柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第5回〔音楽的な感性 その1〜大人は如何に耳を鍛えるべきか〜〕lesson2 音の相互関係を判断するための基礎知識と基本訓練

●「うなり」を認知すること

前回述べたように、人間の耳は「簡単な整数比の周波数である二つの音」を「美しい=はもる」と感知します。この「はもる」関係を、「純正な二音」と表現することにしましょう。同時に鳴る二つの音が簡単な整数比に近くなると、「わーん・わーん」という人間の耳が捉えることができる「うなり」を発するようになります。この「うなり」は、二音が簡単な整数比から少しばかり遠いと「わんわんわん」と細かく聞こえ、二つの音を純正に近づけていくと「わんわんわん」が「わーんわーんわーん」さらに「わーーーーんわーーーーん」と幅が広くなっていきます。最終的に二音が純正に非常に近くなると、このうなりは幅が広すぎて人間には認知できなくなります。「はもる」とは「うなりが聞こえない状態」であるとも言えます。

この「うなりが認知できない」音の間隔には若干の幅があります。今まで私が実験したところでは、ほぼ半数のレイトスターターがすぐにうなりを聴くことができましたが、最初は全くうなりを認知できない人も決して少なくありません。しかし、がっかりすることはありません。個人差や音の高さ、楽器の違いなどによって生じる差もありますので一概には言えませんが、前回述べたように「純正な二音を使って耳を鍛える」ことでほぼ純正に近いところまでうなりを聞きわけることができるようになるものです。 弦楽合奏の練習で、いろいろな組み合わせ(楽器の組み合わせ、位置の組み合わせ、音の高さの組み合わせなど)で実験をしてみると、「うなり」の聞きやすさにはかなり個人差があります。このうなりを聴く作業は純正な音程間隔を再現するための準備としてどうしても必要なことですから、なんとかして認識できるようにしたいものです。経験的には、最初はヴァイオリンよりヴィオラやチェロを聞く方が見つけやすいようです。

(ここに、図表1〜3と解説を挿入してください)

【うなりの発生するしくみ】

音は波です。振動数が多いほど高い音を、振動幅が大きいほど強い音になります。1秒間の振動数を「ヘルツ」と呼び、通常チューニングに用いられるA音は440〜443ヘルツの間です。このままでは細かすぎるので、1秒間に10回と11回の波を使ってうなりが発生する仕組みを説明します。

図表1は10ヘルツと11ヘルツの波が1秒間続いている図です。このように波がずれると、合成した別の波が発生します。この様子がわかるのが図表2です。少し崩れたような波形が合成されたものですが、1秒間で1サイクルの動きになっていることがわかるはずです。これだけだとうなりに感じられませんが、図表3のように数秒間分グラフを描いてみると、うなりが発生している様子がわかります。

このように、うなりは周波数の「差」によってその周期が決まります。「1秒間に1回のうなり」が発生するということは、音の高低に関係なく、周波数差が1であることを示すことになります。

●「うなり」を聞きわけるための訓練法

「うなり」をとらえることができるようになるためには、「うなり」や純正の音程間隔を理解している人に再現してもらって聞きわけることが最初のステップになります。初めは同音、ないしオクターブがいいでしょう。オクターブの場合、先生かベテラン・プレーヤーにD線の開放弦とA線のD音を同時に弾いてもらいます。初めはやや狭く(A線のD音をやや低く)とってもらって、「うなり」が聞こえるかどうか実験してみてください。聞こえれば、音を純正に近づけていきます。「うなり」の間隔が長くなっていくことが理解できると思います。奏者が「うなり」聞けているのに聞いている側が聞こえていない場合、音の高低を変えてみます。G線とD線を使ったオクターブに替えてみてください。それでも判断がつかない場合、奏者と聞く人の位置をいろいろと変化させてみます。また、聞いている人が意識を奏者の方に近づけたり遠ざけたりしてみてください。奏者がヴィオラを持っていれば、ヴィオラで実験してみるのもよいかもしれません。

すぐにはわからなくても根気よくやってみることが大切です。私が個人レッスンをした経験からいえば、早い人ならただちに聞きわけられますが、遅くとも2〜3回のレッスンで「うなり」を捉えられるようになります。オクターブがわかれば、五度、四度、を実験してみましょう。ここまでが第一段階です(六度、三度はやや難しくなります。もちろん、やってみるにこしたことはありませんから、是非実験してみてください)。繰り返しになりますが、レッスンの時間にいろいろな音程間隔で聞かせてもらうことが大切です。

