柏木真樹 音楽スタジオ

トップページ > ストリング > 第1回〔身体の使い方 その1〕lesson1 腕の正しい脱力を知る

今月号から、レイトスターターの方達を主なターゲットにした連載を始めさせていただきます、柏木です。お付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします。 私は、大人になってからヴァイオリンを始めた人たちとお付き合いさせていただく中で、多くの方が数年で「限界」に達してしまい進歩が止まってしまうのを目にしてきました。その原因を探っているうちに、「大人用の指導法が確立されていない」ということに気づき、どうやって上達の道筋をつければよいのか、あれこれと試行錯誤をくり返してきました。私の拙文が、これからヴァイオリンを始めようという方・始めたばかりの方だけでなく、長い間弾いているのに上達しないという悩みを抱えていらっしゃる方達にも、少しでもお役に立てれば幸いです。

私の紙上講座は、「身体の使い方・・・その1」からスタートです。ヴァイオリンだけではなく、全ての楽器を演奏するために、また日常でも気になることの多い「脱力」を、最初のテーマにしてみたいと思います。

【身体の使い方・・・その1】 (1)レッスン1・・・腕の正しい脱力を知る

既にレッスンにつかれていらっしゃる方ならお分かりだと思いますが、「脱力して」「力を抜いて」ということを、全ての指導者が口にします。さて、この脱力とは一体どのようなものなのでしょうか。

脱力は、それ自体が目的なのではありません。脱力することによって不要な緊張を解いて運動性能を上げること、正しい筋肉を使えることなどを可能にすることが目的なのです。すなわち、「とにかく身体の力を抜く」のではなく、「必要な部分を使いつつ、脱力すべきところは脱力すること」がポイントになります。

まず、腕の脱力ができるかどうか、チェックしてみましょう。
写真1のように、誰かに腕を支えてもらい、腕を完全に脱力してみます。腕は案外重いもので、支えている人には「ずしっと」重みがかかるはず。この段階でできない人もわずかですがいます。そのような人は、腕を上げるときに自然に肩が変形してしまっています。

次に、支えてもらっている手を放してもらいます。すると腕は「自然に」落下するはずです。この落下が不自然だと、脱力できていないことになります。

ここまでの段階の脱力ができていない人は、実生活でもかなり「肩に力の入った」生活をしているはずです。異常な肩こりに悩んでいる人などにこのような例を見ることがあります。この状態でヴァイオリンを弾いても、すぐに限界が来てしまうことは間違いありません。右手も左手も、苦労して練習してもなかなかものにはなりません。

解決策は、身体が脱力を覚えるしかありません。簡単な訓練法の例を挙げてみます。

まず、直立した状態から次第に前傾姿勢をとって、写真2のような状態まで身体を折り曲げます。この時に、もちろん上半身の力は抜くように意識します。腕が床と垂直になるところまで身体を曲げたら、お尻を回してみます。腕がランダムに動くなら正解。もし両手が同じ軌跡を描いていたり、ある方向にしか動かない場合、肩に力が入っています。そのような状態になっていたら、もう一度直立した状態からやり直しです。

ヴァイオリンを弾く状態に腕を上げるより、この姿勢の方が脱力が楽なはずなので、写真1の姿勢で脱力ができていない人は、まずこの方法で「肩から先の」脱力を覚えましょう。そして、日常生活、特にパソコンを叩くときなどにも、この脱力を時々思い出して実行してみてください。それを身体が覚えたら、最初の「腕を預ける」脱力ができているはずです。うまくいくと、肩こりもかなり楽になるかもしれません。

次に、写真3のように何かを持って、同じことをやってみます。本来は弓を持ってできるべきことなのですが、いきなりやると弓を落としてしまいますので、弓よりやや重い棒状のものがよいと思います。
既にヴァイオリンを始めている人なら弓を持つように、そうでない人は棒を軽く握って下さい。そして同じように腕を支持してもらいます。弓を持っていないときと同様に脱力ができていますか?「さっきより軽い」と言われたら、棒を持つために余計な力が入っている証拠です。
持っている状態で最初と同じように脱力ができたら、やはり支持している手を放してもらいます。棒を落とさず腕が自然に落下したら正解。これは、かなりの人が手こずるはずです。

これができない人は、日常生活でも「余分な力を入れている」可能性があります。例えば、ビールの栓を抜く時や瓶の蓋をねじる時に、肩が上がったり力が入っていませんか?(肘や肩に力が入っていると、手先の力はむしろ減少します。)私のある生徒は、入浴中に髪を洗っていて、肩が上がり力が入っていることに気がついた、と言っていました。肩を落とし、手だけに力が入れられる入り手が自由に使えるように練習してみましょう。初めは慣れた日常作業で訓練してみるべきだと思います。蓋を開ける、御菓子の袋を開ける、など、手先だけの力でできることはたくさんあります。そのような作業で慣れたら、先程のチェックもうまく通過できるようになるでしょう。

