柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第4回〔音楽的な感性 その1〜大人は如何に耳を鍛えるべきか〜〕lesson1 総論・「音高の記憶」と「音高の相互関係の判断」

耳を鍛えることは、全ての楽器を演奏する(歌を歌う)ためにどうしても必要なことです。そして、多くのレイトスターターが悩みに悩んできたことでもあります。私自身の経験から、大人がどのように耳を鍛えたらよいのかということと基本的なヴァイオリンの音程感覚についてを、今回以降数回にわたって述べてみたいと思います(純正、ピタゴラス、平均律などの言葉については、今号から連載が始まる川島史子先生の音律の話を参考にしてください)。

またこのことは、「なんとなく音程がしっくりこない」「音程が素人臭い演奏がなんとなく素人っぽい」という悩みを抱えていらっしゃるアマチュアの方にも是非知っていただきたいことでもあります。(演奏が「素人っぽい」と感じられている方の多くが、奏法・ボウイングや音楽的な問題が原因だと考えていらっしゃいますが、実は音程も大きな問題である場合が非常に多いのです)。美しくきびきびした、弦楽器らしい音程を知るために、微力ながらお役に立てるのではないかと考えています。

絶対音感は必要ない

日本の「音感教育」は、残念ながら「音高を記憶する」ことに比重をおいてきました。これが「絶対音感信仰」などにもつながっているのだと思います。すなわち、「音の高さをしっかりと覚えることが楽器を演奏するために必要なこと」という考え方です。この思想に従えば、大人から楽器を始めることは無駄なことになってしまいかねません。なぜなら、「音高を正確に記憶する」すなわち「絶対音感をつける」ということは、ほとんどの大人には無理な要求だからです。研究者によって限界とする年齢の差がありますが、遅くとも6才を越えてからはこの能力をつけることはできない、というところとの結論では一致しているようです。 絶対音感とは、音高を正確に記憶することができる能力です。この能力を持っている人は、442HzのA音と441HzのA音を、別々に聴いて「あ、これは441だ」「これは442だ」と答えられます。実は、ヴァイオリンを長い間弾いている人は、このA音だけは正確に記憶している場合があります。私も、チューナーや音叉に頼らず調弦しても、ほぼ442に合わせることができます。しかし、これは絶対音感があることの証明にはなりません。絶対音感を本当に持っている人は、A音以外も、すべて答えることができるのです。例えば、あるG音を聞いて、「このG音は、442HzにA音を合わせて平均律にとったG音よりやや低い」などということを、自分が覚えている音高と参照して瞬時に判断できるのです。

多くの識者があちこちで論じているように、絶対音感は楽器を演奏するためには全く必要がありません。むしろ、平均律で絶対音感をつけてしまうと、楽器を演奏するための妨げになることすらあります。それにも関わらず、ノンフィクション大賞を受賞した「絶対音感」などが、作者の意図には反しているのかもしれませんが、「絶対音感があるから素晴らしい演奏ができる」という誤解を助長していることは、大変残念です。音楽のことをある程度知っている人ならよく読めばわかるのですが、そうではない場合、「五嶋みどりさんは絶対音感があるからヴァイオリンが上手なのだ」と誤解してしまうことがあるのです。私自身、あるウェブサイトの掲示板で「あなたには絶対音感がないから、五嶋みどりさんのように絶対音感を持っている人がどんな素晴らしい世界に住んでいるのかがわからないのだ。だから、絶対音感は必要ないなどと間違ったことが言えるのである。『絶対音感』という本を読むべきだ」と言われたことがありました。(五嶋みどりさんが素晴らしい演奏を聞かせてくださることは、彼女が絶対音感を持っていることとは別の次元の問題であると思います)。

これに対して、多くの演奏家・指導者やヴェテランのアマチュアは、「絶対音感に近いもの」を持っています。ある音を聞いたとき、それが「何の音に近いか」ということを判断できる能力です。私はこれを「疑似絶対音感」と呼んでいますが、これは訓練次第でつけることができる能力です(簡単に言うと、一つだけ音を覚えて、あとは相互関係で判断することもできます。私はも、中学から高校にかけての年齢でこれができるようになりました)。しかし、これですらヴァイオリンを演奏するために不可欠なものではありません。つまり、「音高を覚える」という苦しみは、ほとんど無駄な労力なのです。

平均律で音高を覚えることの無理

しかし現実には、「疑似絶対音感を持っている」先生が、大人の生徒に「音高を覚える」ことを要求している場合がよくあります。スケールや曲のレッスンをしていて、「ちゃんとピアノで叩いて音程を直してきなさい」などと言われてできずに悩んでいる生徒さんを何人も拝見しました。ピアノで弾いたスケールや旋律(平均律で演奏された音程間隔)を正しく覚えることは、大人にとってはほとんど「不可能」なことなのです(子どもにとっても厳しいことであることには違いありません)。その不可能なことを要求して、できないと「やはり大人になってから楽器を始めた人は音感がないからダメね」という結論に達してしまい、先生はもあきら諦め、生徒も落ち込む、という結果になってしまいます。