●「差音」とそのいたずら

うなりが聞こえなくなってからさらに二音を純正に近づけとうとう完全に合ったときに、それまでと違った響きが聞こえます。これは「差音(ないし結合音)」と呼ばれる音による現象で、この音が純正な二音をさらに美しく響かせます。「差音」とは読んで字のごとく二つの音の周波数の差の音です。「差音」は常に発生しているものですが、二つの音の間隔が純正になったとき「差音」のいたずらが人間の耳にもよくとらえることができます。例えば440HzのA音と660HzのE音を弾くと220HzのA音が「差音」として鳴ります。440HzのA音と880HzのA音を弾くと440HzのA音が差音です。

もちろん、440Hzの音と357Hzの音が同時に鳴っても差音は発生します。ただしこの音は元の二つの音と「人間の耳にとっての自然な関連性がない」ために認知されにくいのです。

二音がオクターブや五度であると、差音が二音の下の音と一致するかオクターブ違いになるため下の音の響きが大きく感じられます。差音の重要性は、タルティーニやレオポルド・モーツァルトの時代から強調されていることでもあります(レオポルドのヴァイオリン教本では、差音を聴くことの重要性がしつこく述べられています)。この差音をいつでも正確に聞き取ることは非常に難しいのですが、特定の二音の響きが変わるという感覚ならレイトスターターでも判別できます。私も実際に純正にチューニングができるようになる過程で、多くのレイトスターターがこの現象を捉えることができるようになるのを見てきました。

差音の話を持ち出すと多くの先生が顔をしかめられてしまいます。「そんなことを初心者に言ってもしょうがない」というのがその理由だそうですが、そんな先生たちの多くが「オクターブが合ったら上の音が溶けて聞こえなくなるでしょ、そこをちゃんと取らないとダメよ」と教えます。実はこれは「差音を聴け」ということと等しいのです。理屈を理解すれば音の変化を捉えることができる人が増えるでしょう。

●成長期には化学調味料まみれはやめましょう

少々話が脱線しますが、「音高の違いを判断する能力」を「食感・・・味を感じる力」と比べてみましょう。

目の前に「鯛」「鯒(コチ)」「カワハギ」のお刺身があります。「鯛」はワサビ醤油で食べましょう。鯒は紅葉おろし。カワハギは何と言っても肝醤油ですね。どれも似たように見える白身の刺身ですが、「美味しい」とされる食べ方は全く違います。この刺身に化学調味料をたくさんかけて味を判別してみましょう。さて、できますか? どれも同じようになってしまうはずです。

普段何気なく生活していると、耳は化学調味料をふんだんにかけた状態で音を聞いています。こんな状態で味見をしてもどれがどれだかわかりません。日本人に生まれて小さな頃からいろいろな魚を食べてきていると、化学調味料をしばらく断ってみれば魚の味なら判定できるようになる人が多いと思います。音も同じなのです。人間の耳の自然な能力を思い出すために「化学調味料断ち」ができるかどうかということが重要です。

音の世界で「化学調味料」に当たるものは幾つかあります。一つは「生活音」です。人間の耳は常に様々な音に曝されていて純粋な音の比較ができなくなっています。このような環境の中で耳を鍛えるためには、静かなところで音を聞くことが必要です。そしてもう一つの「化学調味料」は「平均律」なのです。

常に平均値で音をとってしまうことに慣れていると、次第に純正なものとそうでないものの区別が付かなくなってしまいます。実際にピアノの専門教育を受けて「ピアノ耳」を持っている人をレッスンしたことがありますが、純正な音程間隔を理解するのに大変苦労していらっしゃいました。

平均律で耳を慣らすと美しい音程間隔を聞き分けることができなくなるということ自体も問題ですが、大人にとってさらに大きな問題は「化学調味料をかけて味の判別をすることはそのまま食べて判別することより難しい」ということにあるのです。レイトスターターや音程に自信のないアマチュアが平均律の音程を覚えようとすることの無理がまさにここにあります。逆に言えば、きちんとした環境を作って耳を澄ませば「鯛と鯒とカワハギの味の差がわかるようになる」のです。