子どもの頃からヴァイオリンを弾いている人たちは、無意識にこのような脱力ができています。そしてこの脱力ができているからこそ、腕を保持・運動させる背中の筋肉(私はこれを「ボウイング筋」と呼んでいます)を自由に使え、指を速く動かしたり楽に開いたり、速い弓の運動をすることができるのです。逆に、大人から始めてこの脱力を知らないでいると、一定以上の速さの運動などができずに、早くに限界が来てしまいます。私が見てきた例だと、以下のような症状を訴える場合に、こうした脱力の問題に行き着いた例がありました。

  • * 弓が速く動かせない。速く動かすと軌道が安定しない
  • * 楽器が鳴らない、大きな音がでない
  • * スタカートがいつまで経っても小さい子どものように弓を止めてしまうものしかできない
  • * いくら練習しても指が開かない
  • * 指を早く動かそうとすると手首が固まってしまう
  • * ヴィブラートがうまくかからない
  • * ポジションの移動をするときに肘の両側に力が入ってしまう

それぞれの解決法は同じではありませんが、根本的に腕を脱力できない場合、この複数の項目に当てはまってしまうことが多いのです。

この脱力ができ、さらにボウイング筋がコントロールできると、こんなこともできます。(写真4)これができると、余計な力を入れずに、ボウイング筋の働きだけで腕の重さを変化させて音量を変えることができるようになるのです。
もちろん、実際の演奏では、身体や腕・手のいろいろな部分が頻繁に役割交代をしているので、こんなに単純ではありません。しかし、基本的なこの脱力の考え方は、大人になってからヴァイオリンを始めた人たちにとってはとても重要なものだと思います。ヴァイオリンを始めたばかりの人だけでなく、上記の項目に当てはまる悩みを持っていらっしゃる方も、是非一度チェックしてみてください。

********  以下・写真の解説  *************

[写真1] 写真の女性は「脱力」して腕を保持してもらっています。この後、保持している方が手を放したとき、重力に従って腕が自然に落下するかどうかが最初のチェックポイントです。腕の高さを何通りか変えて確認してみることが必要です。

[写真2] 写真1のチェックを通過できない場合、この写真のような姿勢で肩がフリーになるか確認してください。この姿勢で身体を揺すってみて、腕の動きが不自然な場合、肩の力を抜くことを「知らない」危険性があります。この場合、この姿勢でまず肩をフリーにすることを覚え、その後、姿勢を起こして立った状態でも肩がフリーになるようにして、写真1をもう一度確認します。

[写真3] 次に、手に何かを持って同じことをやってみます。写真では細長い棒を持っていますが、このような形状の棒は、ボウイングのチェックや身体の使い方に役に立ちますから、一つ持っていても良いかもしれません。

[写真4] 今度は私が実験台です。力を抜いたこの状態で、腕の重みを自由に変えることができます。これは背中の筋肉(ボウイング筋)で腕を「引っ張る」ことをコントロールできるからです。肩から手までは全く変化がありません。やってみせるとほとんどのレイトスターターがびっくりしますが、ヴェテランなら多くの人ができることです。

[写真5] ストリング・アズールの練習風景。こぢんまりとした合奏団ですが、メンバーは皆意欲に溢れています。

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【コラム】ストリング・アズール

手前味噌で恐縮ですが、初回は私がトレーナーをやっている弦楽合奏団をご紹介します。

この合奏団は、「個人的な力量が合奏に耐えない人でも、技量や音楽的なセンスが上達しながら本当のアンサンブルができるようになること」を目標にして、2年ほど前にできたものです。正式なメンバーは全員(10名)、大人になってから楽器を始めた人たちです。ヴァイオリンで言えば、まだポジション移動がおぼつかない人もいます。

練習は、耳を鍛えることから始まります。チューニングや和音を「聴く」ことも、重要な意味を持ちます。また、スケールの練習も厳密にくり返しています。他の人のチューニングやスケールをたくさん聞いて「批判」できるように耳を鍛えることができることが、個人レッスンにはない非常に大きな強みです。実際に、初めの頃は全く音程感覚が無かったのに、二年ほどたって、ほとんどのメンバーが「他人のスケールなら直せる」ようになりました。

曲は、チャイコフスキーの弦楽セレナーデのような「難曲」をとりあげるつもりはありません。比較的易しい曲を、本当に美しい旋律やハーモニーと楽譜に忠実な、音楽的なセンスに溢れた演奏に仕上げることが目標です。「大人にって楽器を始めた人たちが中心の合奏団だって、こんな素晴らしい演奏ができるんだぞ」という理想を持って、練習を重ねています。

現在(2002年12月)は、「アイネクライネ」を練習しています。もちろんとても難しい曲ですから、技量的にかなり「厳しい」人ばかりです。しかし、楽譜に書かれている音の意味を細かく考えて練習を積み重ねることにより、時折「あれっ」と思うようなアンサンブルが聞こえてくるようになりました。この曲を「仕上げる」ことは難しいですが、何度でも取り上げてみたい名曲です。

「ストリング・アズール」ホームページ http://www.st-azure.info/