柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第9回〔楽器を持つことと左手の基本的な考え方〕lesson1 楽器の保持法の考え方

今回から、いよいよ実践編に入ります。まず初めは楽器の持ち方です。すでに楽器を長い間弾いている方も、少し立ち止まって自己検証してみてください。楽器の持ち方を少しだけ工夫することで、楽に体が使えるようになる人も少なくありません。

1. レッスン1・・・楽器の保持法の考え方

楽器の持ち方は、ボウイング同様、一人として同じではありません。ですが、持ち方についてはかなりいい加減な教わり方をしてきた人が多いのが現状です。「ヴァイオリンを始めるとき先生に楽器をお願いしたら、楽器と弓、肩当てがケースの中に揃っていました」と言われる方が何人もいたことには大変驚きました。その先生方は、初めて見る生徒さんの体にどの肩当てが合っているのかをどうやって知ったのでしょうか? とても不思議に思います。私が拝見するようになった方で持ち方をいじらなかった人はほんの数人です。「楽器をどうやって持つか」ということは考えても「どのように持ったら合理的か」ということを理解するチャンスがなかったからだと考えられます。

肩当てをいろいろ替えてみる人はとても多いと思います。その際、ほとんどの人が「体にしっくりして音が良い」肩当てを探しますね。これはその通りなのですが、市販されている肩当てが初めから完全にフィットする人はとても少ないと思います。もちろん、練習を積んで余裕ができてくると肩当ての形状にそれほどこだわらずに弾けるようになることも多いものです。

楽器を持つときに留意する点は次の二つです。

  • 1. 楽器がよく鳴るように持つこと
  • 2. 体の運動能力を十分に活かせるように持つこと

付け加えると、楽器を持つときにがっしりと固定して全く動かない状態は問題があります。実際に演奏するときには楽器はかなり柔軟に動いていなくてはならないからです。このことも留意してください。

楽器がよく鳴るためには、表板・裏板が十分に振動できる状態にあることが必要です。ところが、楽器を持つためには本体を上下から挟まなくてはなりません。この作業は振動を殺してしまいます。ですから、振動をいかに殺さないか、ということを常に考えなくてはなりません。すなわち、挟んでいる力が強すぎないようにすることが大切です。そして体の運動能力を活かすためには、二つのことに注意する必要があります。左手が楽になるような持ち方を考えることと楽器の位置に無理がないことです。

保持法の考え方は、大きく二つに分けることができます。

一つは、顎と鎖骨で楽器を挟むことを基本とするものです。メニューインの推奨している保持法がこの代表ですが、これに限らず、肩当てを使って鎖骨と顎で保持する場合もあります。もう一つは、顎と鎖骨、さらに肩を使って保持する方法です。前者は、イラスト1のように基本的には二点で楽器を挟みます(この場合、手で楽器の方向を制御することになる場合が多く、実質的には三点で保持することになります)。後者はイラスト2のように三点で楽器を保持します。どちらにも利点と欠点があり、「どっちがよいか」より「どちらが合っているか」を考えた方がよいと私は思っています。大切なことは、「何故そうしているかを理解して楽器を持つこと」です。

二点で保持する最大の欠点は、体の形状によっては楽器を安定させることが非常に難しくなることでしょう。しかし、肩を全く圧迫せずに楽器を保持できるため、左手の柔軟性が非常に高くなります。また、楽器を奏法に従って動かすことが楽で、表現力を豊かにしやすくなります。三点で保持することは、二点で保持することと反対の長所・短所があります。安定性には優れていますが、多くの場合肩に負担がかかってしまいます。特に成長期が終わってから楽器を始めた人にとっては、ヴァイオリニスト特有の、左肩の前向き変形がありませんから、肩を押しつけてしまうことが少なくありません。

  • イラスト1:左肩の前向き変形
  • イラスト2
  • (左が「二点保持法」右が「三点保持法」において体のどの部分を使っているかを示しています)

「顎と鎖骨で持つ」場合、問題は鎖骨のどの部分で持っているかという差でも生じます。鎖骨の飛び出しているところにそのままのせるのか、少し肩の方へ寄ったところなのかによって、全く発想が異なります。もちろん、一人一人の鎖骨の形状によって判断しなくてはならないことは言うまでもありません。

楽器の厚みを端だけ厚くする、柔軟性のある「鎖骨当て」があればよいと思うのですが、残念ながらそういった形状のものは市販されていません。

イラスト3:理想的な「鎖骨当て」

(一人一人の鎖骨の形状に合わせて柔軟に変形できる「鎖骨当て」があれば、ほとんど全ての人が二点で楽器を持つことができるでしょう。三点で保持する長所である「安定性」を二点で保持しながら獲得できれば理想だと思います)