ただし、私は「平均律が全て悪い」とは思っていません。よく誤解されるのですが、私自身ピアノを弾くことが大好きですし、レッスンで実際に伴奏をすることもあります(もちろん、無神経に鍵盤を叩いて音程の悪いピアノになってしまわないようには努力します)。ここで言いたいことは弦楽器を始める・音程を修正するために必要な耳の訓練のために平均律を利用してはいけないということなのです。

●純正な二音をくり返し聴くこと・そして再現すること

「うなり」「差音」の理屈を理解した上で純正な二音を知る訓練をしましょう。やはりレッスンで先生に実演していただくか、ベテランプレーヤーに協力してもらうことが必要です。

まずオクターブからスタートします。うなりが聞こえなくなり差音のイタズラがはっきりわかるようになれば終了です。差音自体が聞こえなくても、下の弦の響きが急に大きくなり上の弦がほとんど聞こえなくなる現象はほとんどの人がすぐにわかるでしょう。次に自分でやってみましょう。二つの弦を一度に弾く場合、慣れていないとどうしても一生懸命押しつけて同時に音を出そうとしてしまいがちですが、これは逆効果です。ヴァイオリンの弦は非常に微妙で、力で押さえつけると音程はかなり変わってしまいますし、楽器の響きも殺してしまうからです。始めたばかりでまだボウイングが不安定な場合は、先生に下の音をとってもらって上の音を弾くだけでも訓練することができます。その場合、二人の位置があまり離れていると認知できなくなりますから注意してください。

次に五度です。五度は正しい音程をとることが大変難しいので、ある程度熟練した人でないと実演できない可能性があります。もちろん先生にやっていただければオッケーです。

五度を合わせることは実は調弦そのものでもあります。私は調弦が理解でき、ある程度の時間でできるようになるまでは、生徒にアジャスターを付けさせます。アジャスターは楽器の鳴りを殺してしまいますから付けないに越したことはありません。しかし正しい五度調弦は弦楽器の音程にとって「命」のようなものですから、できるようになるまではそれを優先させます。幸い、最近はテールピースにあらかじめ作りつけたタイプのものが安価(3000円ほど)であり、比較的軽いので、金属製のアジャスターを各弦に付けるより楽器の鳴りを殺しません。アジャスターを付けると、始めたばかりの人でも微妙な差が理解できる可能性が高くなります。

(調弦は、特にアンサンブルやオケの場合、純正な五度には合わせないことがほとんどです。しかし初めは必ず純正な五度に合わせてください。このことは、「耳を鍛える」ことと同時に「再現性の高い音程感覚を身につける」ためにもどうしても必要なことです)

そして、四度、六度と進みましょう。特に純正な四度は再現性の高いスケールを弾くためにどうしても必要な音程間隔ですから、きちんと理解しておくことが重要です。三度まで「できましたよ」と言われるようになれば、純正な間隔をかなり正確につかめたことになるでしょう。

最後にもう一つ、「同音」を付け加えてください。先生が弾いた音と同じ音で試すことや、開放弦と同じ音で試すことをくり返します。同音は、人によってはかなり手こずることがあります。完全に合ったときに自分の音(片方の音)が消えてしまうように感じられる場合があることがその理由です。ベテランのアマチュアでも、同音を「ほんのすこしずらせたところ」でとってしまう人がいます。話を聞いてみると、自分の音が聞こえなくなったところでは不安で、二つの音がはっきりと別に聞こえないと合っていると感じられないのだそうです。聴き方の問題もあるのですが、とてももったいないことをしていると思います。

●知識をもって理解することの重要性

ヴァイオリンの音程の話に進むと、スケールが登場します。その時に「楽器が一番よく鳴るところが正しい音程」と教える先生がいらっしゃいます。もちろんこのことはほとんど正しいのですが、最近とんでもないケースに出会いました。問題は、ニ長調のスケールを練習しているときの第2音(E音)で生じました。頂いたメールには「楽器がよく鳴るところ、と教わって一生懸命練習しているのですが、どうしてもニ長調のEの音が気持ち悪いのです。先生はもっと高くとだけおっしゃるのですが、私の耳が悪いのでしょうか」という趣旨のことが書いてありました。D線上で一生懸命「よく鳴る」E音を探した結果、その音を使ってニ長調のスケールを弾こうとしたのだそうです。

楽器がよく鳴る音というのは、開放弦の同音や開放弦と「はもる」音などでよく理解することができます(この点については、次回説明します)。メールを下さった方は、理屈がわからずに「よく鳴る音」を探し当て、その音が求められた音程であると判断して練習しようとしたのです。