ヴァイオリン(に限りませんが)を演奏するために必要な「音の高さを識別する」能力は、「音の高さを短時間記憶しておく能力」と「音の高さの相互の関係を判断する能力」です。この能力は、大人でも訓練次第で比較的容易に手に入れることができます。私がこの連載で強調したいことはこのことなのです。少々理屈っぽく取っつきにくいかもしれませんが、結果として美しい音程感覚を身につけるためには、純正な響きを判断する人間の自然な能力を目ざめさせる、高めることの方が近道なのです。また、再現性が高い音程を獲得するという点からも、純正な響きを理解することがとても重要です。また、重音を苦にする方の中で「音がよくわからない」というケースをしばしば目にしますが、多くの場合、これも二音の響きを聴く訓練をしていなかったことが原因だと思われます。最近私のところにレッスンに来始めたある生徒さんはすでに8年間ヴァイオリンを習っていましたが、それらしいところに指は行くものの、どれ一つとして正しい音程で弾けていませんでした。どの音程が正しいのか、全く判断が付かない状態だったのです。しかし、きちんとした「理屈」を教え、耳を鍛えることで、ほんの数回のレッスンで二音の純正な響きを理解し、スケールの旋律的な進行を「覚え」られました。このような例はたくさんあります。なんとなく音程に自信がないベテランのアマチュアプレーヤーにも、是非考えていただきたいことです。

音高を短時間覚えているための訓練

さて、脳に記憶された情報を引き出す能力を高めることは、多くの人にとって大きなテーマだと思います。試験の前に年号を語呂合わせで覚えた経験がある人は多いでしょう。工夫をして覚えたことが頭の中にずっと残っている(いつでも記憶を引き出せる状態にある)場合もありますが、「一夜漬け」したことの多くは、二度と引き出せなくなってしまいます。「短時間覚えていられる」ことは、しまい込んだ記憶を引き出すことに比べると格段に易しく、人間にとってそれほど特殊な能力を必要とするわけではありません。「ついさっきのこと」を覚えていられることと同じです。現状では音に対してこの「短時間の記憶」ができない人でも、簡単なトレーニングで少しずつできるようになります。

チューナーを使ったトレーニング法の一例をあげてみましょう。まず頭の中で音を鳴らします。なんでも結構。その音を声にしてみます。その音をチューナーで拾い、センターに合わせます。合ったら声を出すのをやめ、頭の中で同じ音を鳴らしてみます。しばらく鳴らしたら、再びその音を声にします。初めのうちは、チューナーで見てみると、若干ずれているか、ひょっとしたら随分違っているかもしれません。でも心配しないでください。「頭の中で鳴らす」「声にする」という作業をくり返していると、だんだん安定してくるはずです。

ほぼできるようになったら、「頭の中で鳴らす」ことを止めてみます。しばらく他のことをして、それでもほぼ合うようになったら、もう心配はいりません。確実性を増すためには、少し違う高さの音でも訓練してみます。ひょっとしたら、最初に選んだ音が「声を出しやすくてその音だけは再現できる音」だったのかもしれないからです。

ただし、このような練習をしてできるようになっても、せっかく覚えたその音は、何分かしたらきれいさっぱり忘れてしまう人が多いはずです。それは仕方がないことで(覚えていられるのなら絶対音感がついてしまうことになります)、試験の一夜漬けが楽になるための訓練のようなものと割り切って下さい。

音の高さの相互関係を判断する能力とは

「音の高さの相互関係を判断する能力」は、これに比べて少々複雑です(このシリーズの一つの大きな柱でもあることなので、何回かに分けて説明させていただくことになると思います)。

音の高さの相互関係を判断する能力は、二つの音が同時に鳴るときに 『その二つの音が純正であるか(はもっているか、美しいか)』 がわかり、さらに 『二つの音の間隔がどれほどか』 ということの判断がつくことが必要です。

音は「波」であり、同時に二つの音が鳴ったとき、その周波数比が簡単な整数で表せるものを人間の耳は「美しい」と感じる性質があります。人間が持っているこの「自然な力」は、いろいろな「雑音」が多い現代の生活では眠っていることが多いのですが、この能力を思い出させることが、レイトスターターやアマチュアにとって必要なことなのです。前者はこの自然な能力そのものであり、後者はそれに経験値を加えたものです。この能力を身につけることは、平均律の音程を「ばらばらに覚える」ことに比べて格段に易しく、大人にも決してできないことではありません。現状での大人に対する指導法が抱える問題は、人間にとって自然に美しいと感じられる音程間隔、すなわち平均律ではなく純正律で耳を鍛えるべきだということが理解されていないことなのです(。もちろん、演奏自体が常に純正律に則って行われるべきだ、ということを言っているのではありません。あくまで「耳を鍛える」という最初のステップでの話であると理解してください)。