肩当て自体の問題もあります。昔の金属製のブリッジのものは、かなり楽器の響きを減衰させていました。15年ほど前に木製のブリッジのタイプのものが出てからそちらを使う方が増えているようですが、ピッタリとはまらない人もいます。そこで実際には、市販の肩当てをその人に合った形に改良する必要に迫られることがあります。

(数年前に発売された、顎当ての金属部分に付けてしまうタイプの肩当ては、かなりの人に有効です。裏板に接触している部分がないので、音の減衰もほとんどありません。問題は、高い(三万円以上します)ことと、取り扱いに十分な注意が必要なことです。また、横方向の柔軟性にやや欠けるため、体を動かして弾く場合にストレスを感じることがあります)

それでは、実例をあげながら説明していきましょう。最初に肩当ての例をご紹介します。写真1,2は、私の生徒さんが実際に使われているものです。この方たちには市販されている中にしっくりくるものがなく、工夫をすることによって持ち方を決めました。慣れてくると次第に形が変わってくる可能性は大いにありますが、現状ではこれが良いようです。

写真1,2(それぞれkataate1.jpg, 写真2、なお写真には「マルシー・Amane Itoを付けてください)
(写真注1:市販のブリッジ型ものに厚みを付けました。この方は三点保持法で、鎖骨のやや肩よりで楽器を持っていますが、市販の肩当てでは鎖骨の飛び出したところが邪魔になり安定性を保てません。そのための工夫です)
(写真注2:市販の楽器の厚みを増すタイプ・・・ここではGEVAのもの・・・に少し厚みを追加して使っています。厚みは、表面の布を取り外して、タオルを縫い込んであります。鎖骨から顎までの距離が比較的長く、厚みを増やしたいための工夫です)

身長や腕の長さの問題で楽器の構え方を変えた時、顎当ても替えてしまった例があります。次の例です。肩当てだけでなく、顎当ても持ち方に大いに関わりがあります。顎当ては大きく分けて三つのタイプがありますが(イラスト4参照)、同じタイプでも製品によって形や淵の高さが微妙に違いますから、いろいろ試してみるとよいと思います。

イラスト4:顎当てのタイプ

写真4(注:左は通常のオーバー・テールピース・タイプ。右のタイプは珍しいですね。楽器の中心をダイレクトに支えられますので、体が小さい、特に左手が短い人には有力なものだと思います)

楽器を保持する工夫で重要なことは、楽器を鳴らすことと運動性能を活かすためにどのような位置に楽器があればよいかをイメージして、そのイメージ通りに持てるように工夫することです。多くの人が反対のことをしています。つまり、与えられた楽器と(市販の)肩当てでどのように持ったらしっくりくるかに悩んでいるのです。

どのような肩当てを考えたらよいのかを判断するために、まず楽器の保持のために必要なことを確認してみます。注意する点は上記の二点から考えることができます。楽器を上下からしっかり挟んでしまって響きを止めないことと、左肩の自由度を下げてしまわないことです。

次の写真のUさんはすでに30年近くヴァイオリンを弾いているベテランで、肩当てをしたりしなかったりという柔軟性をお持ちでした。長い間ヴァイオリンを弾いていて、楽器がすでに体の一部になっているような感覚をお持ちなのでしょう。しかし、楽器は体にはなじんでいるものの、物理的には不合理な点がいくつかありました。

肩当てを使用せずに楽器を持つ場合、肩を上げて裏板をしっかりと支えはいけません。裏板を直接肩に乗せている例を時々目にしますが、この形で楽器を保持すると楽器の振動はかなり減衰します。「肩当ては楽器の鳴りを殺してしまうからできるだけしないほうが良い」と頑なに信じている人もいらっしゃいますが、この例だと肩当てをするよりむしろ楽器が鳴らなくなっています。このことは実験してみるとすぐにわかります。

写真5、6
(以前は、左の写真のように肩を上げて楽器を支えていました。肩が楽器の鳴りを殺していると同時に、楽器が鳴るための空間も小さくなっています。左手の運動性能を上げるためにも、右の写真のように肩と楽器の間に空間を作るべきなのです)

肩当てをする場合も、同じように楽器の鳴りを殺したり左手の運動性能を落とさないような注意が必要です。次の写真の鈴木さんのケースがこれに当たりました。この方も10年以上弾いているベテランですが、左手がスムースに動かない悩みを持っていました。その原因の一つが楽器を保持するために左手に負担がかかっていたことです。