(ここにFAXした図表と説明を作成して挿入してください)

D線上でG線と「はもる」E音(六度)を取ってみます。その音とA線を一緒に弾いてみます(四度)。さてどうですか? 聞くに堪えない汚い音がするはずです。今度はE音を押さえる位置をほんの3ミリほど高くしてみます。するとA弦と「はもる」音になるでしょう。つまり「同じE音でも全く違う場所を使わないと美しい音程が得られない」ことがあるのです。したがって「よく鳴る」場所も二か所あることになります(もちろん、共鳴の力には差がありますし、低い方のE音は調弦が純正になされていた場合E線の開放弦に共鳴しませんから厳密には鳴り方がやや小さくなります)。3ミリがヴァイオリンの音程にとってどれほど絶望的な大きな差になるかということは実際に体験してみてください。ご質問を頂いたこのケースでは、このE音を間違って取っていたのでした(チェロになると、二つのE音の位置の差は普通の日本人の指一本の太さよりさらに大きくなります)。二つの異なる音程が開放弦と純正になるこのケースだと、「楽器が鳴るところ」という中途半端な理解ではとんでもないことになってしまうことがあるのです。

「うなり」「差音」などの現象も正しい理解をしていただきたいと思います。練習の意味を知ること、結果として得られるものを理解することは、この例をあげるまでもなく、ご自分でする練習の密度と結果に大きな差をつけることになるからです。

●レッスンを音感を鍛える場に

「うなり」にしても、「差音」、また先程のスケールの場合にしても、レイトスターターや音程感覚をきちんと訓練してこなかったアマチュアにとっては、純正な二音を知る訓練や正しい音程を耳で判断できることが必要です。特に大人になってから初めて楽器の演奏にチャレンジする人にとっては、先生がどのように生徒の音程感覚を磨くためのお手伝いができるかということが決定的に重要なのです。また、再現性の高い音程を身につけるためにも、初めにこのステップを踏むことは大きな助けになるでしょう。

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【コラム】都島ストリングス

前回に続き、関西圏で活動している弦楽合奏団をご紹介します。

都島ストリングスは、29名のメンバーの半数以上が「レイトスターター」や「長いブランクを経た人たち」という合奏団です。ですがメンバーの中には、アマオケでばりばりと活躍していらっしゃる方もいます。学生から60台までと年齢層も幅広く、なごやかながらしっかりした目標を持って活動している合奏団です。

練習を拝見していて、この合奏団のコンセプトの一つである「大人の集まり」(団長のMさん)との印象はとても興味深いものでした。技術がまだまだ発展途上の合奏体が指導者を迎えると、どうしても指導者に全面 的に依存してしまいがちです。しかしこの日の練習では、各楽器のトップを中心に「自分たちがどのように弾きたいか」ということを主張しながら、トレーナーと共同作業を続けていました。団員が音楽を創るのだ、という意識が、団を支える大きな力になっています。

また「まだまだ十分に弾けない人たちも包容できるアンサンブルにしたい」というメンバー共通の思いは、取材をしていて強く感じる点でした。アマオケで中心的な演奏活動をしている人たちと「初心者」がとても自然に融合しているのです。アマチュアで長い間活動を続けていると大きな曲や難しい曲を演奏したいという欲求が強くなることが多く、求める音楽的な結果も高くなるのが普通です。そういった人たちが、初心者のペースを理解して進まねばならないアンサンブルに定着することはそれほど多いことではありません。そんなところにも、このアンサンブルの魅力があるのだろうと思います。

お伺いした時は、昨年残念ながらお亡くなりになった創団以来の指導者の後任を決める「顔合わせ」の練習会でもありました。「自分たちに相応しい指導者が欲しい」という意志を明確にして、「自分たちが納得できる指導者との関係が作りたい」という、アマチュアにはなかなかできないことを目指されていることも、このアンサンブルを取り上げようと感じた大きな理由です。

三月から新しい指揮者を得て新たなステップに進まれた「都島ストリングス」に、これからも注目していきたいと思っています。

都島ストリングス・ウェブサイト http://www003.upp.so-net.ne.jp/mie/miyakojima/index.htm

都島ストリングスのHPは移転しています http://orchestra.musicinfo.co.jp/~miyako-st/(2012.11月現在)