簡単な整数比で表せる音を美しいと認識できるようになって、二音の感覚を経験的に覚えることができれば、この段階が終了します。

音の高さの相互関係を意味づけるもう一つの要素は、音が時間の進行にともなって変わっていく場合です。旋律の音程、と言い換えてもいいでしょう。これは、スケールと簡単な旋律を練習することで磨いていきます。

くどいようですが、くり返させてください。最初は理屈が多くて難しく感じるかもしれませんが、理解して正しく耳を鍛えると、音程に対する苦労が圧倒的に少なくなります。ただ何となく音を取ったり平均律の音高を覚えようとするより、結果が美しいだけでなくはるかに易しいのです。多くの指導者はこのことを誤解しています。

あるヴァイオリンの先生からは、「ピアノやチューナーで音を取るのはあくまでガイド。初心者はどの辺りの音かということもわからないのだから、大体のガイドが必要。厳密な意味での絶対音感がつかなくても『そのあたり』ということは覚えられるのだから、それを覚える意味でもピアノやチューナーを使うべき」というご指摘をいただきました。しかしこのお説には重大な欠陥があると思います。つまり、「覚えられる程度の曖昧な音程」では使いものにならないということです。使いものになる「その辺りの音程」を覚えられるのでしたら、それはすでに絶対音感に近いものといえるでしょう。

また平均律を使うことについても、「自分はもちろん平均律などで演奏しない。しかし最初は音程がわからないのだから、初心者、特に独習者は平均律をガイドとしてやるしかない。ある程度上達したら(スケールが弾けるようになったら)、そのあとで純正律やピタゴラスの進行を教えればよい。柏木さんの御説は初心者には無理だ。初心者相手にものを言うのは気持ちがよいかもわからないが、ご自分が演奏できもしないくせにそんなことを言うものではない」という趣旨のご叱責を、御著書やインターネット上で有名なあるチェロの先生から頂いたこともあります。しかし、ほとんどのレイトスターターは、この先生から旋律的なスケールの音程進行を教わることはないでしょう。なぜなら、多くの大人にとって平均律できちんとスケールを弾けるようになる日は決して来ないからです。

これに対して、弦楽器の音程構造を正確に理解し、耳を鍛えることの重要性を認識している先生は、レイトスターターにも初めから「弦楽器らしい音程で」ということをくり返し教えます。私がトレーナーをしている合奏団にも、そのように言われて育ってきたレイトスターターがいますが、音程感覚を鍛えることがとてもスムースに進みます。大人に対してもきちんとしたことを教える方が結局のところ早道なのだ、ということを信じていらっしゃるからだと思います。

次回からは、これらの「音の相互関係を判別する能力と訓練法」について、説明していきたいと思います。

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平均律を覚えるのは至難の業だ!

ここに描かれている図形は、二つの単振動(簡単には「音」と考えて良い)を合成して得られる平面図形です。ここに描かれている図形は、互いに直角方向に振動する二つの単振動を合成して得られる平面図形です。1855年にフランスの科学者J.A. Lissajous〔1822-1880〕が考案したもので、「リサージュ図形」と呼ばれています。二つの音波が作り出す結果を視覚的に「感覚的に」理解し易いので、便利なものです。

図形1から4までは、それぞれ純正なオクターブ、完全五度(周波数比2:3)、(完全)四度(同3:4)、長三度(4:5)の二音を鳴らした場合に作られる波形です。図形5はピタゴラスの三度(64:81)。波形が複雑で、和音としてはかなり気持ち悪そうですね。

これに対して、図形6は、平均律の五度です。純正な二音が簡単な整数比で、ピタゴラスの三度が比較的「汚い「簡単ではない」整数比で表されるのに対し、平均律の二音の比はオクターブ以外「無理数」(延々と続く同じ繰り返しを持たない少数小数)になってしまいます。パソコンで平均律の二音(五度)をリサージュ図形で描いてみると、初めは完全五度に近い波形を描き始めますが、ずれがあるために次第に線が太くなって、最終的には画面は真っ黒になってしまいます。平均律の五度を正確に覚えるということは、耳でこの複雑な波形を完璧に覚えるとに等しいのです。これが如何に大変なことかは、容易に想像がつくだろうと思います。人間の耳は、本来図形1〜4のような二音を美しいと感じるのです。この感覚を「思い出す」ことが、大人にとって音楽的な感性を磨くための最初のステップになるべきなのです。

