今回、一番強調しておきたいのがこのことです。指が開かない、速く動かないなどの悩みを、単に繰り返しの練習だけでなんとかしようとしている人がとても多いように思います。そうではなく、何故できないのかということを解明することが、練習法を工夫するために一番大切なことなのです。また、レイトスターターを教えられている先生に注意していただきたいことは、できない理由を形だけに求めることはしないでほしいということなのです。「形が違っているから開かない」「形が安定していないから速く動かない」とだけ考えることは危険です。

写真16〜19までは、運動を阻害している原因を探る一つの方法です。初めはギターを抱えるようにして左手を動かしてみます。こうすることで、普段より自由に左手が動く方も多いはずです。楽器をきちんと構えたときよりもこうした方が左手がスムースに動く場合、楽器を構えるまでのどこかに運動を阻害する原因を作っている体の作業があるのです。それを写真のように順々に楽器の位置を変えていくことで見つける方法がこれなのです。例えば17と18の状態で著しい差が出た場合、この両者の間でどのように体の使い方が変化しているかはチェックしやすいので、単に動かない・開かない原因を探るよりも正確に検証できる可能性が高いといえます。またこの方法は、二つ以上の原因で運動が阻害されている場合、とても有効な検証法です。一つを解決しても、また新たな結節点が発見されることがあるからです。

次回は、左手の基礎編の最後として、実際に音を出しながらする訓練をいくつか取り上げていこうと思います。

● 一日クリニックについて

10月13日の大阪でのクリニックでは、十分な時間ではありませんでしたが、いろいろなことをお話しさせていただきました。参加者のみなさんの「上達したい」という熱い想いは、私やスタッフにひしひしと伝わってきました。プログラムを欲張りすぎたために、一つ一つの問題点に十分な対応ができなかったことが残念です。

参加者のみなさんを拝見させていただいて一番気になったことは、やはりご自分の体の使い方を認識されていない方が多いということでした。肩の変形で腕を持ち上げている人が半分近く、また、脱力しているつもりができていない例も多く見受けられました。私の連載をお読みの方も多かったはずで、力不足を痛感しております。今後の連載、クリニック形式の講演などにこの経験を活かしていこうと思っております。

レッスンに臨まれる姿勢についても、少しばかり考えさせられました。みなさん意欲は十分なのに、「先生に言われたことをやる」ことだけに一生懸命で、「何故そうするのか」ということを十分に考えていない方が少なからずいらっしゃいます。大人のレッスンが効果的に進むためには、先生とのコミュニケーションがとても大切です。わからないことはどんどん質問して、先生と一緒に解決策を見つけていく姿勢を持って頂きたいと思いました。

年明けから、東京と大阪で連続講座を、名古屋、函館でクリニックと講演を順に開催いたします。東京は1月31日から、大阪は3月からになる予定です。名古屋は2月、函館で5月に行うことが決まりました。日時・内容などの詳細は、次号および私のウェブサイトでアナウンスいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。