写真7,8
(写真注:ブリッジ型肩当てで左手の運動性能を落としている例。肩当てがまさに腕の付け根に乗っており、左手に非常に負担がかかっています。肩もかなり上がっているのがわかるはずです。これを写真8のように持ち直すことで解決しました。ご本人は「嘘のように楽に手が動くようになった」と言っています)
イラスト5,6:肩当ての位置の解説
ブリッジ型の肩当てがイラスト5の×印が付いたところに乗っていると左手の運動性能を劣化させる場合があります。とくに「なで肩」の人に顕著で、肩が上がってしまうことと腕の付け根を押さえつけてしまうことの二つが原因です。肩当てが当たる位置はできるだけ○の位置にしたいのですが、そのためにイラスト6のような方向に肩当てを付けると、鎖骨の形状によってかなり持ちにくくなることがあります。このような人には、写真1のような工夫をするか、写真2のようなタイプの肩当てを試してみる意味があります。「三点支持法」を改良するか、「三点支持法」から「二点支持法」に変えてしまうかです。

ブリッジタイプの肩当てを使って鎖骨の首よりで楽器を保持する場合、肩当ての付け方に少々工夫がいります。次のイラストのように、通常と反対の向きに付けてみます。右のイラストのように付けると、普通はブリッジの肩と反対側の足が不安定になります。そのため、ブリッジの厚みを増やす工夫が必要になります。

イラスト7
(ブリッジタイプの肩当ての付け方。左は普通の状態。右は反対向きについていますね。この形で肩当てを付けて持った方がフィットする人も決して少なくありません)

どのような肩当てを使って持つかということは、特にレイトスターターにとっては自分だけで考えにくいものです。先生やベテランによく見てもらっていろいろと試してみることをお勧めします。

(ここで切る場合、以下の文章を最後に加えてください・・・楽器の保持に関しては、もう一点、楽器の向きについても考える必要があります。これについては次回、左手の状態を考慮しながら考えてみたいと思います。(改行)なお、今回は紙面の都合によりコラムをお休みさせていただきます。)

最後に、楽器を保持する方向についても考えてみましょう。

楽器の位置については、「正面を向いた体の中心線から45度ほど左に向く」という解説が一般的なようです。この方向ではボウイングがきちんとできないケースがあることは4月号で実例をあげて説明しました。原則として、体が小さく腕が短い人や右手の手首が非常に固い場合には、楽器は体の中央に近づける必要性が生じる場合が多いです。また、左手の肘の柔軟性に問題がある場合は楽器を中心からより離して持つ必要が生じる場合があります(詳しくは次回説明します)。

写真9,10
(Uさんは背も高くなく、腕の長さも十分ではありません。楽器をやや正面 に構えたいのですが、左手の負担が大きくなりすぎです。それを解決してくれたのが顎当てでした。初めは写 真9のように構えていましたが、このタイプの顎当てで楽器を正面に近づけると、左手の負担が大きくなりすぎます。写 真10は非常にリラックスして楽器を構えることができているのがわかると思います)

「原則として」と書いたのには二つの意味があります。上に挙げた状況はあくまで判断材料の一つで、その他にも楽器の位置を決めるための肉体的条件があるからです。特に肩幅と肩の形状、腕の付け根の大きさと腕の付いている状態、胸の形状(女性の場合)によって、楽器の位置が制限されるケースも珍しくありません。

楽器の位置について考えるべきことはあと二つあります。楽器の位置は固定していてはならないということと、楽器の位置は頭の使い方に直結することです。

実際に曲を演奏するとき、楽器を一つの方向に保持したままで弾くことはありません。楽器は左右に、場合によっては上下にすら動いています。奏者の「癖」もありますが、多くの場合プレーヤーは意識して、ないし必要なことを無意識に行うために楽器を動かしているのです。そのために、楽器の状態はある程度の柔軟性が必要です。

楽器を体の中心から左に大きく振ると、左手と右手が同時に視界に入らず、左手の意識と右手の意識がバラバラになってしまうことがあります。もちろん、左手と右手が単純にシンクロしてしまうことは問題外ですが、両手の動きを同時にイメージすることは必要なことです。これに対して、体の中心近くに楽器があると意識は比較的まとまりやすいといえます。いわゆる「初心者」の方で、意味無く楽器が体の正面に向かってしまう人がいるのは、この「頭で動きを捉えやすい」ということが理由であるような気がしています。ただし、楽器がセンターにあると体の使い方は不合理になってしまう場合が少なくありません。

実際には、まず体の状態で楽器の向きが制限される場合が多いのですが、意識の持ち方、頭の使い方なども考えて自分の楽器の持ち方をトータルにイメージできることが大切だと思います。

今回は、紙面の都合でコラムをお休みさせていただきます。