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【コラム】アンサンブル・ヴィオ神戸

総勢20名のアンサンブル・ヴィオ神戸は、なんとメンバーのほとんど全員がレイトスターター。神戸を襲った震災後、アンサンブルを楽しみたいレイトスターターが中心になって結成された弦楽合奏団です。当初は、集まってアンサンブルを楽しむだけで、演奏会を目標にした恒常的な合奏団という意識はなかったそうですが、メンバーの意欲が「演奏会をやろう」という形となって実を結びました。2000年11月3日に初めての演奏会を行い、現在は第三回の定期演奏会に向けて張り切って練習中です。

年齢層は20歳代から72歳までと幅広く、ほとんどのメンバーに集まっていただいた中でお話をしていると、まるで大家族の中に紛れ込んだかと錯覚してしまうほどアットホームな雰囲気。楽しいお話を聞かせていただいた最高齢のKさんは、中学生の時に少々習っていたヴァイオリンを60になってから本格的に再開されたそうですが、お話ぶりも弾いている姿も、どう見てもお歳には見えない(失礼!)若さです。

現在はコレルリ、テレマン、エマニュエル・バッハなどのバロックを取り上げていますが、指導をされているSさんは、「もう少し団員を増やして、近現代のものまで取り上げてみたいですね」と、今後の目標を意欲的に語ってくれました。

団長のNさんは、「私たちは、音楽が好きで人間が大好きな人の集まりです。音楽が好きで弦楽アンサンブルがやりたい方なら、私たちの合奏団にどなたでも参加していただきたい。アンサンブル、楽器の経験は問いません」と、団の個性をPR。この雰囲気ならば、確かにアンサンブルの経験がなくてもすんなり入って行けそうですね。

レイトスターターが集まった結果、恒常的なアンサンブルに発展するという事例は、指導者の問題、意識の問題など通過しなければならないハードルがとても多く、今まではほとんどありませんでした。そんな中で、これから「ヴィオ神戸」がどんな道を歩まれるのか、注目していきたいと思っています。

アンサンブル・ヴィオ神戸ウェブサイト  http://homepage2.nifty.com/viokobe/top.htm

第三回定期演奏会:2003年5月18日(日)

(於)宝塚ベガホール テレマン:クリスマスコンチェルト、コレルリ:フルートとリコーダーの為のコンチェルトなど、バロック特集

アンサンブル・ヴィオ神戸のHPは移転しています http://vio-kobe.com/(2012.11月現在)

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【読者の質問から】

メールなどでいくつもご質問をいただいております。どうもありがとうございます。その中から三点について、「加筆」の意味を込めて解答させていただきます。

1. 肩が上がっているかどうかのチェック

質問:2月号の脱力の話の中にあった肩の問題です。腕を持ってもらうととても軽いと言われるのですが、自分では力が入っている意識がありません。それでも力が入っているのでしょうか。力が入っているとしたらどうしたらよいのでしょうか。

解答:腕を持ち上げてもらうと、当然肩も少し上がります。その時に肩が脱力できていると、腕の方が肩より高くなっているはずです。腕の付け根は、下から持ち上げられたように感じるでしょう。その感覚がない場合、腕が上がるときに無意識に肩を変形させる癖がついています。これは無意識なだけにやっかいです。この癖を取る必要があります。初めは、意識的に肩を落とすくらいの感覚で腕を持ち上げてもらってください。場合によっては肩を上から押さえてもらって肩そのものが持ち上がらないようにして、腕を上げてもらってください。今までと全く違う感覚が生じるはずです。それをつかんで、違いを認識できるようにしてください。

2. G線を弾くときの肘と肩の位置

質問:私はG線を弾くとき、3月号の写真にある「悪い例」のような位置に肘が上がっていますが、やはり肘を下げた方が良いのでしょうか。

解答:肘を下げること自体が目的ではありません。肘の位置は、ボウイングシステムや腕の長さなどの要素によって一様ではありません。ですから即断はしかねるのですが、おっしゃるようにG線の時には写真4くらいの肘の位置になることもあると思います。問題は、肘が上がっているときに肩が変形して腕の重みを殺していないか、ということです。肘を上げるときに、肘が先に上がるような感覚ではなく、肩から肘までが一緒に上がっているような感じをお持ちであれば、かなり危険だと思います。写真のコメントにある「腕の上がり方」とは、このような意味だと考えてください。

3. 音楽的な問題

質問:連載は体の使い方で始まりましたが、技術論が主な内容になるのですか?ヴァイオリンを弾くために、特に大人にとっては、音楽的な問題を先に論じる必要があると思うのですが。

解答:もちろん、技術論は演奏するための「アイテム」になるものであり、それ自体が目的ではありません。連載の都合上、こういった順序になっていますが、特にアマチュアが考えるべき音楽的な問題も取り上げていくつもりです。