柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第8回〔大人と子どものレッスンの違い〕lesson2 各論

(2) レッスン2・・・各論

今回は、大人と子どものレッスンの違いの留意点を、幾つかのテーマに分けて述べてみたいと思います。

* レッスンの場も訓練の場にする

「レッスンの常識」に従えば、レッスンの場は家で練習をしてきたことを先生にチェックしてもらい、新しい技術を教わったり音楽的なことを学んだりする場です。ですから、なんらかの理由で練習ができなかった場合、レッスンを流してしまうことも珍しくありません。私自身、レイトスターターのレッスンを始めた当初は、練習をしてこなかった生徒をそのまま追い返したこともありました。

しかし、私のこの「レッスンの常識」は、ある男性をレッスンして根底から覆されました。この方は、音の高低が全く認知できなませんでした。非常に希なケースだとは思いますが、音の高低を判断せずに、ヴァイオリンを「指の場所で」押さえて弾いていたのです。比較的器用に指を「そのあたり」に置いて弾いていたので、当時この方が付いていた先生は、彼が「音高の判断がつかない」ということに気がついていませんでした。この方のレッスンは、二つの違う音のどちらが「高いか」ということを認知することからスタートしました。そして、数ヶ月かかって、ようやく「ドレミファソ」が歌えるようになったのです。

この生徒さんのレッスンは、まさに私の意識を革命的に変えました。レッスンの場が一番貴重な「音感をつける時間」でなくてはならないという当然の事実に気がついたからです。レイトスターターのレッスンの場合、先生の実演する「正しい音」を利用して「音感の訓練」を絶えずくり返すことがどうしても必要なのです。もちろん、この例のように極端な場合ではなくても、正しい音程感覚や和声感は、初めのうちはレッスンの場でしか知ることができません。

* 時間の使い方

楽器のレッスンは、上達するほど長くなるのが「常識」です。始めたばかりの小さな子どものレッスンはほとんどの場合30分で、長くても一時間でしょう。上達するにつれて課題も増え、曲も複雑になっていきます。それに従ってレッスンの時間も長くなり、音大の受験や演奏家に付くレッスンなどの場合は、二時間を超えることも少なくありません。子どもの場合、「集中力や体力がもたない」という問題がありますから、長いレッスンが良いとは一概には言えませんが、この考え方をそっくり大人のレイトスターターに当てはめていらっしゃる先生が大変多いのは残念なことです。実際、インターネットでいろいろとヴァイオリン教室のウェブサイトを見てみると、「大人のためのヴァイオリン教室、入門・30分2500円、中級・50分4000円」などと案内が書かれていることがよくあります。

たくさんのレイトスターターを教えるとよくわかることですが、体の使い方・思考回路が全く違う大人の場合、同じことを教えるためにもさまざまな言葉の工夫や「実験」が必要になります。体のどの部分を使っているかをきちんと検証することなしに形を真似しても意味がないからです。また、音程感覚を磨くためにも、先生と一緒に音を出す時間がたくさん必要です。ですから、「入門だから時間が短くても良い」ということは決してないのです。

私の場合だと、どんなに練習をしていなくても、初めのうちは必ず毎週レッスンに通ってもらいます。レッスンの時間も多くの場合一時間半から二時間かかるのが普通です。音感を鍛える訓練をし、「何をしたらどうなるか」ということを徹底的にわかっていただくためには、これだけの時間がかかるのです。少し進度が進んで自分で検証することができるようになれば、レッスンの時間も短くなり、間隔も柔軟に考えることができるようになります。これが大人の入門者を教える場合の当たり前のことだと思います。

* 大人が不安になる点

メールでいただくご相談やあちこちの掲示板で書かれているものを見ると、自分の状態が正しいのか正しくないのかがわからないという不安を感じている人がとても多くいらっしゃいます。それに対して明確な回答を得られないために、常にストレスが溜まった状態でレッスンを続けている方も少なくありません。この「自分の状態に不安を持つ」ことは、大人により起こりやすいことです。「正しい道筋を歩まなくてはせっかく練習してもダメになってしまう」ということを、大人は知識として理解しているからです。

教える側から見ると、「何でこんなことで悩むの?」ということも少なくありません。「訓練すれば身につくこと」や「自然に覚えていくこと」だと教える側が「知って」いることでも、生徒の側はいつも「正しくないことをやっているのではないか」という漠然とした不安を抱えているものです。

多くの場合、努力して訓練を重ねて身につけるべきことと、知っていなくてはできないことの区別が付かないことが、不安を抱いてしまう原因です。この二つのことを明確に区別し、レッスンを「このように訓練したらこうなります」という将来像を示しながら行うことがとても大切なのです。

* 自己検証ができるようにすること

前項とも密接に関係していることですが、自分で練習しているときに自己検証をするためのアイテムを協力して見つけていくことも大切なことです。自分で練習をしなくてはならない間、間違ったことをくり返していては意味がありません。そのことは大人なら皆さん承知していることです。しかし、どうやって「正しいかどうか」を判断するのかが大問題になります。そのために、様々な方法で自己検証できるように判断材料を獲得することが重要になります。

鏡を見る、ということは、多くの指導者が勧めている自己検証の手段の一つです。もちろん、多くの場合これは有効な手段です。ただし、左右の目のアンバランスなどの理由よって鏡に映った姿を正確に判断できない人も多く(これには大変驚きました・・・全く見当違いを真っ直ぐだと感じる人も少なくありません)、実際にどう見えているかをレッスンで確かめる必要があります。

音を判断材料にできる時期がなるべく早くくるようにすることも重要です。力が入ってしまう、弓が一定に動かないなどの症状を音で判断できるようになると、良くない状態をチェックしやすくなります。そのために、レッスンでどのように聞こえているときにはいかなる問題が生じているかを生徒にしっかりと理解してもらうことが必要です。

他にも、自己検証のための方法論はたくさんあります。それをレッスンの場でいかに理解できるかが、レッスンの間の練習をより有効なものにするのです。

* 体の使い方の勘違いをチェックすること

これも、生徒さんが悩んでいることを指導者が理解できていない場合がある大きな問題です。同じような格好をして同じように練習すればできるはずという先生側の思いこみが、全く違ったことをやっている生徒の状態に気づかない結果を生んでしまうのです。思いもよらない体の使い方をしている大人は結構多いのです。

面白い一例をあげておきます。ある生徒さんは、ベテランのプロオーケストラプレーヤーに10年ほどレッスンに付いてから私が見させていただくようになりました。スケールの音程も(理屈はともかく)ピタゴラスの進行を習っていましたし、肘や肩を上げすぎて腕の重みを殺してはいけないことも教わっていました。先生は「肘や肩を上げるな」と厳しく仰っていたそうです。しかし、見かけ上脱力もでき、肘も肩も極端に上がっていないにも関わらず、この方は腕の重みを全く使えていませんでした。空手をしばらくやっていて腕の付け根に筋肉がしっかりと付いてしまい、腕を上げるときにこの筋肉を使うことを覚えてしまっていたからです。こんなケースだと、実際に腕を持ってみたり筋肉の使い方を触って確認しないと、大きな音が出ない原因を突き止めることができません。

前回取り上げた佐藤さんのケースも同じような例です。こういった人が練習をくり返してもなかなか進歩しない場合、先生は「この生徒は不器用だ」とか「どんくさい」などと考えてしまいがちです。無理な体の使い方をして速い運動を訓練しても上達するはずがありませんから、どんなに真面目に練習しても成果が得られないのです(この問題は、大人のアマチュアにとってかなり深刻な問題ですから、具体的なことをいくつか取り上げていくつもりです)。

* 楽器から考えること(物理的な現象を理解すること)

考える方向を間違えないことも重要です。

ヴァイオリンの技術を習得するときには、「ヴァイオリンの構え方」「弓の持ち方」などの説明を受けたことでしょう。その時に何を気をつけたでしょうか。すでに楽器を持って長い時間が経っている方も立ち止まって、少しばかり戻って考えてみてください。

教えるときの言葉にはたくさんの可能性があります。同じような持ち方を指示する場合でも先生の選んだ言葉によって伝わり方は違うはずです。注目していただきたいことはただ一つだけ。体の形から考えているか、ヴァイオリンという楽器から考えているかということです。この思考は、体にあった奏法を考える手助けにもなるものです。

音が出るということは、純粋に物理的な現象です。すなわち、良い音がするにはどのような物理現象が起こればよいのかということを理解することがスタートになるのです。まず体の形を考えてしまうと、体の都合で楽器に対して「物理的に正しくない」力が働いてしまうことがあります。

教える側がこの物理現象を理解している場合、生徒に物理現象からひもといてその生徒に相応しい形を指示することができます。もちろん、どんな先生でも先生の中では常にしっかりとしたイメージがあるわけですから、先生の考えているとおりに伸びればヴァイオリンらしい音を作ることができるようになるでしょう。しかし自分で練習しているときに指示された体の形を守ろうとすると、前回述べたような「その人なりの体の都合に沿った形」に変形してしまうことがあります。そうならないようにするためには、物理現象を理解しておくことが大切なのです。

実際のヴァイオリンのレッスンやレイトスターターの方たちのお話を聞いていると、この「物理現象」を皆さんが知っている・注意している点が一つだけあります。それは弓が真っ直ぐに(弦に垂直に)当たることです。弓が弦に対して垂直に当たっていないと楽器がきちんと鳴らないということは、全ての方が理解していらっしゃるでしょう。そのために様々な工夫を凝らして練習をなさっています。同様のことを他のことにも応用していただきたいのです。

例えば、弦を振動させるときに、腕の重みを使うのであって力で押し込んではならないこと。特に手を回転させて弓に力を加えてはならないことを物理的な現象として理解してもらうことは簡単です。もちろん、ある程度目で正確に判断できることでもあります。また、弓をどの角度で各弦に当てるべきか(弦が素直に振動するためには、駒に当たっている部分の傾斜に対して角度が大きすぎてはいけない。できれば駒の傾斜と同じが望ましいこと)、などといったことは、物理現象として簡単に理解できるわけです。ご自分の練習が正しい方向を向いているかどうかを確認するために、このような「物理」を是非きちんと理解して日々の練習をしていただきたいと思います。